2014年7月アーカイブ

7月31日(木)  尽心とは ?  2

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 「 力を つくす

   心を つくす

   己を つくす 」

   これが
   すべてでは
   ないでしょうか ?

  ( 人生にとって、
    夢幻の
    命にとって。

    また、
   短い人生に
   おいて。 )

 、、、、、、、、、、、


 「 全力を つくす

   真心を つくす

   自己を つくす 」


   それで
   どうした
   効果結果は
   あったのか ?

   それは
   どうでもいい。
   それは
   関係ない。
  ( 微笑 )

  、、、、、、、、、、


  「 思い つくす

    考え つくす 」

    あきらめない
    真剣だ
    熱意だ
    情熱だ
    執着か ?

    それでいい。

  、、、、、、、、、、、


  「 愛し つくす

    信じ つくす 」


   己を  すてる
   自分を  すてる
   自利を  すてる

   生きていけるか ?

   ためしてみる。
   ( 微笑 )


 駄弁ながら
   敬と愛を
     こめて
  残月  合掌

< 江戸時代の
  儒学( じゅがく )
  とその実践。
   昨日の
   つづき

  名君といわれた
 米沢藩主と
 儒学者の例です。

  師  平州
  弟子 鷹山

  藩を
  立て直す。
  「 学ぶ
    思う
    行う 」
  を
  一致
  ( いっち )
  させていく。

  『 勇
   ( ゆう )
   でもって
   行う  』

(  ああ
  反省です )

  勇気を
  もって
  決意
  決断、
  実行
  実践。

  責任は
  自分。
  
  失敗を
  おそれない。

  師匠を
  自分を
  信じる、から。

  なぜ、
  信じきれるのか?
  「 道 」が
  全てだから。

  「 道 」とは
  なにか ?

  「 知行
    一致 」
 ( ちぎょう
    いっち )
 で
 ないでしょうか?
 
  「 一致 」
  とは ?

  これぞ、
  「 こころ 」
  の働きか ?

  「 はたらき 」
  とは ?

  これぞ
  「 いのち 」
  なりけり。
  ( 微笑 ) >

多弁を弄し
 ました、反省し
 つつ、
 失礼
 いたします。

「 青き空
   ぬれてしたたる
     蝉しぐれ 」
    ( 残月 )

 愚僧  萬拝

   

   
  かたい話かも
 しれませんが、
 いつも遺言の
 つもりで
( だれも聞かない )
( どなたも
   読んでいない )
( ひとりごと )
( バカ です )
( 大笑い )
 書いているつもり
  でございます。

  何回目という
番号はございません。
いつも、何月何日と
記入しているのは
「今日だけ
 本日だけ
 一回きり 」だけ
のつもりです。
 その覚悟
でございます。
( 微笑 )

  でも、
内容テーマで
連続になっていたり
< つづき ます >
で、その日
終わってる
場合も
ございます。
< 区切り >が
できていないとい
う意味で
ございます。

  小生の
誤解が、さらに
誤解を
うみださないよう
十分注意し、反省しながら
進めているつもり
でございますが、
、、、、、、

  最終的には、
 わたしたち、
 各自が、
『 自分自身で
 考える
 自分自身で
 覚・悟る 』ことが
 人間、わたしたちの
  目的ですから、

誤解・曲解を
おそれてはならい、
と存じ、
精進いたして
いるつもりで
ございます。

 そして、たえず、
現場で
日常で
生活の中で、
立ち振る舞いの中
対話
行為
ふれあい
あいさつ
まなざし
・・・・・・・・
などを とうして
 お互い、共に、
 修正していかなく
てはなりません。

実行第一で
ございます。
 ( 微笑 )

、、、、、、、、、

 なぜならば、
 人の学びは
知識・技術の
修得だけではなく、

実行のための
 『 自覚
   自知 』
 が目的でも
 ございます。


   また
「 生きる
 よろこび 」を
あじあうことも
目的としたい
 この
「 和尚
  日和 」で
ございます。
 ( 微笑 )

、、、、、、、、

 尽心の
説明のつもり
でしたが、
 ・・・・・

 これも
ひとつの
「 尽心 」
かもしれませんが。
 ( 微笑 )
 ( 反省 )


 駄弁ながら
  敬と愛を
   こめて

 残月  合掌

< 江戸時代
  のことで
  ございます。

  儒教の
  師弟の
  お話です。

  勉学を
  おえた
  弟子が
  江戸から
  ある藩へ
  向かいます。
  問題山積みの
  藩でした。


  彼が
  師匠から
  いただいた、
  餞別
  ( せんべつ )
  の言葉は

  『 尽己 』
 ( おのれ を
   つくす )
  でした。

  そして
  その後
  その弟子は
  なしとげました。

  師は、一斎
  弟子は、方谷
  実践的儒教
  陽明学の
  流れです。

   師は
  明治維新を
  かげから
  ささえています。


  愚僧は
  陽明学的
  禅僧でございます。
  ( 大笑 )

  実践実行なき
 思考は、よくない。
 ごみ、一つでも
 ひらうことが
  たいせつ、と
 いうこと。
  こまっている
 人の友となる、
  、、、、とか。
( むずかしい )
( はんせい )

 、、、、、、、、、

『 自分の力を
 つかっているか
 全力を
  だしているか?

 尽くしているか?
  こころ を
  おのれ を

 <出し尽くす> 』

 日々、
 反省したい
 もので
 ございます。 >


飛びつつ
 失礼いたします。

末筆ながら
 暑さに
  負けないように
 なさって
  くださいませ。

 愚僧  萬拝

7月29日(火)  夢幻とは ?

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  「 むげん 」とは
 いったい何を
 いうのやら ?
 『 無限 』
 のことか ?
 『 夢幻 』
 のことか?

、、、、、、、、、、


 おもしろや
我( が )を
『 夢幻 』とぞ
思えれば
心( こころ )は
『 無限 』
やすらぎ
あふる


 さびしいよ
我( が )を
『 夢幻 』とぞ
思うなら
心( こころ )は
『 無限 』
きえて
なくなる


、、、、、、、、

 このわたし
この自分をば
いかがせん
至誠一貫
( しせい
  いちかん )
この道だけさ


 誠( まこと )
とは
いったい何を
いうのでしょ
自他に
正直( しょうじき )
心を尽くす

 古人いう
よき因縁は
誠から
勝縁( しょうえん )
あふる
至誠心


 勝縁は
よき出会いなり
ありがたし
物ひと事ぞ
己( おのれ )
なりけり


 至誠とは
尽心( じんしん )
にして
尽くすべし
こころ尽くして
すべてを愛す

 現代は
完全燃焼
( かんぜん
 ねんしょう )
このことか ?
されどむずかし
現代世界


 つづき ます

駄弁駄歌
 されど
 敬と愛を
 こめて

残月  合掌


< 夢幻でも
 むなしき心
 もたぬよう
 どうしたものか
 心みだれる


  そうでした
 いまここだけに
 うちこみて
 いまここだけの
 じぶんだけみる


  そうでした
 いまここだけの
 じぶんみて
 みつめつくせば
 しんぱいはなし >

 失礼いたします。

( バカいってます
   おゆるしを )

 末筆ながら、
  夏に負けない
   ように。
  小生も(微笑)

愚僧  萬拝
 無生( むしょう )とは
いったい何を
いうのだろ

無我( むが )は
聞くけど

無償( むしょう )の
愛か ?
( 大笑 )

 、、、、、、、、、


  つらくとも
 かなしかろうと
 でも いやだ
 せみがなこうが
 さわがしすぎる


  むくいなし
 やっていけるか
 このじんせい
 うばわれいきて
 いただきもせず


  くるしいよ
 いきてるだけで
 しんどいよ
 たのしみなんて
 ありはしないよ


  きょうはまた
 あつくてくるし
 四畳半
 バストイレなく
 ゴミがあふれる


  すべてみな
 このいえのせい
 くるしいよ
 いったいなんの
 せいでこうなる


  きびしいよ
 おとなはみんな
 きつすぎた
 おれのじんせい
 かえしておくれ


  おやもみな
 じぶんのために
 いきている
 おかねのためか
 きょえいのためか


  マンションの
 いちかいすべて
 おれのへや
 なんでもそろう
 ろうごくですよ


  ははのぐち
 こどものおれが
 きかされて
 いきるいよくも
 たのしみもなし


 、、、、、、、、、、


  二人とも
 苦しみ生きる
 友達で
 ともに生きても
 苦しみ消えず


  20年
 10年ちかい
 なかまです
 苦しい夏に
 悲しむ二人


  つづき ます


 駄歌なれど
  友をおもいて

 残月  合掌


<  しんだとも
  おもうがゆえに
  らいせかな
  このよのつづき
  なしとげるべし

   せいはなし
  しもないのかな
  このよには
  すべて
  まぼろし
  ゆめのまたゆめ


  このわたし
 ゆめまぼろしで
 あろうとも
 からだつらぬく
 せみのこえかな


  このわたし
 ゆめまぼろしで
 あろうとも
 あいにつつまれ
 あいにこたえる

 
  このわたし
 ゆめまぼろしで
 ないけれど
 いつかはきえる
 みとこころかな >

 お盆が
近ずいてまいり
ました。

 飛びながら
失礼いたします。

末筆ながら
 よき一日で
ございます
  ように。

 愚僧 萬拝

 

