2013年12月アーカイブ

    今年、テレビドラマ での、セリフとか 。

    愚僧は、学生時代に読んだ本の話を、
  思い出しました。  いい御話だなと、感じました。
  昔の事なのでしょうが、昔が今より、いい世の中
  だったのでしょうか ? 貧しくて 。

   「  貧しさ  」 が、いいわけでは、
       ないですが。

   その昔、ある僧が法要に呼ばれました。
 御祝いでしょうか ?  でも、「 御祝い 」の
 御金を用意できません、そこで寺の世話方に
 相談して、お借りして、どうにか行けたそうです。

   御手伝いの御礼を、いただいてきました。
 開けてみますと、倍の金子(きんす)だったそうです。
  まさに、「 倍返し 」 です。
『  きっと、だれかに借りて、来てくれたのだろう  』
 と感じた、察した方の、
 やさしい、粋なはからいで、ありました。
  一つは、返済。一つは、御礼。
          ( 涙 こぼれる )

   寺の世界で、まだあるのか存じませんが、
 いい御話で、ございます。


     昔の面白い御話です。
   『  貧僧 の 重ね とき( 法事後の食事 )  』
食事に、ことかく 貧しい僧が、ありがたい食事を
いただく事になりました。 すると、もう一軒の
食事にも呼ばれる事となりました。 「 ああ、重なった。
明日か、明後日のほうだったら、いいのになー 」の気持ちです。
   学生時代も、思い出します。 ( 微笑 )


    『  学道は、すべからず、貧なるべし 』
      修行中は、豊かであっては、ならない。
      なるほど。

    『  清貧( せいひん )、骨に徹す  』
      身心脱落( しんじん だつらく )
      からだ と こころ を  すてちゃつた。
      あまえ と いぞん を  わすれたよ。

     いい言葉、いい教え。


駄弁ながら、敬と愛をこめて
              残月    合掌

<  清貧は
      苦しきことぞ
        清富こそ
      もとめることと
        人のいうなり  >

<   玩物( がんぶつ )し
       心うしなう
          人なりや
        物心一如
          心物一如   >

    ・ 玩( もてあそぶ、こと )
      ( 注意、大笑 )
      ( 笑えない )

<   この世には
       物があふれて
          浄土かな
        ああありがたや
          極楽世界   >

<   無我なれば
       貧富一如と
         なりにけり
        慎み深く
         生きよ命よ  >


    よき新年を、ともに迎えたく存じます。
       失礼いたします。
     「 認め合う事 」 は、むずかしいです。

   民族・人種が、「 認め合う事 」 は、むずかしい。

     人間の 『 こころ 』 は、同じですが、
    『  おもい  』 は 異なる。
    『  ことば  』 で  克服。

    しかし、昨日のつづきですが、
    『  かたち  』  も  異なる。
    大きさ・長さ・色・・・が、異なる。
    <  相  >が、異なる。

    気にする。
    ひっかかる。
    こだわる。

    だから、<  無相  >の価値が
    でてきます。
      目標として、理想として、
       あこがれとして、
         真理として、、、、。

   

  『  こころ  』
  『  おもい  』
  
  『  しせい  』
  『  たいど  』

  『  ことば  』
  『  おこない  』


  人間は、おもしろい、です。
       むずかしい、です。
       えらい、です。
       かなしい、です。
       さびしい、です。
       たくましい、です。
       、、、、、、、、
       、、、、、、、、
       、、、、、、、、
       、、、、、、、、 。


   われらが、マンデラ氏は、獄中で、
  『  ことば  』 を  学んだ。
   自分を、閉じ込めている
  人々の言語を、会話・対話・( 通心 )
  するために。
    彼らを、理解するために。
      すばらしい、みならいたい。

  理解とは、アンダースタンド でした。
   「  under   stand    ]

                         つづき   ます


駄弁ながら  敬と愛をこめて
             残月    合掌

<   アンダーとは
       下 、そして立つ
       アンダスタンド
          下坐のことなり   >

<  上座好き
      人間界の
         面白さ
       下坐を求める
          心の尊貴  >

  バタバタしながら 時間が、、、、。( 大笑 )
      ( 笑えない )( 半泣き )( 微笑 )
              失礼いたします。
       昨日の駄歌です。

   「  かたちかな
        人くるしめる
           こんぽんは
         無相のせかい
           ひかりすらなし  」

      道友から、指摘がございました。
    『  無相 でなく、 無明 ではないか  』
   相 を、かたち・現象として、とらえているので、
      ここでは、無相( むそう )で、ございます。
    御指摘 ありがとうございました。


      これを機会に、
    禅宗( 臨済系 )に、おもしろい戒が
  ございますので、御案内させていただきます。
   

    <  無相心地戒( むそうしんちかい )  >
       と、申します。 ( なんの、ことやら ? )
          ( 笑 ) ( 大笑 )

    普通の戒は、
 「  00000しては、ならない  」であり、
 行為・行動を、きびしく、制限・規制いたします。

    禅宗は、破戒僧が多いと、昔からよく
 いわれる事が、ございます。 よくいえば自由自在に
、悪くいえば自由奔放・傍若無人・無礼千万・勝手気儘
 ( たくさん あります、大笑い )( 笑えない )
  (  微笑  ) 。

       よく言えばが、少ないです。、、、、、
   そうです、融通無礙( ゆうずう むげ )が、
       が、ございました。
        人間の理想の境地の
          一つでございます。( 笑 )

    とにかく、「 行為 」 は 大切ですが、
          「 心 」 を、中心に考えて、
            いる戒でございます。
      つまり、「  思い  」
           「  見かた 」が、根本です。

        とにかく、昔から、
           禅 を もとめる人は、
              しばられる事を 嫌った。

           権威・権力に、屈せず、媚びず、
              自由に 生きる。
             こんな、やっかいな人は、
                大変です。
                  ほんものだと、
               実に、おもしろい、ですけど。
                  ( 笑 )( 大笑 )


       「  カタチ かたち  」だけの 戒・行為を、
            心の奥から、いやがる人でしょう。
       「  かたち  」 は、とても大切です。
       でも、それ以上に、「  こころ  」が
       大切です。

         「 かたち 」 と 「 こころ 」 の
        一致は、 万人のもとめるところです。
        もとめて、いるのが、
         人間生活ではないでしょうか?
       各自、範囲・度合いは、異なりますが、、、。

           真剣・本気であれば、「 修行 」です。
           あきらめると、「 かたち 」 中心になり、
             他者の占める割合が多く
                なりがちです。(自分の中に)
           そして、不自由になりがちです。


                   つづき    ます

   とりとめない 駄弁です、
      されど、敬と愛をこめて。
               残月   合掌

<   しんけんに
       もとめながらも
          きにしない
        雲はゆきかい
          水はながるる   >

<   あいするも
       あいしつくすも
          こだわらぬ
        花はさきます
          虫はとびまう   >

<   おのれをば
       つくしつくして
           ささげます
         この世はたのし
           しばしあそばん  >

<   くるしみも
       かなしきことも
          ありまする
         いたいつらいぞ
           なんだながるる   >

<    日光よ
       月光さまよ
         星光( ひかり )
            すべての命
             おまもりたまえ   >

<    かたちなき
        かみよほとけよ
           ねがいます
         われらが こころ
           おまもりたまえ    >

<    かたちある   
         かみよほとけよ
            ねがいます
          われらが からだ
            おまもりたまえ    >


  駄歌ながら、、、   失礼いたします。
         



         ねんまつは
           きょくたんなこと
              かたります
            非想をもとめ
              非非想にいたる

         びょうどうは
            手足五感
               かたれない
             心でもなく
               心無きなり

         かたちかな
            人くるしめる
               こんぽんは
             無相のせかい
                ひかりすらなし

         ひとはみな
             ほろびぬもの
                もとめます
              不滅は 不生
                うまれていない

          無我無心
             まだまだたらぬ
                まだたらぬ
              無境無生よ
                、、、、、、、


   駄歌ながら、敬と愛をこめて
              残月    合掌

<   あかるさも
        やさしきことも
            みなすべて
       ひとがつくりし
        無よりうまるる   >


<   仏とは
       無よりうまるる
          すべてのことさ
        合掌 礼拝
        九拝 、、、    >

<   龍となれ
      山こえ海こえ
        舞い踊れ
         天地人空
           踏み散らせ   >


     極愚山僧  千拝万拝  ・・・・
         
      年末は、1日と1日の間が、
    10センチほどあるような気がいたします。
    普段は、1センチです。( 微笑 )

      12月31日と、1月1日の間は、
    100センチくらいございます。

       その間を、きちんと、
    通過できるか ?
    小生、毎日、必死でございます。

       1年 365日の中、
    しでかした、過不足の修正で、
    テンヤワンヤ(?)で、ございます。
    愚僧、 はずかしい事でございます。


     カトリックの神父さまがなされます、
    沈黙・祈りの年末を、迎える事が
    できるように、なりたいものでございます。

      インドのマザーテレサさまの会も
    山のふもとで、完全な一人( ひとり )を
    味会う年末だったような気がいたします。
      普段、一人には、なれないくらい、
    御忙しい、人のために働くシスターさま
    がたでございます。


    一日と一日の、間( あいだ )
    一年と一年の、間( あいだ )
    そして、
    人と人の、間( あいだ )。

    間( あいだ )は、
    境( さかい )とも、表現できます。

    私たち人間は、間( あいだ )をつくり、
      日常生活で、間( あいだ )をなくし、
           生きているとも思えます。
       
        まさに、隙間( すきま )が、
        生じ、解消の日々とも。
        あらゆる存在との、隙間です。
                   ( 微笑 )

