2014年6月アーカイブ

6月30日(月) 信仰とは ? 16

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  一昨日の駄歌

 「 我(われ)あれど
  < ちから >を
  ぬいて
  神まかせ
  仏しんじて
  からだ休める  」


   我があり
  < ちから >を
  こめて
  神まかせ
  仏しんじて
  だらだら生きる


   日常は
  日々の生活
  お仕事は
  「 心をつくし
    己をつくす 」

   人に会い
  物にふれあい
  ていねいに
  心と体
  ひびきとけあう


    幸福は
   人物事の
   つくしあい
   命ひびいて
   神仏うれし


    誠実や
   ごまかしはなく
   たすけあい
   まちがい弱さ
   ともに おぎなう


    燃焼か ?
   心に体
   なにもかも
   力をつくし
   何かのために


   「 何のため 」
   複雑怪奇
   この世にて
   どうしてよいか
   わからぬ自分


   「 何のため 」
  ここを、きわめる
  修行かな
 < ゴミをひろうは >
  天地の真理


   真理こそ
  自分をささぐ
  ものにして
 < ゴミをおとすな >
 < ゴミをつくるな >

    つづき  ます

 駄弁の駄歌
   されど
  敬と愛を
   こめて
 残月   合掌

<  夏がきて
     愛犬あばる
       命かな  
      ( 大笑 )

  いのちこそ
   ありがたきかな
           >

  失礼いたします
   末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

  愚僧  萬拝
  
 

   昨日の駄歌  1

「  信仰や
  祈りの心
  美しく
  乱れる思い
  しばし休める  」


   祈りとは
  いったい何を
  いうのだろ
  「 思い 」
  と 「 こころ 」
  「 現実 」
  一つ


   苦しみは
  心と思い
  バラバラで
  言葉と行為
  これもバラバラ


   なぜだろう
  「 思い乱れる 」
  原因は
  やっぱりここで
  「 閑坐 数息 」

 、、、、、、、、、、、

  昨日の駄歌  2

 「  美とは何 ?
   思いが消える
   その時か
   調和の世界
   しばし休まる 」


    この思い
   消えるというは
   どんなこと
   自分を無くす
  ( 慈悲の世界か )
    < 微笑 >

  ( 宇宙と一つ )
    < 歓喜 >
  ( 自己の放棄や )
    < 反省 >
  ( 無責任とか )
    < 注意 >


    利己心や
   エゴの思いが
   消えたなら
   一生安楽
   極楽世界
    < 大笑 >

 、、、、、、、、、、、、


  昨日の駄歌  3


 「  変化する
  その奥をみる
  これこそが
  『 観 』の
  目にして
  こころ休まる  」


   いいわるい
  そんだとくだと
  ちいさいぞ
  このものさしは
  どこからおこし


   現実を
  夢( ゆめ )
  幻( まぼろし )と
  かんがえて
  心をこめて
  毎日いきる

   現実を
  「 無相 」ととらえ
  ( むそう )
  我( われ )も無し
  心の極地
  生も死も無し

  ( おそろしや
  ( おゆるしを
  ( みじゅくなれども
  ( けいあい、こめて。
  ( このよのなかが
  ( くるしみに
  ( あまりに
  ( みちているから。。)

    生は無く
   死もまた無くて
   なにが有る
   ただただただた
   仏のひかり
     ( 合掌 )

    つづき ます
   ( 信仰とは?
   ( 終わるつもりが
   ( 笑、はんせい )

 駄弁を弄して
   しまいました
     おゆるしを。
   残月   大合掌


<  ちょっと奥に
  もっと深い
    京都

   俗世を抜けて
 ≪ 違う自分 ≫に
   会える場所  

   嵐山 大悲閣
   千光寺  >

   ありがたい
    お言葉
   そのような寺院に
    成長していきます
    よろしく
    お願い申し上げます。

   「 千光や
    仏のひかり
    かぎりなく
    千手観音
    あなたをまもる 」
     

  長くなりました、
    失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
    ございますように。

  愚僧   萬拝

  

    
   信仰や
  自分と人を
  信じます
  悪人なんぞ
  いやしないぞと


   毎朝の
  新聞に読む
  できごとは
  個人の罪と
  周りの罪も


   条件と
  原因あれば
  罪をなす
  よき条件を
  よき原因を


 、、、、、、、、、、


   信仰や
  祈りの心
  美しく
  乱れる思い
  しばし休める


   「 美 」とは何 ?
  思いが消える
  その時か
  調和の世界
  しばし休まる


   変化する
  その奥をみる
  これこそが
 「 観 」の目にして
  こころ休まる


   我(が)あれども
  「 ちから 」を
  ぬいて
  神まかせ
  仏しんじて
  からだ休める


    つづき  ます

 駄弁の駄歌
   されど
  敬と愛を
   こめて

  残月  合掌

<  俗 と 聖

  「 聖 」とは ?

   耳を 呈(てい)
    する。
   
    つまり
   謙虚な気持ちで、
   心を開き、
   耳を
   かたむける。

  「 神仏 」の声・
     ひびき を
    聞こうとする。

   ( 神仏とは? )
   ( 微笑 )

     つづき  ます>

  飛びつつ
   失礼いたします
  末筆ながら、
   よき一日で
   ございますように。

  愚僧   萬拝
   
    昨日の
  二つというは
  美意識と
  世界観なり
  たいせつな事


   美意識は
  変化するなり
  生活を
  ささえはぐくみ
  安心のもと


   靴( くつ )
  をぬぐ
  次のためにと
  そろえます
  だれかのために
  すみにおくかな


   トイレにて
  紙を三画
  おってくる
  次の人への
  おもいやりかな


   自分から
  自分自身から
  はなれます
  そうだその時
  ゴミひらう人
    ( 大笑 )


   死ぬかもね
  だったらもっと
  したいもの
  整理整頓
  ああ恥ずかしや
   ( 拙僧が )


   死を思う
  この生活は
  ありがたし
  この職場にて
  我つくすかな


   絶景や
  思いは消える
  うつくしさ
  この心こそ
  ああ
  語れない
   ( 微笑 )

  、、、、、、、、


  世界観
 人生観の
 「 観 」こそが
 大切な事
 ともにつくろう


  「 見 」と
 「 観 」
 なにが違うか
 おもしろい
 「 女性観 」とか
 「 男性観 」を


   わたしたち
  思考なくす
  ことをせず
  信じ考え
  行為するかな


   つづき ます

駄弁の駄歌
  されど
   敬と愛を
   こめて

 残月  合掌

<   俗と聖

   俗人と聖人

   どこが
   ちがうのか ?

