2013年11月アーカイブ

      昨日の、嵐山は例年と違う寒さでした。
    大悲閣千光寺の境内は、もう2時過ぎると、
  日が当らなくなり、風でも吹きますとガタガタいたします。( 笑 )

     紅葉の絨毯( じゅうたん )の時を迎えています。
   しかし、今年は、赤色が少ないので、黄色が中心で
   大半は茶色に近く、しかし、またこれも面白いもので
   ございます。  ( 微笑 )


     山は、年中、面白い。
  故郷の山は、よく登りました。
 家の側です。 歩いて、10分くらいですか。
 父につれられて、よく散歩いたしました。
   ある日、庭が、草ぼうぼうだったそうです。
 母が、何かいったそうです。
 すると、父いわく、「  山みたいだから、
              そのままでいい  」。( 笑 )

    自然のきびしさを、畏れながらでございます。
  皆さま方の、お近くの大自然を味会ってくださいませ。
  公園、並木、川沿い、他の家屋の樹木(微笑)、植え鉢、
  お花、お草( 微笑 )、、、、、、、、、、、。
    (  人知、はからいを、超えた何かを、
        味合い、感じるのです。
       己の、慢心・傲慢・うぬぼれ・を
      打ち破るのです。  知力を超えた何かを
        感じ取れ、 わが頭< こうべ >を
          下げることができるか ?
             礼拝できるか ?
             合掌できるか ?


     天地に独歩するが如き、真の禅僧は、
         毎日、人知れず、
            天地に、ひれ伏して
              いる事でしょう。 )


    食卓の 大根・ニンジン・たまねぎ・
  、、、、、、、、、、、、、、、、自然に満ちている。
 愛に満ちている。( 笑 )(  のうてんき、  大笑  )



 「  余談  」  です。
      先日、中学時代のバレーボール部の
    事にふれました。  その時の1年後輩が
   御家族で、本日参詣遊山してくれます。
     うれしい。  一年後輩は、よく鍛えた気が
   いたします。 小さな島ですが、優勝したのでは
   なかったか?  先輩としての、誇りでした。

     彼は、小学校の校長だという。( 40年ぶり?)
   故郷、五島列島のために、尽くしている。
   えらい。  小生も、 、、、、、。

 
        先日の つづき  です。
     中学時代の1冊です。( 計、2冊のみ )
   寝床に、持ち込んで、何度でも読んだ気がします。
   有名な 「  十五少年漂流記  」  です。

     小生は、大悲閣という島に、漂流の末たどりつき、(笑)
       孤軍奮闘、 そして仲間と共に悪戦苦闘中(笑)。
        <  こりゃ、いつまでも 少年です。  >
    今日、 多くの方々が助けてくれています。
      まことに、 ありがとう ございます。




  まさに 駄弁でした、スミマセン。
                 残月    合掌


<   先日の  「  歴史 の 名言  」 から。

      脳みそに、染み込んでいた、ひとつ。

    『  報酬を  行為の  バネにするな  』

      正確には( 本日、確認 )

    『  報酬への期待を、
       行為への、
       バネとするな   』  。

      ベートーベン  ( 作曲家 )      >


    黒松 ( 愛犬の 名前 )が、泣いています。
            失礼いたします。
       昨日、午後4時、客殿からの眺望の
     なんという 美しさよ 。

       人が居ないなー、大切なお花の
     花瓶に、御水を足そうと、中に入りました。

       中年の女性が、中央に正座して
     景色を眺めているではございませんか。
     静かに、語らうこともなく、二人肩を並べて。


       愚僧も、ありがたい< 絶景 >に(笑)、
     に目を向けました。 おお、これは、なんと。

       語りかけてしまいました。

     『   今日、今の時間の、
       この景色、眺望は、
       年間の  ベスト 5  に入ります。
       
         めったにない、
         美しさです。      』  と。

     『    よかったわー
          、、、、、、、、
          、、、、、        』

        うっとりと、してられて、
        言葉も ございません。


     どのような、美しさでしょうか?

   京都、平安京の西の端の、嵐山から、
   東の端の大文字山( 如意ヶ嶽 )がある
   東山三十六峰を、御覧いただける客殿で
   ございます。

     この眺望も、今年、四百年記念として、
   日本画で、描いていただきました。
   現在、大悲閣千光寺の最初の階段の
   右手側の大きな看板に、展示させて
   いただいてございます。
     毎日、御手伝いいただいている
   中年の男性、入魂の大作でございます。
   (  ありがたい、この作品も
           御奉納いただきました。 )


     眺望は、年間をとうして、あまり変わり
   ません。  その、色合い、光による明暗は、
   毎日ちがいます。  一日の中でも、刻々
   変化しています。( 当然で ございます。 笑 )

     昨日の四時の、美しさは?

     1、   夕方は 美しい
          西日が、
          嵐山の上から、
          京都の街全体を照らす。
          街そのものが、輝いてみえる。

     2、    しかし、
           対岸の、亀山・小倉山は、
           日が当らず、嵐山の影に
           なる。 この暗さもいい。
         
     3、    しかし、
           嵐峡は見える。
           碧の 保津川( 大堰川 おおいかわ )が
           心にしみる。

     4、    平安京の東山に、
           西日、夕日があたる、
           秋の峰々は、
           紫色に変わる。
           なんという、色合いよ。

     5、    目先ですが、
           その昔、京都の西の端であるあった
           双ガ丘( ならびがおか )が、
           黒っぽく、くっきりと。
           また、美しや。


          以前、西洋の女性が、
          『  peaceful    』  と つぶやき、
          涙をながす、まねをされました。
          こういった時だったかも知れません。

          
          色んな美しさがございます。
              人の姿の、美しさ。
              物の形の、美しさ。
              心の相の、美しさ。
              真理の、美しさ。
              平和の、美しさ。
              尊敬の、美しさ。
              和合の、美しさ。
              共存の、美しさ。
              、、、、、、、、、、

              、、、、、、、、、、、

              、、、、、、、、、、、、



           「  美意識  」 を 確立し、

           混乱・混沌・無秩序・騒乱・戦乱・・・
           怠慢・不機嫌・不満・不安・不服・・・
           、、、、、、、、、、の
           人間の現実世界において、
           私たちの日常の、職場・家庭・近隣などに
           おいて、

           「  美  」 を、実現したいもので
           ございます。

           世界における、日本人の意味・役割
           とは、何か?

           人間の原点に近い、
           「  美意識  」 を 獲得しやすい事
           なのか?  まだ、小生、よく分かりませんが
           そのような気が、ちょっと、いたします。


                      つづき    ます


    妙な駄弁です、御報告でございます。 
          敬と愛と ともに      残月  合掌


<   不平・不満・不服  をいう前に
         一工夫、
         深呼吸です 。   >

  走りつつ     失礼いたします。
      観光地の 嵐山へは、全国から
  大型のバスが、次から次へ、御越しでございます。
  小生は、コンビニでよく、御土産用の( いい言葉 )の
  紙を コピーにいきます。その時、驚くくらいのバスの
  行列に出会います。

      後10日間くらいでしょうか?
   もう、2回の土日だけでしょうか?、多くの方々が、
 嵐山の訪れてくださるのも。  そしてその数パーセントが、
大悲閣へ参詣遊山に来てくださいます。  
   実に、有難い事で、ございます。  
 なにせ、中心である渡月橋から、約1200
  メートルも離れているのですから。( 笑 )
   正確には、100人の内、1人も来て下さるわけでない
     ので、少数点が付く、世界でございます。( 大笑 )


    近頃、<  奉納 ( ほうのう )  >が、
 続いております。  先日は、京都新聞に大きく
載せていただきました。  < そろばん寺 >の
象徴シンボルとして、
  「  そろばん玉で作られた( 三重塔 )  」
  「  255桁( けた )、算盤    」  です。


  一昨日は、有名な写真家の御方の、
 対岸、小倉山から大悲閣千光寺の遠景。
すばらしい、実に 美しくすばらしい御写真で
ございます。  大悲閣を守護している、
< 白龍 >が
写っている気がいたします。
   客殿にて、御覧いただけます。


  この11月には、洋画を一枚頂きました。
京都で一流の方だそうです。  そのお孫さまが
奉納してくださいました。 「 西方の国 」という題です。
まさに、宗教画でございます。 今、仮の本堂にて
御覧いただけます。  面白く感じられます。


  古美術商の方にも、この夏、
(  万歳、 布袋立像  )( 愚僧が 命名、 笑わないで )
客殿にて、皆さまを 御待ちいたしております。 ( 微笑 )



  その他も、有難い事でございます。
<  奉納帳  >を、作ります。



  「  余談  」です。
     先日、高校時代の衝撃の書物との出会いを
     語らせていただきました。( 二冊 )

     中学時代は、どうだったのであろうか?と、
     自問してみました。  バレーボールに
     うちこんでいた日々でした( 笑 )

     あまり読んでいません。 でも、
     今でも、側に持っている本がありました。
     2年生の修学旅行で、 熊本県の本屋さんで、
     買いました。 ( 土産以外、唯一の買い物です )
              ( 笑 )(  大笑  )

     しかし、この一冊も、今の小生を暗示して
     いるような気がいたします。
     今、しみじみと、題をみればなんと、
     中学生が買う本なのか? という気がします。

     たしか、かんちがい、だったような気も
     いたします。  昔の武将の言葉を集めた
     本のつもりだった気がいたします。


     『   歴史 の  名言  』
   ( 一日一日の生甲斐・ いきがい の発見 )
     なんとまあ、
     こんな本を。
     武将でなく、
     古今東西の 人々 の言葉でした。
     昭和44年の印刷本、まさに、13歳です。
         320円です。( 微笑 )

     その中の、ある言葉が、
     ズート、愚僧の脳みそに、染み込んで
     います。      

                 つづき   ます

 駄弁ながら、敬と愛をこめて
               残月     合掌




<    清き光が  満ち満ち溢れ  ますように   >

<    この世から   少しでも
         悲しみ  苦しみが
            減っていきますように    >

<    まちがい   てちがい   かんちがい
        われらよくなす
           おもいちがい 、
              しませんように     >