    仏教では、やはり、「  無  」 を
    使い、端的に  『  無境 ( むきょう )  』
    と、表現いたします。

    『  境( さかい )は、無い  』
      ああ、
      文字を見ただけで、
      清風が流れてまいります。( 大笑 )


    けっして、 無礼千万ではない、
    人と人の間の、無境( 境が無い )
    このすばらしさよ。


    年末年始、
    人との交流が多い日々、

   『 無礼でない、無境 』 を
        考えてください。
        実践してください。
        できるように、
          工夫してください。

        できます。
        お互いに。
        少しづつ。
        失敗しつつ、
        恥をかきつつ。

        あきらめない事。
        修行でございます。( 微笑 )

        この境地こそ、
        < 楽 >でございます。
                 ( 笑 )


  駄弁ながら、敬と愛をこめて
                 残月  合掌

<  敬も愛も、( あいだ )
          ( さかい )から、
        かんがえても、
           おもしろそうです。 >

<  おもいますに、小生が10代・20代を
      どうにか、のりこえられたと、
         するならば、
       敬の心・精神の
          おかげだったような
            気がいたします。 >

   飛びつつ、失礼いたします。

       先日、ある記事を読みました。
     仏教に、出会われた、御話です。

       ある人が、精一杯、人のためと
     思い、努力精進、仕事に打ち込んで
    いたそうです。  しかし、周りからは、
   誹謗中傷( ひぼう ちゅうしょう )ばかり
   だったそうです。

     「  なんで、私が、このように、
       悪く言われ、ひどい批判を
        あびせかけられるのか ? 」と
     悩み、苦しんでいました。

      ある時、仏教の本を、手にしました。
    パラパラ、目を通して、ふと、あることに
    気づきました。

      『  自分は、人のためと言いながら、
        自分のため、自分が人から、
       よく見られたい、よく言われたいという
        気持ちが、あったのだ。

          だから、苦しむのだ。
          求めている事が、
          満たされず、
          何故、なぜ、と
          思いわずらって
          いるのだ。

       エゴ・我・自分の都合・身勝手
       ・・・・・・・  だったのだ、
       これが、煩悩( ぼんのう )なのか、と。 』

       すると、
       身も心も、
       ( からだ ) も ( こころ )も 
       『 楽 』 に なったそうです。

       ( おもい )が、減ったのでしょうか?
       きっと、そうでしょう。
       何故、減るのか?
       受け入れたのでしょう。
       何を?
       批判を、いやな事を。
       なぜ、( おもい )は、減るのか ?
       ・・・・・・・  御自身で、、、、


          なぜ、このような御話を
       したのでしょうか ?
        「  人に、認められたい  」という事と、
       「  人として、認め合いたい  」 が、
        関連すると、存知たからでございます。

                   つづき   ます。


 <    さいまつや  ひごろのかりを
           かえさんと
             ひがないちにち
               みぎひだりうえ
                  ( 微笑 )   >

 <    歳末や  町の花店  美しや   >
 <    歳末や  餅もあふれる  町の角  >
 <    歳末や  小学校も  一休み   >
 <    歳末や  休暇の方よ  うらやまし  >
 <    歳末や  元旦のため  一(いち)のため >
 <    歳末を  迎えるこの世  楽しけり   >
 <    歳末を  知らぬ身分や  山の猿   >
 <    歳末を  流るる川や   嵐山   >

 <    よき一日で ございますように。
         病気・けが・事故・あらそい を
           あまりしない、
          年末・年始でありますように。
       なんでも起こる、人生、この世です。
         心、静かに、
          ともに、歩みたく存知ます。 

       なにが、生じても、起きても、
         この世の事です。
          あまり心配しないで、
       この覚悟で、行きたいものございます。 >
 
 <   いい事だけが、起こると思うのは
           私たちの、慢心(まんしん)です
                   ( 微笑 )  >

<   年末の、御挨拶になりました。
       くれぐれも、御無理
          なされませんように。
       お会いしたことが、あるかたも、
          ないかたも、みなさま、
         よき新年をお迎えくださいませ。
     この拙い文章を、御読みいただいた方に
      感謝申し上げます。  
     
     新年は、心を新たにいたします。
   よろしくお願い申し上げます。
                    嵐山  残月  >

          失礼いたします
          

          
          
    「  人として、 認め合う  」 は、
      むずかしい事です。
    どなたも、御感じの事でしょう。

      そのための、
    精進・努力・学習・体験は、
   一生涯、つづきます。( 微笑 )
  コツコツとでも、毎日毎日でございます。
   それぐらい、地球は大きく、世界は広いです。
  あらゆる物・事・人・・・・を、
 認める・理解する・愛する・ゆるす・・・・・・には、
  時間がかかります。 ( 微笑 )
     ( たいへん  です )


     「  認め合う世界  」 を
   はやく、実現するには、どうしたら
  いいのでしょうか ?
    すべてが、でなく、
     自分自身の事だけでも、
       できるだけ早く。
      
    「 自分を、自分で、認めれる 」
  自分になりたい、ものでございます。
   すると、
      「  安心  」「  安定  」感も
         実感しやすいかも、しれません。
    しかし、< 自分は、自分にきびしすぎる。 >
       場合も、多いです。
          むずかしい、人生です。( 微笑 )


   1    他の人に、むかう
   2    自分という人に、むかう

      第三の方法は、ないだろうか?
      第三の道は、ないだろうか?

      あります。



    『  神  の  子  』  としての 人間( 私 )
    『  仏  の  子  』  としての 人間( 私 )


    『  宇宙  の  子  』  としての 人間( 私 )
    『  地球  の  子  』  としての 人間( 私 )

    『  天地  の  子  』  としての 人間( 私 )


                     つづき   ます

 駄弁ながら、敬と愛をこめて
                残月    合掌


 <   このわたし ほとけのこども
          なれるかな
            なれるなれると
               ほとけささやく   >

<    ほとけのこ  なにをわずらい
          くるしむや
             わたしはここぞ
               きずいておくれ   >

<    なやむひと  くるしむひとぞ
           わがこなり       >

<    しんぶつの   ひかりをあびて
           いきてくれ
         かぜもあらしも
           ひかりはけせぬ    >

<    かみのこぞ  ほとけのこでも
          ありまする
            にんげんやさし
              にんげんつよし  >

<    ひとはみな  かみのこなれば
          おたがいに
            みとめあいつつ
              ささえあいつつ   >

<    ひとはみな  ほとけのこなば
           おたがいに
             みとめあいつつ
                ささえあいつつ  >

  駄歌句でした、  失礼いたします。
              
             
               
                 
   
       人間を、

      ( こころ )
      ( おもい )
      ( からだ )
      ( おこない ) と、
      仮に考えても、

      安心・安定である、
      これらの 統一はむずかしい。

      周辺・集団・環境・・・からの
      要求・要請・圧力・・・があり、
     
      バラバラに、なりやすい。
      社会に、合わせなけれならない事も
      多いことでございます。


      そこで、
      本当の意味の 「  出家( しゅつけ ) 」
      の、大切さが、よくわかります。

      『  家( いえ )  』 は、
      全ての<  善  >の根源であり、
      全ての<  悪  >の根源でもございます。


      現代日本の 「  出家  」 は、
      短期間であったり、
      伝統的道場生活の期間のみで、
      あったりする事が、多いです。

      生涯、「 出家 」の真の僧侶の方々
      も、たくさんいらっしゃられ、
      日本仏教の根本を、守り伝えられて
      ございます。

      短期間とはいえ、「  出家  」 を
      経験・体験する事は、
      実に有意義で、あるように存じます。

      あるアジア国の留学僧がいっていたそうです。
      国で、出家して一番よかった事を、
      ここように、おっしゃたそうです。

      「  ( おかね )の 心配 を
          しなくて、よくなった事です  」 と。


     「 (  じぶん )を、捨てます 」という
     形・型 に なると、
     集団・組織・団体・・・が、守ってくれます。
     すると、
     ( こころ )( おもい )( からだ )、、、
     とか、 ある意味、超個人的な事柄に、
     専心・集中しやすいし、
     また、ゆるされる事となります。

     
     若者に、「 出家 」生活を、
     体験させて、やりたいものでございます。
     
   1  『  社会奉仕  』
   2  『  防衛軍  』
   3  『  出家  』


      肥大化した「 自意識 」 「 我 」 「 エゴ 」
    に、苦しむ私たちは、何歳であろうと、
    この 三つの内容を、
    個人生活の中に、実践しなければ、
    ( しあわせ )に、なりにくい気がいたします。


              つづき    ます

 駄弁ながら、敬と愛をこめて
              残月     合掌

<   以前、ある留学僧侶が、
       しみじみ 愚僧にいいました。
     「  日本は 天国です。
          このような 国はないです。  >

<  幼児虐待・老人虐待 の 多い日本。
     実際は、 天国でも、極楽でも
       ございません。 しかし、
         まだ、ましなのでしょう。
     悲しい、人間の世の中でございます。

      「  存在  」 そのものを、
    認め愛する事が、一番大切です。
    『 幼児・老人 』は、「 存在 」です。
    「 生命 」 そのものでございます。   >

            失礼いたします。

     
  「     人間とは、何か ?
      自分とは、何か ?    」

    ( からだ ) か ?
    ( こころ ) か ?
    ( おもい ) か ?

    ( おこない ) か ?
    ( しごと ) か ?
    ( おかね ) か ?
    
    ( おや ) か ?
    ( かぞく ) か ?
    ( しんせき ) か ?
    ( こども ) か ?
    ( まご ) か ?
    ( ひまご ) か ?