   聖人は ( ひじり )、
   自分の
   「 非 を 知る 」
   「 自分の
     欠点を
     知り
     よくしたいと
     願う人 」

    つづき  ます>

  またしても
   飛びながら
    失礼いたします。
  末筆ながら
   よき一日で
     ございますように。
 愚僧   萬拝
 

6月26日(木) 信仰とは ? 12

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  抹香の
 くさい話は
 終わりたし
 されど二つや
 まだ、気にかかる
   ( 大笑 )

 6月23日の駄歌

 「 ねがわくば

  <美しく生き
   そしてまた
   美しく死ぬ>
  
  ( ああ )
  むずかしこの世
 ( むずかし人生 )」


   人生の
  美しさとは
  なんだろか?
  いさぎよさ、ぞと
  古人いうなり


   いさぎよさ
   ( 潔さ )
  いったい何を
  いうのやら
  「 清風 名月 」
  ( せいふう
      めいげつ )
  情景うかぶ


   われわれは
  人の谷間に
  生きる俗
  物に埋もれて
  心忘れる


   『本来』の
  ( ほんらい )
  心はいつも
  名月さ
  清き風ふく
  われらが大地
    ( 微笑 )

 、、、、、、、、、、


  ちいさな美
 ここに感動
 歓喜する
 この心こそ
 人のしあわせ


  この指は
 いったいだれが
 つくりしや
 いたんだ指も
 美しきかな


  すべてすて
 すべてはなれて
 みてごらん
 きいてください
 なにかのひびき


  大自然
 大都会でも
 感動す
 されど自然が
 土台のわれら


   つづき ます

駄弁の駄歌
  されど
  敬と愛を
   こめて
 残月  合掌

<  ちょっと奥に
  もっと深い京都、

  俗世を抜けて
  ≪ 違う
     自分≫
   に会える場所 >

  どうぞ、
  風情ある
  路面電車で、
  嵐山へ
  おこしください
  ませ。
    ( 微笑 )


 「 ちょと奥
  ちょと深くの
  自分しる
  ありがたきかな
  有難きかな 」
         
   つづき ます >

 飛びつつ
  失礼いたします
 末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。


 愚僧  萬拝

  

  昨日の駄歌

 「  信仰や
  人生の旅
  色々で
  神仏みかた
  一番の友 」

 「  神仏や
  いったい何を
  いうのだろ
  『 一で全て 』さ
  『 ゼロで
     無限 』さ 』


  、、、、、、、、、、

   真実は
  全ては変わる
  ことである
  我(われ)も
  かならず
  消えるものかな


   真実や
  虚無(きょむ)に
  おちいず
  ひとすじに
  自分を愛す
  全てを愛す


   この我を
  消えゆく我を
  どう愛す
  ここを静かに
  考えつくす


   我汝
  (われ なんじ)
  みとめ信じて
  愛しあう
  自分が消える
  この喜びよ


   自他一如
 ( じた いちにょ )
  自分も他者も
  無かりけり
  光あふれる
  信仰世界


    光とは
  いったい何を
  いうのだろ
 『 閑坐 』
 『 数息 』
 ( かんざ
   すうそく )
 『 自然と一つ 』
   ( 歓喜 )

   つづき ます


駄弁駄歌
  されど
  敬と愛を
  こめて
残月  合掌


<  俗世ぬけ
  ≪ ちがう自分 ≫に
   あえる場所
   奥嵐山
   大悲閣とは

   ありがたや
  責任重大
  覚悟する
 「 こころ 」 と
 「 からだ 」
  つかい尽くせよ


 ≪ ちがう自分 ≫
  とは ?
  なんだろう ?

   つづき ます>

飛びながら
  失礼いたします
 末筆ながら
  よき一日で
 ございますように

愚僧  萬拝
  ございますように
   昨日の駄歌

 「 むずかしさ
  ひるむことなく
  ちょうせんす
  十方三世
  神仏 みかた 」

  、、、、、、、、、


   信仰や
  人生の旅
  色々で
  神仏 みかた
  一番の友


   神仏が
  友であるなら
  おこられる
  先生ならば
  すべては友さ


   神仏や
  いったい何を
  いうのだろ
 『 一で全てさ 』
 『 ゼロで
     無限さ 』
   ( 大笑 )


   信仰や
  神仏をみる
  きくことさ
  心さだまり
  しあわせ
  みちる


   苦しけど
  神の子であり
  仏の子
 『 人 』は人の子
  だけではあらず


   神仏に
  親のようにと
  願います
  やっとどうにか
  人になるかな
    ( 大笑 )


   神をみる
  仏をみるは
  なんだろう ?
  全てを愛し
  全て友達
   ( 微笑 )

    つづき ます

   信仰と宗教と
  神仏と脱俗と
  いい社会つくり
  いい人間になる
  こと が、
  一つになってる
  みたいで、
  ( 本当は
    一つです )
  混乱混沌
  しそうですが、
  どうか
  おゆるしください
  ませ。


  駄弁の駄歌
   されど
   敬と愛を
    こめて
 残月  合掌

<  昨日の
  つづき です。

  あるチラシです。
  ありがたい。
  うれしい。
  責任重大です。

  『 もっと奥に
    もっと深い
    京都

   嵐山
   大悲閣
     千光寺

   俗世を抜けて
  < 違う自分 >に
  会える場所  』

   なんと、
   愚僧の気持ち
    心と同じです。

   京都の路面電車
   の会社の制作です。

   ありがたい事で
   ございます。
   心より
   感謝申し上げます。

   明日、つづきます。>

 飛びつつ
   失礼いたします。
  末筆ながら
   よき一日で
   ございますように。

  愚僧  萬拝

6月23日(月)  信仰とは ? 9

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   昨日の駄歌

 「  世の中は
   おどしあせらせ
   つかれさせ
   悲しき俗世
   しばし
  < 脱俗 >
  ( だつぞく ) 」


 、、、、、、、、、、、


   信仰や
  食事睡眠
  生活し
 < 欲 >の
  調整
  大仕事なり


   人は死ぬ
  いや違うかな
  「 自分 」なり
  『 わたしは
    死ぬぞ
   何月何日 』


   自分自身
  はじめは、どこで
  おわりとは?
  その間には
  何、
  思うべき。


 、、、、、、、、、、、


   ねがわくば
 「 美しく生き
  そしてまた
  美しく死ぬ 」
 ( ああ )
  むずかし
  この世。


   むずかしさ
  ひるむことなく
  ちょうせんす
  十方三世
  神仏、みかた。
   ( 大笑 )


  註、十方三世。

    あらゆる
     空間。
     四方
     八方
     上下

     過去
     現在
     未来、
    あらゆる
     時間。


    つづき ます

 駄弁の駄歌
   されど
   敬と愛を
     こめて

  残月  合掌

<  あるマスコミの
   取材でした。

    了以翁に
   関することです。

   「 渡月橋の
    上流の山中に

    寺院を
    つくったの
    ですから、

    翁の
    < 脱俗 >の
    心も
    伝えて
    くださいませんか 」

    没 でした。
    残念 ( 微笑 )


     ところが、
    どうでしょう、
    驚き
    歓喜すべき事が
    発生いたしました。
    2・3日前。

      明日に
    つづき  ます。 >

  飛びつつ
    失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
   ございますように。

  愚僧  萬拝
  昨日の駄歌

 「  現実は
   なかなか困難
   理想は遠い
 < 希望・忍耐 >
   しっかり保つ 」


 「  無我と空
   人のやすらぎ
   ここにあり
   されどこの世を
   花園となす 」

 、、、、、、、、、、、


   信仰は
  希望・忍耐
  たもつこと
  大きな心
  はたらく手足


   希望とは
  自分自身を
  すてぬこと
  この世の中を
  すてぬこと


   欲をすて
  願いに生きる
  わたしとは
  自分をすてて
  自分をたもつ


   忍耐は
  いったい何を
  いうのだろ
  結果あせらず
  天地の心


   世の中は
  おどしあせらせ
  つかれさせ
  悲しい俗世
  しばし「 脱俗 」

 、、、、、、、、、、


   無我空を
  ( むが くう )
  語る寺院の
  大きさよ
  言葉をすてて
  慈悲に生きたし


   無我と空
  心、しずかに
  理解する
  天地の慈悲が
  体にしみる

    空にたつ
   ( くう )
  光をあびて
  たのしけり
  やさしい笑顔
  やさしい言葉


   つづき ます

 駄弁の駄歌
   されど
  敬と愛をこめて

 残月  合掌

<  本日
  6月22日は
  了以翁の
   長男、
  ( 素庵さま )の
  命日で
  ございます。

  寛永9年
  ( 1632年 )の
  ことでございます。

  本墓は
  京都 嵯峨
  あだしの
  念仏寺に
  ございます。

  竹林の中の
  立派な
  墓石で
  ございます。


   とても
  すばらしい
  生きざまで
  ございます。

   人間
  私たちの
  この世において
  俗世の悲苦喜楽
  にいて
  俗世に
  しばられない
  「 脱俗 」
  「 超俗 」の
  心を、
  貫き通された
  ような気が
  するからで
  ございます。