<   御病気の( なかま )の
         一日でも  お早い  回復を   >


    走りつつ    失礼いたします。

       昨日は、寒い嵐山でした。
     大イチョウが、黄ばみ、冬の訪れを
       告げるかのようです。
    その裏山からは、猿の群れの叫び声が
     聞こえて参ります。

       ああ、あの酷暑の夏が終わり、
    過ごしやすい秋も、もう何処かへ、いってしまう。
   なんだか、さびしい気持ちがわいてまいります。

       いけない、環境・現象の世界に
    振り回されては、なるまいぞ。( 大笑 )



     大悲閣の紅葉は、5割を超えた気が
   いたします。  数年前の、深紅とはなかなか
   まいりません。 しかし、12月が近ずくと、いっきに
  加速しているようでございます。


     山を見ながらの( くらし )と、
     海を見ながらの( くらし )と、
   砂漠を見ながらの( くらし )と、
   都市を見ながらの( くらし )と、
   、、、、、、、、、、、
     ( こころ )の、形成も異なって
   くる事でしょう。

     経験は、とても少ないですが、
   人間は、みんな( こころ )は同じと、
      確信しています。
   つまり、どのような地域の民族であろうと、
  同じだと、思っています。
( 中東・アフリカの人々は、あまりしらないなー)

    とにかく、
  言語・民族がちがっても、
  同じ人間である、という< 確信 >から、
  私たちは、物事を、考えて行きたく存じます。

   2013年に、生きてるわたしたちの( つとめ )
  と存じます。  ここ300年の歴史からも、明らかです。
  民族の軽視・差別の愚行は、もう、終わりです。
    日本の四季のように、
  繰り返しては、なりますまい。


     そのためにも、
   私たち、個個、各各の、
   (  人間 としての、「  自尊  」 の念  )を、
   形成しなくては、ならないと存じます。

    「  九州出身 」の ( わたし )でなく、( 笑 )
    「  000学校 」の、、、、、、、
    「  000関係者 」の、、、、、、、
    、、、、、、、、、、、、
    、、、、、、、、、、、、

    (  人間として )
    (  生命として ) の( わたし )の自覚・感受が
    大切でございます。

    そのためには、、、、、、、、 
      呼吸と ともに  食物も大切です。
          何を、口にいれるのか??
                入れているのか?
               
                    つづき  ます



   妙な駄弁になりました、されど、敬と愛をこめて
                残月    合掌


<   いったいさ   わたしはなあに?
        あなたはさ
           あなたがこのむ
              たべてるものさ    >

<   だいこんの   あじわかりてぞ
        じんせいを
            しみじみかんず
               こころうまるる    >

<   こきあじも   うすきもあるぞ  
        しょくたくよ     
         ゆたかになれよ
            ひとのこころよ   >



   走りつつ   失礼いたします。
           
       秋らしく、なって参りました。
    渡月橋から、嵐山そのものを、眺めると、
   実にすばらしいものでございます。

      立ち止まり、御覧下さいませ。
   御想像くださいませ。  美しいものです。
  秋でなくても、十分すばらしいのでございますが、
  まことに、息をのみこみ、思いを消しさる、
    自然の( ちから )がございます。


    昨日のつづきです。

  宇宙が、( 無限 )永遠とします。
  私が、( 1 )なのか
  心が、( 0 )なのか
  この世が、(  2、3、4、5、、、、、、、 )なのか
         (  数の世界、 現象の世界 )


  私は、( からだ )( こころ )があるのは、確かです。

      ( たましい )を、どう位置づけるか?
               そもそも、あるのか?
      ( おもい )と( こころ )の、 ちがいも
                ございます。


     これらの事は、言葉の遊戯では
         ございません。

     この宇宙において、
         消えゆく( わたし )を
            どうとらえた方が、

      <  明るく、強く、やさしく、 >
       おのおのの、人生を、
        全うできるのか?

           この一点のみのための
              考察でございます。

   最終的には、学び、考え、実践実行して、
 おのおのが、かくかくが、みなさま一人一人が、
    宗教家・芸術家・そして、
そして、哲学者にならなくては、ならないと存じます。
   
    自分の人生体験から、(  いのち )と
 ( ことば )を思考し、( ことば )を獲得しなくては
なりません。   多く、学んで、謙虚に、頭をさげて、
 学びつつでございます。

                 つづき  ます

 駄弁ながら  敬と愛をこめて
               残月    合掌



<   太古の海  岸辺の  水泡( すいほう )
      一番最初の  御先祖さまか ?

       「  あなたは   すいほうだ
            どうしょうもない   」

       『  はい   そうです  、
           すみません
             しょうじん いたします。
   
           おしえてください。
              おたのみ もうします。  』  >

     <    うみのそこ  
              そらのうえかは
                   しらねども

                  いのちのもとに
              われはあいたし   >
                    
     走りつつ     失礼いたします。
     今年は、どうなるのでしょうか?
  まだ、まだと、存じてますが、ちょつと、心配に
  なって来ました。  紅葉は、確かに進んでますが、
  残念ながら、色合いが、赤みが不足しているように
  感じられます。  このまま、縮みしぼんで行くの
  でしょうか?
     されども、大きな自然の流れは、ゆっくりと
  進んでいます。  太陽のまわりを、回りつづける
  地球は、簡単には変化することはございますまい。
  個人から観れば、< 永遠 >< 無限 >と同じ
  事と存じます。

     この、宇宙法則にのっとり、
   悠然と、悠々と、無限永遠を( 自覚 )( 感受 )
   しながら、一日一日を、味合いたいもので、
   ございます。

     私が、( 私 )を、
     自覚し、意識している事実は、
     奇跡です、
     不可思議でございます。
     そして、
     ( 私 )は、消滅いたします。
     これも、確かです。
     避けようが、ございません。
     宇宙における
     ( 私 )の意味とは、何なのでしょう。

     大宇宙の法則と、
     この( 私 )を、つなぎ、結ぶものが、
     < こころ >であると、
     とらえると、面白いです。

     ( 宇宙 )( 私 )( 心 )、
     ( うちゅう )( わたし )( こころ )、

     の、よき関係を持ちたいもので
     ございます。

     どのように、したらよいのでしょうか ? ?

     皆さまも、どうか、御考えくださいませ。

     また、できる範囲で、古今東西からも
     学びたいものでございます。

     妙な紅葉の御報告になりました、
     御許しくださいませ。



 駄弁ながら、敬と愛をこめて
          残月     合掌

<   ( 私 ) とは  これはいつたい  なんだろう
        ゆめ  まぼろしや
             水泡 なりや


     いやちがう   うちゅうを  愛す心には
        金剛石の ( ダイヤモンド の )(笑)
               光 またたく     >


   走りつつ   失礼いたします。
        おはようございます。
   いまだに、何人の御方に、御読みいただいて
   いるのか、存じません。( 笑 )

     故郷、長崎県五島市の姉が読んでてくれて
  いるので、1人はたしか、、、、2人、3人、、、、、、
  友人・知人・親戚?、、、、、、、、、、、
  、、、、、、、10人であろうと、100人、1000人
  であろうと、同じ( こころ )、心がまえ、姿勢、
  でございますから、あまり気にしてませんが、、、、。
     ( 微笑 )

     ただ、失礼がないように、いたしたいもので
   ございます。  それで、愛だけでなく、敬を
    加えたのでした( 微笑 )、最後の御挨拶に
   です。( 言葉だけでなく、実践できているの
   でしょうか? ?  反省でございます。 )
 
    姉いわく 「  携帯に 数字が出ているよ。
    毎日かわるから、これかなー???  」
    「  まさか ?  多いですよ 」
    気にしないで、歩きます。( 笑 )


    『  人を 見ず、 法を 相手にする  』

    (   現象・不増不減・変化・無常 に
          心、うばわれない、で、
             真理・根本・普遍・
                を見る   )

    『   敬天  愛人 ( けいてん  あいじん ) 』

     (  天を うやまい、 
        人を  愛する、大切にする。
             粗末に しない。
             尊重する。   )

     《   神仏 が  御嫌い、
                疎遠ならば、( 微笑 ) 》

           < 天 >でも、いいので ございます。

           < 大自然 >( 3文字は、多い? )
           < 超越 >( 2文字か? )
           <  サムシング・ グレイト  >( なんだ? )
           < あれ >
           < それ >
           < これ >
           < ご先祖さま >
           < 偉大 >( いだい )
           < 悠久 >( ゆうきゅう )
           < 永遠 >( えいえん )
           < 無限 >( むげん )
           < 無境 >( むきょう )
           < 無相 >( むそう )
             やはり
           < 無 >( む )
            、、、、、、、、、、

           < 先人 >への  思い
           < 古人 >
           < 先生 >
           < 師匠 >
           < 先輩 >
            、、、、、、、、、、、

            内面から、とらえると、

           < 敬虔 >( けいけん )
           < 尊崇 >( そんすう )
           < 畏怖 >( いふ )
           < 帰依 >( きえ )
           < 忠 >( ちゅう )
           < 孝 >( こう )
           < 敬愛 >( けいあい )
           < 博愛 >( はくあい )
            、、、、、、、、、、、

            外面では、

            < 謙虚 >( けんきょ )
            < 素直 >( すなお )
            < 正直 >( しょうじき )
            < 真面目 >( まじめ )
            < 真剣 >( しんけん )
            < 誠実 >( せいじつ )
            < 愛情 >( あいじょう )
            < 慈悲 >( じひ )
            、、、、、、、、、、


            すると、
           
            < 和敬 >( わけい )
            < 大和 >( だいわ )( やまと )
            < 友愛 >( ゆうあい )
            < 共存 >( きょうぞん )
            < 共栄 >( きょうえい )
            、、、、、、、、、、

             すると、

             < 静寂 >( せいじゃく )
             < 満足 >( まんぞく )
             < 幸福 >( こうふく )
             < 至福 >( しふく )
             < 百福 >( ひゃく ふく )( 微笑 )
              、、、、、、、
              深まりて、高まりて、

              < 歓喜 >( かんき )
              < 法悦 >( ほうえつ )
              < 禅喜 >( ぜんき )
              < 万福 >( まんぷく )
              < 万歳 >( ばんざい )
              、、、、、、、、、、、、、



              小生、いったい、何を書いて
              いるのか? ?