7月27日(日)  道心とは ? 7

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  道心の
 反対の語は
 俗心か
「 楽・得もとめ
 長生き願う 」


、、、、、、、、、、


  その昔
 社会も国も
 未発達
 教育文化
 無くて
 あらそう


   その昔
 社会も国も
 未成熟
 飢餓病気かな
 長生きは無し


   その昔
 この世は苦し
 飢餓病気
 長生きでなく
 「 往生 」
 ( おうじょう )
 願う


  その昔
 せめて
 あの世で
 しあわせを
 この世はつらく
 不安な心

 、、、、、、、、、


  人はみな
 人の谷間で
 生きるもの
 俗の心が
 われらが
 この世


  しかしまた
 この世がつらく
 感じれば
 「 道心 」世界
 あらたに
 開く


  自分のみ
 楽しくゆたか
 どうだろう ?
 泣き声ひびく
 この世
 なりけり


  「 道心 」や
 真のよろこび
 くださいな
 つかれるこの世
 安楽ほしや


 、、、、、、、、、


  この世にて
 人の谷間の
 中にいて

  超生
( ちょう しょう )
  脱死
( だつし )
 もとめて
 生きる


 駄弁の駄歌
  されど
  敬と愛を
   こめて

 残月  合掌


< 長生
  
  長生きや
 我を保ちて
 たのしけり
 無病息災
 不老不死なり


   無生

  生はなし
 我も死も無く
 なにやある
 神に仏に
 あなたがござる


   無我

  ケガ病気
 ケンカあらそい
 多けれど
 神仏しんじ
 この世
 味会う


   長我

  長い我や
 楽しきこの世
 ありがたし
 強く大きく
 たしかな我を


  ・自由な
   思考の
   ために
   駄弁
   多弁です
   おゆるしを >

 失礼いたします。

 昨日京都は
  38・3度です
  ( 大笑 )
 ( 笑えない )
 酷暑の折
  深呼吸を。

 末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝

7月26日(土)  道心とは ? 6

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  よく
 ハイキングの
 方々が参詣なされ
 ます。

  お元気で
 なりよりで
 ございます。

 「 歩ける内に
 元気な内に、
 歩かないと、 」

  男性も女性も
 仲間同志で
 楽しそうです。

  俳句の方々も
 絵画の方々も
 歴史探訪の方々も
  お一人のお方
  友人たちと
  ご夫婦で
  ご家族で
  10人以上の
  みなさまで、
  、、、、。

 ほんとうに、
すばらしい事です。

、、、、、、、、、、


「  時には
  坐って
 くださいませ。

  歩けなく
 なっても、
 つらくない、
  心を。

 『 動けなくても
 さびしくない心
  何もできないけど
 たのしい心を 』

  元気な内に

  つくりましょう、と

  いってるのが、
  本当の
  仏教
  仏の教え
  仏法( ぶつほう )
  仏の真理

  なのですよ。 」

 「 なるほど、
  それは、いい。 」
   ( 微笑 )

 「 般若心経
  くらい、おぼえて
  くださいませ。

   空( くう )の
  教えは
  考えは
  すばらしい
  ですよ。 」

 「 ほんとうだ

  しらなかったよ。

  そのような

  いみなのか。 」


  、、、、、、、、、、


 『  歩こう会  』
 でなく、
 ( 微笑 )

 『  坐ろう会  』
 を、
 つくろうかな。
 ( 微笑 )


  、、、、、、、、、、


  わたしたちは、
 『 長生 』
 ( ちょう しょう )
 ( ながく生きる )
 ( できるだけ、
    我をたもつ )
 ( 歓喜 )

  だけでなく
 『 無生 』
 ( むしょう )
 ( 自分は
   生きていない
   自分は
   生かされて
   いる 、
   ことを
   あじわって
   生きる )
 ( 我は 無い )
 ( 我は ただ
   の あつまり、
   ありがたい
   あつまり )
  ( 歓喜 )

    つづき ます

 駄弁ながら
   敬と愛を
  こめて
 残月  合掌


<  「 長生 」の
   『 歓喜 』と

   「 無生 」の
   『 歓喜 』と

   どちらが
   大きいの
   でしょうか ?

   いいので
   しょうか?

   平等
   なのでしょうか?


   山寺
   大悲閣の
   釣鐘
   ( つりがね )
   がございます。

   『  超生
      脱死 』の
   四文字が
   ございます。
   ( ちょうしょう
     だつし )
   ( 生きること
     に
     とらわれず
     ふりまわ
     されず
     超えて、

     死の不安
     恐怖から

     自由になる )

   ( 自暴自棄
     でなく。大笑 )
   ( 勝手気まま
     でなく。大笑 )
   ( なげやり 
     でなく。大笑 )

   すごい
   文字・言葉
   思考・思想
   教え・こころ

   猛暑の折
   このようなことを
   考えると

   涼しく
   なるかも
   しれません。
   ( 微笑 ) >

 飛びつつ
   失礼いたします。

  末筆ながら
    よき一日で
   ございます
   ように。

 愚僧  萬拝
   しれません
 


   

7月25日(金)  道心とは ?  5

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  道心とは
 いったい何を
 いうのでしょ?
 我が人生は
 しあわせである

 ・ よけいな
   ことぞ。
   道心
   なんて。

   後は
   長生きする
   こと。


 、、、、、、、、、、


  山寺ですので
よくハイキングの
方々がお見えです。

  60歳代
  70歳代
 お元気な方々が
 いっぱいです。

  ほんとうに
 おしあわせそう
 でございます。

  いい社会
 いい国家
 日本。

  東アジアの
 日本列島で
 ございます。

 、、、、、、、、、


 知り合いの
八百屋さんに
聞きました。
 90歳代の
常連さんがいるよ
何人も。
100歳こえている
お方もいるよ。
つきそいの人と
いっしょだけど。

 小生
おどろきました。
すばらしい。

 、、、、、、、、

  しかし、
 よく見れば
 よく聞けば

  苦しみ
  悲しみ
  に満ちていて

  また
  問題
  課題
  困難
  は山積みです。


  世界のみならず
  日本も
  二極化している
  のでしょうか ?

 「 よい人は、よく
  わるい人は、わるい
  環境も
  境遇も
  収入も
  関係も
  学校も
  交友も
  健康も
  、、、、
  、、、、  」

  しあわせだけど
  しあわせと
  は、
  いえません。

 「 自分は
  幸福だけど、

  幸福とは
  思えない、

  思っては
  ならない 」

  これも、
 『 道心 』
 では
 ないでしょうか?

  自分だけの
 世界だけで
 満足しない、

 満足できない
 ということ。


、、、、、、、、、

 「 やさしい
  まなざし。

   やさしい
  ことば。

   やさしい
  しせい
  たいど
  おもいやり。

  むげんに
  ひろがる
  やさしさよ。」


 「 やさしさに
  つつまれ
  いきる
  わたしたち

  やさしく
  いきて
  なにかを
  つつむ

  つつまれ
  つつむ、
  つつみ
  つつまれ、

  ひかりの
  せかい  」

駄弁ながら
  敬と愛を
  こめて

残月  合掌

≪ 「 禅定 」
 についてが、
 進んでません、
 忘れては
 ございません。
  ( 微笑 )

  日常生活
 を、ひとつ
  ひとつ、
  ていねいに
  あまり
  失敗せず
  してでも
  訂正し
 進むことも
 非常に
 大切です。
 なぜならば、

  仏教は
 三つの学問あり。

 1、 戒学
 2、 定学
 3、 慧学


 1、 日常生活を
    ととのえる
    欲ばらず
    なまけず

  < すると >

 2、 心が落ち着く
    思いが
    乱れにくい
    思いが
    へってくる
  ( 禅定について)

  < すると >

 3、 智慧が、
    わいてくる
    不満不服の
    前に
    工夫を。

    まわりを
    かえる前に
    自分が
    たえず
    かわる。

 <  すると >

    、、、、、、

    、、、、、、、

 つづき  ます  ≫

 失礼
 いたします。

  猛暑の折
 御無理
 なされないように。

 愚僧   萬拝
 
 





7月24日(木) 道心とは ? 4

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  求「 道心 」
 ( きゅうどうしん )
 近ごろあまり
 聞きませぬ
 ・若きひとびと
  迷いないのか

 ・大人の人は
  満足なりや

 ・老人がたは
  チャンス到来
  ( 道もとむ )