   つづき ます >

 雨ですが
   飛びながら
  失礼いたします。

  末筆ながら
 ともに、よき一日で
  ありたいもので
   ございます。

 愚僧  萬拝

6月21日(土)  信仰とは ? 7

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   悲しみや
  つらき現実
  ありまする
  ここで「 忍耐 」
  理想のために


   悲しみや
  つらき現実
  ありまする
  ここで「 希望 」を
  理想のために


   現実は
  なかなか困難
  理想は遠い
 「 忍耐・希望 」
  しっかり保つ


   現実と
  理想のすき間
  つらき事
  あきらめないぞ
  これぞ信仰


   心でも
  すき間生じる
  ことがある
  理想を信じ
  大志をいだく


   やけっぱち
  自己放棄かな
  苦しさよ
  何かを信じ
  心をまもる


   信じます
  天地の流れ
  とうとうと
  命と心
  守りてやまぬ


   我をすてて
  天地の流れ
  感じれば
  現実・理想
  正しくたもつ


   正しさや
  いったい何を
  いうのやら
  むずかし事ぞ
 「 無我 」のみ
   のこる

、、、、、、、、、、、、、

   無我はなに
  いったい何を
  いうのやら
 『 自分をすてて
  まわりに尽くす 』

 『 神を感じて
  すべてを愛す 』

 『 仏に出会い
  感謝にいきる 』

 『 食って食らわず
  泣いても泣かず 』
     ( 大笑 )

 『 正義・大我に
  つかれて休む 』

 『 利益をもとめ
  つかれて眠る 』

 『 なすべき事は
  なにも無いです 』

 『 あるがままなり
  この世で遊ぶ 』

 『 理想郷をば
  作る仕事さ 』

 『 信仰ですぞ
    嫌いも愛す
  ( 苦痛をにげず )
  ( 楽におぼれず )
  ( 結果をしらず )
  ( 損得しらず )
  ( 増減しらず )
  ( 老死をしらず )
  ( 有無をしらない )
  ( 過去をしらない )
  ( 未来をしらず )
  ( 自分をしらず )
  ( あなたをしらず )
  ( 何も知らない )
  ( 何も持たない )
   、、、、、、

、、、、、、、、、、、、、、


   無我と空
  人のやすらぎ
  ここにあり
  されどこの世を
  花園になす


 駄弁の駄歌
  されど
   敬と愛を
    こめて
 残月  合掌


<  本日は
  夏至( げし )で
  あり、
  風流なことを
  おはなし
  しょうと存じましたが
  昨日で
  「 信仰 」が
  終わって
  しまったと
  感じられては
  よくないと
  存じ、
  バカな
  話になりました。

  わかりきった事
  かと存じます。

  実行実践が
  大切です。

 「 ともに、
  この世で
  この時代で
  この社会で、

  自分と社会と
  世界と
  あらゆる存在と

  いかしあい
  たすけあい
  ささえあい
  みとめあい
  はげましあえる

  生き方 」
  ( 理想 )を
  していこうでは
  ございませんか。

  「 不可能 」
  「 無理 」
  「 むだ 」
  では、
  ございません。

  「 可能です 」
  「 無理でない 」
  「 むだ でない 」

  『 信じます 』
  この理想を
  信じます。

  理解をこえて
 『 信じること 』
 が、大切なようです。
  行為のために。
  

  でも、まず、「 理解 」を
  ともにしたいと
  存じます。
  ( 人間について )
 

   つづき ます >

 本日は
   蓮華の美しさを
    語りたかったです。
    ( 大笑 )

  失礼いたします
   末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

  愚僧  萬拝
    
    
 

6月20日(金) 信仰とは ? 6

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   昨日の駄歌

   宗教は
  アヘン麻薬と
  人のいう
 「 現実のみで
  理想を捨てる 」

  忘れてました。
 
 「 理想のみで
  現実を捨てる 」

 、、、、、、、、、、

  信仰や
 現実に立ち
 明日へと
 理想をめざす
 心の土台


  信仰や
 いやな現実
 受け入れて
 今日を忘れず
 明日へ向かう


  信仰や
 たのし現実
 おぼれずに  
 今日を忘れて
 明日へ向かう


 、、、、、、、、、

  信頼や
 いったい何を
 いうのやら
「 月にお日さま
 空気に水か? 」
  ( 微笑 )
 ( 現代日本
  では、
  むずかしい、
  反省 )

「 友達家族
  お町内かな 」

「 心に体(自分の)
  信じきれるや 」


   つづき ます

駄弁の駄歌
  されど
 敬と愛をこめて

 残月  合掌

< わたしたちは
  どのように
  世界を認識
  しているのか?

  どのように
  とらえて、
  考え、
  思い、
  感じ、
  生きて、
 いるのでしょうか? 

  1  現実 のみ
  2  理想 のみ
  3  現実と理想
  4  現実も理想もない
       ( 微笑 )

    つづき ます

  いっしょに
   かんがえて
    くださいませ。

   つよく
   ただしく
   やさしく
   あかるく
   きらくに
   きよく
   みんなと
   生きて

   そして
   死ぬために。
   ( 微笑 ) >

 失礼いたします。
  末筆ながら
 よき一日で
  ございますように。

  愚僧  萬拝
  
 
   宗教は
  アヘン麻薬と
  人のいう
1 「 自己の快楽
   全てを捨てる 」


2 「 今を楽しみ
   明日を捨てる 」

3 「 現実のみで
   理想を捨てる 」

4 「 悲苦なれど
   感覚を捨つ 」

5 「 自分のみかな
   家族を捨てる 」

6 「 中毒になり
   からだを捨てる 」


   正しく
  受けること、
  「 正受 」
 ( しょうじゅ )を
 大切な事として
 時々、語って
 まいりました。

  しかし
 次がございます。


  禅宗の修行者を
 < 雲水 >
  ( うんすい )と
  よびます、
  まさに、
  自己否定
  のすばらしさ、
  なのですが、
  自分を捨てる
  ことが、
  自己放棄
  無責任に
  なりかねません。