             『 真の宗教心
              真の信仰
              真の信心 』

              を、おもちいただき、
              天地の「 いのち 」『 生命 』
              を、味合い、歓喜していただきたい、
              この願いのみです。
              だらだらと、申し訳 ございません。

    脱線しすぎた駄弁です、されど敬と愛をこめて
                   残月    合掌

<  大悲閣 の 紅葉、
      昨日の夕方  4割くらいと
         感じました。
     来週は、いい自然を
          感じれそうです。 
   われらが、( いとこ )( 紅葉 )を。  >

<  どなたかが、おっしゃられてました、
      嬉しいことです。
       でも、今の時期は
          人が多すぎます。
     どうぞ、どうか、
        もっと、お静かな頃に
         御越しください。

    「  このおてら  いいはなしが
         聞けるって、、、、、」
            (  60歳以上の方 )
            ( すみません 、)
            (  バタバタです。)   >

<   紅葉説法 しなくては、
       公園での 辻説法できてない( アカン )
         参道の修理か、、、、、、、( アカン )
     日を、決めねば。( ソウセヨ )   >

<  今、 大悲閣道にて、
     「  マンガ  寺院 案内  」( 3か所 )
       を 掲示してます。( 好評 )( 大好評 )
          芸大の学生さんです。   >


    体がふるえながら、  失礼いたします。


       だいぶ、進んでまいりました。
    でも、愚僧の目では、やっと3割でしょうか。
  山全体を、渡月橋から眺めると、非常にすばらしい。
    赤、黄、緑、茶、、、、が、織りなす世界。
  また、空の色が、御自身のお好みならば、もっと
美しでしょう。

     全国、津々浦々、美しいことでしょう。
   日本列島は、不安定な地形・地盤で、災害の
 多いところのようですが、その分、自然が豊かで
 繊細で、あるようです。
   まさに、宿命です。 これぞ、宿命です。
 自然災害に負けない、地域・社会・国家・共同体・
 組織を、作っていかなくてはならないですね。
   私たちの、明らかな力不足の、人災は、
 絶対、起こさないようにしなくてはならないです。
   そのために、覚悟をきめねばならない。

      どういう事でしょう ?

   「  生存  」 と  「  生活  」に
   おわれすぎている、のではなかろうか?

   「  生命  」 そのものを、
   味合い、楽しむ、大切にする、
   命を守る、という
   心 を 大切にしなくては。

 『  真の意味の、
  < 芸術家 >< 宗教家 >に、
   だれもが、みんな、ならなくてはならない。』
  と、存知ます。
    社会の分業も大切ですが、
  「 生命 」 は 分業できない。
    よって、どなた様も、< 芸術家 >
                 < 宗教家 >です。
        ( 笑 )( 大笑 )( 笑えない )



   この世、浮世、現代社会のみならず、
   100年もたない、この肉体のみならず、

   永遠のような大自然を、
   無限のような天地の間にある、心を、

   もっと もっと、
   意識した「 存在の形 」が、重要です。

   この『  存在の形  』 を、
   「  生存  」
   「  生活  」
   「  生命  」と、仮に、3つにわけると、
   自分の( くらし )を、見つめやすいかも
   しれません。

   ともに、ゆっくり考えていきましょう。
   態度をさだめ、姿勢をただし、
   行動するために。

   昼間は、考えてはなりません。( 微笑 )
   明るい時は、今できることの、実行実践です。
   ゴミは、すぐに、拾えます。( 微笑 )

   夜、休むころ、思いをめぐらし、思考したい。
   静かに、時をすごす、味会う。
   ノートと エンピツ ( 微笑 )
   寝てしまう( 小生いつも  )( 笑 )


   明るく、なってきました。
   やること、いっぱい。
   「  行余学文  」 どなたの御言葉。
   限界はございますでしょう。
   でも、今の小生はこの立場です。( 笑 )

          中途半端で、すみません


  駄弁ながら、敬と愛をこめて

             残月    合掌


<  訂正です。  11月14日の本の件です。
      著作者の名前を、まちがえていました。
       ここに、お詫び申し上げます。

    「  人間   この未知なるもの  」
        アレキシス・カレル   でした。

     (  ルイス・カレル と誤記してました    )
     (  数十年間、手にしてなく、失礼いたしました )

     このごろ、新訳がでているみたいです。  >


<  まちがい、 てちがい、  かんちがい、
     おもいちがいを、

        私が、今回したみたいに ( 微笑 )
        あまりしませんように、

           どうか おまもりくださいませ  >


         反省とともに、 失礼いたします。
     おはようございます。
  真っ暗な朝で、ございます。
 紅葉も、イチョウも、あったものでは
 ございません。
    昼と夜という、二つの世界が
 あるという事が、わたしたち人間の
 救いなのかもしれません。

   「  神とは 闇である  」
 おもしろい。   普通は、
   「  神とは 光である  」
 であるような、言葉を使いたくなります。
   光は、影を生むから、
   闇の方が、平等である、と。
      おもしろい。
   (  心の片隅に、置いてて
       みてくださいませ  )

    大悲閣千光寺へ、入寺したころ、
  おもしろいものを、発見いたしました。
   単なる、幅12センチ、縦60センチくらいの
 板きれでございます。 厚さも1センチくらいです。
   いったいぜんたい、これは何だろうか?
     はじめて、見るものでした。
   かたほうが、ちょと、楕円に加工している。
     何だろうか?
   片面に、文字が刻まれている。
     読めない、草書だ。こりゃあかん。
       愚僧の勉強不足だ。

    どなたかに、読んでいただこうと、写真
を撮りました。  不思議なことに、写真に
 すると、読めるではございませんか。

      『   不是心

          不是仏

          不是物

          是00( いんも )  』

      やはり、禅関係の物だ、
      そうか、これが、< 禅板 >なのか?
   あの加工した所に、顎( あご )をのせて、
   坐禅しながら寝る道具では、ございませんか。
   なんと、まあ。   すごい。
     今は、あまり使われてないのではないでしょうか。
   どうなのでしょうか?

       『    心 では  ない。

            物 では  ない。

            仏  では  ない

            さあ、
            それは、何 ?     』


        これが、分かれば、
        大自由人、
        < 心 >にも、
        < 物 >にも、
        < 仏 >にも、

        束縛されない。
        しばられない。

        安心歓喜、
        慈悲をぶっこえ、遊戯三昧( ゆげざんまい )

        滅茶苦茶な事を
        無秩序、無思想、勝手気まま、わがまま、

        自由にして、迷惑かけない、
        自分で自分を縛らない、
        勝手にして、わがままにならない(  私  )を

        つかむこと。
        きづくこと。
        きずきあげること。
        なつちゃうこと。

        それでいて、反社会的でない。
                非社会的でない。
             むずかしい。( 笑 )

          脱社会的は、ゆるされますか?( 笑 )
          超社会的で、いけそう。( 大笑 )


        とにかく、
         わがままにして、わがままに、ならない。
         ( われ )を、もてたら、楽しいですね。
         楽です。  だれにも、文句いわれない。( 笑 )

          我( われ・ エゴ・ 利己 )を、
          無我になす。
          我は、大我になる。
          我であるが、エゴ・利己は無くなる。
          理想です。
          我だけども、無我
          無我だけども、我。
          もとめたい ものです。
          このような 心境、境地に
          なりたいものでございます。

          もとめた人々の積み重なりが、
          禅宗の歴史かもしれません。

                また、いつか、つづけ ます。


  脱線した駄弁になりました、 敬と愛をこめて
                残月   合掌

<  紅葉は  いったいどこえ  いったやら
      日本京都の   嵐山やま   >( 大笑 )

     走りつつ   失礼いたします。

      おはようございます。
   だいぶ、寒くなって参りました。
 霜が、降りてこその、紅葉でしたか?
  そこまでは、まだ、寒くはないです。( 微笑 )

   もう一つ、寒さとともに進む事が
 ございます。  食品のつけもの業界とか、
 伝統職人さまたちの世界とか、たしか何かが
 ございました。 
     今は、  
   小生、個人の事柄でございます。( 笑 )
   日ごろの手入れが、悪いからなの
 でしょうが、「  アカギレ  」 が痛くなります。
   昨日から、( 右足かかど ) が 痛くてひきずっ
 ています。  「 きちんと、角質を落とすように 」と、
 よき友人に、アドバイス いただいていたのに、
    このありさまで ございます。 
      すみません。反省しています。

     今朝は、
   手のひらの一部が、痛い。
  「  あれ 火傷 みたい ?
      ストーブは、まだだしなー?
        あれ、 アカギレ だ  」 でした。( 笑 )



    嵐山の山そのもの、山中は、まだまだで
  ございます。  大悲閣の境内も、 1,5 でしょうか?
  2割  とは  申せません。

    嵯峨 天竜寺の境内は、もう、すばらしい紅葉が
  ございました。  燃えてるような、照らされている
  ような紅葉でございます。   沢山の参詣者で
   ございました。  おっと、そうでした、赤くなるのは、
  多くの方々に見つめられてるからでした。( 大笑 )

    我らが大悲閣千光寺は、見てくださる人が
  少ないので、ゆっくりと、秋を迎えているのでしょうか。
                            ( 微笑)

    渡月橋も、老若男女、異民族の方々が往来しています。
  橋の西山の方、松尾大社の方を眺めますると、
  法輪寺の塔が、見えます。
    「  こくうぞう  さん  」
    「  十三 詣り  」
    「  知恵 お授け  」 で 有名です。

   弘法大師・ 空海和尚が伝法されました、
   真言 密教 の 寺院でございます。
  (  本日、21日は、東寺弘法市 でございます )

     大日如来さまの御側にいらっしゃる、
   虚空蔵菩薩さまを、本尊となさられています。
    でございますので、「 知恵 お授け 」の御寺と
       なり、皆さまに親しまれてございます。

    空海和尚は、若い頃、
  <  虚空蔵 求聞持法  >を厳修しています。
    菩薩さまの真言( 梵語 ・ 古代インド語 )
      を 唱え、菩薩と一体になる。
        菩薩の知恵と慈悲( 徳 )を、
           授かる行法でございます。