 、、、、、、、、、、


 「 大人 」とは
 ( おとな )
 天地の間
 どっしりと
 泰然自若
 ( たいぜん
   じじゃく )
  動かぬ心


 「 大丈夫 」
 ( だいじょうぶ )
 権力権威
 動かせぬ
 損得なんて
 知らないよ
 < 本来の意味 >


  大丈夫
 立派な人を
 しめすなり
 己が信じる
 道、歩むかな


  「 聖人 」や
 ( せいじん )
 自分の非 知る
 「 ヒジリ 」さま
 耳を呈して
 教えをさがす


 、、、、、、、、


  手本みて
 よりよき自分
 さがすなり
 よりよき自分
 育ててつくる


  向上心
 ( こうじょう
   しん )
 近頃聞かぬ
 言葉なり
 心は無限
 成長すなり


  成長は
 からだ、とまれど
 こころ では
 たえず成長
 「 成仏 」
 ( じょうぶつ )
 めざす


  成仏は
 いったい何を
 いうのだろ
 「 人格完成 」
 ( じんかく
   かんせい )
 この言葉かな
   < 微笑 >


  成仏は
 自分を愛し
 そしてまた
 自分以外の
 全てを愛す


  成仏は
 愛し愛され
 そしてまた
 信じ信じられ
 自分は消える

  人は死ぬ
 愛し愛され
 そしてまた
 信じ信じられ
 「 成仏 」すなり


   つづき ます

またしても
  駄弁の駄歌
   おゆるしを

 残月  合掌

< 20歳代
  前半、
  友人の
  下宿でした。

  朝のテレビ
  番組です。

  ある老人が
  出てました。

  禅の修行を
  なしとげた
  お方でした。

  、、、、、、

  この人物の
  たたずまい
  雰囲気
  話し方

  「 ああ
   すばらしい

   このように
   なりたいな 」
  と
  思いました。

  僧侶では
  ございません。
  ( 微笑 )

  『 花は紅
    柳は緑

    花は
    くれない
    柳は
    みどり 』

   禅語
   ( ぜんご )
   の、基本の
   基本みたいな
   言葉です。


  「 ありのままを
    ありのままに
    あじあう
    うけいれる 」

   ような意味です。

   基本で、
   かつ 終点か?


   「 社会的には
     あまり
     意味は
     あまり
   ございません
     ( 微笑 ) 」
   と。
  、、、、、、、、、

  数年後の夏
  京都の北の
  山奥の
  道場に
  いました。

  珍しく
  腹痛に
  おそわれ
  大きな風呂場
  で
  ころがり
  もだえました。

  残念ながら
  次の日に
  帰りました。
  ( 笑 )


  数日後
  先ほどの
  テレビの老人が
  亡くなったこと
  を知りました。

  それが、
  なんと、
  小生が
  腹痛に
  苦しんでいた
  時刻だったのです。

  妙な心ですが、、

  小生、
  痛かった事
  なのに、
  もしかしたら、
  同時刻に
  苦しみを
  味会っていた
  のかなと、
  なんだか
  嬉しい気分に
  なりました。
   ( 微笑 )

  今でも
  なんだか
  うれしい。
 
  奇妙な心です。
   ( 大笑 )>

 わたくしごとで
   すみません。
 失礼いたします。
  末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝

   
 

7月23日(水)  道心とは ? 3

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   道心や
  死を考える
  今宵かな

   死の一字
  見つめる事も
  大事なり
  見つめながらの
  晩御飯かな


   死とはなに
  自分が消える
  ことなのか
  意識に体
  はなれることか?


   死をむかえ
  不安なければ
  うれしけり
  その心境を
  つくりたいかな


   死をおもう
  食う寝ることや
  なにもかも
  しばしはなれて
  心にふれる


   なにもせず
  いきととのえて
  せみをきく


   なにもせず
  はだかになりて
  たってみる


   なにもせず
  死んだ自分を
  おもいます


   なにもせず
  おもいをはなれ
  こころにふれる


   なにもせず
  いきてあるだけ
  ほとけかな


   なにもせず
  せめていのりと
  こころかな



駄歌なれど
  敬と愛を
   こめて

 残月  合掌

< 物をみる
  活かせ
  ないかと
  考える
  知恵を
  しぼりて
  物を
  愛する。


  物をみる
  捨ててしまえば
  簡単だ
  捨てれぬ心
  物が
  あふれる。


  物をみる
  執着なのか
  煩悩か
  捨てれぬ心
  しばし見つめる


  物をみる
  活かせないかと
  考える
  活かせないほど
  小さき自分


  物をみる
  大量生産
  物ばかり
  活かせないなら
  合掌
  供養


  物をみる
  物心一如
 ( ぶつしん
    いちにょ )
  楽しけり
  一如は空で
  光をはなつ  >

  失礼いたします。
末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝

7月22日(火)  道心とは ? 2

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  人間は
 自分のために
 生きていて
 自分だけとは
 つらき生活

  人はみな
 何かのために
 生きていて
 しかし自分は
 何ものだろか


  人のため
 とはいうものの
 おおざっぱ
 あなたのためと
 愛をささげる


  自分とは
 重たい自分
 いやになる
 軽い自分も
 たのしくはなし


  もとめます
 いったいなにを
 もとめます
 目の前にある
 赤きニンジン
  ( 微笑 )


  もとめない
 もとめなくても
 いきれるか?
 2,3日でも
 ためしてみよか


  古人いう
 のまず
 くらわず
 はたらかず
 かぜにふかれて
 なにもおもわず
   ( 笑 )


  もとめない
 役割だけを
 みつめます
 使命天命
 これはしあわせ


  あれだろか?
 これなのだろか?
 どちらかな
 あれこれともに
 あれだこれだぞ
   ( 大笑 )


  まよいます
 まよい苦しむ
 ひとにのみ
 苦しみの味
 こころにしみる


  これだこれ
 やっぱりこれだ
 これでいく
 これを道だと
 いうのだろうか?


  真理こそ
 人びと歩く
 道なのか ?
 どこの真理か
 なんの真理か


  ひとはみな
 あなたのために
 いきている
「 あなた 」はなんぞ
 なんだろでしょか
  ( 微笑 )

   つづき ます

駄歌なれど
  敬と愛を
   こめて

<  生き方
 
 生きること
 生きていること
 生きつづけること

 たくましく
 生きる

 つよく
 生きる

 よく
 生きる

 ずるく
 生きる

 わるく
 生きる

 かしこく
 生きる

 いわれるままに
 生きる

 感情のまま
 生きる

 打算損得で
 生きる

 愛して
 生きる

 信じて
 生きる

 疑って
 生きる

 ただしく
 生きる

 たのしく
 生きる

 くるしみ
 生きる

 わらって
 生きる

 おこって
 生きる
 、、、、
 、、、、

 すべて
 わたしたちの
 生き方です
 

 「 生まれきて
  育ててもらい
  守られて
  教えてもらい
  生かされて 」

  よかったと
  心の底から
  感じ
  思いたいもので
  ございます。

  みんなみんな
 どなたもみんな。

  そう感じ
  そう思える
  生き方が、
 「 道心 」ある
  生き方と、
  いうのかも
  しれません。

  また
 「 幸福 」なの
 かもしれません。

 つづき ます >

失礼いたします。
  末筆ながら
 よき一日で
  ございます
  ように。

 愚僧  萬拝
 



7月21日(月)  道心とは ?

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  昨日の駄歌

「  道心は

   苦楽
   損得

   こえること

   いのち
   輝く

   仏の世界 」



・ 道を
  もとめる
  心とは  ?


・ 道( みち )
  とは
  なんだろうか?


  以前
 小寺の
「 質問箱 」に
 入っていました。
 まだ、
 正式に
 答えていません。
 すみません。
  この、
 「 和尚日和 」
 が、答えるための
 方法・手段に
 できたら
 よいのですが、、。
 なっていたら
 よいのですが、、。


  その質問とは?

『 もう
 欲望( よくぼう )
 に、
 振り回されたく
 ない。

  どうしたら
 いいでしょうか? 』


  どなたも、
 思う事と存じます。

  ある程度
 欲望の実現を
 味合い、
 そこに生じる
「 楽しさ
  苦しさ
  悲しさ

  せつなさ
  むなしさ
  歓喜
  満足  」
 を
 味合い
 体験してからの
 ことと
 存じますが。

、、、、、、、、、


「 心 」は
 無限です。
 限り( かぎり )
 が無い。

 だから

「 欲望 」も
 無限です。
 限りが無い。


 そこで、
 どのように
 「 欲望 」を
 コントロール
 制御するか

 が、
 一番大切に
 なるような
 気が
 いたします。


、、、、、、、、、


『 「 欲望 」に
  振り回されたく
  ない、
  どうしょうか?

  どうしたら
  いいの だろうか?

  わからない。 』

 ここが、

「 道心 」の発生。
 目覚めでは
  ないでしょうか?

 、、、、、、、、、、


 「 欲望 」とは ?

 ・  食欲
 ・  睡眠欲
 ・  性欲
 ・  排泄欲

 ・  集団欲
 ・  支配欲
 
 ・  権力欲
 ・  権威欲

 ・  金銭欲
 ・  名誉欲

   、、、、、

   、、、、、

 かぎり なし ??

 ほんとう
   なのか ??

 欲望は 悪なのか?
  否定
  すべきなのか ?