    ( がくもん ) か ?
    ( ぎじゅつ ) か ?
    ( ちしき ) か ?
    ( ちえ ) か ?
    ( じんかく ) か ?

    ( たいじゅう ) か ?
    ( しんちょう ) か ?
    ( せいかく ) か ?
    ( せいひつ ) か ?
    ( きひつ ) か ?

    ( りそう ) か ?
    ( こころざし ) か ?
    ( ゆめ ) か ?
    ( もくてき ) か ?
    ( ねがい ) か ?
    ( いのり ) か ?

    ( せんせい ) か ?
    ( ししょう ) か ?
    ( なかま ) か ?
    ( せんぱい ) か ?
    ( どうはい ) か ?
    ( こうはい ) か ?


    それにしても、
    もし、かりに、
    悲しみ・苦しみ・辛さに、おそわれたら、
    しずかに、ゆっくり、していただきたい。

    ( おもい )
    ( ことば )
    ( からだ )
    ( こころ )を、ととのえたい。
          この四つを、
          一つに、していきたい。

    ( からだ ) と ( こころ )の
    あいだに、( 呼吸 )がございます。
         ( 姿勢 )がございます。
    ( おもい )を ささえる、
         ( 沈黙 )がございます。
    ( ことば )も、おなじです。

    ( 呼吸 )( 姿勢 )( 沈黙 )
    この三つが、大切になります。
    ( 奉仕 )も、入れて四つか ?( 微笑 )。

    ( 奉仕 )とは、報酬を期待しない、
    純な ( おこない ) か ?
    これなくして、( 自然にでてきますが )
    独善・ひとりよがり・に落ちる。

   「 人生は、奉仕である 」 当たり。( 笑 )
   何に、たいして ?
   利益とは ?  後から、ついてくる。( 微笑 )


   『  何に たいして
        身 と 心 を
            ささげ つくす べきか  ?  』

   『  この我を
      この自意識を
         どうしたら
            いいのでしょうか  ?  』

   しかし、
   上の問いは、特別です。
   それ以前に、

   私たちは、すでに、
   しばられているかも、しれません。 また、
   しばられやすい、ものでございます。
   また、しばられたい、ものでもございます。
   人生は、むずかしい。

   国家・民族・社会・会社・組織・集団・
   家族・地域・近隣・・・・・・・・


  上の、二つの、『 疑問 』は、大切です。
  解決がです。 もつ事では、ございません。( 微笑 )

                 つづき  ます


  駄弁です、されど、敬と愛をこめて
                残月    合掌

<   人生は、短い 。

      ゆうゆうと、
        いそげ、いそげ 。   >

<  自意識は、すぐ、消える。
     この世に、参加時間は、短い 。

              ゆうゆうと、
         いそげ、いそげ 。  >

     急ぎ、失礼いたします。

 <  よき一日で、ございますように >
             ( 末筆ながら )

      質問  「  己 ( おのれ )の 存在に
             対する、疑問 と 不安  」


     自分自身に、対する、不安と疑問 。

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

     今、電話がありました。
     ある知人です。
     男性・40歳・無業。
     父親が病になり、
     母親も病になり、入院中。
     兄は遠方。
     一人でいる。

    「 玄関に、リンゴがあったよ。
      食べたら、いいじゃん。 」
    「 できません 」
    「 パンを もって行くよ 」
    「 食べません 」
    「 ご飯( あたためる )どうした ? 」
    「 あきました 」
    「 コンビニ の おでん は ? 」
    「 そうですね 」
    「 このごろ、頭だけでなく、
      腹も痛くて、膵臓炎のようです 」
    「 揚げ物は だめなのか ? 」

    「 私の 人生なんなのでしょう ?
      苦しみばかりで、ないですか ? 」

    『  私から、みたら、
       地に、足がついていないて感じ、
       頭だけ、飛び回っているて感じ、
       フラフラじゃん 。  』

    「  そうです  」

    『  ( こころ ) と
       ( おもい ) と
       ( ことば ) と
       ( おこない ) と
       ( おかね ) が、

       全部、バラバラ じゃん 。 』

    「  統合失調症 ですか  」

    『  文字は そうですね 、
       身辺からさー  』

    「  できないです  」
    『  そんな  』


    今年、
    息子は 母親を < 鬼( おに ) >といい
    母親は 息子を < 鬼( おに ) >という。
    心配で、よく顔を見にいきました。


    息子は、子供のころ、叫んだという。
    「  この家には、
       神さまも、仏さまも
       いやしない。
       ( そして、仏壇を 壊したという )  」
    この事を、聞き、
    小生には< 心の叫び >のように感じ
    どうにか、しなくてはと、、、、、、、、
    しかし、
    時間が過ぎていくだけ  ?


    人生は、むずかしい。
   「  生まれ、生きて、死ぬ  」 だけですが。

    しかし、やはり、
    順序が、順番が、あるような気がしてならない。
    縄文時代から、
    ゆっくり、時間をかけて、現代にこなくては。

    現代に、つぶされる。

    どういうことが、「 生きる 」ことなのか?
    わからなく、なりそうです。



 乱れながらの、駄弁です、
        されど、敬と愛をこめて。
                  残月   合掌

<   すてなさい
       いったいなにを
          すてなさい
         いったいなにを
           すてたらいいの   

     うらみかな
       かなしきなみだ
          ながしたよ
       すてさることは
         できないことよ

      ああすてる
         わたしのかこよ
            すてれない
          このくるしさよ
            このさびしさよ

      かみほとけ
         きよきこころよ
            どこにある
          いのちのひかり
            わたしのひかり    >

         失礼いたします
      どのような

      わたしを、

      わたしとして、

      みとめている、のでしょうか?


      どのような

      あなたを、

      あなたとして、

      みとめている、のでしょうか?


      わたし と あなた

      あなた と わたし 。



     みとめあい

     ささえあい

     たすけあい

     ゆるしあい

     わびあい

     ささえあい

     たすけあい

     あいしあい

     こいしあい

     みつめあい

     かんじあい

     ふれあい

     おもいあい

     しんじあい

     しんらいしあい

     つなぎあい

     むすびあい

     いのりあい


     ありのぎょうれつ、
     いえ、
     あいのぎょうれつ ( 微笑 )


 
駄弁ながら、敬と愛をこめて
             残月   合掌

<  昨夜、テレビを観ました。

  「  nhk  etv特集
    敗戦
    北朝鮮で何があった ?
    日本人20万人が残留・・・
    死の38度線  」

    この歴史、この事実。    >

<   よき国を
    よき北東アジアを
    よきアジアを
    よき世界を

    むずかしいけれど
    つくれますように 。


     よき人間に
    つよい人に
    やさしい人に
    あかるい人に
    げんきな人に

    むずかしいけれど
    なれますように。     >


<   今も、
    悲しみ
    苦しみ
    傷み
    泣いている人が
    きっと
    いらっしゃることでしょう。

    すこしでも、
    ラクに、なれますように
    、、、、、、、、、、、、、、、 。 >

<   なになのか
      しらないけれど
        なにかしら
      くるしむわれら
         たすけたまえ

     じゅんにして
       きよきこころを
          まもるべし
        このよのたから
          けすことなかれ

     いのちとは
        ゆめまぼろしか
           いやちがう
         かがやくいのち
           とわのかがやき


      わすれるな
         おににもなれる
            わたしです
         あくまのごとく
           じゃあのごとく   >


         失礼いたします。
         
        

      私たちは、

      どのような、

      自分を、

      自分として、

      みとめて、いるのでしょうか?


      ・   朝、目が覚めた、自分 ?
      ・   昨夜、酒のんだ、自分 ?
      ・   仲間と、楽しんだ、自分 ?
      ・   怒った、自分 ?
      ・   やさしい、自分 ?
      ・   イライラする、自分 ?
      ・   犬が大好きな、自分 ?
      ・   猫が大好きな、自分 ?
      ・   ビーフ( 牛の筋肉 )が、
          好きな、自分 ?
      ・   ポーク( 豚の筋肉 )が、
          好きな、自分 ?
      ・   動物の内臓が、好きな、自分 ?

      ・   000 出身の、自分 ?
      ・   00国の、 自分 ?
      ・   000民族の、 自分 ?

      ・   000卒業の、 自分 ?
      ・   000会社の、 自分 ?
      ・   000所属の、 自分  ?

      ・   000の子供の、 自分 ?
      ・   000一族の、 自分 ?
      ・   000の弟子である、 自分 ?
      ・   000の門人である、 自分 ?

      ・   男性としての、自分 ?
      ・   オスとしての、自分 ?
      ・   女性としての、自分 ?
      ・   メスとしての、自分 ?
      ・   中性としての、自分 ?
      ・   両性としての、自分 ?

      ・   「 存在( そんざい) 」としての、自分  ?
      ・   「 所有( しょゆう ) 」としての、自分  ?
      ・   「 行為( こうい ) 」としての、自分 ?

          「 どのように、あるのか ? 」
          「 なにを、もって、いるのか ? 」
          「 なにを、できるのか ? 」


   古人・先人・友人いわく、
       
       ・  わたしは 「  米くい虫  」である。
       ・  わたしは 「  糞( くそ )袋 」である。
       ・  わたしは 「  生殖器  」である。
       ・  わたしは 「  1本の管( くだ ) 」である。
       ・  わたしは 「  神  」である。
       ・  わたしは 「  仏  」である。
       ・  わたしは 「  道にある 石  」である。
       ・  わたしは 「 ・・・・・・・・ 」である。



                         つづき   ます。

  駄弁ながら、敬と愛をこめて
                残月    合掌

<   けさはやく  ざんげつありや
         くうきすむ   ( 残月 ) >

              失礼いたします
       
    
        「  人として  認めない  」 とは
           どういう事でしょう ?