        成就いたしました、暁には、
      目がカメラになり、耳が録音機になると
     いわれています。( 微笑 )
       虚空の如く、こわれもしない、
     知恵に、満ち満ち溢れ、慈悲行あきること無し、
     倦むこと無しで ございます。


       『    のうぼう  あきゃしゃ  

            ぎゃらばや   おん

            ありきや    まりぼり

            そわか             』


       (  専門でないので  ちょと心配  )
       (   お調べくださいませ        )


        この真言を、
        1日  1万回   100日間   
        合計  100万回 。

        1日  100回でも、日常生活を
        しながらでは、むずかしいかもしれません。

        みなさま、挑戦してみてください。( 微笑 )



     脱線の駄弁になりました、されど、
         敬と愛を こめて。   残月   合掌


<  秋がきた  ネット世界は   虚空蔵
          新世界もて 
                この世をすくえ   >

  走りながら   失礼いたします。
       だいぶ秋が、深まってまいりました。
    嵐山全体は、多くの方々で溢れています。
    (  花のようなる 人ばかり  )でございます。

     日本中の町々から、世界中の町々から、
    お見えでございますでしょう。
     何か、感じてくださったらいいと
    存じます。

     そして、嵐山・嵯峨の訪問・散策・参詣・・・
   が、5回目という方々を、 大悲閣千光寺は
   御待ち申してございます。
      ( 1、2回目では、時間がもったいない )(笑)
  ( 大悲閣しか、行っていないという若者もいますが、、、)
  ( 大笑 )( 微笑 )


     それにしても、この時期になると思い出すことが
   ございます。  近くの専門道場にいたころの事です。
      日中、坐禅していると、
      多くの観光客の足音が聞こえてきます。
      ザッザッ ザッ  小さな玉砂利を歩く足音
      でございました。
      未熟な修行者でしたので、
      こう感じ思ってました。

      「  歩けていいなー
         いたったい オレは
         こんなところで
         何を しているのだ  」

           ( 笑 )( 大笑 )( 微笑 )

     昨日も、今日も、明日も、
    若者たちが、坐禅しています。
    何万に居るであろう嵐山嵯峨において、
      正確には、14の <  命 と 心  >
    が<  坐っている  >のでございます。

      本日、差し入れに行きます。
   (   みんな、まってて くださいー  )(微笑)



    <  17日( 日)の  団体について  >

     1、   角倉 了以  15代目の直孫
            その御一族
            了以翁、本名( 吉田  与七 )
            吉田一族の方々

     2、   jr  東海
            「  そうだ 京都、 行こう  」

         <  保津川下り と 大悲閣まいり >

     3、   京都  山科四宮
         「  一燈園  」( 光泉林 )の方々

         創設者  西田  天香 氏
           すばらしさよ
           おそろしさよ
           まなばねば。

           現代日本社会において、
           <  無所有  >を、
           成し遂げられた御方です。

           すばらしい、御手本で
           ございます。

           心の根本の原理である
           <  無所有  >の
           実践と その型 でございます。

                    この項は つづき ます

     4、   嵐山・嵯峨を 愛する方々
            
       日本の京都を 好きな方々は多いです。
      東山・北山・市中もよし、
      1000年以上の 人間の営み
      人々の 日々の暮らしの  積み重なり
        すばらしき 人間よ 。

       われらが京都。
       人の命よ、人の心よ。

    「  たたかいも 
          あらそいすらも
              なんのその
                 くらしくらして
                     1200さい 」( 駄歌 )


      駄弁ながら 敬と愛をこめて
                    残月   合掌

      
<   10年後を 見すえて、
       一日一生 。     >

<   まちがい、 てちがい  、
       かんちがい 、おもいちがい、
            を、無くせますように  >

<  清き光よ  この世に  みちみちて 
       われらを  すくいたまえ。
 
          25億の( なかま )が、
             トイレすら無いという。

          われらが世界よ
            われらが社会よ   >

              失礼いたします。        
          おはようございます。
     2つ、メールの返信をしてましたら、
   遅くなって、しまいました。 すみません。
     まだ、返信できていない、方々御許し
  くださいませ。
     昨年の秋のケンジ君、ごめん。
   忘れてませんよ。 忙しい秋を、手伝って
いただきました。 感謝しております。 あの時
が、今までで一番多い参詣者では、ないでしょうか。
   いつでも、いつでも、遊びに、来てください。
      お顔を見たいです。
    昨年、たしか「  コメントが アップされてない
  ですよ  」と。  いまだに、その事は分かってません。
    ゴメンなさい。 しばし、お待ちよ。

    どなたかの、御言葉に
  「  すぐに、返礼する者は、忘恩の徒である  」(笑)
     
     小生、沢山の恩を、背に背負い、胸に抱いて
    います。  重くて、腰が痛くなっております。
    胸も苦しいです。 困ったものでございます。( 大笑 )

     この「  和尚日和  」 ( おしょう びより )
               ( 命名者は、ブルース 鳥澤 大兄 )
               ( 兄さま、すみません、勝手ばかりで )
        を、毎日、どうにか、つづけているのも、
            この、恩にたいする、
            傷みと苦しみからであると、も、
            自分で思ってもいます。

          なんせ、嵐山に入って、
        10年は、故郷に帰ってなかったのですから。
     正確には、帰れなかったのですから。 
       忘恩の一例ですが。( 大笑 )
      その、要因は二つございます。
       御察しくださいませ。( 微笑 )

           昨日の つづき のつもりが
       完全な、駄弁ながらの駄弁に、なりました。
        どうか『 長い目でみてくださいませ 』
        どうか、御許しくださいませ。

          今、気づきました。
       愚僧、 『  長い目、、、、、  』 と
     思っているみたいです。  なるほど、なるほど、
   ゆえに、愚僧自身 誰一人、怒っている人、悪くおもっている人は
      まさに、この観点があるので、皆無です。本当に。
        イヤもないです。  こまった人、くらいは
      ございますが。 (  笑  )

       でも、小生、愚僧が、他の人々を
      怒らせ、悪く思われているかもしれません。
        誠に、すみませんで、ございます。

      他意は、ございません。
       忘れている事も、多いかもしれません。
         どうか、御許しを。
            御赦しくださいませ、なにとぞ。

        どうか、今からでも、間に合いようでしたら、
             どうか、御連絡下さいませ。
        何卒、伏して、心より、
           御願申し上げます。


   大駄弁と お詫びでございます。
                    残月   大反省


    昨日の つづき  です。( 整理です )

<    ひびのこと    ひびのつとめを

          「  はたしてぞ  」

       こころしみいる
              あきのもみじば    >

<    ひびのこと    ひびのつとめを

          「   はたそうと  」

        こころしみいる
              あきのもみじば    >

<    ひひのこと   ひびのつとめを

          「   はたせずも  」

        こころしみいる
              あきのもみじば    >

≪   だい自然  やさしくしみる  あらし山   ≫


     駄歌句      失礼いたします。    
  

11月18日(月)  嵐山の紅葉  1

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      おはようございます。
    もう、秋になって、まいりました。
  先日まで、夏でしたのに、妙な気候に
 なりました。  やはり、人類は滅亡へ
   向かっていっているのでしょうか ?


 「  深呼吸  」 できる喜びを、
伝えることは、おかしな事でしょうか?
 宗教家といわれる人が、
寺院の、安定した世界にいて、
< 心とか呼吸 >を、語っていいの
だろうか?  反省。 でも、ここは、
安定どころでは、ございません。
やっと、存亡の危機をのりこえたところです。(笑)


  とは、申しましても、人類全体では、
まだ、水、食物に困っている人々、( なかま )が
とても、とても、多いです。

  人間・人類いたるところに、いえ、日本中
どこでも、問題・課題だらけですね。
  どなた様も、おのおの、各人生の仕事・課題を
おもちでしょう。( 運命 ?  宿命 ? )


  いい季節に、
わたしたちの、大きな親さまである大自然の
美しさにふれる事は、
全身で、<  生きる力を 授かる事  >
でしょう。( 無意識であってもで、ございます )


  そうですね、究極の人間の幸せは、
いい環境、いい心で、生命の呼吸が、できる事
かもしれません。

   「  いい 環境  」
   「  いい 心    」
   を、育てていきたいです。 みなさま。


昨日の、客殿は、沢山の方々でした。
  団体が、4つはございました。

1、  角倉  了以 翁、 15代の直孫の方。
     その御一族の方々。
     吉田 一族です。
   了以さまの本名は、
       『  吉田 与七  』 です。
   400回忌法要です。( 本日、菩提寺の
   嵯峨、二尊院でもなされています。 )

2、  愚僧が、15年前から、願い、実現に向けて
   進めていたこと。

    第一回目です。  歓喜でございます。
                万歳でございます。


  『  亀岡から、「  保津川下り 」を体験し、開削者
   了以翁を お参りする。
   寺院にて、 歴史と文化を学ぶ。
    そして、渡月橋まで歩いていく。  』


    拙寺院、愚僧、これから、よりいっそう、
  努力・精進いたしますので、どうか、どうか、
  第2回目が、できますように、
  よろしくお願い申しあげます。
     参道の柵は、新しくしていきます。
  安全にも、尽くしてまいりますので、
  再度、伏して、お願い申し上げます。


 3、   の、  方々。 
      明日、御話いたします。
      いい御話が、できそうです。


               つづき  ます


  駄弁ながら御報告です。
               残月    合掌

<   ひびのこと  ひびのつとめを  はたしてぞ
       こころしみいる
          あきのもみじば    >

<   あらしやま  いのちの水を  お茶として
        こころとからだ
           清む一碗    >

<   ひびのこと   ひびのつとめを   はたそうと
       こころしみいる
           あきのもみじば  >

   お茶も、御用意いたしてございます。( 笑 )

              失礼いたします。

       嵐山の紅葉は、進んでまいりました。
  緑が多い中、黄色、赤色に、山が変容していく姿( 相 )
 の、なんと美しい事でしょうか。  近くで見るのでなく、
 山全体を見渡すと、心をうばわれてしまいます。
   (  我 を 消す、喜びでしょうか ? )
   (  理屈を 言うな、の お声が、( 笑 ) )