  つづき  ます

 駄弁ながら
   敬と愛を
     こめて

<  嵐山
   大悲閣の
   平成の
 「 蓮華道心 居士 」
   は、
   本日が
   七十二歳の
   御誕生日です。
   おめでとう
   ございます。

   七十歳
   古希( こき )
   の時の
   小さな
   祝い品を
   大切に
   してくださって
   ました。

   道心さま
   ありがとう
   ございます。

   恩人こと
  『 夏山院
 蓮華道心居士 殿 』
            >

  失礼いたします。
 末筆ながら
  よき一日で
   ございま
    ように。

 愚僧  萬拝

 

7月20日(日)  恩人の死  6

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 道心さまへ

 昨日午後
 娘さまご夫婦
 息子さんと
 拙僧で
 葬儀を
 いたしました。

 ご存知の
 般若心経三巻を
 御子様たちと
 御読みし
 ささげました。

  ご子息は
 自ら御骨を
 御手になさい
 ました。
  娘さまも。

  道心さん。

  さぞや、
 お喜びのこと
 でしょう。

  、、、、、

  道心さん。
 戒名には、
 「 蓮華 」の
 二文字を
 足しましたよ。
  今、
 一番うつくしく
 咲いている
 お花です。


  道心さん
 ありごとう
 ございます。

( 過去形には
  しません。
   微笑 )

  また、
 お会いします。

  それまで、
 ゆっくり
 なさってて
 くださいませ。

 失礼
  いたします。

 、、、、、、、

 恩人への
   手紙

 残月  合掌

< 夏の朝
   本堂前に
    蓮華かな

  道心さん
   生死をこえて
    いつまでも

  道心は
  ( どうしん )
   苦楽損得
    こえるもの
  いのち輝く
   仏の世界 >

飛びつつ
  失礼いたします。

末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝


 
 

7月19日(土)  恩人の死  5

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   ここ5年ほど
 御手伝いしていた
 だいている
 60歳代の男性では、
 と
 心配してくださってる
 お方がいらっしゃる
 みたいです。
  あのお方は
 ご健在です。
   ( 微笑 )

 、、、、、、、、、

  道心さんは
 ここ8年ほど
 大悲閣には
 見えてません。

  療養生活を
 なさってました。
 10年ほど前は
 嵐山にある
 中之島公園で
 朝、二人で
 勉強してました。

  毎回
 A3 2枚ほど
 漢字の成り立ち
 とか
 ことわざ とか
 学習してました。
 また、
 道心さんから、
 人生体験を
 お聞きしていました。


   拙僧が
 街の寺院を
 手伝いする頃まで
 お互い、いい時間
 をもちました。

 、、、、、、、、、、、


  「  道心さんは
   どうして、
   山の上の
   寺まで
   来てくれたん
   ですか ? 」

   「  旅を
    している間、
    いままでの
    体験を、
    もっている
    力を、
    つかいたい
    世の中で
    活かしたい、
    とずーと
    思いながら
    旅を
    してました。

     そして、
    道で見かけた、
    犬、猫、
    カラスなどが、
    交通事故などで
    亡くなっている
    のに気づいたら
    必ず、
    埋葬してました。

     和尚、
    けっこう
   多いのですよ。 」

  「 えらいなー
   道心さん 。 」

  よく覚えてませんが、
  だれかが、
  『 嵐山の奥へ 』と
  教えてくれた
  ような事を、
  、、、、、、
  だとしたら、
  そのお方の
  御蔭さまです。
   ( 微笑 )

   いえ、
全てに感謝
   いたします。

  自分の
 いたらなさを
 深く反省いたします。
  


駄弁ながら
  感謝をこめて

 残月  合掌

< 「 道心さん、
   ほんとうに
   事故が
   なくて
   よかったですね。

   そういえば、
   我らが仲間が
   車ごと
   川に
   落ちましたね。

    その時も
   業者に
   たよらず、

   道心さんの
   体験と技術で
   無事、引き上げ
   ましたね。
  ( 道具は
    石屋さんに
    借りに
    行きました )

    拙僧、
   とてもとても
   ありがたかったし
   とてもとても
   ほこらしかった
   です。

    5、6人の
   なかまの前で
   拙僧は、
   こう語りました。

   『  現代の
    角倉組も
    たいしたもの
    です。

     われらは
    了以さんの
    子分衆だから
    なんでも
    できるぞ。
     ( 大笑 )

    えい。
    ( 爆笑 )  』

 

    道心さん、
   今もまた、
   変わり者が
   集まり
   がんばってます。
    ( 微笑 )

    どうか、
   後輩の
   わたしたちを
   御見守り
   くださいませ。

   ありがとう
    ございます。

    大合掌   >

 失礼いたします。

 ともに、
   よき一日で
  ございますように。

  愚僧  萬拝
     
   

  
    

  

7月18日(金)  恩人の死 4

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   昨日
 道心さんの息子
さんに、お会い
できました。

  数分の差で
 お会いできなかった
かもしれません。

  すべてに、
 感謝申し上げます。

 、、、、、、、、、、


 「  道心さん

  息子さんに

  お会いしましたよ。

  ご立派な

  社会人に

  なってられました。


   いかに、

  寺院の復興に

  ご貢献されたか

  お伝えしました。


   そして、

  なぜ、息子さんの

  お名前を、また

  娘さんのお名前

  を知っているのか

  の訳も話しました。


   きつく、
  しんどい、
  仕事の合間に
  よく色々と
  おはなしいたし
  ましたね。

   何度か、
 小生はいいました。

 『 道心さん

 必ず、息子さんに

 会いますからね、

 そして

 いかに、息子さん
 
 娘さんのことを

 思ってたか

 伝えます。

  いかに、

 この荒れた
 人々が
 見捨てた山寺を

 組織に属さぬ
 わかく弱い小坊主を

 心から
 助けてくれたを

 事実を伝えます 』
 と。 

  昨日、実現
 いたしましたよ。
  道心さん。 」

  夕方
  小寺に
  息子さんから
  電話ありました。

  うれしや。
  また、
  お会いできそう。


 恩人に
  感謝をこめて。
   敬と愛を
    こめて。

 残月   合掌

< 「 道心さん。

   娘さんにも、

  お会いでき

  そうです。 」

  ( 歓喜 ) >

 失礼いたします。
 
末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝

7月17日(木) 恩人の死 3

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  現在、
 客殿は、改修
 されました。
 了以翁4百年の
 記念事業です。

  奉賛会が
 発足し数年たって
 も計画資金の
 20分の1くらい
 しか、残念ながら
 集まってません
 でした。

  もうだめだ、
 客殿は倒壊するぞ、
 という危機感が
 主だった関係者に
 重くのしかかって
 来ました。

  嵐山の大悲閣
 の事をよく知る人は
 本堂が解体されて
 今は無く、また
 住職の住める
 庫裏も無く、

  これで、
 客殿まで無く
 なったら、
 もうおしまいだ、
 四百年つづいた
 了以翁の
 史跡は消滅だ。

  嵐山の中に
 ある、すばらしい
 環境の寺院は、
 廃寺となり、
 石柱1本だけに
 なってしまう。

  拙僧の
 心に、このような
 思いがわいてくる
 のでした。

 、、、、、、、、、、、


  そして、
 第2段階として
 元翁の登場で
 ございます。

  第1段階の
 寄付金の
 集まり具合を
『 深く反省し
 重く受け止めて 』
 の、第2段階
でございました。

  この
『 深く反省し
 重く受け止めて 』
 いないような
 一部の方々が、

 いっしょに
元翁登場による
目的達成を
喜べずにいる
現状は、
とても悲しい事
でございます。

、、、、、、、、、、


 話がそれて
しまい申し訳
ございません。

 客殿改修にも
道心さんの、
御仕事も深く
かかわっている
のでございます。


 境内の大木に
手を入れるという
大仕事の前に、

 客殿の雨漏りを
止めるという、
すばらしい仕事を
していただきました。

 拙僧が入山した
当初、客殿は雨漏り
しており、
放置していると
本堂の二の舞だ、
「 どうしょう。
 このままでは
 だめだ。
  どうしょう。

  業者には
 たのめない。」

 山の斜面の
高い建物の屋根
の修理です。

 「 道心さん。
  2人で、
 できませんか ?
  どうでしょう。 」
 
  ちょと
 考えてられました。

 「 和尚。
  できますよ。

  トタン板だけは
  買って下さい。」

   うれしい、
  たのもしい、
  返事でした。

  拙僧は
  出稼ぎにいき
  ました。
  幸いなことに、
  友人の大きな寺院
  の仕事が
  あり、とても
  助かりました。

 足場つくりが
大変でしたが、
境内の樹木を
活用して、
すばらしい足場
ができて、
 安心して
客殿屋根の
張替を、素人2人で
なしとげたの
でした。

 10数年後の
改修工事に
どれだけ貢献
したことでしょう。

、、、、、、、、、、

 「 道心さん、
  本当に
  ありがとう
  ございました。

   ここ数日
  道心さんとの
  日々が
  思い出されて
  心が
  いっぱいに
  なります。

   ふたりとも
  がんこもので
 よくぶつかりましたね

   よりよさを
  もとめるがゆえ
  意見をいいあい
  事をすすめ
   ましたね。

   、、、、、、、
   、、、、、、、 」

駄弁ながら
  道心さまに
    感謝をこめて。

  残月   合掌

<  了以翁の
   まわりに
   どれだけ
   多くの
   方々が
   いらっしゃ
   られたこと
   でしょう。

    400年の
   寺院の歴史
   において
   どれだけ
   の方々が
   ささえてくだ
   さった事
   でしょう。

    私たち
   個人の世界
   でも
   そうです。

    名前も
   知らない
   多くの方々の
   おかげで
   ございます。


   ありがとう
    ございます。
   ありがとう
    ございます。

    神さま
    仏さま
   ありがとう
    ございます。

   全てに
  感謝いたします。

    、、、、

  「 報恩
    謝徳 を 」

  「 はい 」 >

 失礼いたします。

  末筆ながら
   よき一日で
  ございますように

 愚僧  萬拝

   
 