        ・  物 のように、あつかわれる事 ?
        ・ 植物 のように、あつかわれる事 ?
        ・ 動物 のように、あつかわれる事 ?

        ・ 000 のように、あつかわれる事 ?
        ・ 。 。 のように、あつかわれる事 ?
        ・ 、、、 のように、あつかわれる事 ?
        ・ ・・・・ のように、あつかわれる事 ?

        ・  神  のように、あつかわれる事 ?
        ・  仏  のように、あつかわれる事  ?
        
        ・ 社長 のように、あつかわれる事  ?
        ・ 局長
        ・ 部長
        ・ 課長
        ・ 係長
        ・ 職員 のように、あつかわれる事  ?

        ・ 邪魔者 のように、あつかわれる事 ?
        ・ 嫌われ者 のように、あつかわれる事 ?
        ・ 奴隷 のように、あつかわれる事 ?
        ・ ゴミ のように、あつかわれる事 ?
        ・ クズ のように、あつかわれる事 ?

        ・ スター のように、あつかわれる事 ?
        ・ アイドル のように、あつかわれる事 ?
        ・ セレブ のように、あつかわれる事 ?
        ・ vip のように、あつかわれる事 ?
        ・ 御金持のように、あつかわれる事 ?
        ・ 貧乏人のように、あつかわれる事 ?
        ・ 一般人のように、あつかわれる事 ?
        ・ その他大勢のように、あつかわれる事 ?


        『  人として、認められる 』
        『  人として、認め合う  』
        『  人と人が、認め合う  』とは ?

       ところで、
    <  人のように、あつかわれる事  >とは???


        愚僧は、
        「  自分を 愛せるぐらい、しか、
           自分以外を、愛せない 」 と
                思っています。
         そして、
        「  どのような 自分を、
            自分として、認めているのか?
            認めているぐらいしか、
            人を、認めることができない、
               のでは、なかろうか ? 」

              と、愚考している次第です。

          すると、どうしたら、よいのだろうか?
        明るく、強く、やさしく、かるく、生きるには 。
                          ( 微笑 )

                  つづき   ます


   駄弁ながら、敬と愛をこめて
               残月    合掌

<   アンパンマンの歌から

     「 愛と勇気だけが、
       友達さ 」     >

<  人を 相手にしない。  >( ? )
<  人を 見ない。 >( ? )

  飛びつつ  失礼いたします。
      1、   みとめあう
             あいしあうこと
               てれるなあ
             もとめないこと
               しんじることさ

   、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

      昨日は、「 000 し あう 」という事に
    ふれました。 とても、大切な事です。
    そして、どなたも、御存じのように、とても、
    むずかしい事でもございます。

      マンデラ氏関連から、
    「  世界人権宣言  」にふれ、
   その中の、重点である、
   『  人として  みとめあう  』という事を
    考えたいと存じます。

    どういうことであり、
     そのためには、どうしたらよいのでしょうか?



    「  000 し あう 」 で思い出すのは、
  漢字の、『 仁 』 で、ございます。
       ( じん )( ひと ) 


   ・ 儒教( じゅきょう )
       ( 中国古代思想で、孔子によります )
       ( 日本に、とても影響を与えています )
       の、根本思想は『 仁 』 です。

       まさに、
       「  人と人が  みとめあう  」 事です。

      「 いつくしみ ( 慈しみ ) 」
      「 おもいやり ( 思いやり ) 」
      「 ふれあい  ( 触れあい ) 」
      「 たすけあい ( 助けあい ) 」

     『 仁を 問う、子( 孔子 )曰く( いわく )
          人を愛すること。   』

      2000年以上前から、言われていることです。
     でも、なかなか、できない私たちでございます。

      <  どのようにしたら、
         できるように、なるだろうか?
           できるはず、
              ともに、なすぞ。( 微笑 )
            軽く、楽しみながら。( 笑 ) >

           このブログの主題です。( 微笑 )
         ( できてないぞ ) ( 大笑 )
         ( 笑えない )。


     1、から。
   「  もとめないこと  しんじることさ  」
   
   信じるという事を、
   わたしたちは、誤解している事が
   多いような気が、いたします。

   「 信じる 」、、、、「 あまえる( 甘え )
                まるなげ( 丸投げ ) 」

               に、なりやすい。( 微笑 )
               気をつけねば。
               神さま、仏さま、
               人さま( 微笑 )
                 友人・知人・・・
                     に対してです。

               「  信じてたのに、、、。
                  ぷんぷん 」 と怒る。
               本来、ありえない事。( 微笑 )
         甘え丸投げしているから、
      自分の努力責任義務を放棄してるから、
      自発的愛情が不足しているから、
        人は
        人に、
        いかり・せめる、やすい。
              ことが多い。( 微笑 )

                    つづき ます。

   駄弁ながら、敬と愛をこめて
                残月    合掌

 <  よき一日で ございますように  >

       失礼いたします。
               

     昨日 の  1、 2、 を  土台に
   いたします。  年末で、なすべき事多く
   このような形式になります。
     よろしくお願いいたします。

  
  1、   みとめあう
         あいしあうこと
           てれるなあ
          もとめないこと
           しんじることさ

  2、   もとめねば
          いきていけない
             このよです
           ばかなことなど
             いうことなかれ


、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

    昨日は、あわただしい中、
  人生相談みたいな事も、ございます。

    よく、年末になると、父親があばれる
 といってた、友人がいました。 彼はこう
 言ってました 「  今、思えば、子供への
 虐待だった。  つらかった 。  」
    友は、模索していた。
  仏教の中で、禅宗と浄土宗にとくに
関心をもっていました。  修学してました。
しかし、僧侶のありように、希望がもてず、
仏師をめざすことになりました。
  ここ10年近く、音信がございません。
仏像つくる、きざむ、環境をもとめて、
どこか、遠方に向かいました。


   昨日の2人も、
幼少の頃の、心のキズ・傷みを
体験し、いまでも苦しんでいます。

  「  年末になると、
       あせります。
     失われた20年の日々 」
        ( 40代 女性・主婦 )
           
 「  何も、希望がもてない。
      何も、できない。   」
        ( 40歳 男性・無業 )


   御二人とも、
 幼少時代に、家族に、
「  認め合う  」事が、
なかった、
悲しみ・苦しみのような
  気がしてならない。

 「  みとめあう  」
 「  あいしあう  」
 「  たすけあう  」
 「  かんじあう  」
 「  かたりあう  」
 「  しんじあう  」
 「  おもいあう  」


 「  ゆるしあう  」
 「  わびあう   」
 「  つなぎあう  」
 「  ささえあう   」


  損得・利害・をこえた世界が、
  清き光が、まだまだ、足らない世界です。

  皆さま、共に、身近からはじめましょう。

 <  ちいさな  みとめあい >
 <  ちいさな  やさしさ  >を。


          つづき   ます。


駄弁なれど、悲しみを感じつつ
              残月    合掌

<  清き 光 よ 
   無我の 心 よ
   神仏の 響き よ  

     この世に  満ちよ  >

       失礼いたします。

          
  1、   みとめあう
        あいしあうこと
          てれるなあ
            もとめないこと
               しんじることさ

  2、    もとめねば
          いきていけない
            このよです
              ばかなことなど
                いうことなかれ

  3、    < ある >ことの
           あることだけの
              すばらしさ
                わすれてしまう
                  なんといそがし

  4、    < もつ >ことに
            こだわりすぎか
              もたなくば
                いきていけない
                  このよでないか

  5、    < もちすぎて >
            くるしむことは
               ないだろか
                 まだまだたらぬ
                   まだまだもっと

  6、    < ある >だけは
             さびしくないか
               かなしさは
                 てもあしもある
                   こころあるなり

  7、    < なす >ことに
             おわれるこのよ
                つかれます
                   なあにもしない
                     このよろこびを

  8、    < ある >ことは
              なあにもしない
                 ことなのか
                    いのちをかんじ
                      いのちあじあう

  9、    < ある >ことで
             みとめあうのは
                あいさつか
                  なにももとめず
                    めをあわすなり

  7、    < もとめあう >
             このよのしごと
                つらかろう
                  < みとめあう >こと
                      くるしみなくす

  8、    < もとめあい >
             ひともこのよも
                せいちょうす
                  つかれたときは
                    もとめないこと

  9、    < もとめない >
           じぶんにひとに
              なにひとつ
                ひかりをあびて
                  かぜにふかるる

  10、   < みとめあう >
           < ある >ことだけが
               みなおなじ
                 ひとのみあらず  
                   いぬねこみんな

  11、   < なす >ならば
             みんなのために
                なしたいな
                  みんなうれしく
                    わたしもうれし


                つづき   ます


  駄歌でございます、おゆるしを。 敬と愛をこめて。

                 残月    合掌


<  よき一日で  ございますように
      お天道さまが  みまもってます
                     ( 微笑 ) >

              失礼いたします
         
          
        「   人権に関する世界宣言    」( 30条 )
                1948・12・10
                  国際連合総会

   第五条  何人も、拷問又は残虐な、非人道的な
         若しくは体面を汚す待遇若しくは
         刑罰を受けることはない。

   第六条  何人も、法の前において、
         いかなる場所においても、
      
         人として認められる
         権利を有する。

   第七条、、、、、、
       、、、、、、
       、、、、、、、

   (  以下  省略   )

   第二十八条 

         何人も、この宣言に掲げられている
         権利及び自由が
         完全に実現されうる
         社会的及び国際的な
         秩序を享有する権利を有する。

   第二十九条

         1  何人も、その人格の自由且つ
           完全な発達がその中にあってのみ
           可能である社会に対して
           義務を負う。

          2   、、、、、、、、、、、
          3   、、、、、、、、、、、  

    第三十条   
       
          この宣言は、いずれかの国、団体又は
          個人がこの宣言に掲げられている
          権利及び自由のいずれかを
          破壊することを目的とする
          活動に従事し又は右の目的を有する
          行為を
          遂行するいかなる権利をも、
          包含しているものと
          解釈してはならない。

                           以上

       、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


         寒いし、眠くなってきました。( 大笑 )

        < 理想 >< 宣言 >に、
        程遠い、「 現状現実 」でございます。
        世界においても、
        日本においてもで、ございます。

         2013年目 で、これくらいです。
         「 人権の現状 」
         進歩・発展は ?
         早いのか?  遅いのか?