     7、 房舎施 ( ぼうしゃ せ )
              昔は、「  一宿一飯 の 恩  」
              (  いちしゅく  いちはん の  おん  )
              と、いう言葉があったそうです。( 笑 )
              と、いう時代になったようです。

              小生は、学生時代、沢山の親戚に
              御世話になりました。
              一宿どころか、14宿とかでございました。
              ありがたい事で、ございます。
              恩を感じてますが、まだ、恥ずかしながら、
              報恩を全然していないと、今、唖然と
              いたしました。 悪い人間です。
             ( すみません、おじさん、おばさん、
              おにいさん、おねいさん、、、、。)

             今どきは、ホテルなのでしょうか。
             簡単で、気をつかわなくていい、とか
             いいそうです。

             やはり、豊かでない社会が、
             人間成長には、いいのでしょうか?( 笑 )
             助け合い、支えあって、生活せざるおえない。( 笑 )

             大学生の従兄上に、連れていってもらった。
             学生街の トンカツ定食が、忘れられません。
             キャベツの量に、驚きもしました。

             同級生の下宿では、1人前の食べ物を、
             半分づつ、食べたりしました。
             彼も、恩人だ。( 笑 )
             小生自身、もう、古い世代なのか?
             今、実感しました。( 笑 )


             時代と関係ない点も、ございます。
             いつの時代も、
            「  大志、理想、目的、夢、願い、、、、 」
             を、持った場合、
             それを、貫くならば、
             おうおうとして、
             物質的な事を、犠牲にせざるおえないことが
             生じます。

             小生も、若い時、何かをもとめ、あがいて
             いた時、どなたかの言葉かしりませんが、
             次の言葉を、よく思い出していました。

             『   好きな事をして生きるつもりなら、
               好きな物を、腹いっぱい食れると
                 思うなよ。   』

             (  オレは、自分の好き勝手している、
                  のだぞ、 と。 自制してました。)( 大笑 )


             本論が、、、、、、。
          禅修業者、雲水さんは、どこの道場に行っても、
         一宿させて、もらえたそうです。当然、一飯付き。(笑)
        次の日の、朝、旅立つそうです。( 二宿なし )
       旦過寮とは、旦が朝の意味ですから、朝が過ぎるまで。
         短いようですが、とても、ありがたい事でございます。
           古人は、涙をかみしめた事でしょう。


            狭い小さな日本の家屋です、
         でも、突然の来訪者を、宿泊させうる、
        「 心と空間 」の余裕を、持ちたいものでございます。
            寺院は、できますね。( 笑 )
          愚僧、早く、実現しなくては。( 笑 )( 笑えない )



  < 余談 > の つづき です。  個人的すぎてすみません。
          高校時代の、読書による< ガーン >その2

       「   性欲を( の )抑圧したものが、
              社会文化である   」

        小生は、今、思えば、不思議なことに、
      『  この言葉、 この考えは、おかしい、ウソだ  』
       と、思ったのでした。( 全部では、ありません )(笑)

        性欲( 異性をもとめる 心 )から、
        より深く、自分を見つめるようになった気が
        いたします。

        社会文化とは、何か?
        どうあるのか? どうあるべきか?
        、、、、、、、、、、、、
        自分なりに、模索してきました。


        数年後、心理学・精神医学をかじり、
        やはり、フロイトさまの次に、ユングさまが、
        登場しているでは、ございませんか。( 笑 )
                蛇足でした。
                   


   駄弁ながら、敬と愛をこめて
                  残月    合掌

<  ある女子学生が、禅の師匠の所へ行きました。
     「  恋愛してから、来なさい  」 と、
      言われたと、いってた事を思い出しました。
      その時の、彼女のお顔とともに。( 微笑 )

    どういう意味なのでしょうか?
    愚僧も、はっきりとは、わかりません( 笑 )  >

<  清き光が  満ち満ちあふれ  ますように   >
<  この世から  悲しさ  苦しさ  痛さが
        少しでも
           へっていきますように    >
<  御病気の( なかま )の
        一日でも早い  ご回復を   >

                 失礼いたします。

         
            

11月16日(土)  その 2  です

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     やはり、早朝にしないと、無理みたいです。
   12時に、来客あり。 その前に、看板の取り付け。
  午前の用事も、まだ、ありました。

     4時には、起床しないと、いけません。( 笑 )
   反省いたします。  要旨のみ、記述いたします。

   1、  房舎施   臨済禅道場にある
               旦過寮(たんが りょう)について

   2、  精神分析入門

          「   性欲の抑圧したものが、
                   社会文化である。  」
                         について

     すみません 。
                残月     合掌

<  よき 一日で  ございます、ように。
     お互いに
         「 一日一生 」 の 覚悟で 。 >

          失礼いたします。

11月16日(土)  無財の七施  5

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        遅くなっております。
      でも、 名犬ー黒松が、ないています。
   5か月の、暴れん坊です。 こまったものです。(笑)
    ちょっと、散歩してきます。(  すみません  )

      
      すると、車検の車が帰って来ました。
    大きな看板を、運べるので、すみません、今から
   動かざるおえません。
     そして、嵯峨の大改修の大恩人宅へ、週参りに行って
   まいります。

      午前中に、本日分を再開いたします。

                 嵐山  残月     合掌

11月15日(金)  無財の七施  4

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        7、  房舎施( ぼうしゃ せ )

            the  offering   of    shelter

            「  我が家を、一夜の宿に貸すこと  」
         
            「  this  is  to   let   others    spend
                                       the    night    at   my    home         」

         

         小生は、よく申してございます。
       「  家庭は、 諸善(  しょぜん  )の源( みなもと )、
          諸悪の源である  」
         現代の都市が、そうなのでしょうが、
        核家族の< 閉鎖性 >が、
        私たち人間を、苦しめているような気がして
        なりません。(  よく言われている事ですが  )

          本来、人間には<  我  >
                    <  私  >
                    <  個人  >
                    <  個体  >は、無いのに、

              さも、「 絶対の( 私 ) 」 が、あるかのような
           社会・国家・家庭・近隣・人間関係に、
         私たち日本の現代社会は、なっているような気がいたします。
           (   これも、 よく言われていることです  )

             <  個人 >には、責任は無いのか ?
             当然、当然、ございます。
             でも、<  個人  >を作っているのは、
             回りであり、家庭、近隣、社会、あらゆる集団、
             あらゆる組織です。

             まさに、
        <  罪 を  憎んで、  人 を  憎まず  >です。


         『   有るようで、無い  < 私 >、

             無いようで、 有る  < 私 >。

             このような≪   私   ≫ を、

             どのように

             自覚  そして  実践   できるか  ?

             人間の  大仕事です。   』

               食物の 獲得
               睡眠の 獲得
                 次
               仕事の獲得
               住居の獲得
                 次
               異性の獲得 ( この 二つ  )
               家族の獲得 ( もう、いらないという人も多い )
                  、、、、、、、、
                  、、、、、、、、
                  、、、、、、、、

           色々な、獲得の仕事がございます。

           でも、先ほどの、

           『   000000  の 自覚と実践  』 は

            大仕事で、  とても  大切です。

            そして、
            本当の<  仏教 の  仕事・役割 です  >。。


  余談 ( 昨日 の つづき ですが )( 笑 )

       高校時代、もう一つの<  ガーン  >ときた。
       書物との出会い。

       これは、図書館の隅の方にあった
       ある人の全集の1冊でした。
       黒くて地味な表紙でした。

       フロイトと いう方の
      「  精神分析入門  」です。
      ある言葉が、衝撃でした。

      長崎市の高校に通っていた真友に、
      夏休みに、一生懸命話していたので
      よく覚えています。

      小生を、作ってきた、大きな要素です。

      明日、< その言葉 >
      御話しさせていただきます。
                 つづく


    駄弁ながら  敬と愛をこめて
                       残月    合掌


<  清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >

<  この世から  悲しさ  苦しさが
        少しでも   減っていきますように  >

                失礼いたします。


11月14日(木)  無財の七施  3

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        無財の七施 (  むざい の しちせ  )

  6、  床座施( しょうざ せ )  the  seat  offering

     「  自分の 席を  ゆずる事  」
       to  offer  one,s  seat   to  others

          バス、電車 そして  公園などで、
       自分が坐っていた場所を、明け渡す。
     「  どうぞ  お座りくださいませ   」

        ご高齢者に、御病気の方々、妊婦さま、
     赤ちゃん連れのお母さん、お父さん、 幼子たちへ
         、、、、、、、、、、、、、、、、。

        健康で、強い身体を作らなければ、ならない。
     病気になったとしても、よく静養し、治療して、回復
     したいもので、ございます。
        そして、いつでも、
      『  どうぞ  どうぞ  おすわりくださいませ  』 と
         言葉をかけることができる、
     <  精神 と  身体  > を  保ちたいものでございます。

       また、広く解釈すれば、
      社会的地位・  社会的職業も ある一つ(  席  )
      なのでしょう。   後進にゆずるべきは、さっと、
      ゆずれるような、<  精神と身体 >のみならず、
      よき< 後進 >< 次世代 >を、育てていかなくては
      なりますまい。

         後世( こうせい )、後の世に、次世代に
       何を、残したらよいのであろうか  ?