 


7月16日(水)  恩人の死  2

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   掃除から
 始りました
 小さな境内
 ですが、
 8割は山の斜面
 なので、
 大変、危なく
 体力を使うもの
 でした。

   数十年の
 手を入れないと
 いう期間は、
 原型の地形を
 とどめて
 いなく、
 なにがなんだか
 わからない
 状態でした。


  そういえば、
 よくおっしゃつて
 ました。

 「 和尚が、
 わたしの歳に
 なったら、わかり
 ますよ。 」と。

  体力の
 全てを打ちこんで
 くださいました。
 
 15歳ほど、年上
でしたので、そうとう
しんどかったかも
しれません。
  ほんとうに
 ありがとう
  ございました。

  精神の力も
 すばらしく、
 ロープ使いは
 完璧でした。

  仕事の前は
 必ず、
 「 千手観音さま
   了以翁 」に
  お祈りしてらっ
 しゃいました。


  二人して
 祈らざるおえない
 ぐらい、あぶない
 仕事が多く
 ございました。

  大木の手入れ
 は、事故が時々
 発生いたします。
  しかし、一度も
 事故もケガも
ございませんでした。

 「 観音さま
   了以さま 」の
ご加護の賜物
だったのでしょう。

 、、、、、、、、、、、


 恩人は、初日に
 『 今日から
 名前を変えます。
  < 道心 >
  です。
  よろしく
 お願いします。 』
  と 。

  二人して
 とても、青臭い
 心ですが、

  『 世のため
    人のため 』

  で、手と足
    体、精神を
   使って
   いました。

  報酬は前提でない。
  無い。
  無くても、いい。

  『 やらざる
     おえない 』と。


 、、、、、、、、、、、、、


  大仕事を
 おえて数年後
 こう語ってました。

 「 和尚。
    よく
  あんな事が
  できたな、と
  思います。

   今だったら
  できませんよ。

  不思議です。」

 、、、、、、、、、、


  「 道心さん
   本当に
   ありがとう
  ございました。

    わたしも
   全力を
   尽くします。

    どうか
   お守り
  くださいませ。」


 駄弁ながら
   感謝をこめて。

  残月  合掌


<  先日の
  大雨で
  枯れていた
  大木が
 倒れていました。

  大悲閣道という
  川沿いの道に
  ある
  紅葉の大木
  です。

   しみじみと
  眺めて、さすり
  お別れしました。
 ( 根の石まで
   拾いました )

  その次の日、
 病院から連絡が
  ございました。>

  失礼いたします。
末筆ながら
 よき一日で
  ございます
    ように。

愚僧  萬拝

7月15日(火)  恩人の死

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 恩人は、ある日、
ふらっりと、寺に
来て下さった。
(15年前か?)

 客殿で、珍しく
小学生の女の子
2、3人とお話して
いる時でした。

 真黒に日に焼け
た、大男で、
「 この寺で
 はたらきたいの
 ですが、
  どうでしょう 」
 と、
おっしゃいました。

 すぐに、判断
できないので、

「 一週間後に
また来て下さい。
今、バタバタして
いますから。 」

話しました。

 時々にたような事
はあるので、
「 どうだろうか、
来てくれるだどうか?
 旅の者と、
いってたけど
 どうだろうか??」
と、
思っていました。

、、、、、、、、、、、


  すると
どうでしょう。

 また、来てくれ
ました。
 10年以上
世間を捨て
社会から離れ
一人で
 旅をしている
とのことでした。

 普通に見たら
こわい感じの
荒くれ者てな
雰囲気なのですが、
人間は悪くないと
存じました。

 「 手伝って
 くださったら、
 ありがたいし、
 うれしい。

  御礼は
 できない。
 そう収入はないの
 です。

  しかし、
 ご飯は
 わたしが作ります。
 寝る所は
 あります。
 小さな小屋
ですが、あそこで
よければ、
いいですよ 」

 それから、
7、8年でしょうか
2人で、大仕事を
いたしました。

 30年以上
手をいれてない
山寺の境内を
整備するという、

 命がけの
大変な仕事でした。

 拙僧が
この寺に来た目的を
はたした、
と思えるぐらいでした。


 なんせ、
客殿からの
眺望が、
よみがえったの
ですから。

  『 絶景 』
 < great  view >
 の再現は、

 この人物
のおかげでご
ざいます。

 嵐山 大悲閣
千光寺の
大恩人でございます。

  つづき ます

駄弁ながら
  御恩を
  感じながら

 残月  合掌


< 渓谷で
  小さな滝を
  眺めて
  いました。

  一応、
  自分で
  自分の手足で
  できることは
  おわったな

  さあて、
  次だな、と
  思った
  何日後
  だったでしょうか?

  この出会い。

  小生、
  神仏に
  観音さまに、
 「 道心さま 」に
 心の奥の奥から
 感謝を
 捧げたく
 存じます。

 有難き事で
 ございました。
 「 道心さん
  ありがとう
  ございました。

  つらい事も
 山のように
 ございましたね。

  でも、2人で
 やりとげました。
 ありがとうござい
 ました。

  御恩は
 けっして
 忘れません 。
  ・・・・・・・・
  ・・・・・・・
        >

失礼いたします。
 末筆ながら
よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝
 

   先日、
 「 有頂天 」
 ( うちょうてん )に
 ついて
 お話いたしました。
 おおざっぱに。
 ( 微笑 )
  自分自身で
 その事は、
 自分自身の問題と
 して、考えてて
 くださいませ。

 「 いったい
  どういう事
  なのか ? 」

 「 どのような
   意味が
   あるのか?
  ( 役割 )
  ( 価値 ) 」


 第9 が
 「 有頂天 」 です。

 、、、、、、、、、、、


 第1 離生喜楽
   ( りしょう きらく )


 第2 定生喜楽
 ( じょうしょう きらく )


 第3 離喜妙楽
  ( りき みょうらく )

 第4 非苦非楽
  ( ひく ひらく )


  内容は
 ご一緒に、
 考えたいですが、
 まず、
 漢字だけを
 観てくださいませ。

  ちょと、
 わかるような
 気がいたします。
  ( 微笑 )


   つづき ます

人間の長い歴史から
 うみだされた、
  遺産・宝で
 ございます。
  
 私たち、
 小さな自分で
ございますが、
 感謝して
学びたいもので
 ございます。

駄弁ながら
  敬と愛を
 こめて

 残月  合掌

<  みらい
   かこ
   すべてを
   わすれ
   深呼吸

    だれが
   なにをば
   むねに
   おさめる >

 失礼いたします。
末筆ながら
 よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝


 
  言葉・用語・概念を

 正しく使える

 ようになりたい

 ものでございます。


   とくに、

  哲学・宗教の

  言葉・用語は

  むずかしいものが

  あり、やになり

 がちでございます。


   でも、
  忍耐つよく

  < 愛 >を
  もって、
  考えたいと
  存じます。

、、、、、、、、、、、、、


 < 知りたい >
 つまり
 < 「 知 」 を
   愛すること >が

  哲学といわれます。

 それも、より
 根本( こんぽん )
 原点( げんてん )
 なことを

 思い込み
 決め込み
 前提( ぜんてい )
 などから

 離れて考えます。
 ( 自由に )


 、、、、、、、、、、


 おそらく
そのような事を
したら、

 疑問に
思ったら

 不安に
かられ、
< 日常生活 >が
ぐらつき

 いやだ
 よくない
 だめだ

となりそうです。

、、、、、、、、、、、


 でも
トマト 一個
キュウリ 一本を

より愛するために


< 日常生活 >を
より いきいきと
生き抜くために

 ともに

 哲学者
 宗教家
 になり

< 生命の真理 >
 を身につけ

 真の
 ただの

 『 人間 』に
 なりたいもの
 でございます。

、、、、、、、、、、、、



 奇奇怪怪の
現代世界
日本社会
 において

「 思い 」あふれ

「 思い 」みだれ

「 こころ 」 苦しむ
自分自身を

何歳であっても
死ぬまで

成長させたいもの
でございます。

 すべてを愛し
 すべてを信じ
 ともに、
 よりよい、
 日常生活
 社会生活を
 、、、、
 できるようになり

 すこしでも
「 よりよい世界 」
を 築いていき
 たいもので
 ございます。

、、、、、、、、、、、、

 「 禅定 」を
語るつもりが、、、
 ( 微笑 )