         現代人も、1900年以前は、
         よくは知らない。
         1850年以前は、、、だれも知らない。

         記録・歴史・学問・科学・技術の
         継承のみか ?

         地球も、広大です。

         わからなくなって、まいりました。( 笑 )
         でも、進歩・発展している。
         私たちは、
         マンデラ氏のようにならなくては
         ならない。


         そして、
         「  人として 認め合える  」
         社会・国家・世界を
         築いていきたく存じます。

         近隣・親族・家庭・職場においても、
         忘れてはなりませんね。

         『  人として  認め合う  』
      とは、どういう事でしょうか  ?
      ここが、大切です。  このブログの
      主題です。  その実践実行もです。

                       つづき   ます



   世界宣言と 駄弁でした、敬と愛をこめて
                残月    合掌

<  清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >

<  中学の時   クラスの標語をきめる集会
     わいわい  がやがや
     けんけん  がくがく。

   「  紳士  淑女  であれ  」
     ( しんし  しゅくじょ )
 
     少年おおばやし君の案
     よしだ君が追加した
   「 村 八分しない 」
                決定
     なつかしい 思い出。    >

      微笑しつつ   失礼いたします。
          「   人権に関する世界宣言    」

   前文
    第一条
    第二条  1
              
           2  なお、個人の属する国又は地域が
             独立地域であると、
             信託統治地域であると、
             非自治地域であると、
             その他の何らかの主権制限の下に
               あるとを問わず、

             その国又は地域の
             政治上、管轄上又は国際上の地位に

             基く いかなる差別も
             設けてはならない。

    第三条   何人も、生存、自由及び
            身体の安全を
            享有する権利を有する。

    第四条   何人も、奴隷又は苦役の下に
            置かれることはない。

            奴隷及び奴隷売買は、
            いかなる形式においても禁止する。


     、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

              皆さまの御存じのように
              世界中、問題だらけです。

              日本も、問題だらけです。

              『 人権 』問題は、日本には
              少なく感じますが、
              実は、世界の目からみれば、
              レベルが、低いと言われています。

              奴隷・苦役みたいな労働も多い
              とされています。

              女性の地位の低さは、
              世界 100位以下でした。
              国会議員の数が、少なすぎる
              そうです。  このことが、
              あらゆる事に影響するそうです。

              女性は、強くたくましく、
              明るく元気に、生きてられるように
              見受けられますが、( 微笑 )
              実際のところ、
              男性より、日本社会では、
              生きにくいのかも、しれません。
              (  おしかりの  お声が、、、)

              子供の虐待も、増えているそうですし、
      
              高齢者の軽犯罪・万引が増加している
              といいます。

              どうしたものでしょう。
              豊かといわれる日本社会において、
              快適便利な現代、日本において、。


                私たち人間には、仮に
              三つの型があると、します。

              「   生命   」
              「   生存   」
              「   生活   」

               やはり、 「  生存  」 「  生活  」
              追われすぎ、とらわれ過ぎているように、
              感じざるおえません。

                老若男女、みんなでございます。

                そこで、私たちは、どう生きたら
              よいのであろうか?
                 この「 和尚日和 」の主題で
                    ございます。

                 皆さま、共に、丁寧( ていねい )に、
               考えていきましょう。  丁寧とは、
               自分を、自分以外を、ごまかさず、
               考えていくことです。

                  でも、基本的土台として
                「  感謝  」 「  反省  」 をおきたい
              のでございますが、
           この事すら、本当は、むずかしい問題です。( 微笑 )


                            つづき   ます


    駄弁ながら 敬と愛をこめて
                         残月    合掌

  <   清らかな光が  満ち満ち溢れ  ますように  >

  <   この世から   少しでも
          悲しさ  苦しさが  減りますように   >

  <   まちがい   てちがい   かんちがい
         おもいちがい   などを
              あまり しませんように   >

  <    祈りが  でてくるほど
            全力を出しているだろうか ?
                心を 尽くす
                身を 尽くす
                手を 尽くす。     >

  <        『  尽己  』
             おのれを  つくす。
         こうなりたい、ものでございます。  >


              失礼いたします。     
        
              




         
       
      「  人権に関する  世界宣言  」

  第一条   すべて人間は、
        生まれながら自由で、
        尊厳と権利とについて平等である。

          人間は、理性と良心とを
        授けられており、
        同胞の精神をもって
        互いに行動しなければならない。


  第二条   1  何人も、
           人種 ・ 皮膚の色 ・ 性 ・
           言語 ・ 宗教 ・ 
           政治上若しくは他の意見・

           国民的若しくは社会的出身 ・
           財産 ・ 門地又は他の地位
           というようないかなる種類の
     
           差別も受けることなしに、
           この宣言に掲げられている

           すべての
           権利と自由とを
           享有する
           権利を有する。

          2   、、、、、、、、、、、、

              、、、、、、、、、、、、、


                 つづき  ます。

           (  それにしても、
              なんという文章でしょうか?

              割り切って、考えると
              問題ないですが、
              丁寧に、考えると、

              これは、何だろうか ?
              と、ならないでしょうか ? )



      「  はじめに  ( ことば ) あり  」
    かもしれません。  よき理念・ よき理想が
    あってこそ、

    わたしたちは、
    とびちる( おもい )、
    ころころ変化する( こころ )を、
    安定させ、安心し、
    ( おこない )
    ( くらし )
    ( しごと )にまで、

    つなげていけるかも、しれません。



      仏教には、色々な宗派がございます。

      真言宗は、まさに、「 真実の言葉 」 中心です。
      禅宗は、簡素化して 「 真実の心 」 中心といえます。
                         つつき  ます


   駄弁ながら、敬と愛をこめて
                  残月   合掌


<   清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >

<   この世から  悲しさ  苦しさが
         少しでも  へっていきますように    >

<   よき一日で  ございますように   >

      飛びつつ     失礼いたします。
    
          「   人権に関する世界宣言   」
       1948年12月10日、 国際連合総会を通過し
       且つ、これによって宣言された。


         前文

     人類社会のすべての構成員の
    固有の尊厳と、平等で譲ることのできない
    権利とを承認することは、
    世界における自由、正義及び平和の基礎で
    あるので、
    人権の無視と軽侮とは、
    良心をふみにじつた野蛮行為を生ぜしめ、
    また、
    人間が言論及び信仰の自由と
    恐怖及び欠乏からの自由とを
    享有する世界の出現は、
    一般の人々の最高の願望として宣言されたので、
    
    人間が専制と圧迫とに対する
    最後の手段として反逆に訴えざるを得ないもので
    あってはならないならば、
    人権は法の支配によって
    保護されなければならないことが、
    肝要であるあるので、
    、、、、、、、、、、、、、、、
    、、、、、、、、、、、、、、、
    、、、、、、、、、、、、、、、、  以下、略


    (  なんという 文章でしょう。
       人のことは、申せませんが、
       読めない文で、ございませんか?
       翻訳文なのでしょうが、
       今でも、日本語はこれなの
       でしょうか。
       翻訳し直さなければならない。
       大学の法学部は何をしているの
       でしょうか?
       専門家の責任ではないでしょうか。

       若い人々に、読んでごらん、とは
       申せません。

       憲法の前文が、おかしな日本語
       とは、よく言われています。     )



          マンデラ氏は、刑務所に入った頃、
        怒りのカタマリ だったそうです。
      それが、変わっていきます。
   < 抑圧する方 >も、精神がとらわれているのだ、と
   気づいていったそうです。

     そういえば、この頃の、マンデラ氏と看守との
   交流の映画がございました。
     たしか、白人の看守さんが子供時代、
   アフリカの子供と、一緒に遊んだ記憶が、
   大きな要素でした。( もう、一度、観なくては )

     看守さんと、マンデラ氏が、
   日本の チャンバラ みたいな事をする
   シーンがございました。
   アフリカ伝統の剣術みたいな、、、、。

    ・ 子供は、白紙なのだ。
      人間の、真心も。( 残月 )



    「   人は、
        憎むことを  学ぶ。
        だから、
        愛することも、学べる。  」

         みたいな事を
          おっしゃられてます。

                     つづき  ます

  駄弁ながら  敬と愛をこめて
                  残月  合掌


<  狂猿( きょうえん )
     新し言葉
       ドキリなり
         山僧のわれ
           遠き空みる   >

<   よき一日で ございますように  >

   飛びつつ  失礼いたします。
       
         日本から、皇太子殿下と元首相が列席された。
         よかった、何も言う事はございません。

         1948年12月10日
       国際連合は、『 世界人権宣言 』 を 採択した。
     65周年を迎えた昨日、南アフリカ・マンデラ元大統領の
    追悼式が、世界的規模で営まれた、なんという偶然。
      またしても、言葉を失いました。