          「  良い事  」
          「  善い事  」
     まさに 「  財産  」
          「  書物  」
          「  子孫  」
          、、、、、、、、
          、、、、、、、、、
          「  樹木  」
          「  自然  」
          「  海  」
          「  山  」
          、、、、、、、、
          、、、、、、、、

    やはり
        よい 「  人間  」
        よい 「  人物  」
        よい 「  精神  」を、もった 人
        よい 「  理想  」を、もてた 人。

           ようで、ございます。
        この世を、たくす、まかす、おねがいする。
         ( 自分の小さな傷んだ席、
              できるだけ きれいにして
            ゆずりたいものでございます。)( 笑 )



    余談  ・ 身体を鍛える、に ついて

         高校時代に 読んだ本がございます。
      「  人間  この未知なるもの  」 ルイス・カレル ?
         父親の本棚から、失敬したものです。( 笑 )

      <  ガーン  >  と きました。
        『 そうなのか、人間は 退化するのだ。
        冬、寒いからといって、炬燵( こたつ )で、
           丸くなっては、ならないのだ。
              退化・劣化・・・弱体化するのだ、
                 いかん、これでは いかん
               このまま、では、よくないのだ。 』
           と、感じたものでございました。

               でも、まだ、できてない。( 笑 )
            まだまだ、環境に左右される身体です。( 大笑 )
          まだまだ、外界に動かされる 心 です。( 笑 )
                                ( 笑えません )


    駄弁、無駄口になりました。
        すみません。        残月    合掌


<  鍛錬( たんれん )

      「 1000日  の  稽古( けいこ )を
          『  鍛  』  といい。

       10000日  の  稽古を
          『  錬  』  という。   」
      
                   (  宮本  武蔵 ) ? >

    おそろしや  ムサシ ( 笑 )    
                          失礼いたします。



    

11月13日(水) 無財の七施  2

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      おはようございます。
 遅くなっております。 申し訳ございません。
   全国的に寒くなりました。
 やっと、嵐山も秋の気配がしてまいりました。

  渡月橋から、大悲閣千光寺の方へ、
川沿いの道を、歩き始めると、
  「  なんという、美しさだろう  」 と、
しみじみ感じます。 山のみどり、川のみどり、
澄んだ空気、人工物はあまりない、
  まだ、先日の台風で道そのものは、
傷んでいますが、よい世界がひろがっていきます。

  また、なんと西洋人の参詣遊山者の多い事
でしょうか?  1日10人としましたら、7人の御方
が、異国の方々です。  紅葉の期間に入りますと、
日本人の方々も増えてまいりますが。
  橋の近くのモンキーパークも、日本の猿を
見に、それこそ多くの西洋の方々が御越しの様です。

  西洋の方、東洋の方々に対する、
受け入れ態勢ができてなくて、恥ずかしく存じています。
  やっと、今にも倒れそうな客殿が改修でき、
怖くて入れないようなトイレが、新しくなったばかりなので、
もう、ちょつと御待ちいただきたく、ここに、
   御願申し上げます。 ( この声、 届きませんね、笑 )
 パンフレットも、コピーのままで、失礼いたしております。

    以上は、今秋、第一回の「 もみじ 便り 」と
           させて いただきます。( 笑 )


       無財の 七施
          seven   kinds   of   offring
      which   can   be    practised    by   even   those
      who   are   not    wealthy   .

  5、 言施( ごんせ ) the oral   offering

       「  思いやりのこもった
      あたたかい言葉を  かける  」

     < いい思い >をもった人
    に、ならなくてはならない、と存じます。

     < 生きている >こと、そのものに、
    感謝できる状態・状況でしょうか?
    ≪   生命  ≫です。

    ≪   生存   ≫に、縛られない
    ≪   生活   ≫に、追われない。
       むずかしい事でございます。
      でも、この三つをバランスよく
   保たなければ、面白くないです。( 笑 )
                   ( 笑えない )

       以前御話いたしました、
    「 十善戒 」 の うち  四つが
          言葉の 戒( いましめ )でした。

       1、   嘘( うそ )を  いわない
       2、   言葉を  飾らない
       3、   他人の悪口を  いわない
       4、   二枚舌を  使わない

       1、   正直 である
       2、   尊尚  かざらない心
       3、   従順 つまり 共に歩む
       4、   交友 を  育む

       1、   不妄語( ふもうご )戒
       2、   不き語( ふきご )戒
       3、   不悪口( ふあつく )戒
       4、   不両舌( ふりょうぜつ )戒


          なかなか、いい言葉を
        かける事ができない私たちです。
          せめて、上記の四つを
        しないようにしたいもので、 ございます。
        守りたいもので、ございます。

                   つづき   ます

   駄弁ながら 敬と愛をこめて
                残月     合掌

<   人の世や  「 黙 」 の一字の   響きあり  >

<   それを、言っちゃ おしまいよ  (  とら さん ) >

<   秋さむし  ことばなければ   なお寒し   >

                失礼いたします
      財産・財宝が、なくても、できる事。( 笑 )

   自分以外の人々に、何かできないだろうか?
   自分だけの事をするなんて、本当は、苦しい。
   さびしい事でございます。
    でも、どうしたら、いいのであろうか?

     0 ( ゼロ )だけど、
     この身体をつかえば、できる事です。
     そして、それは、
     無限へ、とつながる。 ( 幸福では ? )
                   ( 一例です )
          (  1  の 確立 も 大切です  )
          (  0  の 自覚 も 大切です  )


    1、身施( しんせ )
    2、心施( しんせ )
    3、眼施( げんせ )
    4、和顔施( わげんせ )
    5、言施( げんせ )
    6、床座施( しょうざせ )
    7、房舎施( ぼうしゃせ )


    1、から 4、までは
    御話いたしました。

    5、言施( げんせ )

    言葉による布施( ふせ )
              ( 自分以外のためへ )
  「  思いやりのこもった、あたたかな言葉を、かける  」
     ありがたい。
     やさしい言葉は、ありがたい。
     どなたでも、わかっている事です。
     でも、できない。 ( 笑 )
     どうしたら、いいのでしょうか?

     やはり、祈りでしょうか?
     言葉は、どこから、出てくるのか?
     心から?
     心とは 何でしょうか?

     自分は、物・事・人・・・をどう感じ
                どう思い
                どう見ているのか?

     この事柄が、全て、言葉になります。( 笑 )
         ( 笑えない )( こわい事です )

    「  やはり、祈りでしょうか? 」 と申したのは、
     個人の、言葉・身体・感覚・思考には、
     当然、限界また、制限があるので、

   <  ことば >の  源( みなもと )
              原点( げんてん )は、
   <  いのり > かも、しれません。
   <  いのり > とは、
          心が、無限にむかう事かもしれません。


   <  いのり  >は、<  ねがい  >かも、
            しれません。

   <  いのり >のような、<  ねがい  >とは?

   いい< ねがい >なのでしょう。( 笑 )

   いい< ねがい >とは、何なのでしょうか?( 笑 )
   いい< おもい  >とも、いえます。

  「  いい< おもい > 」とは、何なのでしょうか?

   ここを、私たち、各々(おのおの)、きちんと、
   つかみたいもので、ございます。


   儒教( じゅきょう )( 論語・孔子 )では、

   最後の最後は、教えの究極は、(笑)、

   「  思 無邪  」(  し  むじゃ  )ともいえます。
              (  邪 を 思わない )
              (  邪 を 思えなくなる )

   ( 邪 )  よこしま、いつわり、ひねくれ、
          心がねじけている( 辞書による )(笑)
                     ( 笑えない )

   (  心が ねじけない ) ように、なりたいものです。
      また、
   (  心が、ねじけない ) ような、社会・職場・学校
                        家庭・近隣を
                        築きたいもので
                        ございます。

                 つづき  ます


    駄弁です、敬と愛をこめて
                      残月  合掌


<  山ひとつ   ねじけたこころ   いたかろう
<  海がある   ねじけたこころ   かなしかろう
<  川ながる   ねじけたこころ   さびしかろう
<  風はゆく   わたしはきみの   ともとなる
    
         駄詩       失礼いたします。

      おはようございます。

   「  0( ゼロ ) と  無限  は  一つ  」
   「  0( ゼロ ) と  無限  は  同じ  」
   「  0( ゼロ ) は  無限  へ  向かう 」

   「  無限  と  0( ゼロ )   は  同じ  」



   『     1     の   私   が
         0     を   感じ
         無限   に   気づけば
         数量   に   苦しまず 。


         2   により   1   に会い
         数量 により   1   をもつ。

         1   ゆえに   数量 に苦しむ
         1   ゆえに   0   にきづく。

         0   だから   無限  を得る
         無限   により   至福  を味会う。

         人生の  個人の目的は
         達せられた。  成就( じょうじゅ )された。
         幸福である。  至福・歓喜なり。  万歳。   』


   『     強い心  とは    1   である

         自由な精神  とは   0   である

         やさしい愛   とは   無限  である。

         この 心
     
         この 精神

         この  愛  でもって、

         現実・現在・実生活・数量の世界を 生きぬき、
      
         よりよい 世界を  共に きずきたい
         もので  ございます。                 』



           註・・・  あえて、表現したらの 場合で
                  ございます。 

              「  強い心   は    0   である  」

              または、

              「  強い心   は    無限  である  」

              のほうが、
             <  自分に合うという  >こともあるでしょう。

              表現・ことば  は  自由です。


                       つづき    ます


   わけのわからない、自分勝手な、
      駄弁です、御許しください、
               敬と愛を  こめて

                            残月   合掌


<   強く 生き抜くために
          敬 と 愛 をこめて
       朝から
           いつもながらの、 駄弁です。

        おゆるしくださいませ。
                 大合掌    >

                  失礼いたします。

         
 
     「  逃げること も 大切では ないか?  」
     と、メールがございました。 ありがとうございます。

     そうだと、存じます。
   「  暴力・暴言・横暴・・・・・  」 などからは、
       逃げるべきです。
       (  こころ  )
       (  いのち  )の破壊からは、
            逃げさけるべきです。

      昨日は、<  寒さ  >
           <  死の 不安  >
            から、ただ、単に、
            嫌いだ、いやだ、と
            逃げるより、
            つらくても、
            さけれない事だから、
            正面から、御受けしょう。
            防寒コートで
            (  いのち  )
            (  こころ  )
            を、守りながらで
            ございます。

            防寒コートの使い方です。
            大切な事。( 笑 )( 大笑 )

      関西で、ひどい事件がございました。
    身内・親戚・一族の、閉鎖世界での事でした。
       みんな、どなたも、感じたと存じます。
         「  何故、 逃げないのか ?  」

         家庭内 暴力・暴言・軽視・無視
         職場内 暴力・暴言・軽視・無視
         社会内 暴力・暴言・軽視・無視
         国家内 暴力・暴言・軽視・無視
         世界内 暴力・暴言・軽視・無視
         、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
         、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
         たくさん、多く、あるのでしょう。

        『 つらき、この世 』 でございます。
        『 すばらしき、この世 』 に、したいもので
                    ございます。

      関西の事件、 新聞記事の見出しです。

        「   <  恫喝 > どうかつ
                      おどし
                と
            <  懐柔 > かいじゅう
                      手なずける  」