  悪くなれば、
  悪くすれば、
  命令次第
  権威のママ
  権力のママ

  に、
  なりかねません。

  あらゆる
  宗教に、
  あてはまる事
  と存じます。


  現実を受け入れる
  だけで、
  現実を変革しない、

  恵まれた方々の
  ご趣味に
  なりかねません。

  また、
  宗教信仰は
  知性がおとる
  人々や、
  奴隷のために
  あるのだ、とも。

  でも、
  本当はちがいます。

  そのような
  側面・弱点は
  ございますが、

  本当は、
  真の意味は
  ちがいます。

  「 正受 」の次が
  あるので
  ございますから。


   つづき ます

 駄弁ながら
   天地のために
  敬と愛をこめて

 残月   合掌

<  つらい
   かなしい
   くるしい
   不平
   不満
   不服

 1 自分の成長
       改革
       改造
       変化

 2  自分以外
     ( 宇宙 )
     ( 地球 )
     ( 世界 )
    ( アジア )
    ( 日本 )
    ( 東北 )
    ( 九州 )
      ・・
      ・・
    ( 町内 )
    ( 親族 )
    ( 家族 )
    ( 友人 )

    の成長
     改革
     改造
     変化

  自分と自分以外は
  本来、一つ
  ですが、
  、、、、

  1 を第一に
    そして
    第二段階で
    2 へ
  やはり、
    2 からだ
  どうしても
    2 からだ

  1 しか できない
    死、
   「 個人の死 」は
    1 である。

  1 と 2 の
  バランス
  調和が
  大切
  なのでしょうか?

    つづき ます >

  飛びながら
   失礼
    いたします。
  末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

 愚僧   萬拝

6月18日(水)  信仰とは ? 4

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   昨日の駄歌

 「  天地とは
   いったい何を
   いうのやら
   命の根源
   心の元気 」


 、、、、、、、、、、

   なに信ず
 「 命の根源 」
  そしてまた
 「 心の元気 」
 われの
 『 原点 』


  我われの
 『 原点 』つかみ
 うれしかり
 しかし
 『 終点 』
 どこなのでしょか?

 、、、、、、、、、、


  『 原点 』を
 つかめば嬉し
 歓喜です
 『 終点 』しれば
 大安心だ


  『 終点 』は
 いったい何を
 いうのだろ
 「 死ぬこと 」
  なのか
  地球崩壊 ?
 ( ちきゅう
    ほうかい )
  < 大笑 >

 、、、、、、、、、、
     

  人類の
 歴史の中に
 『 言葉 』あり
 過去の蓄積
 ありがたきかな


   つづき  ます


 駄弁の駄歌
   されど
   敬と愛を
     こめて

 残月  合掌


<   ご案内で
   ございます。

    嵐山
   大悲閣の
   専属画家
 ( すみません
   勝手に、
   もうして
   おります。 )
   の作品一つ。

    前作は
   大悲閣
   客殿からの
   『 絶景 』でした
   ( 入口
     階段の側
     常設 )

   今回、
   真冬の
   雪の嵐峡
   『 亀嵐渓 』
   ( 題 )

   嵐山と亀山の
   間の
   冬の渓谷の
   風景です。

   文字にした
   だけで、
   涼しくなって
   きました。

   今夏、
   寺院にて
   常時展示
   いたします。

   「 観音や
    夏でも涼し
    あらしやま
    二町のぼりて
    おいでやす
    かな  」

  、、、、、、、、、

   6月17日より
      22日まで 
   10時から
     18時まで

   京都府立
    文化芸術会館
    2F
    「 金曜会
      日本画展 」

   また、
   涼しくなって
     きました。
     ( 微笑 ) >

  飛びつつ
   失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
   ございますように。

  愚僧   萬拝
   

6月17日(火)  信仰とは ? 3

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 「 献身なき
    信仰は
    罪である 」
 (マハトマ・ガンジー)

 、、、、、、、、、、、

   わたくしは
  かみであるから
  ばんのうさ
  ぜんちぜんのう
  みんなとちがう


   わたくしは
  かみのこかもね
  じしんもち
  あかるくいきる
  みんなとおなじ

 、、、、、、、、、、、

   わたくしは
  あなたとちがう
  とくべつだ
  ゆうきりんりん
  みんなとちがう


   わたくしは
  あなたとおなじ
  ふつうかな
  ゆうきりんりん
  みんなとおなじ

 、、、、、、、、、、、


   くるしみは
  じぶんでつくり
  かなしむさ
  あなたのことは
  わたしはしらぬ


   くるしみは
  このよがつくる
  かなしさか
  じぶんのことさ
  わたしはしるよ


 、、、、、、、、、、


   たのしみは
  じぶんでつくり
  よろこぶさ
  じぶんのことで
  あなたはしらぬ


   たのしみは
  みんなでつくり
  ありがたい
  あなたのことで
  じぶんはしらない


  、、、、、、、、、

   献身や
  いったい何を
  いうのやら
  いやなことでも
  天地のために


   天地とは
  いったい何を
  いうのやら
  命の根源
  心の元気


  「 いやなこと 」
  いったい何を
  いうのやら
  小さい自分
  好き嫌いなし
   ( 微笑 )

 、、、、、、、、、、

   つづき ます

駄弁の駄歌
  おゆるしを。
   ともに 
  生きるために。

 残月  合掌


 <  この世から
     不平
     不満
     不服
     不幸

     不眠
     不食
     、、、
     、、、

   などが
    少しでも
    へって
    いきます
    ように   >

 またまた
  飛びながら
   失礼いたします。

 末筆ながら
  よき一日で
   ございますように。

 愚僧   萬拝
     

  
  
  
    人間は
  「 行う 」
  「 思う 」
  「 感じる 」
  「 信じる 」
  「 話す 」
  「 聞く 」
   ものである。

  「 行わない 」
  「 思わない 」
  「 感じない 」
  「 信じない 」
  「 話さない 」
  「 聞かない 」
   ものである。


  ここで、
  < 信仰 >の
  意味は
  どこに
  あるのでしょうか?

   昨日の言葉

  「 献身なき
    信仰は
    罪である 」から

   考えるのも
   おもしろいかも
   しれません。

  「 罪( つみ )」
   とは何か ?
   でございます。

  「 罪悪(ざいあく)」
   とは何か ?
   でございます。

  、、、、、、、、、、、

   『  思う  』
   『  考える  』
   『  念じる 』
   『  信じる 』
    、、、、、、

    と
   自分の
   精神を分けて
   考えみたいと
   存じます。

  「 よりよく
   生きるために」

   ここが
   大切です
   考えるための
   考えは、
   しない。( 微笑 )
   できない。( 大笑 )

    つづき  ます

 駄弁ながら
   敬と愛を
     こめて
  残月   合掌

 < ところで、
   いったい
   小生は、
   何を
   どういった事を
   信じて
   いるのだろうか ?

   『 こころ 』
   と
   『 ほとけ 』
   と
   『 すべて 』
   は
   同じである。

   という事
   だろうか ?

   これを、
   ひたすら
   どうにか
   実行実現
   しようと
   しているのかも
   しれません。
   、、、
   、、、

   つづき ます >

 すみません
   飛びながら
  失礼いたします。

  末筆ながら
 よき一日で
   ございますように。

  愚僧  萬拝
   
   昨日の言葉を
  ちょつと、間違えて
  しまいました。
   すみません。
  以後、
   注意いたします。
  ご容赦ねがいます。


   「 献身なき
    宗教は、
     罪である。 」

    ガンジーの
   正しい言葉は

   『 献身なき
   < 信仰 >は、
      罪である。』

    でございます。


  、、、、、、、、、、、、、


  < 信仰 >とは ?

