11月3日(日) 「 天地 と 算盤( そろばん ) 」 2

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    おはようございます。
  本日も、遅くなっております。
    申し訳ございません。



    先月は、算盤関係以外にも
  ある品を、寄進していただきました。
  ありがたい事でございます。
    お宝が増えると、守る事が
  忙しくならないか、心配です。( 大笑 )

     本来、
   人間の<  心  >が、
 <  宝( たから )  >である。

   真実です。
 でも、私たち人間はなかなか、
 理解できない。
   「  そうかなー  」
   「  でも、なんだろう ? 」
   「  よく、わかんない  」

   古歌
      『  心とは  いかなるものを
           いうやらん
              墨絵にかきし
                 松風の音    』

       昨日の、つづき ですが、
    「  墨絵の松風  」を、聞けるぐらい
    感覚の、 感度を高めなくてはなりません。(笑)


      また、先日の 古句に
    『  人、死して、心を知らず 』 が、ございます。

     「  人は、死ぬ。
         でも、
            心を知る事は
               できなかった。
                   残念である。

         人は、死ぬ前に、
              心を知ったらいい、
                 自覚できたら、
           
         とても、うれしい、
           歓喜だ、
             いつでも、
               どんな時でも、
               
          さわやかな風がふいている
            いや、
              さわやかな風を感じてる。   」

        ちょっと、飛躍しますが、
          推測ですが、まだ確信できてないですが、
            、、、、、、、、、、、、、、、
           もしかしたら、
       「  心を 自覚できるまで、
            人間は、何度でも、
               人生を体験する  」
             かもしれません。

        寿命の長短を超えた思想でも、ございます。
      同級の友人が亡くなってから、
        そのように思えてならない。

        現代中国の100歳をこえた禅僧は明言している。
      「  悟りを開くまで、何度でも生まれてくる  」と。
        方便なのか ?
        うそ なのか ?
           でも、慈悲心が溢れている。


         社会的仕事・境遇は、各々、千差万別、
       運命・宿命も、色々、多種多様、限りなし。
         そのような、
        運命・宿命をとうして、
          誠実に対応しながら、
             悪縁・逆縁・善縁・順縁に
               出会いながら、
               また、縁を生み出しながら、
                    <  心を 自覚する >。
        このことが、 人間の根本的仕事かもしれません。
            いえ、根本的仕事です。
        ( 今日から、断言します )( 大笑 )

             どのような職業
             どのような境遇であろうとも。
        ( すると、このように考えると、
             どのような人とも、共感できる )



     大脱線いたしました。要旨は下記です。(笑)
   <  たから  >いただき感謝してます。
    大事に、いたします。 守ります。
     (  寄進品の説明は、明日いたします )(笑)
      
   < たから >の最高なものは、
     各々の< こころ >である。
       だれでも、皆、持っている。

    でも、私たちは、なかなか気付かない。
       この人生で、かりに困難だったら、
          まだ、ギリギリまで工夫精進。
             、、、、、、、、、、、、、

   長くなった駄弁です、御赦しください。
               残月    大合掌

<  清き光が  満ち溢れ  ますように  >

<  この世から  悲しみ  苦しさが
       少しでも  減りますように   >

<  生まれてきた、喜びを、
      みんな、みんな、
        味会えますように  >

<  自分を、自分と思えた事の
     意味とは、どういう事でしょうか?

       我( が )( わたし )は、
         生きていながら、
            無我を自覚することである。
           無上の喜び、幸福感です。
              ( 微笑 )   >

<   無我とは?
       わたしは  あなた
       わたしは  これ
       わたしは  それ
       わたしは  、、、、、、
       わたしは  、、、、、、    >


<  一日を  ただ一日を  生きるなり
      百年先を  今に感じて   >
          ( 57歳をむかえて )


             失礼いたします。  
      
       
          
 

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このページは、大悲閣千光寺ブログが2013年11月 3日 08:54に書いたブログ記事です。

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