         日本時間、6日午前3時50分
       久しぶり、いや、もうめったにない事でした、
     夢かなにかで、うなされて、「 ああ  死ぬところだった  」と
    思いました。  朝のブログで( 頓死・とんし )という言葉を
    使用したぐらいでした。  なんと、その時間、心から尊敬する
    氏が、お亡くなりになった時刻ではございませんか。
       悲しいような、嬉しいような、複雑な気持ちでした。


        本日、遅くなりました。
       時間がなくなりました。 明日、つづけたいと存じます。
         御許しください。


    『 別れは、しない 』    
            日本  京都 嵐山
                          残月   合掌

<   みな  まなぶべし
      ひとは  かわる
        つづけ  いきてる
           われら
           つづけ おそれるな
              よのひかりを
                たやすな   >

        失礼いたします
                 

12月10日(火)  今日は 雨です

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      あめがふる
     しっとりあめよ
      しずかです
       そとはくらいし
        あまおとだけが


      師走( しわす )なり
        むかし師匠は
          かけまわる
         半年分の
           謝礼をもとめ  ( 微笑 )


      支払いに
        おわれる師匠
       必死なり
         まことをつくし
           こころをつくし


      いつの世も
        ( こころ )と( ことば )
       のみならず
          ( こころ )と( おかね )
             いっち たいせつ

   
      この世にて
         ( おかね )のくろう
        せぬくらい 
          ( こころ )( おこない )
              ととのえるべし


      しあわせは
         ( こころ )と( からだ )
       ひとつなり
         ( おこない )( おかね )
            ひとつなり


      しあわせは
         ( あなた )と( わたし )
       ひとつなり
          ( あなた )は なあに
             ( わたし )は なあに


      ひとつとは
         一如の世界
        不二( ふじ )のこと
            ああ富士( ふじ )山よ
              草取りしつつ


      あめがふり
         おひさまあたり
            いのちなり
          くさも はえるし
             あらしのよるも


      われが死ぬ
         自分がきえる
            そのときは
         さあ  そのときは
           ああ  そのときは


      しあわせは
         ( かこ )と( みらい )と
            ( げんざい )が
         とけて ひとつに
           なることだろか


      時ひとつ
         それは永遠
             無限なり
         ( ひとつ )をもとめ
             いきるやひとよ

      時ひとつ
          それは永遠
              瞬間よ
           それをつかめず
              苦しむわれら



   駄歌にて失礼いたします、
          敬と愛を こめつつ
                  残月   合掌

<   はじしらず
       おゆるしこうて
         ふでをおく
        あめがふるあさ
          こころしずかに   >

     よき一日でございますように。
       
           

12月9日(月)   昨日の事

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      1    33回忌の法要  ( 90歳の長男中心に、 )
                        ・  一族の集まり
                        ・ 「 50回忌は
                           自分はできない 」

      2    葬儀         ( 86歳  女性  )
                        ・ 入退院をくりかえして
                          おられたと、
                        ・  仏弟子になる儀式
                        ・  剃髪( ていはつ )
                        ・  懺悔( ざんげ )
                        ・  帰依( きえ  自分を
                              ささげる、すてる、
                              まかせる、たのむ)
                        ・  戒名( いただく 、本当は
                                生きている時、
                                仏教を修して、
                                安心・歓喜を
                                体得、ないし、
                                真の信仰を得る )
                          

      3    相談 一       ・ 母( 83歳 )のもつ、
                         死への不安は
                         どうにか
                         ならないでしょうか?
                         孝行息子( 60代 )の
                         御方
                     
                        ・  体が自由にならない。
                           不自由そのもの、
                           他の人々の御世話に
                           ならざるおえない。
                           (  いやだ、という思い )

                        ・  そして、死
                           自分が自分で、なくなる。
                           自分が、消える。
                           ( あの世は、あるのか? )

      4    相談 二      ( 38歳 女性
                        ・ 結婚中、離婚か?
                        ・ 恋愛中
                        ・  子供がほしい
                        ・  ここ5年くらいの
                           苦悩、煩悶
                           葛藤( かっとう 、
                               からまっている、
                               どうしたらよいのか?


      5    相談 三      ( 40歳 男性
                        ・  過去を引きずる
                           つらさ
                        ・  現在も未来もない
                           という 苦しさ

                        ・ 「 30年の苦悩ですか? 」
                          「  何言ってるのですか? 」
                          「  生まれた時からです 」
                          「  なんと  」
                       
                        ・「 ニュートラル になった事がない 」
                          「  安心したことが無い、こと 」
                          「  空 ( くう )が、それです。 」
                          「  挫折は、空では? 」
                          「  ちがうよ、 マイナスともいえます、
                             でも、活かせます。 
                             マイナスもプラスも、
                             沢山味会って、
                             空( ぜろ )を、体得する。
                             人生の目的ともいえます。  」
                          「  なにも、しなくて、いいのですか? 」
                          「  いい  ・ 空の体得、身心の歓喜を 」
                          「  仕事は ?  」

                                  つづき  ます

     駄弁ながら、敬と愛をこめて
                    残月    合掌


<   本日の、1、2、3、4、5、
        すべて、つづき、 ます。
           いっしょに、考えてください。  >

<   心を尽くし、よき一日で
        ございますように    >

   飛びつつ   失礼いたします。

               

     大悲閣 の 魅力みたいな事を、羅列いたしました。( 昨日 )
   大切な事を、忘れていました。 恥ずかしいことです。
   大反省いたします。 ( 罰を 決めます )( 微笑 )

    『  大悲閣  』 そのものの事です。

      0 番 で、
          <  山の上の 『 千手観音菩薩さま 』  >
      まさに、
      0番 にして 無限( 自由自在 )番 です。
      あらゆる番号の中に、入っている。
      宗教的です。( 微笑 )
      心の世界、論理的でない。( 笑 )

      実際、現実、
      『  千手観音菩薩さま 』 の
      宗教法人、『  千光寺  』 だから、
      個人でないから、
      次の 100年でも、存続しやすい。
      本当に、よい事です。
      私物化できない。
      所有・相続などの、一般社会的な事がない。
      もし、あるならば、
      バラバラに、なってしまいます。
      大切に、守っていきたいと存じます。

      どうか、皆さま、御協力くださいませ。
      悪い点も多いでしょう、言いにくいでしょう、
      どうぞ、さらっと、アドバイスしてくださいませ。
      再度、お願い申し上げます。


  本日は、珍しく、法事が重なっています。また、
  葬儀がございまして、ちょっと、準備に時間が
  必要です。
     残念ながら、本日はこれにて
       失礼させて いただきます。


     駄弁ながら 敬と愛をこめて
              残月    合掌

<  いっちせず
      そのくるしみに
         たえるべし
        いっちのせかい
           こころしんぜよ 。


      (  こころ )
      (  からだ )
      (  ことば )
      (  おこない )
      (  くらし )
      (  おもい )
      (  、、、、、 )
      (  、、、、、 )

        バラバラに、なりやすい。
        しかたない。
        でも、できるだけ、
         少しずつ、いっちさせて
         いきたいもので、ございます。
            むずかしいですが、
            あきらめずに、
          しあわせのために。
           やすらぎと、
            よろこびのために。    >

   飛びつつ   失礼いたします。

 
      7日( 土 ) ・ 8日( 日 )まで、
  「 大悲閣の紅葉 」 で 、進めたく存じます。
昨日も、だいぶ、参詣遊山の御方も減ってまいり
ました。 (  静けさ  )を 味会うことができます
ので、また、山寺の魅力がございます。

   寺の仲間も、来週から、10人以下の
一桁台になるかもしれないなーと、囁き合って
ました。  愚僧は 「 いやー  わららないぞ
まだまだ  来てくれるかもしれないよ 」 と。

   20年近く、大悲閣と共に、生きてますが、
門を開けていて、参詣遊山の御方が、0人、
どなたも、いらっしゃられない、という日は
ございません。  大雨であろうと、台風でない
かぎり、必ず、どなたか、来てくださいます。
  なんと、ありがたい事でしょうか。
    9( 月 )が、参詣者10人といたします。
     すると、7人が西洋人でしょう。( 予想です )

  1   京都の 嵐山という、立地
  2   偉人豪商  角倉了以・素庵  史跡
  3   絶景  (  嵐山 と 了以翁 による  )
  4   雑誌
  5   北森 鴻( こう )氏の 小説
  6   看板
  7   うわさ
  8
  9


    まだ、晩秋を味会える大悲閣でございます。

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


     ところで、二つの事を語りたいのですが、、。
 1 <  (  坐禅 7日目  )( 残り、約24時間 )  >
 2 <   南アフリカ 元大統領、マンデラ氏、死亡   >

     共通項があるでしょうか?
        沈思黙考
      ( ちんし もつこう )
        ございました。( 笑 )

       1 も 2 も、『  人類 の 星  』です。

       1 は、釈尊の、正覚成道( 12月8日 )
       2 は、マンデラ氏の、 人種差別撤廃

       1 は、人間は、正しく覚り、
                物に、事に、人に、、、、
                迷い苦しまない
                道( 方法 )( 生活 )がある事を、
                その 見本を、手本を
                指示してくださった。

        2 は、私たち人間は、 同じ人間を
                       人間と見ず、
                       暴力をふるう、
                       性質がある。
               数千年以上やっている。
               数万年でしょうか?
               生物的動物的本能でしょう。
          < 血と涙 >の、くりかえしです。

              しかし、克服できるという事を、
              許すことから、始めるという事を、
              その 見本を、手本を
                指示してくださいました。


        不平・不満・不服・怠惰・貪欲・怒り、、、、、
        暴力・暴言・差別・強制・管理・対立、、、、、
        など、
        私たち人間、人類の悪い点、罪悪を、
        克服できる、と、証明宣言している
        ようなものでございます。