  < 信( しん )じ
     仰( あお )ぐ
     とは ? >

  「 何 」を、
   信じ、仰ぐのか ?

 
  、、、、、、、、、、、、


  「 何 」を
   敬( うやま )い
   大切し
   大事にし
   愛し
   慈( いつくしみ )
   たいのだろうか ?

   わたしは、
   人間は、
   現代日本人は、
    、、、、、

  、、、、、、、、、、、、


   「 和敬清寂 」
  ( わ けい
     せい じゃく )

    わたしたち、
   人間がもとめる
   理想の世界
        国家
        社会
        会社
        学校
        職場
        家庭
        交友
        近隣
        身体
        精神
        、、
        、、
    のような、
   気がいたします。

  、、、、、、、、、、、


  そのために、
  何を
  信じ
  仰ぐ
  べきなので
  しょうか ?


  いっしょに
  考えたいと
    存じます。


  『 現実から
  はなれず
  きびしく
  つらく
  かなしく
  くるしい
  現実の中で、

   自分を愛し
  自分以外を
  愛しながら、
  この世の
  苦しみ
  悲しみを
  できるだけ
  へらせるような
  生きかたは
  できない
  だろうか ?』

 ( 「 現実 」とは
   社会人
   学生
   家庭人
   市民で
   ありながら、
   という事
   でございます。)

  、、、、、、、、、

   しかし
  < 信仰 >という
  言葉から
  考えて
  いくのも
  おもしろいかも
  しれません。

  いえ、
  宗教者・僧侶なら
  きちんと
  体得し
  説明する
  義務・責任が
  ございますね。


  つい、
  一人の人間と
  して、このように
  いたしております。

   反省
   大反省
   ( いつもじゃ
     ないか )
   ( 大笑 )
   ( 笑えない )


 駄弁を弄して
   しまいました
  されど
   敬と愛をこめて

  残月  合掌


<   昨日
   職業人は
   むずかしと
   かたりましたが、

   わたしも含め
   みな
   社会人であり
   職業人であります

   むずかしくても
   やりとげたい事
   でございます。

   実際
   現代日本の
   職業人で
   大きくなられ、
   かつ、
   「 こころ 」と
   「 よき
    生きかた 」に
   ついて、

   はっきりと
   つよく
   ていねいに
   なんどでも、

   語られて
   いらっしゃいます。


   なんという、
   ありがたさ、
   日本の宝・
   日本人の手本
   でございます。

   鹿児島出身で
   京都で創業し
   世界に貢献して
   いる人物が
   いらっしゃいます。

   この人物にも
   学びたい
   ものでございます。

   長くなりました
    すみません。 >

  失礼いたします
   末筆ながら
  よき一日で
    ございます
     ように。

 愚僧   萬拝


   
    生まれきて
   やすらぎもとめ
   四十年
   いったいオレは
   いったいオレは


    勉強だ
   学歴だぞと
   追われきて
   野球もなにも
   できない子ども

    家の中
   お金お金の
   朝夕で
   いったい何が
   大切なのか


    この家に
  「 神も仏も
    いないのか 」
   彼の叫びに
   涙ながれる


   五百円
  コイン一つの
  自由より
  だれかが側に
  いていてほしい


   大人きめ
  少年くるし
  序列かな
  上にあこがれ
  下をみくだす


   少年の
  純なる心
  美しや
  上をとうとび
  下をたすける


   大人たち
  純なる心
  狂わせる
  上をにくしみ
  下をあなどる


   本来は
  上も下とも
  無きことを
  教える大人
  少なしこの世


   疲れはて
  病院へいく
  おいでやす
  薬はこれで
  朝昼晩ぞ


   薬づけ
  しずかなオレは
  いい子かな
  不平不満が
  ないがよいのか


   ぼんやりと
  空をながめて
  めでたしや
  生きる力は
  うすれていくよ


   おとくです
  さらにおとくは
  これですよ
  そんすことは
  あほかばかです


   世の動き
  心も愛も
  無いだろと
  語る男の
  かなしい笑顔


   我が友に
  この世の中の
  悲しみが
  あふれあふれて
  つらさ みにしむ


 駄弁の駄歌です
   されど
   敬と愛と
    覚悟をきめて

 残月   合掌


<  本当の意味の
  宗教の働きが
  まだまだ、
  少ないのでしょうか。

    この世
   つまり、
   現代社会の
   『 損得 』
   ( そんとく )
   中心の
  「 物事の見方 」
   でない、
  「 見方 」を、

    語り
   実行している
   人・宗教者・
   僧侶が
   少ないので
    しょうか?

    反省で
    ございます。

    職業人は
    むずかしい
    しかし、
    、、、、、、

    ガンジーの
   ( インド人 )
    言葉がうかんで
    きました。

  「 献身なき
     宗教は、
      罪である。 」

    大反省  >


 飛びながら
   失礼いたします。
  末筆ながら
    よき一日で
   ございますように。

  愚僧  萬拝
 

  
  
  

6月13日(金) 国際伝道 50回目

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   ありがたや
  あらしの山の
  大悲閣
  国際伝道
  五十回なり

   みなさまの
  おかげさまなり
  ありがたや
  ひとつ花さき
  みんなでめでる


   花は花
  うつくしくある
  命の花よ
  その一時は
  永遠なのさ


   一時を
  一回だけを
  心こめ
  無限永遠
  いのち慶ぶ


   うれしさや
  どうにかつづく
  50かい
  こころつながる
  いのち700


   龍神が
  みなさま方を
  守ります
  時空をこえて
  心の中へ
  < 喝 >


 駄弁ながら
   感謝と責任を
    感じつつ
   反省しながら
    、、、、
  残月   合掌

<  1回目
     3月12日

   50回目
     6月12日。

   、、、、、、、、、

   人の
  しあわせとは ?

 『  もつことと
  おこなうことを
  のりこえて

  あることのみの
  花をさかせよ 』


 『  こころ
    ひらき

    たましい
    みがき

    いのち
    あじあう  』
           >

  飛びつつ
   失礼いたします。
 末筆ながら
   よき一日で
  ございますよう。

 愚僧   萬拝
  
  境内に
 六月の俳句の石碑
が、ございますので
ご紹介させて、いただき
ます。( この月が
過ぎてしまわぬ
うちに。 )

 参道の途中に
ございます。まさに
鐘楼を見上げようと
しましたら、目の中に
飛びこんでまいります。
 ( 微笑 )


『  六月や
  峰に雲おく
  あらし山  』
 ( はせを翁 )

 「六月や」は
芭蕉の句集の中で
「 みなづき や 」
でなく、
「 ろくがつ や 」と
読み仮名を
つけていました。


 元禄七年
閏五月下旬から
六月中旬まで、
嵯峨にある落柿舎
( 弟子 去来の庵 )
に滞在した時の一句
のようです。

 ただし、旧暦で
ございますから、
梅雨も終わり、
京都のとても暑い夏が
ちょうど始った頃だと
存じます。

 渡月橋の付近から
嵐山をながめた時の
情景でしょうか ?


 芭蕉の句碑は
もう一つございます。

  『  花の山
    二町のぼれば
    大悲閣  』
   
  参道の最初の
階段の直ぐ左に
ございます。

  参道の途中に
 俳人、大須賀 乙字
  ( おおすが
      おつじ )の
   句碑もございます。

   『  嵐気動く
     奥は蝉声
    ( せんせい )
    晴れてあり  』


  もう一つ
 境内飛び地みたいな
 ところに、
 句碑がございます。

    『  鶯や
     ( うぐいす )
     日は上にある
     あらし山  』

  どなたの 俳句
   でしょう ?