「 語る 」前提
      以前の
 小生自身の
点検なってしまい
ました(反省)、
 また、長い前置きに

 なってしまいました。
  すみません。

 、、、、、、、、、、

  人 物 事
  また 
  自分を

  疑い
  信じない
  不安な
  悲しい
  さびしい
  「 自分 」を

  こえるためで
  ございます。


まさに駄弁を
  弄しました
 もし、御読みく
  ださるお方が
 いらっしゃられたら
 うれしく存じます。

  敬と愛を
    こめて
 残月  合掌
 
< 『 禅定 』の
  簡単な意味

  1 こころ
    静かに
    思い
    回らす

  2 真理を
    もとめ
    みつめる
    あじあう

  3 心と身の
    安定
    統一
    ・・・・

  4 心中 歓喜
    身心 安楽
    ・・・  ・・・

  、、、、、

  古代インドの
 言葉 「 dhyana 」

 音写( 発音から )
  < 禅 >
 意訳( 内容から )
  < 定 >
   です。   >

  失礼いたします
 末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝


  了以忌や
 今年は雨で
 なかりけり

  了以忌や
 四百年を
 こえてなお
 お参りありて
 ありがたきかな

  了以忌や
 今年六月
 川施餓鬼
 来年は秋
 屋形船かな


  角倉
 ( すみのくら )
 京の四角
   ( よすみ )
 蔵(倉)という
 人物出でて
 世に尽くすかな


  角倉
 三代三人
 ありがたし
 お家盤石
 お力みちる

 ・ 一代
   了以 さま
  ( 与七 )

 ・ 二代
   素庵 さま
  ( 与一 )
  ( 玄之 )

 ・ 三代
   甫庵 さま
  ( 与一 )
  ( 玄紀 )


  物事は
 三代百年
 続けたし
 個人をこえた
 世の宝なり


 感謝をこめて
  平成火の番
 残月 道忠  
     大合掌


<  現代の
  臨済禅は
  応燈関
 ( おうとうかん )
  三代の
  祖師方の
  おかげで
  ございます。

 1 大応国師
 2 大燈国師
 3 無相大師
   ( 関山 )

  ありがとう
  ございます。
  こころより
  かんしゃ
  もうしあげます。

  いえ、
  ああ はずかしや
  ああ はずかしや
  ああ はずかしや>

 失礼いたします。
  
 末筆ながら
 よき一日で
  ございますように。

 愚僧  萬拝


 
  訂正です。
「 網代傘 」
( あじろ かさ )の
「 傘 」は、「 笠 」
です。
  失礼いたしま
した。
 神奈川のY・T さま
ご指摘ありがとう
ございますた。
 うっかりして
しまいました。
  ( 微笑 )

 どうか、皆さま
注意・ご指摘・
助言など
これからも、
よろしくお願い
 申し上げます。
  < 合掌 >

、、、、、、、、、、、、


 京都
右京区
花園
大本山
妙心寺には、

『 あじろ 』という
精進料理屋さんが
ございます。

本山のみならず
全国の寺院へに
出張されてますが、

 どなたでも
召し上がること
ができます。

 先日、
お世話になり
ました。
すばらしい
ありがたい
体験となりました。

 どうぞ
皆さま方も
ご賞味ください
ませ。


、、、、、、、、、、


 小生、
学生時代、、
妙心寺において、
7年間、
「 鐘つき 」を
させていただき
ました。
 本山の庫裏(くり)
の一角での
住み込み生活
でございました。
 ありがたい
日々で
ございました。

 境内の
夜警という
アルバイトも
ふくめると、
なんと、
12年間も
お世話になりました。

 言葉に
できないくらいの
御恩を感じて
いるもので
ございました。

 今、何もできて
ませんが、また、
できないのかも
しれませんが、

報恩の思いは
いつも、いだいて
いるつもりで
ございます。
( 山僧で
 あってでもで
 ございます。)
 ( 笑 )


 その後、
妙心寺の籍を
いただいて、
おとなりの、
天竜寺の道場へ
入門いたしました。

 ともに
臨済( りんざい )
の、禅宗でございます。

 また、いつか
妙心寺時代のこと
ふれさせて
 いただきます。
  すみません。
( なつかしい
  気持ちが
  わいてきました )
 < 大笑 >

、、、、、、、、、、、


 自分の事を
話してしまいました。
御許しくださいませ。

 駄弁でした。
  失礼申し上げます。

 残月  大合掌

< 「 有頂天 」

 「 非想
   おもわない 」
  とは、
  どういう事なの
  でしょうか ?

 「 非非想
 おもわない事も
  おもわない 」
  とは、

  何
 いってるのかい、
 で ございます。


  いったい
 わたしたちにとり
 「 想い 」とは
 「 思い 」とは

 いったい
 ぜんたい
 何であり
 どのような
 意味が
 あるのでしょうか ?

   つづき ます >

 またしても、
飛びつつ
 失礼いたします。

 愚僧  萬拝

7月10日(木)  今の嵐山  3

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  今日は雨です。

 台風が、近づくので
昨日は、人の流れが
少ない感じでした。

 日本人は、明らかに
少ないですが、異国
の方々は、西洋人も
東洋人も多いです。
 やはり、国際都市
京都なのでしょうか?


 拙僧が、何故、
交通調査員みたいに
人の流れを
数えてはいませんが
 ( 笑 )
感じるのでしょうか?


 それは、
なにを隠そう
あの渡月橋の上の
黙って立っているから
で、ございます。
 約一時間半、
流れをみているから
でございます。
 
 網代傘
( あじろかさ )を
つけているので、
お顔は、拝見できま
せんが( 大笑 )、
 言葉
 体格
 シグサ
 雰囲気
で、あきらかに
日本人ではない
のではと、感じるので
ございます。
( 別に、数えては
  おりません )
 ( 微笑 )


 しかも、
托鉢'( たくはつ )
していると、
日本人よりも
海外の方々の方が
喜捨( きしゃ )して
くださることが、
多い日がございます。
 ( ありがたい )
 ( すみません )


 大悲閣
千光寺は、より
国際化していかなく
てはならないとの、
思いが、さらに強く
しだいで
 ございます。

 世界中の方々に
支えていただいている
のだから、
より世界中の方々に
役立てる
寺院に成長していか
なくてはならないと、

托鉢行を実行する
たびに、
痛感いたす次第で
ございます。


 やはり、ここに
おいても、大切なものは
人間の『 真理 』
のように感じます。
 より普遍性が高く
 どなたにも、
  より通じる、
 何かが必要です。


 私たちをより幸福にし
人生に役立つ、
「 生命 の 真理 」
でございます。


 キリスト教
 イスラム教
 仏教
 ユダヤ教
 道教
 神道
 、、、、
 、、、、
 の、相違をこえた
 何かを
 がばっと
 つかみたいもので
 ございます。

  万教同一
  全て根本は
 同じである、という
事を旗印にしている
新宗教も、多くなって
まいりました。
 すばらしい事で
ございます。


  わたしたちも
 万教
  同一( どういつ )
  帰一( きいつ )の

 この 『 一 』
    ( いち )
 なるものを、
 身をもって
 理解し
 体得実行
 できるような

 人間になりたい
ものでございます。

   つづき ます

駄弁を弄して
  しまいました
   御許しを。
 敬と愛を
    こめて。

 残月  合掌


< 有頂天
 「 うちょう てん 」
 とは ?

  なんと、
 『  非想
   非非想天 』

 「  ひそう
  ひひそう てん 」

  どういう事
 なのでしょうか?
 < なんだ こりゃ >
 でございます。
  ( 微笑 ) >

飛びつつ
  失礼いたします。
末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝
   
 

7月9日(水) 今の嵐山  2

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   南から
  大型台風が
  きそうで、
  昨日より
  その備えで
  バタバタして
  います。

   渡月橋の
  側の
  ボート
  屋形舟を
  避難させて
  ました。

   大型
  クレーン車が
  大活躍です。
  
  屋形舟は
  20数人のりで
  たいそう重い
  ようです。

  側のリゾート
  ホテルの
  送迎用の
  船も
  退避するか。


   水の力は
  大きく
  こわい
  ものでございます。


   水を治めた
  了以翁の
  命日は
  7月12日( 旧暦 )
  新暦では
  いつも雨です。
   ( 微笑 )


   今年も
  7月12日
  午後1時より

   了以翁前
  にて、読経いたし
   ます。

   どなたでも
  参加できます。
  時間もあまり
  かかりません。
  どうぞ、どうぞ。

  おかまい、
  おせったい、
  できませんが、
  お茶とお菓子は
  確実で
  ございます。
   ( 微笑 )


 ご報告と
   ご案内で
    ございます。

 「 真理 」は
   つづき  ます。
      ( 微笑 )

  残月  合掌

< 有頂天とは
  なんだろう。

 「 うちょうてん 」
 人間の一番いい
 精神状態を
 もうします。

  冥想
  禅定
  三昧
  などについて

  伝統的
  学問的
  歴史的な

  知識も
  少し必要かと
  存じますので

  これから
  時々お伝え
  いたします。

   この種類の
  知識は
  理解できたら
  捨ててください
  ませ。
   頭に
  残しては
  ならないの
  です。
   ( 大笑 )

 「 うちょうてん 」
  とは
  どのように
  表現されて
  いるのか ?