        なかなか、できない、私たちでございます。
        でも、けっして、あきらめてはならない、と
        言ってくれています。

        天空に  燦然と  輝いています。

        弱小ながら、私たちも、
        一歩一歩進もうでは
        ございませんか。

           昨日の駄歌のような事を
            実践成就された
                 ように、感じられます。

           時代・国家・社会・地域・職場
           家庭・近隣・心身・心・身体・
           言葉・命・各各の立場において
             できる、ことを、
             なしていきたいものでございます。


    駄弁ながら、敬と愛をこめて
               残月   合掌

昨日の駄歌ですが、

<  こころとは
       ことばおこない
           つながりて
         てんちのあいだ
            かがやくいのち   1  

     ・ 命そのものの、喜び
     ・ 心そのものの、しあわせ     >


<   いっちせず
        そのくるしみに
           たえるべし
         いっちのせかい
            こころしんぜよ    2

     ・ 理想へむかう、不屈の魂     
     ・ 過程にたえる、忍耐の信    >

走りつつ   失礼いたします
        


   
     だんだん、紅葉も終わりに近ずいてまいり
  ました。  いい秋でした。 さて、冬に向かいます。
 その前に、クリスマスがあり、年末、そして御正月です。

   昨年、御話させていただきました、「 季節と言葉の
 ずれ の 苦しみ  」  です。  御正月を、< 迎春 >
という「 日本の習慣 」は、本来、江戸時代までの事なのでしょう。

  小生、つい最近まで、「  正月 は 春である  」 と
思えなくて、苦しんでいました。( 笑 )    やっと、
「  正月 は  春へむかう、冬の始りである  」 と納得
できるように、なってまいりました。(  大笑  )


   このブログにおいても、そうなのですが、
 小生は、自分で、定義できない( 意味を確定できない )
言葉は、使いたくない、使えないでございます。
  使っては、いますが、使えません、という気持ちです。
バカな話でございます。
  それで、ひとつひとつ、丁寧に考えていっている
つもりで、ございます。  時間がかかります( 大笑 )
おそすぎて、この世の役にたちません( 大笑 )

  物事を、けっして、疑っているわけではないのですが、
鵜呑みのように、しないという、性分、クセ、があるようです。
だから、丸暗記が苦手なのか ( 笑 )
  ですから、 御経を覚える事には苦労しています。
内容を、自分なりに納得しないと、覚えようとしない、
できないのであります。  だいぶ、時間がかかっています。
  短い般若心経ですら、簡単に覚えてませんでした、しかし、
今では、毎日、心経の素晴らしさを、語っています。( 大笑 )


  ブログ が なぜ「 ブログ 」 といわれるのか?
調べてませんが、使っています( 笑 )  でも、厳密な、
この言葉を使っての、思考をすすめる場合でないので、
まさに、一般社会用語として
使用いたしている状態でございます。


<  0  ><  無限  ><  1  >などは、
小生の、<  生命  ><  心  >からの言葉で
あります。  ですから、限界があります。
  (  ひとりよがり ・ 独断独善 ・ ・・・  )
   でも、そうせざる、おえないのでした。
宗教・仏教用語を、使えば、簡単なのでしょうが、
より、私自身も進歩するのでしょうが、、、、、、、。


  お釈迦さまの、御言葉すら、
鵜呑みにした事は、ございません。
  ただ、一つだけ、ございました。
20歳のころ、山のふもとの一軒家に
独居していた頃です。
   「  自分とは 何か ?  」
   「  いかに 生きるべきか ? 」
とか、青臭い問題に、
煩悶( はんもん )していたころです。

  『  もし、 修業中に、
       魔物みたいな物が現われたら、
         こう言って追い返せ。
    <  私は  真理を  求めているものである。
          立ち去りなさい  >と。  』

      この、言葉だけは、信じていました。
   実際、奇妙なことが、あった気がいたしますが、
   どうにか、<  気がふれる事なく、 また、頓死も >
    まぬがれているような気がいたして、おります。

      ありがたい事でございます。
   しかし、自分とは、何かわからない。
   でも、物を食べているのは、
   これだけは、事実・真実である。
   毎日、食べた物を、克明に記録して
   いました。  これだけは、ごまかしようが
   ございませんでしたから。( 微笑 )


   とにかく、人間の、いえ、社会の
苦しみの一つは、
 <  こころ  >と<  ことば  >の不一致です。

< こころ >と< ことば >と< おこない >が、
一致することが、最高の 喜びです。

  不一致をさけ、喜びを、味合いたいもので
ございます。
             つづき    ます



   すみません、妙な、駄弁です、御許しください。

            残月    合掌

<   こころとは
       ことばになりて
          おこないて
         ひとのいのちを
              かがやかすなり   >

<   ことばあり
        はじめにことば
           ありてこそ
         ひとはひとなり
           いのちかがやく   >

<   よきことば
       たくさんきいて
          そだつべし
       このよはあしき
         ことばあふるる  >

<   いっちせず
       そのくるしみに
          たえるべし
        いっちのせかい
          こころしんぜよ   >

<   こころとは
       ことばおこない
          つながりて
        てんちのあいだ
           かがやくいのち  >


   走りつつ    失礼いたします
   
      おはようございます。
   まだまだ、嵐山全体は、多くの方々でございます。
 昨日も、まだ、そんなに、寒くなく参詣遊山には適して
 ございました。  ちょと寒いですが歩けば、体が暖かくなります。
                          
   小学生が、時々半そでとか、ジャンバーぬいで
  下校しているのを、見かけます。  皆さま方の町では
 いかがでしょうか ?  札幌は、初雪とかおっしゃられて
 ましたね。  九州熊本は、まだ、寒くないのでしょうか?

   「 大悲閣の紅葉 」は、まだ残っています。
 緑の山の世界において、 赤色、黄色が何故か、美しい。
どうしてなのでしょうか ?  私たちの頭の中で、
落葉した冬木立の風景、春の新緑の初々しい風景と
 比較して、いるのでしょうか ? 
   無意識にですか? そんな事はないですね。
     考えてはいない、感じる世界でございます。( 笑 )

   よくわかりません。( 微笑 )  秋・冬・春・夏と、
 年中美しい自然の、我らの日本列島でございます。
  きびしい大自然の、日本国でございます。


    昨日、10人くらい御仲間で、客殿に参詣されていました。
  時々、般若心経の説明をいたします。

      ・  なぜ、うそ みたいに 目・耳・鼻・・は無い
           と、言っているのか ?

      ・  なぜ、 うそ  みたいに 色・声・香・・は無い
           と、言っているのか ?
     
      ・   舌が無い、味が無い、と言わざるおえない
             のか ?
          (  舌  )(  味  )の否定なのか ?

          ちがいます。
          大肯定と、申せます。

      ・    、、、、、、、、、、、、、  またに、いたします。

      ・   空 ( くう )( からっぽ )について、だけ。

             昨日の駄歌の < つづき > です。
           客殿で、説明していて、< つづき >を
             語るべきである、感じました。( 微笑 )


        昨日   「  ほとけとは
                    からだとこころ
                       ほどくこと
                         からだがとけて
                            こころがきえる  」

         つづき  「  からだとけ
                    こころがきえる
                       そのときは

                         『 みほとけさまが
                              あなたにみちる 』  」

                         『 ごせんぞさまが
                              あなたにみちる 』

                         『 てんちのかみが
                              あなたにみちる 』

                         『 やさしきものに
                              いやしつつまる 』


                   このことを、信じていただきたい。
                 このことだけを、信じていただきたい。
               信じて、精進して、いただきたい。
                  「  精進 とは ? 」
                  「  自分中心でない、生きかたを
                        貫くこと ? 」
                    、、、、、、、、、、、、、、、


                  とにかく、 精進しつづけると

                  <  よろこび  >
                  <  やすらぎ  >
                  <  いきがい  >
                   に、  満たされます。

                   絶対的、比較をこえた、
                   こわせない、こわれない、
                   きえない、
                   <   よろこび  >
                   <   やすらぎ  >
                   <   いきがい  >
                   を、
                   心の奥底から、
                   感じる事でしょう。

                   必ずでございます。


     駄弁です、敬と愛をこめて
                   残月    合掌

<  清き光が  満ち満ち  溢れますように  >

<  この世から   悲しみ  苦しみが
        少しでも  減っていきますように   >

<  不平・不満・不服 を 言う前に
        一工夫です          >

<  まちがい ・ てちがい ・ かんちがい 
      おもいちがい  を あまり、 しませんように  >

<   そまつ  じゃけん  に されませんように >

<   おたがいに、大切にしつつ  切磋琢磨 です   >

<   御病気・御ケガの( なかま )の、
         一日でも お早い  ご回復を   >

                  失礼いたします。
                          
     本日は、遅くなりました。
 「  大悲閣の紅葉、13  」 と、書きました。
13回も、同じテーマで失礼いたして、ございます。
  他の内容にも、ふれていますが、、、、、。
しばらく、御付き合いくださいませ。


    冗談で、『  金閣 ・ 銀閣 ・ 大悲閣  』と
申しております。( 笑 )( 大笑 )
  飛雲閣・呑湖閣とか、ございます。
されど、『  金閣 銀閣 大悲閣  』 でございます( 笑 )。

  その心は、その意味は ? ?
『 言わずが、花 』 でございます。( 大笑 )