    つづき  ます


 駄弁ながら
   ご案内です
   敬と愛を
     こめて
 残月  合掌


<   愚僧は
   俳句も短歌も
   よくわかりません。

   でも、
   時々
   好きになる
   句に歌に
   出会います。
   うれしい、
   また
   感動したり
   します。

   つくったり
   いたしますが、
   思いを
   体・心・命の
   リズムに
   合わせたら
   自然と
   五七五 とか
   五七五 七七に
   なるような
   気がいたします。
   ( 微笑 )

   やはり
   日本人なので
   しょうか
   ( 大笑 ) >

 飛びつつ
  失礼いたします
  末筆ながら
 よき一日で
   ございますように。

  愚僧  萬拝





  
   昨日の駄歌

 『  献身や
  この身をどこへ
  ささげよか
  我(わが)
   ためだけの
  つまらぬ人生 』


    献身や
  この身をどこへ
  ささげよか
1 「 しかし
    分からぬ 
    いったい
    どこへ 」

2 「 分かったぞ
     ここ。
     しかし
     どうだか? 」

3 「 社会に時代
     変化し流る 」

4 「 美しさかな
     この身を
     ささぐ 」

5 「 強きことかな
     この身を
     ささぐ 」

6 「 権力や地位
     この身を
     ささぐ 」

7 「 貨幣お金か
     この身を
     ささぐ 」

8 「 父母先祖
     この身を
     ささぐ 」

9 「 異性のために
     この身を
     ささぐ 」

10 「 子どもの
     ために
     この身を
     ささぐ 」

11 「 となりの
     ために
     この身を
     ささぐ 」

12 「 職場の
     ために
     この身を
     ささぐ 」

13 「 地域の
     ために
     この身を
     ささぐ  」

14 「 お国の
     ために
     この身を
     ささぐ 」

  、、、、、、、

  限りなく
  ございます、
  この世界。

  いったい
  どうしたら
  よいのでしょうか?

    つづき ます

駄弁ながら
  敬と愛を
    こめて
  残月  合掌

< 「 真理の
    ために
    この身を
    ささぐ 」
   ( 微笑 )

   「 地球の
     ために
     この身を
     ささぐ 」
   ( 笑 )

   「 宇宙の
     ために
     この身を
     ささぐ 」
   ( 大笑 )


    家族
    職場に
    この身を
    ささげ
    尽くしながら

    真理
    地球
    宇宙に
    つながり
    ささげ
    尽くす

    生きかたが
    真の道で
    あるかも
    しれない。

   つづき ます
   大切です
   ここからが
   ( 微笑 ) >

  飛びつつ
  失礼いたします

  末筆ながら
 よき一日で
  ございますように

 愚僧   萬拝
    

 
     

6月10日(火)  献血

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  献血や
 いつかはせねば
 思っても
 できぬ日々過ぎ
 今日、成就せり
  ( 微笑 )


  前の方
 30回目
 すばらしや
 共に生きてる
 この世の中は


  献身や
 この身をどこへ
 ささげよか
 我(わが)ためだけの
 つまらぬ人生


  我、重し
「 解脱、大悟 」や
 空に舞う
「 信心 決定 」
 ( しんじん
   けつじょう )
 道、一つなり


  大志こそ
 願いもとめる
 心こそ
 自分を育て
 自分みちびく


  少年を
 明るくそして
 伸び伸びと
 われらも同じ
 「 無明 」を
 ( むみょう )
 ( 仏教用語 )
 こえて


駄弁の駄歌
 されど
 敬と愛を
  こめて

 残月  合掌

< この世のから
  少しでも
 
  苦しみ
  悲しみ
  痛み
  不安
   などが

  へって
  行きますように 。

  よき
  一日で
  ございますように >

 愚僧   萬拝
  
 
 


  
    昨日は、
  天気もよく
  三艘(そう)の
  屋形舟は
  ゆっくりと
  大堰川(おおい)を
  大悲閣のふもとまで
  のぼって行きました。

  嵐山も緑
  川も緑
  そして、
  鳥のさえずりが
  嵐峡(らんきょう)に
  こだます、
  なんと、すばらしい
  別世界でしょうか。
  どなた様にも
  味会って
  いただきたい。

  そして
  亀山の岸に
  屋形舟をよせて
  
  先頭のお舟に
  いらっしゃられる
  了以翁( 像 )の
  の前で、
  般若心経一巻を
  捧げました。
  約 40人による
  船上での読経は
  嵐峡に響き渡り
  渡月橋の方へ
  静かに
  流れていきました。


  すばらしい生花に
  囲まれて、
  いつも了以翁は
  泰然と
  微笑み坐られて
  いらっしゃるように
  愚僧には
  感じられます。

  きびしい容貌の
  了以翁で
  有名な御像で
  ございますが、
  やさしさも
  感じられるもので
  ございます。


  こわい、こわい、
  怒った
  不動明王さまを
  御信仰される
  ことと
  似ているの
  でしょうか ?
  ( 微笑 )


  この「 和尚日和 」
  に、写真を掲載
  できるよう、
  今度こそ
  挑戦いたします。
  ( 微笑 )


  そして、読経後
  三人の御方による、
  「 仕舞い 」を
  奉納していただき
  ました。
 ( 小川 貴子先生の
   ご指導によります )
  私たちだけでは
  もったいない
  すばらしい
  魂の奉納で
  ございました。

  了以翁の
  ご満悦を
  感じられたのは
  山僧一人では
  なかったこと
  でしょう。

   つづき ます

 ご報告でございます
   されど
    敬と愛を
      こめて
  残月  合掌


<  般若の面が
   ございます。

   こわい、こわい、
   怒り狂った
   ような お顔で
   ございます。

   だれでも、
   やさしい、
   おだやかな、
   お顔の方と
   お話したり
   交流をもちたい
   ものでございますが、
   不思議な
   お面でございます。

   般若坊と
   いわれるお方が
   創作されたから
   「 般若の面 」
   といわれるとか。

   愚僧は、
   次のように
   勝手に
   解釈しています。

   「 般若 」の
   ような お顔に
   接しても、
   「 やさしい心 」を
   保つことが
   できるように
   なったとき
   「 般若 」

   すなわち
   「 智慧 」の
   完成では
   ないだろうか ?
    と、、、、。
   ( 微笑 )

    つづき ます >

 飛びつつ
   失礼いたします。
  末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

  愚僧  萬拝


  

6月8日(日)  了以翁 四百年

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    日本の偉人
    京都の恩人

   嵯峨嵐山の
   大恩人であられる、
  角倉 了以 様
  ( すみのくら
     りょうい )は、

  1614年に
  亡くなられました。

  昨年、
  おかげさまで、
  400回忌を
  営み修する事が
  できました。

  心より
  感謝申し上げます。
  まことに、
  御支援
  ありがとう
  ございました。


  人物の大きさに
  比例して、
  京都で色々な
  催しがあり、
  本年も、
  市中の水路である

  「 高瀬川 」の
  完成 400年に
  あたり、
  了以翁にたいする

  『  感謝の思いと
    尊敬の念  』は
  より、高まりかつ
  深まっているような
  気がいたします。


   本日も、
  嵐山、渡月橋の上流
  の 大堰川(おおい)
  で、簡単な催しを
  いたします。

   船上の行事であり
  早く、広く、
  多くの方々を
  お招きできるように
  なりたいと
  存じております。
   しばらく、
  お待ちくださいませ。
    ( 微笑 )