        「   何故、 逃げないのか ? 」
        『   逃げれない のである  』
        おそらく、
        <  恐怖  >で、
     < 声も 出せず ・ 足もすくんでいるのでしょう >

        サーカスで、また、悪い人間関係でいう、
        「  アメ と  ムチ  」 の世界です。
        この世から、減らさなくならない。


        小生が、何を求めてきたかと思えば、
       まさに、『  アメ  』  にも  『  ムチ  』
       にも、びくともしない、
       (  こころ  )と( いのち )を、
        動かさない、動かされない人間を、
       自分の中に、 求めてきたような気がいたします。

       理想です、
       「  アメ  」  も  「  ムチ  」も
       感じないで、生存・生活・生き抜くなんて。( 大笑 )

       愚僧が尊敬し、慕い、私淑し、学び、手本としている
       現代人も、歴史上の人物も、皆、
       「 アメ 」 と 「 ムチ 」 に、
       負けてない人々だなーと、今、しみじみ思います。
     負けたりも、するでしょう、したでしょう、( 小生も )( 笑 )
     でも、  負けないつもりで、毎日をむかえることが、
     できるよう、絶えず、もがいている、苦悩している、
     ような気がいたします。

       関西の事件、  まわりの人々が、気づき、
                  助けれなかったのか。
                  反省すべき事です。


       小生の周りにいます、苦悩している方々は、
                  「   声すら 出せない  」
          わたしたちは、「  無声 の 声  」 を
                 聞かなくては  助けられない。
        (  まさに、観音。  音を観よ、でございます。  )

          家庭内暴力のある青年の叫び声が、
        愚僧の頭の中から、抜けません。

          <  この家には、
                神も 仏も
                  ありやしない  >

            この青年の苦悩が、
                胸に、心の、響いてまいります。

      とにかく、現実、現在、日常、自分の世界だけに、
            自分の感覚・思考だけに、
            とらわれ、
            縛られないように、したいもので
            ございます。( どうしたら、いいのでしょうか? )

            このブログのテーマでございます。( 笑 )

          「  強き心を  もち
             自由な魂を もち
               やさしい 愛の人 になる 」
          を、めざしたいもので、ございます。 

      やはりどうしても、
     訓練・鍛錬・修行など、
     ことば・思考をこえた、 行為つまり
       『 行( ぎょう ) 』が
             必要と思われてまいります。

                   つづき  ます。
             ( そろばん から脱線してます  )



   駄弁ながら、敬と愛をこめて
                 残月   合掌


<   ムチがくる  ああ痛いかな  すみません
         おしえてくれて  ありがとうです   >

<   感謝をば   できぬムチには  にげようよ
         たえればバカは  ちからますなり  >

<   アメがすき  なみだをのみて  アメきらい
         歯がいたいです
            おなかいっぱい  >

<   ふらふらで   ひとりとかんじ   つらいとき
          ひとつぶのアメ
             なみだをさそう    >

       駄歌です       失礼いたします。
      
        
      おはようございます。
   だいぶ、寒くなってきているようです。
      札幌は、いかがでしょうか?
   皆さま、気をひきしめて行きたく存じます。

     愚僧が思うに、
   『  寒さを、 いやがったり、
            逃げたり、嫌ったりしたら、
            負けでございます。

      当然、起こる事、起きた事は、
          辛かろうが、
          正面から、受けなくては
          ならない。
          工夫して、乗り越えたく、
          存じます。

      人生、逃げ切れる事はない。
         どこまでも、追って来る。
         と、どなたかが、
         申してました。( 笑 )( 笑えない )

      たとえ、死んだとしても、まだ、追ってくる。
         だから、
         一つ一つ、丁寧に、大切に
         しなくてはならない。  とも。

      自分で、播いた( まいた )種は、
         自分で、刈るようになっている。 とも。
       ( まだ、50歳代ですが、そのような気がいたします )
               ( 笑 )( 笑えない )

      つとめて、 善をなすべし。
             「  善  」 とは、何か?
          <  物、人、心、命、全て、一切 >を、
              粗末にしてはならない。
              軽んじてはならない。
              大切にしなければ、ならない。
              御手伝いせよ。
              無報酬の世界。
       (  見返りを意識すると、< 善 >では無くなる。 )
             御商売とも、両立いたします。 
               (  心しだい、です  )

        釈尊の弟子で、神通力第一の弟子がいました。 
              立派な十大弟子の一人です。
                「  自分は、撲殺( ぼくさつ )
                    殴り殺される、と言い、
                      そのように、なったそうです。 」
                「  逃げたら、いいではないですか?
                     と、仲間がいう。
                       でも、そうしています。  」

        仮に、悪をなして、罪をおかしたとします。
            でも、その解消のしかたは、ございます。
              無常・無我・涅槃の 教えから。
                 心配することは、ございません。
                    <  反省  >
                    <  懺悔  ざんげ >
                    から、始まります。       』


       凄い、脱線です。
    「  寒さを、味合いながら、冬をすごしたい 」 という
    思いを、お伝えしたかっただけです。 すみません。( 笑 )



    < 「 0 」 と 「  無限  」 は、一つ  >の説明です。
        「  無財の 七施  」 から。
            5,6,7、ですが、明日にいたします。

           昨日、新聞で、日本社会の高齢化による、
          病気の多発の記事が、ございました。
           それを、読んでいましたら、つい思いました。

          『  病気になる事  』
          『  死ぬ事  』
           さけれない事です。
           さきほど、<  寒さ  >と同じです。
           嫌うわけにはいかない。
           にげるわけには、いかない。
           正面から、受けなければ、ならないです。

          <  不安・恐怖・嫌悪・・・  >が、
            小生も、どなたでも、生じ感じる事です、
            おそらく。
                
               このことの、克服・解消のために、
            ここ数日、語らせてもらっている、
          
           <  「  一  」  の  私 が、
              「  0  」 に、気づき、
              「  無限  」 と 同じと
                自覚できたら、
        (  死ぬ 不安  )が、軽減するのではないか。
             そう、感じている今朝でございます。

                    つづき   ます。

    駄弁ながら、敬と愛をこめて
                  残月    合掌


 <   永遠を  この瞬間に  >
        最高の 理想です。
        死ぬ不安はない。
        死の恐怖はない。

          そこまで、
          行為によって、
          心を 清め高め、
          そう 感じれるように、
          なりたいもので、ございます。

    若僧が、生意気なことです
          失礼いたします。

     おはようございます。
  ちょっと、遅くなってしまいました。
 申し訳ございません。
   昨日は、立冬だったです。
 やっと、秋が来たと思いきや、もう、
 冬の気配でございます。

   10日の日曜日は、嵐山の
 「  もみじ祭り  」です。
 例年どうり、紅葉はほとんどございません。
 これから、始まりですという祭りみたいです。( 微笑 )

   この秋は、大悲閣千光寺に、皆様方、
 参詣遊山してくださるでしょうか?
   山麓の旅館が工事だし、心配です。
 工事車は、減らしたり、中旬以降は昼間の
 往来は止めてくださるみたいですので、
 ありがたく存じます。

   いい言葉の、プリントを配布いたしており、
 喜んでいただいたりしてますが、愚僧( 小
 住職 )の書いたものは、ないのだろうか?
 という方もいらっしゃるそうですので、( 微笑 )、
 他の寺院みたいに、
   ちょつと、置いてみようかなと、存じます。
 復興資金を、集めさせていただけるかも、(笑)、
 しれません。 
    以前、
        『  心 を 開き
           魂 を 磨き
           命 を 味会う  』
         の、色紙を書いたことがありました。( 笑 )

    戯れに、 
        『   螺旋   』 ( らせん )の文字と
        絵を書いたて、一枚おいていたら、
        売ってくれという御方がいました。
        一枚だけ書いてました。 1000円でした。(大笑)

    そろばん寺としては、

        『   百福到来( ひゃくふく とうらい )  』
           の色紙に、
           < 百福 >の印( 百の文字、100個刻まれた、
                      ( それも、百種類の文字
                      ( 貴重な印鑑
          と、 小さなそろばん2センチくらい。
          が、ございました。( 30年以上前です )

        今回、愚僧みたいに、( 微笑 )
      幸福であり、至福であり、( 笑 )
      百福にかこまれているような、( 大笑 )
      
      人生を、送れますように、
      また、<  百福  >を、配布しようかなー
      と、考えています。

         人生に< 百福 >を導く、授ける、
      貴重なる『 < 百福 >印影 』を、
      
        秘伝秘蔵の印鑑ながら、
       寺院復興のため、
      ご活躍願いたく、存じている次第です。( 笑 )

        一福で、いいのですが、
      一福が、百福、千福、万福になります。
      一福が、より真福になっていくに、つれて、
      一福が、十、百、千、万、億、兆福と ( 笑 )、
         広がり、深まっていくものでございます。



      遅く、始めながら、脱線しています。
    昨日の、つづき です。

      < 「 0 」 は 「  無限  」 である >( 笑 )
          について。

       『   無財の七施 ( むざい の しちせ )  』
          の説明です。(  無限、限りない広がり )

       1、 「  身施( しんせ )  」
               寄り添うこと、自分自身で。
               隣人愛です、遠人愛でなく。(笑)
               御手伝い、世間の中で。

       2、 「  心施( しんせ )  」
               心を、回りに、むけること。
               自分ばかり、考えない。
               先ずは、気持ち、
                     祈りから、始まる。

       3、 「  眼施( げんせ )  」
               きつい眼差し
               するどい眼差し
               みくだす眼差し
               ひなんの眼差し
             
                 ああ苦しき世。
          そうならざる、おえない、という、
          私たちの国、社会、職場、学校
          家庭、人間関係、
              変えなくてはならない。
            愚僧は、挑んでいます。

       4、  「  和顔施( わげんせ )  」
                 この世の中、

              < 売色紙、売短冊 >でなく、(笑)
              < 売笑顔、売和顔  >が、
               成り立つと存じます。
               社会の土台か?(笑)

               やさしい人、
               きびしくも、やさしい人、
               おだやかな方、
                 、、、、、、、、
               ありがたや。
               しかし、
               あまえては、なるまい。
               けっして。
               たすけあい、協力関係なれど。