  想像してて
  くださいませ。 >

飛びながら
  失礼いたします。
 末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝
  

7月8日(火)  今の嵐山

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  水あふれ
 緑あふれる
 あらしやま
 行き交う人も
 楽しきひと日


  本年は
 なんと異国の
 方おおし
 小さな島を
 もとめくるかな


  人間は
 皮膚色ちがう
 ことあれど
 だれもがやさし
 自然をめでる


  人間は
 言葉がちがい
 むずかしい
 されどみなさま
 犬が大好き
  ( 微笑 )


  およがずに
 船にも乗らず
 日本まで
 人の知恵にて
 空飛びきたる


  自然界
 ここの真理を
 探究し
 法則みつけ
 空を飛ぶかな
   ( 微笑 )


  精神や
 意識の向きを
 変えるなら
 空(くう)をとらえて
 空(そら)を飛ぶかな
    ( 大笑 )


  意識とは
 たえず何かを
 おいもとめ
 空(くう)を知らずば
 疲れ へとへと
    ( 微笑 )


  この意識
 いつかは消える
 この意識
 体もそうだ
 大切にせよ
  ( はい )


  この関係
 いつかは消える
 この関係
 たいせつだいじ
 感謝わするな
   ( はい )


 駄弁駄歌
  されど
   敬と愛を
   こめて
 残月   合掌

<  私たち
  人間は
  動物好きです

   ほんとうに
  柴犬の
  「 すみれ 」
  「 黒松 」
  いたら、

  多くの
  海外の方々も
  よろこび
  たのしそう
  です。

  可愛がられて
  2匹も
  たのしそう。

  そうです
  言葉は
  使ってません。
  ( 微笑 )

  命と命の
  共鳴、
  響き合いかな。


   「 人と犬
  いのちといのち
  ふれあいて
  たましいどうし
  よろこび
    おどる 」 >

 失礼いたします。
   末筆ながら
  よき一日で
   ございます
    ように。

 愚僧   萬拝
 
 

7月7日(月)  真理とは ?  7

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    苦しく
    不安
    悲しい
    つらい
    迷いある

    時
    場合

  なにか、「 真理 」に
したがいたい、
ものでございます。


 何をしたらいいのか ?

 何を思ったらよいのか ?

  その時
  
  その場合

 何をしたらいいのか ?

 何を思ったらよいのか ?


  わからない。
  ほんとうに、
  わからない。

  この「 おこない 」

  この「 おもい 」

  この「 こころ 」

  で、
  よいのだろうか ?


  その時
  その場合

  いったん、
  自分から
  はなれてみます。

  文化・芸術・娯楽
  スポーツ 、、、

  好きなことに
  集中したら
  いいですね。


  好きなことが
  わからなくなったり
  好きことに
  集中できなくなった
  時
  場合、

  「 道 」
  「 真理 」
  「 生命の意味 」
  「 自分の役割 」
  、、、、、

  とか、
  根本的問いが
  はじまりそうです。

   つづき  ます

 駄弁ながら
   敬と愛を
     こめて

 残月  合掌


<  「 ゴミ ひろう 」

    「 花  おくり 」
        

    「 パン ほしい 」

    「 サーカス
         みたい 」

    そうだ

    「 石垣 つくり 」

     いいですね
     個人をこえて
     世代をかさね
     社会全体で
     なすべき事と
     して。

     お城の
     ためでなく、
     防災と
   『 美観 』のために。
     ( 微笑 ) >

 走りつつ
   失礼いたします。
  末筆ながら
   よき一日で
    ございますように。

  愚僧  萬拝

   

7月6日(日) 真理とは ?  6

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   真理 3 の
 五島の福江教会の
 入口の上に、
  刻まれている
言葉の件でございます。

  記憶があいまいな
 愚弟のために、
 奔走してくれました。
   ( 感謝 )

  お伝えいたします。

 『  我は
   道なり
   真理なり
   生命なり  』
   ( ヨハネ伝 )

  ・ 真理
   ( まこと )

  ・ 生命
   ( いのち )

  ・ 我
   ( われ )
   ( キリスト )


 、、、、、、、、、、


  小生の、

  『  真理
     道
     言葉
     愛   』

  だいぶ、
  ちがってました
  ( 笑 )
  でも、
  心は同じです。
  ( 微笑 )


  、、、、、、、、、、


 「 真理 」は

  だれでも
  いつでも
  どんなばあいでも

  ・ 正しい
  ・ 問題なし

  ・ 文句なし
  ・ 不安なし


  ほしいけど
  あるのか ?

 ・ どなたにも よく

 ・ いっつでも
    時代をこえて

 ・ どんなばあいでも
    社会制度
    歴史現実
      をこえて

  、、、、、、、、、

  ・ この人間

  ・ この時

  ・ この場合

   の条件が
   つくような
   現実実際の
   社会
   職場
   町内
   家庭
   交際
   、、、、、
   ようです。

    しかし
   これでは
   「 つらい 」
   「 不安 」
   「 いい加減に
    なりそう 」
   「 環境
     状況
     流行
   なりゆきまかせ 」
    
    なりそう。

   そして、
   
    どのような人
    どんな時
    どんな場合

    でも
    通用するのは
   「 通貨貨幣 」
   なのか ?
   と、

   思いがちです。

    国家体制制度
   でちがう、
    やはり

   「 金 」( きん )
  「 金剛石 」
  ( ダイヤモンド )
    なのか ?

    あらゆる
   < 民族 >
   < 集団 >
   に、

   通用し
   安心できる
    『 もの 』。

   安心 ?
   生命をまもる ?
   我を維持する ?


   つづき   ます

 駄弁ながら
    敬と愛を
   こめて
 残月  合掌


<  小生の
   幼稚園時代
  ふるさと五島
  福江島で
   「 大火 」が
  ございました。

   ひどい惨状
  だったようです。

   しかし、
  街の中心部に
  あった
   福江教会のみ
   ぽっんと残ってい
   ました。

  後で知りましたが、
   なんと、
   信者さんたちの
    働きのおかげ
    だったそうです。

   愚僧、驚き、
  感動いたしました。>

 走りながら
   失礼いたします。
  末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

 愚僧  萬拝
    

7月5日(土) 真理とは ? 5

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  すみません。
 昨日、文字を間違え
ました。失礼いたしま
した。ご容赦ください
 ませ。

 「 権力
   権威 」
 と、するところを
 
 「 権威
   権威 」
 と、
 してしまいました。
 反省いたします。
  おゆるしを。


  、、、、、、、、


『 真理 』
を、もとめる気持ち
心・精神が
しっかり
していないと、

つい、
わたしたちは、

利得・名誉を
もとめやすくなる
ような気がいたします。

  また、
つい、
わたしたちは、

『 権威
  権力 』
に、
 たより
 あまえ、

 自己放棄
 自暴自棄
 無関心
 無責任
 人まかせ
   ( 微笑 )
 風まかせ
  ( 微笑 )
 人気
 大声
 流行
 
 思考停止
 などに
 なりがちです。

 、、、、、、、

 以前の話題の

 「 さとり 」
 「 信仰 」
   と
 「 思考停止 」

 という関係
    問題を


 「 真理 」
   と
 「 権威
   権力 」
 
 という関係
    問題から

 考えたいと
  存じます。

 ごいっしょに
  考えたいと
 存じます。

 『 この世で
 あかるく
 つよく
 やさしく、
  できるだけ
 あやまり
  すくなく
 生きのびる
   ために。 』
   ( 微笑 )


  つづき ます


駄弁ですが
  敬と愛を
  こめて
 残月  合掌


<  現在の
   わが友の
   犬族は

   2匹で
   ございます。

   すみれ
  ( メス・5歳 )
  ( 豆柴 )

   黒松
  ( オス・1歳 )
  ( 黒柴 )

   以前の5匹は
   日本犬の雑種
   でした。

   洋犬なら
    トムとか
    マリー
   とか
   名前をつけたかも
   しれません。
    ( 微笑 ) >

 飛びつつ
  失礼いたします。
 末筆ながら、
  よき一日で
  ございますように。

 愚僧  萬拝

7月4日(金) 真理とは ?  4

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 40年以上前のこと
( 中高生 )
でございます。
 テレビドラマの
主題歌の一フレーズ
だったと存じますが、
あまり、よくおぼえて
いません、ただ、
どうしても忘れられない
言葉がございます。


  「 真理
   人生
   ああ 青春

   つかんだ
   夢 ??
   ?  」


  最初のところが
 いつも、
 気にかかって
 いました。

   『 真理
     人生
    ああ 青春 』

  、、、、、、、、、、


   本来、
  人間は
  真理をもとめるもの。

  いつ
  どこでも
  どなたでも

  ただしい
  いい

  といわれる事

  つまり、
  真理をみにつけ
  せいかつの
  基本・土台
  指針、、
  にしたいもの
  でございます。

  それは、
  わたしたちは、

  今日明日に
  迷うからで
  ございます。
 ( 真剣ゆえに
    人生に
    迷います )


  とくに、
  若い、
  純な
  まだ世間を
  よくしらない
  若者は、

  本来、切に
  もとめます。

  ああ、この心を
  大切にしてやりたい
  ものでございます。

(  この心は、
  若者にかぎらず
  どなたも
  ございます。

   そして、
  大人になり
  忘れがちな
  この心を
  持ち続けていらっ
  しゃるお方が、
  若若しいです  )
    ( 微笑 )

 、、、、、、、、、、、


  真理を忘れるとは
  真理をもとめなく
     なるとは ?