    また、今後
   毎年秋に開催できる
  ように、準備して
  いきたいと覚悟を
  決めている次第で
  ございます。
   何卒、
  色々なアドバイスを
  お願い申しあげます。


   本年本日は、
  ある御高齢な
  神社仏閣へ
  奉納舞をなされ
  つづけられ、
  日本・京都の文化に
  非常にご貢献
  なさられた先生の
  発案・肝いり( ? )
  でございます。
  
   のろのろ、
  している愚僧を
  叱咤激励しくださり
  の事でございます。
   ( 大笑 )
   ( 大反省 )

 
 駄弁ながら
   現状の
   ご報告で
   ございます。
 残月  合掌

< 「 了以忌 」
    と
  「 川施餓鬼 」
    を
    かねています。

   了以様にたいする
   感謝・尊敬の
   思いと

   川にたいする
   感謝の思いと
   反省をこめ、

   川に生息する
   生き物への
   供養でも
   ございます。

   そして
   私たち人間の
   人格の
   成長
   成熟
   のためでも
   ございます。


   きっと
   了以翁は
  「 オレをほめるより
   オレのようになれ 」
   と
   いっているような
   気がいたします。

  「 むずかし、
   でも、いどむべし。 」
   で ございます。
   各々の立場に
   おいてで
   ございます。

   中学生は
   中学生の立場で
   山僧は 山僧の
   立場でで
   ございます。

   いったい
   どういう事
   なのでしょうか?
   ( 微笑 )

     つづき  ます。

  、、、、、、、、、、、

 法要・行事に
    あたり。

   『 報恩 』
   『 知恩 』
   『 感恩 』
   こそ、
   『 正受 』
   『 真心 』
   『 覚命 』
   では
    なかろうか? 
   、、、、、、。 >

 いつもながら
  飛びながら
   失礼いたします。

  末筆ながら
   よき一日で
  ございますように。

  いつの日にか
   船上にて。

 愚僧   萬拝


  

6月7日(土)  中学生  4

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   「 少年を
    明るく
    正しく
    伸び伸びと 」

  < 明るい >と
  自然・本能で
  自由に
  おそらく
  個個の性質に
  あわせて、
  「 命 」は成長し
  「 心 」は形成
  されるような
  気がいたします。

   しかし、
  私たちには
  無くて七癖で、
  自分を困らせ
  自分以外に
  迷惑かけそうな
  癖( くせ )が
  あるような気が
  いたします。
   そこで、
  調和のとれた
  「 枝 」の成長の
  ように、
  何か、基準になる
  ものが
  必要な気が
  いたします。
  それが
  < 正しさ >かも
  しれません。


   以前の「 修身 」
  の教科書の
  挿絵が、
  大変興味深い
  ものが、
  ございました。

   子どもが
  朝早く起きて
  太陽に
  相対( あいたい )
  している
  立ち姿です。

   またそれは、
  後ろ姿でございます。
 
  いいことに、
  お日さまを
  拝んでいる
  のでなく、
  両手を大きく
  左右に広げて
  いるでは
  ございませんか。

   まさに、
  朝日を
  全身で浴びている
  お姿なので
  ございます。

   「 命 」
  「 心 」の成長が
  目にみえるような
  気がいたします。
    ( 大笑 )
   ( 植物か ? )

   まさに日光なので
  < 明るさ >
  < 正しさ >が、
   同時に
   形成されるような
   感じがいたします。

     つづき ます

駄弁ながら
  少年ついて
    ( 微笑 )

   敬と愛を
    こめながら

  残月  合掌

< 「 なにか
    なすべきこと
    はある 」

   「 なにも
     なすべきこと
     はない 」

    この二つの
   精神を
   同時に持つこと
   が、大切で
   なかろうかと
   愚考している
   山僧でございます。

    つづき ます >

 失礼いたします
   末筆ながら
 よき一日で
   ございます
     ように。

  愚僧  萬拝

  
  

6月6日(金)  中学生たち  3

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   『 少年を
    明るく
    正しく
    伸び伸びと 』

   街かどで見かける
  標語でございます。
  いい言葉
  いい方針
  と、いつも感じます。

   若いこれからの
  人物たちを、
  大切に
  きびしく、
  育てたい
  ものでございます。


  今年は二人でしたが、
  よくがんばって
  くれました。

  道を修理して
  異国の方々を
  お迎えすることが
  できました。

  「 龍吐水 」
 ( りゅうどすい )
 という、100年
 以上前の
 消火ポンプも
 いい場所に
 3人で移動
 しました。


  異国の方々と
 いっしょに
 茶道と坐禅の
 体験をしました。
 
  日本文化や
 仏教・禅についての
 やりとりも
 ( 日本語 )
 ( 英語 )
 側で、神妙に
 聞いてました。
 ( 微笑 )
 静坐で、
 しびれた、そうです。
 ( 大笑 )


  午後は、
 般若心経の
 写経を
 しました。
 アジアの文化の
 学習です。
 客殿の外は強風
 でした。
 ( 微笑 )


  山の寺の
 環境を活かした
 「 教育 」
 活動も
 いずれ、
 したいと存じます。

  本当は
 大人・成人も
 大切なことですが、
 、、、、、、
 、、、、、、
 「 道場 」「 塾 」
 「 宿舎 」 、、

  大人の方々も
 死ぬまでに
 しなければ
 ならない事が
 おおいです。
  立派に
 この世を
 おさらばする
 大仕事が
 ございます。
  愚僧も
 日々、進めている
 つもりです。
  真の意味での
 宗教・仏教・
 禅思想を
  ともに
 学びたく
 常に熱望して
 いる山僧で
 ございます。
  ( うそ )
 (ほんとうです)
 ( 微笑 )


 近況報告で
   ございました。
  敬と愛を
   こめて

  残月   合掌


< 「 少年を
    明るく
    正しく
    伸び伸びと 」

  『 明るい 』
  環境が、大切です。
  まわりが、明るいと
  少年たちも
  明るくなります
  影響をうけます。

  それで
  『 明るい 』
  成人
  大人
  が、
  近く、側に
  いる事です。

  『 明るい成人 』は
  どういう事
  でしょうか ?

  わたしたちは、
  自分のためにも
  自分以外の
  ためにも
  「 明るく 」
  ならなくては
  ならないような
  気がいたします。
    
   つづき ます >

  失礼いたします
 末筆ながら
  よき一日で
  ございますように。

  愚僧  萬拝
   
    

6月5日(木)  中学生たち  2

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    道普請
  ( みちぶしん )
  砂と小石と
  セメントを
  水でまぜこみ
  固くするなり


   ああ重い
  砂もあつまり
  石のよう
  人が来る前
  急ご急ごと


   つらいけど
  友と働き
  楽しけり
  「 はたが
   らく(楽) 」なり
  はたらく、ことよ


   水はどこ ?
  水道なんて
  ありゃしない
  谷にかけおり
  くんでくるなり


   現代に
  生きる我らも
  動物で
  本能・野生
  大事な
  ことさ


   電気どこ ?
  手足、心を
  使います
  人の土台ぞ
  あまえるなかれ


駄歌なれど
  ともに
 「 はたらく 」
  喜びを

 残月  合掌

<  道を歩いて
   空き缶をみる

   『 義をみて
     せざるは

     勇なき
     なり   』

   と、思い

  自然に
  さらっと
  拾えるように
  なりたいもので
  ございます。

  むずかしい。
  ( 大笑 )
 、、、、、、、、、、、

  『 義( ぎ )』
  『 勇( ゆう )』
   とは ?