   時間が、ございません。
愚僧( 仏教僧 )( 仏弟子 )にとり、
根本的な事に、触れさせてもらいます。

  「  仏 とは  何か  ?  」

  「  <  1  > と
     <  0  >と
     <  無限 >が、

      一如、一つになり、

     <  2、3、4、5、、、、、、、>
     の 世界で、
     はたらく、もの、 。  」


    言葉、表現、いいまわし、りくつ、りろん、
    、、、、、、、、、、、、、
    多種多様、千差万別、、、、、、

   
   「   仏  に   たすけ みちびかれ
       仏  に   なる。

       仏  を   たすけ みちびく
       仏  を   らいはい 。  」


                 つづき   ます


  まだまだ、嵐山 は、 美しい

                残月   合掌

<   ほとけとは
        からだとこころ
           ほどくこと
               からだがとけて
                  こころがきえる  >

<  坐禅 4日目、 刻苦、唯刻苦、坐死也  >

      飛びつつ    失礼いたします。

           
      まだ、参詣遊山の方々が、いらっしゃいます。
    ありがたい事で、ございます。  1年を通して、1日
   30人くらいの方がの、お参りがございましたら、
   最低限の維持ができるのでございますが、まだ、
    その半分くらいでしょうか。( 笑 )


     千手千眼観世音菩薩様
     了以翁さま
     客殿絶景
     よりも、

     秋の紅葉
     春の桜花
     が
     魅力的みたいです。
     ( 春秋が、多い参詣の方々です  )

     時の住職の法話が、
     一番の人気になるのが、
     理想の寺院でしょうか?
     ( 笑 )( 笑えない )

     御本尊様の霊験でしょうか
     御利益でしょうか。


     とにかく、
     精進あるのみでございます。


    『 天地、あらゆる存在が、応援してくださって
       いる事は、明白でございます。 』

     この確信、< うぬぼれ >が、
     愚僧の( つよみ )なのかも知れません。
     物事を、いいようにしか、考えられない、という、
     バカなのか?  アホなのか?
     わかりません。( 笑 )
     いやがられ、嫌われているかも知れません。
     すごい、批判も 耳にした事は
     当然ございます。
     しかし、その立場の方が、
     そう考えられるのも( 当然 )です。
     すみません。
     頭を下げて、精進するのみでございます。
     でも、まだ、
     努力がたらない。



    <  坐禅3日目  >(  臨済禅道場 )
   一番、つらい日かも、しれません。

   禅の修行者を、なぜ 『  雲水( うんすい ) 』と
   よぶのでしょうか ?

   「  雲  」 「  水  」 みたいに、
    行き、流れる、練習・訓練と、申せます。
  そうです「 行雲  流水 」( こううん  りゅうすい )
  という、熟語がございました。

    <  我  >
    <  私  >
    < オレ >
    < アタイ >
     が、あると、
     (  行き流れる  )事はできない。

     まさに、ひっかかる。

     <  大きな 動き  >に、
    『 身と心 』 を、  まかせ・ゆだねる、練習・訓練とも
     いえます。

     世間でも、よくやっている事です。
    <  大きな  動き  >に、『  身心  』を
    まかせ・ゆだねて、います。( 笑 )
    ( 笑えない )。

     でも、どこが、ちがうのか?
     道場での、目的はどこなのか?
     世間と、同じなのか?
     ( 笑えない ) という所が、
     重要です。


     <  大きな  動き  >に合わせて行き流れる
     だけ、でしょうか?


                  つづき   ます

 妙な 紅葉の御報告、されど、敬と愛をこめて。

               残月    合掌


<   おおきいな   嵐の山も   おおきいな
       いったいオレの  何倍ありや

    おおきいな   どこもかしこも  おおきいな
       いったいわたし   どこにあるやら

    もみじばも  よくよくみれば   おおきいな
        たったいちまい  めからはみれる    >
                  ( 駄歌 )


       走りつつ   失礼いたします。  

       「  もう、おわりだな  」 の お声がいたします。

       しかし、 まだまだで、ございます。 
    大イチョウも、まだ、残っており、 
     < 新洗面所 >への階段が、黄色の絨毯で
    ございます。  パラパラと、くる、落ち葉を感じながら、
     滑らないようにして、<  愛情のカタマリ >のトイレへ、御
         向かいください。 

      掃除できてないとも、いわれてます。
    反省でございます。 すみませんでございます。

   愚僧、一度も、使用した事がございません。
 恐れ多くて使えません。  縄文時代のトイレを使って
います。  水の量・紙の点検にいくぐらいで、いつも、
バタバタしているうえに( 反省 )、近視だから、汚れゴミが
見えない事も、多いです。 大反省でございます。
   客殿も、すまない事で、ございます。


     「  読経よりも、境内・トイレ掃除である  」 のが、
   禅仏教の、基本の基本で、ございますのに、
     まことに申し訳ございません。



     客殿から見える対岸の山は、
   小倉山( おぐらやま )と、亀山です。

     亀山のふもとに、天竜寺がございます。
   それ故に、霊亀山( れいきざん )天竜寺と
   申します。
     昨日から、修行者の皆さんが、刻苦( こっく )して
   していると思えば、ゆっくり休めない愚僧・
      老雲水でございます。


     「  今年は 寒いのでは  ないか  」
     「  手が  はれては  ないか  」
     「  典座( てんぞ )さん は たいへんだー 」
     「  特に、初めての雲水さんは、
            、、、、、言葉にできない、、、、」
     「  7日間の内、3日まで、特に苦しい
           2日目の今日、
              つらかろう、、、
                睡眠不足、、、、、
              、、、、、、、、、、、、、、、  」


     十方三世( じゅうほう  さんぜ )
           ( あらゆる  空間
           ( あらゆる  時間
           ( 過去・現在・未来の )
     一切( いっさい )
     仏さま
     菩薩さま
     、、、、、、。

     雲水さまを
     求道者を
     仏弟子を
     心を
     命を
     、、、、、。

     お守りくださいませ。



       脱線いたしました。
   そうでした、「  大悲閣 の 紅葉  」
  まだ、美しいです。  晩秋でございます。
    落ち葉、サクサクで、ございます。

     どうぞ、どうぞ、
       寒くなりすぎない内に
           どうぞ、御越しくださいませ。

        御抹茶の、美味しさと、安さは、
            こりゃまた、京都一なり 。




 とりとめのない駄弁でございました、御許しください。
      されど、 敬と愛をこめて。
                残月     合掌


<   大悲閣   京都一が  二つあり
       客殿絶景  嵐水喫茶   >

     飛びつつ    失礼いたします。
     

   
       12月1日でございます。
     もう、1カ月で、1月1日です。
   小生は、12月31日までに、全てを< 0 ゼロ  >に、
 するよう毎年バタバタしています。  ただただ、< 1 >を
 心から、お迎えし、心の奥から味会うためです。
   いつも、いつも、しのこしが、ありますが。( 笑 )( 大笑 )

   色々な< 1 >がございます。
しかし、日本中で、< 1 >を叫ぶ( 笑 )は、
この日しか御ざいません。  だから、よけいに。
身心に、< 1 >が染み込みます。

   1月1日に、神社・仏閣に、おまいりしたくなるのも、
人間の「  性 ( しょう )( さが )  」 と存知ます。

   < 1 >は、< 無限 >をもとめるもの。
   < 無限 >は、「 神仏( しんぶつ ) 」ともいえます。


   < 0 >は、「 プラス と マイナス 」を
           「  現実社会  」を
           「  貨幣経済社会 」 を

           ・  こえた 世界
           ・  ささえる  世界
           ・  土台、基礎の 世界


 「 人格 の 完成
   心   の  成熟

   社会的  成就( じょうじゅ )
   現実への 貢献

   、、、、、、、、、、、  」

    は、 <  0  ><  1  ><  無限  >が、
        同じ、ひとつ、、、、、だと、気づき
        日常生活・  社会生活に
        < 2,3,4,5、、、、、、、>
        <  数量 の世界  >において、

         実践・実行できる事かもしれません。



   バカな事を、申しております。
 御許しくださませ。  一つの、考え方です。
 型です( 笑 )。  型は、こわされるためにある。( 大笑 )
否定し壊してください、こわすまでもない、( 大大笑 )。

  ただ、12月1日から 8日の暁( あかつき )までの、
1週間、臨済禅道場で、命がけの「  坐禅  」に、
突入するから、つい、彼らのために、駄弁を弄しました。
  (  オレは、なぜ 坐りつづけているのか ? )
  (  昔の愚僧の、愚問。  疑問の固まりの小生でした。  )
  (  徹底して、自分の 『  性  』( しょう )
            を、  見つめる事ともいえます。

                味会う事
                みきわめる事
                虚飾を全て、はがし落とす事
                ごまかしを、許さぬ事
                、、、、
                つらさ  を あじあう
                さむさ
                くうふく
                かなしさ
                いたさ
                ねむたさ
                むなしさ
                、、、、、
                こいしさ
                いとしさ
                せつなさ
                、、、、、
                やさしさ
                あたたかさ
                ぬくもり
                、、、、、
                      あじあい尽くす。

               <  1  >を
               <  0  >を
               < 無限 >を、
   
                      あじあい尽くせるか? )

 「  みんな  にげないで、、、、、、、、  」 
 「  みんな、つらく、たいへんだけど、
   やりとげて  ください 。
      すばらしい  たいけん と なります 。 」

  学生時代に、
 「  苦行 です  」と 師匠にもらす、
  すかさず、 『  苦修 だ  』、 
           「  はい  」 。


    私たちの、日常にも、活かせる事です。
    
    愚僧も、早く、坐禅会を、復活させなば。



 大悲閣の紅葉の報告が、乱れました、御許しを。

                残月   合掌



<  つらいとか
     いやだとおもう    
        そのときは
          からだこわして
            しぬるときなり  >

<  つらいとき 
        つらいことなり
           いやなとき
              いやなことなり
               「 われ 」はかんせず  >


   飛びつつ  失礼いたします。
     
            

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