   人間の
   本性の一面
   ですが、

   ある意味
   当然で
   ございます。


  「  利益
     得
     もうけ

     名誉
     評判
  
     を
     目的と
     しやすい。


   この世の
   その時の
    権威
    権威に
   できるだけ
   近ずこうと
   します。


    そして
   成長も
   いたしますが 。

   真理はどこ ?
    ( 微笑 ) 」

  つづき  ます

 駄弁でございます
   でも、大切です。
  敬と愛を
    こめて
  残月   合掌

 <  ことばなく
   いっしょにいきる
   いのちかな
   天地にあふる
   すべてのものは
     ( 合掌 )>

  飛びつつ
   失礼いたします
 末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

 愚僧  萬拝

  
    

7月3日(木) 真理とは ? 3

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  小生の故郷は
 長崎県の五島列島で
 ございます。
  キリスト教の教会が
 多いところです。

  以前、帰省の折
 船の乗りますと
 よく修道院のシスター
 の方々をお見かけ
 しました。

   すると
 「 これから
  父母のいる
  ふるさとへ、
  向かうんだ 」と
 いう思いが
 自然と
 深くなって
 いきました。
 


  今、「 真理とは? 」
 と書きましたら、
 ふるさと五島の
 ある教会の入口の上に
 あった言葉を思い出し
 ました。

  正確ではないかも
 しれませんが、次の
 ような< 言葉 >
 でした。

  『 真理とは
   道であり
   言葉であり
   愛である  』

  いや、

  『  神とは
    真理であり
    道であり
    言葉であり
    愛である 』


   いや、
 < 神 >を、最初に
 もってくるのは
 あまりにロコツですね。

  、、、、、、、、、、、

  ところで、

  「  神とは
    愛であり
    理解し
    許すことである 」

   どなたの
  お言葉だった
   でしょうか ?
  < 真理の言葉 >と
    存じます。
   そのとうりです。

  、、、、、、、、、、、、

   カトリック教会の
  言葉は、五島在住の
  姉に、確認してもらって
  から、正確に
  お伝えいたします。
   ( 微笑 )
   ( すみません )

   この教会には
  もう一ついい言葉が
  入口の横の石に
  刻み込まれています。

   それは、
  聖書の言葉でした。

   おおざっぱな
   内容ですが
   ( すみません )

  「  お供えを
     もって
    よくお参りして
    くださいました。

     しかし、
     もし、
    兄弟姉妹
    仲間で
    ケンカしている
    のならば、
 
    いますぐ、
    家にかえり
    仲間のもとへ
    行き

    仲直りしてから
    もう一度
    お参りして
    ください   」

    なんと。
    すごい。

    仏教寺院の
    門の横には
    あまりないような。

    そうでした、
    色んな教会の
    入口の
    言葉には
 いつも感動いたします

  『  重荷をせおい
    疲れた人は

    わたしのもとへ
    来なさい

    、、、、、、、  』

   愚僧も
   このような
   言葉を、
   早く、
   寺院の入り口に
   はれるよう、
   自分自身を
   高めなくては
   ならないです。
 ( ああ
    はずかしや )

   「  何日の
    何時から
    何時まで
  坐禅しているので

     いっしょに
   坐りましょう  」

   とか、

 「 渡月橋上の托鉢後
   中の島公園での
   辻説法  」

  托鉢は、できるように
  なりましたが、
  < 辻説法 >は
  まだ、できない。

  もっともっと
   もっともっと
  真理体得と
  慈悲のカタマリに
   ならないと
  できない。
   ( 大反省 )

    つづき ます

 駄駄弁を
   弄してしまい
     ました
    おゆるしを。
  残月   合掌

<  昨日 犬の
   名前を
   まちがえました。
   ( 反省 )

   1 花子
   2 ユリ
   3 太郎
   4 さくら
   5 もみじ
   6 すみれ
   7 「 黒松 」

   7を、太郎と
   してしまいました。

   黒松、ゴメン。

   それにしても
   植物園の中みたい
   な、我が犬族です。
     ( 大笑 )>

  飛びつつ
    失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
   ございますように。

  愚僧   萬拝
     

   
 

7月2日(水) 真理とは ?  2

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  いつでも
  どこでも
  だれでも

あてはまること

それを みつけて
それに したがいたい

あんしん だ


 「 ゴミ ひらう 」
 「 花  おくる 」
 「 パン つくる 」
 「 サーカス みる 」

   、、、、、、、、

 「 サーカス みる 」
 より
 「 サーカス する 」
  ( 微笑 )
   できない。

 「 芸術  みる 」
  かたい、です

 「  舞  みる  」
   舞いは、
   生命の輝き ?

  スポーツ・芸能
  スター・アイドル
  芸術( 音楽・絵画、
    など )
  を、総称できない
  でしょうか ?
  ( 無理を承知で )

 、、、、、、、、、、、、、


   すると

 『 ゴミ  ひろい 』
 『 花   おくり  』
 『 パン  つくり  』
 『 舞を  みる  』


  この四つの
 真理にしたがえば

 幸福になれるの
 でしょうか ?
  ( 微笑 )

  なれると
   存じます。

  できるだけ、
 「 ゴミ つくらず 」
 「 ゴミ おとさず 」
 そして
 この世にて、
 「 ゴミ  ひろう 」
 ことが、
 できたら完璧では。


 「 花  そだてる 」
 「 花  めでる 」
 そして
 この世にて
 友に
 「 花  おくり 」
 できたら完璧では。


    つづき ます

駄弁ながら
  敬と愛を
    こめて
 残月   合掌

<  いつのまにか
   愛犬家みたい
   になっています。
   ( 微笑 )

   京都に来てから
  1 花子
  2 ゆり
  3 太郎
  4 さくら
  5 もみじ
  6 すみれ
  7 太郎

   七匹です。
  ほんとうに
  友人です。

  いい友人でないと
  いわれそうですが。
   ( 微笑 )

  飼い主と
  思ったことは
  一度もないです。
  よくないか。
    ( 大笑 )
  ただ、
   いっしょに
  生きてるだけです。
   ありがたい。

    古人ですが
  梅の木にたいして
  自分が主あるじと
  歌ってたお方が
  いらっしゃい
  ましたが、、、、、。
    ( 微笑 ) >

 失礼いたします。
末筆ながら
  よき一日で
 ございますように。

 愚僧   萬拝 

7月1日(火)  真理とは ?

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   本年も後半に
  入りました。
  お互いに、
  なにかは
  ございますで
  しょうが、
   おめでとう
  ございます。

   本年、残り
  六ヵ月、
  たくましく、
  あかるく、
  できるだけ
  ただしく、
  やさしく、
  ともに、
  生き抜きたい
  と願います。


   昨日
  101歳に
  なられたお方と
  電話でお話
  いたしました。
  ( お誕生日です )

  「 いいですか、

   00 さん

  < 生かされている >

   と思えなければ、

   心が

   よごれて

   いるということだ。 」

  「  はい  」


  、、、、、、、、、、、、


  『 生かされて

    生かして

    生きぬく  』

 、、、、、、、、、、、、、


  『  生存

     生活

     生命  』

 、、、、、、、、、、、、


  『  生命

     自己

     神仏  』

 、、、、、、、、、、、


  『 ゴミ おとさず

    ゴミ つくらず

    ゴミ ひろう 』

 、、、、、、、、、、、、、


  『  花  めでる

     花  つくり

     花  おくる  』


 、、、、、、、、、、、、、、


   ゴミ とは ?

   花  とは ?

   いったい
   何なのでしょうか?

   自分の
   いる立場においての
   『 ゴミ 』 とは
   『 花 』 とは

   ここを
   あきらかに
   すれば、
   人生、いきやすい
   かも、しれません。

  
   、、、、、、、、、、、

   どんな場所でも
   どんな時代でも

   『 ゴミ ひろい 』 と
   『 花  おくり 』 は

   よろこばれる事かも
   しれません。
   つまり、
   < 真理 >です。
      ( 微笑 )

   いえ、
   『 サーカス みたい 』
   『  パン  ほしい 』 が
   現実かもしれません。


   、、、、、、、、、、、、


   訂正です( 微笑 )

   『  パン  つくり 』
   『  ゴミ  ひろい 』
   『  花   おくり 』

   を、< 真理 >と
    考えたく存じます。

   (  あまい考え
       大笑い  )

    真理の体得
    真理の実行

    こそ、急務です
    いそが ねば。

   古人 いわく
     「 ゆうゆう と
          いそげ 」

   ・ 人生は、短い
   ・ 自分の意識が
      消えぬうちに
   ・ 肉体が、
      ある間に

    「 意識 」と
    「 肉体 」を
    つかいきりたい
    もので、
    ございます。

     どなたも
    「 使命 」は
    ございます。

     今、まさに、
    苦しみの
    ど真ん中に
    いようとも、

     かりに、
    ひん死の御方さま
    でも、、、。

    つづき  ます

 長い駄弁です
    おゆるしを。
   敬と愛を
      こめつつ。
  残月   合掌

  <  愛犬や
     命のちから
     あふれでて
     男どうしの
     悲哀もかんず
       ( 微笑 )>

  失礼いたします
 末筆ながら
  よき一日で
   ございますように。

   愚僧  萬拝
   


     

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