  考えたい
  ことで
  ございます。 >

 雨で
 ございます。
失礼いたします。
 末筆ながら
よき一日で
 ございますように。

 愚僧  萬拝


  

6月4日(水)  中学生たち  1

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   ありがたし
  中学生たち
  14歳
  ともに働く
  山寺の道


   労働の
  基礎をきちんと
  体験す
  「 道普請 」かな
  ( みちぶしん )
  人のためなり


   よろこびは
  世のため人の
  役に立つ
  ここが原点
  生きる喜び


   こまったな
  そこで手をだす
  男たれ
  いや人であれ
  そして喜ぶ


  「 報酬を
  行為のバネと
  するなかれ 」
  われをつくりし
  一つの言葉


   中学で
  出会った言葉
  ベートウベン
  なんと遠くの
  苦悩の御方


   水おもく
  石はおおきく
  手がいたい
  やろうじゃないか
  穴があいてる


   中学生
  報酬は無し
  よきことぞ
  手と足、心
  使いつくすぞ



駄歌なれど
  感謝と
    喜びを
  こめて
 残月  合掌

<  のんで
   くって
   はたらかず


   のんで
   くって
   はたらきます

  
   のまず
   くらわず
   はたらかず
    ( 大笑 )


  手足腰いたく
   うごけず
   はたらけず
    言葉あり
     笑顔あり
      心あり

  「 いのる 」
   心は、

  < 人 >の
  < 命 >の
  < はたらき >の

  『 原点にして
     終点なり 』
           >

飛びながら
  失礼いたします
 中学生2日目です。

 末筆ながら
  よき「 いのり 」が
   あふれますように
  わたしに
   あなたさまに
    この世の
      中に

 駄弁をろうす
   愚僧です  大反省

6月3日(火)  仏とは ?  20

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   1日の法要

 「 二老忌や
    天龍舞うも
      淋しけり 」
     ( 残月 )

 1  先生の先生
    師匠の師匠

 2  先生
    師匠


   道もとめ
  出家修行す
  男なり
  新しき村
  もとめさまよう


   寺の子が
  戦争学問
  経験し
  心とらえた
  空の人かな


   二人いて
  ありがたきかな
  法しめす
  個性をいかす
  無我の道なり


   仏弟子や
  仏子となりて
  精進す
 「 大覚 」もとめ
  今日も
  生き抜く


 駄歌なれど
   反省と
    感謝と
     誓願を
   こめて

  残月  合掌


<  大覚や
  ( だいかく )
  真の安らぎ
  ここにあり
  『 我と仏と
  全ては同じ 』


   はやまるな
  我と仏が
  同じだと
  土石草木
  犬も同じぞ


   人はみな
 仏子( ぶっし )
  『 神の子 』
  尊きもので
  心いかして
  命いかして
          >


 飛びつつ
 失礼
  いたします
  末筆ながら
 よき一日で
  ございます
   ように。

 愚僧  萬拝

6月2日(月)  仏とは ? 19

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   出会いとは
  不可思議世界
  (ふかしぎ
     せかい)
  わからない
  ただ、ありがたし
  どなたに?
  感謝。


   よき出会い
  よき人生を
  つくります
  おなじ師匠ぞ
  ありがたきかな


   よき出会い
  よき人間を
  つくります
  仏にであう。
  師に、仲間かな


   純になり
  小さき出会い
  自覚する
  めぐりあいこそ
  仏なりけり


   悪いかな
  つらき出会いも
  あるだろう
  まけるな人よ
  あせるな人よ


   先輩や
  後輩いての
  人生さ
  うやまうこころ
  やさしいこころ


   古人いう
  よき仲間あり
  それでよし。
  ともに歩める
  友や、宝ぞ。

  
 「 この世にて
  よき友になり
  かっ歩せよ
  悪しき因縁
  けちらし回れ 」
   ( 僧ならば )
   ( 反省 )

 駄弁の駄歌です
   出会いに
  感謝の心を
    こめて

  残月  合掌

<  ふしぎなり
  不可思議なりや
  この人生
  よきこと積んで
  なにかのために
    ( 微笑 )


   不可思議や
  この世にうまれ
  生きている
  息をしている
  心もあるぞ


   この世にて
  つらさ悲しさ
  ありまする
  あわてる事なく
  友をみつける


   この世には
  苦しい事も
  山のよう
  あせる事なく
  友をみつける 


   友だちは ?
  このパソコンに
  この指か?
   ( 大笑 )
  アンパンマンは
  「 愛 」と
  「 勇気 」か。
   ( 微笑 )

   つづき ます>

 飛びながら
  失礼いたします
 末筆ながら
  よき「 友 」で
   ございますように。

 愚僧  萬拝


  
  


   

6月1日(日)  仏とは ?  18

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    京都嵯峨
   師の七回忌
   晴れてあり
   空にひろがる
  「 無生 」の世界
  ( むしょう )


    師の師の事
   二十三回
   忌日なり
   あっ晴れ禅師
   師弟なかよく


    仏心は
   以心伝心
  ( いしんでんしん )
   言葉なし
   わがままかって
   だれもしらない
    < 大笑 >


    仏心は
   教外別伝
  ( きょうげ
     べつでん )
   書物なし
   水にも火にも
   まけぬ心ぞ
    < 大笑 >


    仏心は
   直指人心
 ( じき
    しにんしん )
   それですぞ
   先師師匠の
   ありがたさかな


    仏心は
   見性成仏
 ( けんしょう
    じょうぶつ )
   ありがたし
  ( おそろしや )
   この世も我も
   ともに忘れて
   < 微笑 >


    仏心は
   慈悲喜捨無限
  ( じひ きしゃ
     むげん )
   やさしさよ
   命と心
   物をも、愛す


    人にみる
   無限の心
   ありがたし
   自分をさがし
   人をうやまう


     人生や
    先生師匠
    何人ぞ
    五十三人
    晴れて
    「 大悟 」や
    ( たいご )
    < 大笑 >


     人はみな
    師匠なりけり
    されど、また
  「 心の師匠 」
    唯一無二なり


     古人いう
    三年かけて
    師をさがせ
    みつけだしたら
    くらいつくべし
     < 大笑 >


 駄弁ながら
   二人の
    師匠を
      しのびつつ
  敬と愛を
    こめて
  残月  合掌


<  あこがれや
  アイドルスター
  おなじこと
  人の心の
  美しさかな

    人生は
   心の世界
   もとめます
   自分の
   スター
   ( 星 )
   師匠なりけり


    尊敬や
   うやまう心
   大切ぞ
   うやまい尽くす
   心ぞ仏


    敬いて
   小さき自分
   育てます
 「 見捨てはしない
   弱きおのれを 」
             >

本日、大法要です
 ( 23回忌 
   と 7回忌 )
 いってまいります。
   飛びながら
   失礼いたします

  末筆ながら
    よき一日で
  ございますように。

  愚僧   萬拝

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