PICTURE 10-7-2015

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     [     THE    TEACHING     OF    BUDDHA     ]

  <    THE    MIDDLE    WAY    >   NO ,   8
  <    中道 、全て 全ては 夢幻なり 、全て 全ては 愛おしい >


   「  PEOPLE    HABITUALLY    THINK    OF   THEMSELVES    AS
       BEING    CONNECTED    WITH    BIRTH    AND   DEATH   ,   BUT  
       IN    REALITY    THERE    ARE   NO    SUCH   CONCEPTIONS  .


         人びとは 、いつも 、習慣的に 、
  もの( 物・事・人 ・利・理・金・ 命 ・ 我 ・心 ・・・ )の
  生ずること( 発生 )と 、滅すること( 消滅 )ことを、
  感じ 見て とらえているので すが 、

  もの には 、もともと 、
 生ずることが 無い (  無生 ・ むしょう ) のであるから
 滅することも、 無い ( 無滅 ・ むめつ ・ 不滅である )のである 。


     ・  不生 不滅  (  微笑  )
        無生 無滅  (  大笑  )

    そんな 、バカ な
    気ちがいだ 、
    狂ってる 。  (  微笑  )


     ・  生きる 苦しみ
        死ぬ 不安・ 恐怖 を
       克服 ・ 超越するための 、

       ひとつの 見方・考え方 です 。

       人生に 歓喜し
       笑死 できるための 哲学
       生き方
       心の 持ち方
       で ございます 。


 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


         WHEN    PEOPLE    ARE   ABLE    TO    REALIZE    THIS   TRUTH  ,
      THEY    HAVE   REALIZED    THE    TRUTH    OF   THE   NON --DUALITY
      OF    BIRTH    AND    DEATH   .


         IT    IS    BECAUSE    PEOPLE    CHERISH    THE   IDEA    OF   AN
       EGO--PERSONALITY   THAT   THEY    CLING    TO   THE   IDEA     OF
       POSSESSION    ,    BUT    SINCE    THERE    IS    NO    SUCH   THING
       AS   AN   <    EGO   >  ,   THERE    CAN    BE    NO   SUCH   THINGS
        AS   POSSESSIONS   .

         WHEN    PEOPLE    ARE    ABLE    TO    REALIZE    THIS   TRUTH   ,
       THEY    WILL    BE    ABLE    TO   REALIZE    THE   TRUTH   OF
       <    NON  -   DUALITY    >  .   


     この、 ものの < 真実 の 姿( 相 ) >を
   見る目( 観の眼 ・ 心の眼 まなこ )を 持って 、

   < もの >には 、 生滅( しょうめつ )の 二つが 無いことを 知り、
   別々のものでない、という 真理を < さとる >のである 。
   (  二つは、別々 でなく、 一つで ある、という 真理  )


         人は ( わたしたちは )
  我( が ・ 自己中心的 な 自分 )が 有ると 思うから 、
  自分の所有 ( わが もの ) に 、
  とらわれ 、 執着 する 。

   しかし、 もともと 、
  ( 独立し、環境から 超越した ) 我 ( 自分 )が
  無いので あるから 、

  自分のもの ( わがもの ) の
  有るはずが ない のである 。

  < 我 >と < 我が もの > の無い ことを 知って
 気づき、 自覚して 、
 < 相反する するものが 別別 ではなく、 一つである >
 < 二元性 でない >という

  真理を < さとる >ので ある 。   」

(  仏教聖典からの 引用です 。 かつこ ・ 日本語一部 残月  )


   ・  真理を < さとって > どうなるのか  ?

      二元に ふりまわされなく 、

      一元に 心 を おく 、
      すると 安心 。

      しかし、 現実世界は 二元に 見える、

      しかし、
      全ては、全ては 、

      一元を もとめ 、
      しらずとも 、一元に 向かっている  。


      しかし
      一元にも とらわれては ならない

      二元 の 世界で 、
      一元で 生きぬく

      全ては、 夢幻

      だからこそ

      全ては、愛おしい



    、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


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          LOTUS   ,
                     BEAUTIFUL   LOTUS  ,    GREAT    LOTUS   .(    SMILE   )



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  、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


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     彼岸迄 ( ひがん まで ) (  漱石 の 書物名 、 微笑 )


    ・  彼岸 (  真理の 世界 ・ 仏の 世界 )へ

       六つの 方法  < 六波羅蜜 ・ ろくはらみつ >

       御存じでしょうが、 少しずつ お話してまいります 。

       四〇〇円で 、向う岸 ( 彼岸 ひがん )に
       渡れたら いいな 、、、、。   ( 大笑 )

 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


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         刻々と  変化して いくのでしょう 。

        変化を 楽しめるという ことは  ?
        バカな こと いいました ( 大笑 ) ( 微笑 )



 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、



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                              18  00    ,   ON   THE     BRIDGE



            GOOD     DAY
                 GOOD   LUCK
                        I    HEARTILY    PRAY

                 APPRECIATION
                      JOIN   MY   HANDS    TOGETHER

             <    WISH    TO    ENTER    INTO    A     LIFE    OF
                       ENLIGHTENMENT    TOGETHER     >

                  I    AM    SORRY    ABOUT    MY   POOR    ENGLISH 

                 MONK    OF   ARASHIYAMA

                 SEE    YOU     AGAIN      ♪  ♪♪

   

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このページは、大悲閣千光寺ブログが2015年10月 7日 06:16に書いたブログ記事です。

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