               こわい、こわい、
               御不動さまの、信仰も
               ございますが。( 別次元です )( 笑 )
               そうか、 ここを、誤解しやすい。
               だから、こわいお顔で、どなる、しかる。
               あきらかに、誤解です。


                      つづき   ます。


    長くなった駄弁です、敬と愛をこめて
                    残月    合掌


<  清き光が  満ち溢れ  ますように  >

<  この世から  すこしでも、
       悲しみ  苦しみが
          減って行きますように  >

<  御病気・御ケガの( なかま )の、
        一日でも  お早い
           ご回復を     >

                 失礼いたします。
               

              
                      
         ある作家の言葉です。( 大雑把に、、)
       時々、思い出します。 なるほど、と。

     「  人生は、むずかしい。
        マッチ箱のようである。

        大切にするのは、バカげている。
        でも、粗末にあつかうと、
        大火傷( おおやけど )する。  」( 微笑 )


    「 天地と一体 」(  理想 )
               (  1・0・無限の世界 )
      と
    「  算盤の世界  」( 現実 )
             (  数量  )
      の
    一致・円通・自由自在であることの
    <  むずかしさ  >よ。


      昨日の つづき です。
    20の内、15まで、終わったので、
    本日は、16から20です。

 16、  外界の環境に動かされないこと
          (  回りに、 いわれるまま )(笑)

 17、  相手の能力を知って、教えること
          (  教える事、教わる事の困難さよ )

 18、  心をいつも平らかに保つこと
          (  波立つ 心よ  )

 19、  是非を、あげつらわないこと
          (  評論家ばかりの、私たち )(笑)

 20、  よい手段を、学び知ること
          (  よりよさを、学びつづけこと  )
          (  工夫し つづけること  )

     1 から  20 まで、でした。


     次は、
  <  「  0  」 が、「  無限  」になる  >
     という、例・手本です。( 人生における )
     よくいわれてますので、皆さんご存知かも
     しれませんが、、、、、、、、。


     他の人々の、役に立てると、うれしいもので
   ございます。  だれかに、喜んでいただけると、
   生きがい、すら、どんどん、湧いてきます。
     プレゼントは、いただく以上に、
       与えることができますと、
         実に、うれしいものでございます。

    <  人生の  むずかしさ  >の 一番目は
      こうで、ございました。

   「   貧しくて  与え、ほどこす( 布施 )こと  」
     (  まずしくても、 与えること  )
       0、ゼロ だから、
       他の人に、何もできない。
       悲しい。
       つらい。
       やさしく してもらってるだけ。
       さびしい。

       やはり、2000年以上前から、伝えられた
     教えが、ございます。  いい内容です。真実です。

      『   無財( むざい )の 七施( しちせ )  』
    財産、財宝、余裕が無くても、
    まずしくても、
    他の人々に、与えることができる、
    七つ のことがら。

      1、  「   身施( しんせ )  」
      2、  「   心施( しんせ )  」
      3、  「   眼施( がんせ )  」
      4、  「   和顔施( わがんせ )  」
      5、  「   言施( ごんせ )
      6、  「   床座施( しょうざせ )  」
      7、  「   房舎施( ぼうしゃせ )  」

     もう、おわかりかも知れません。
       文字から、推測できますが、、、、、、。
          明日、説明させていただきます。


   駄弁ながら、敬と愛をこめて
                   残月    合掌

<   あのかたの  えがおまなざし
       ありがたし   このよにいきる
          くるしみいやす        >

<   ちいさくも  こころふるえる  よろこびよ
        てんちをこえた
            ひびきあふるる   >

<   ともだちよ  かぞくしんせき  なかまたち
         もうなにもかも
            みちたるわたし    >

<   いただいた  てあしおなかに  ことばです
         いただくばかり
             はじいれこころ     >

      駄歌ながら     失礼いたします       
     

        昨日の駄歌
  
   「  むずかし世   かなしい世間
          苦しき我
             もだえあがけよ
                日月 清し   」

      算盤から、数量を考えて、
    私たち人間が、
      「  一  」
      「  0  」
      「  無限 」 を、身につけ、
      「  数量 」 の、現実を生きるのは

      <  むずかしい  >
      <  成し難い( なしがたい )  >
      <  困難( こんなん )  >
      <  あきらめ 易い( やすい ) >
      <  放棄( ほうき )しやすい  >

    
      身につけようと、努力実践したいものですが、
      、、、、、、、、、、、、
      2000年以上前から、<  むずかしい  >と
      いわれています。

      面白いので、参考になるので、
      引用いたします。
      いつの時代、どのような民族でも、
      人間である限り、同じ心だと、存じます。


  1、  貧しくて、施すこと 
         ( まずしくて、ほどこし、与えること )

  2、  慢心にして、学ぶこと 
         (  謙虚じゃなければ、、、、)

  3、  命を捨てて、道をもとめること
         (  本気か? 真剣か?  )

  4、  仏の在世に、生を受けること
         (  現代は、物中心なりや ? )

  5、  仏の教えを、聞くこと
         (   ましては、我を見つめない )

  6、  欲望から、離れること
         (  欲は苦し、 願いは楽しい  )

  7、  よいものを見て、求めない
         (  そうです   )

  8、  権勢をもちながら、いばらないこと
         (  権威、権力、 好きの私たち  )

  9、  はずかしめられて、おこらないこと
         (  そうです  )

 10、  事がおきても、無心に対処できること
         (  そうです  )

 11、  広く学び、深く究めること
         (  そうです  )

 12、  初心の人を、軽んじないこと
         (  そうです  )

 13、  慢心を、のぞくこと
         (  謙虚さよ )

 14、  よい友を、えること
         (     そうです  )
 
 15、  道を学んで、悟りにいること
         (  そうです  )


      後、5つ、
     すみません、時間がなくなりました。
     明朝、御願いたします。
      想像しててくださいませ。
      思考しててくださいませ。


   駄弁ながら、敬と愛をこめて
                 残月     合掌


<  清き光が  満ち溢れますように   >

<  御病気・御ケガの( なかま )の、
       一日でも 早い ご回復を   >

              失礼いたします。







   1、 「  一 ( いち ) 」   我の世界
   2、 「  0 (  れい ) 」  無我の世界
   3、 「  無限( むげん ) 」  無我の世界
   4、 「  数量( すうりょう ) 」  大我
                         ( 仏 )の世界


      「  一  」  確立の むずかしさ
      「  0  」  認識の むずかしさ
      「 無限 」  体得の むずかしさ
      「 数量 」  自在の むずかしさ


 「  むずかし世   悲しい世間   苦しき我( が )
       あがきもだえよ
         日 月 (  にちげつ )
                 清し   」

   ・  「 一 」 のため、「  二  」の大切さ


 「   二 とは何?   父母なのか?  友なのか?
          先生なのか?   恋人なのか?  」

 「   二 の世界   やさしさあふれ   すやすやと
          ねむる我が子や   いのちの花よ  」

 「   二 の世界  きたなき言葉  とびかかり
          苦しき心   胸に泣くなり    」

 「   敬いて  えりもと正し  緊張し
        先生師匠  むかえるこの日   」

 「   いとしくて   こいしいこころ   かくせずに
        はずかしてれし   じゅんなるいのち   」


   ・   1,2,3,4,5,6、、、、、、


 「   家庭こそ   善なることの   産みの親
        悪なることの  産みの庭    」

 「   二 の世界   世間すてるな   そしてまた
        世間みくだし  世間にくむな    」

 「   世の花は  尽くし尽くされ  咲く花ぞ  」( 前出 )

 
 「   我をすて  尽くせる日々の  うれしさよ
         心はかろし  遠き空みる   」

 「   我をすて  朝日をおがむ  この気持ち
         古代の人も  同じ心や    」

 「   我をすて  仕事はげむ  楽しさよ
         神も仏も  ともに歩まん    」

 「   我をすて  悪に尽くすも  われら人
         永久( とわ )の心を
            忘れなきよう   」

 「   とわ心   無限の心   永遠よ
         いったいどこに
            あるのでしょうか?  」

 
   ・  秋の朝   恥をさらして  いかがする
         心のちから   みなに伝えん



    駄弁駄歌 おゆるしを。
                残月     合掌

<  みんな  みんな  みんな
      どなたさまも
          しあわせで
             ございますよう   >
     僭越ながら、、、。    失礼いたします。
        
      10月には、御寄進がございました。
     ありがとうございました。 感謝申し上げます。

    算盤関係  1、  三重塔( そろばんの玉による )
                  高さ80センチくらい?
                  幅 50センチくらい?
            2、  255桁( けた )の算盤
                  4メートル以上

    古美術の方  1、  僧侶立像( 布袋さま ? )
                    御腹が大きい僧が、
                    両手を上げて、
                    万歳しているようです。
                    右左の手に、
                    玉を握っている。
                  高さ  60センチ ?
                  重さ  とても重い( 木製 )
                       台湾製 ?


     「  一 ( いち ) 」 である< 私 >が、
     「  0 ( ぜろ )( くう ) 」 を右手に、
     「  無限( むげん )( 永遠 )」を左手に、
       つかみ取り、
       歓喜の万歳をしている、のではないか?
        <  自覚の よろこび  >
        <  解脱の よろこび  >
        <  菩提の  よろこび >

       ( 独断の、こじつけ。 勝手な偏見。)(笑)
       (  御赦し ください )

     そして、
     「  1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、11、12、
       13、14、15、16、17、18、19、20、21、
       22、23、24、、、、、、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
       と、足し算、引き算、掛け算、割り算、
       色々な 計算、、、、、、、、、、、、
       増減。       」
      そろばん 、算盤  の世界です。
      現実の世界。
     (  変化・公正・共有・の世界。 )
     (  変化とは、常が無い、無常の現実のこと )
        
        <  世間の  よろこび >


   1、   「  一  」   我  の  よろこび
   2、   「  0  」  無我  の  よろこび
   3、   「  無限 」  無我  の  よろこび
   4、   「  数量 」  大我( 仏 ) の よろこび
                  世間 の よろこび
                  生きる  よろこび
                  生活する  よろこび
                  仕事する  よろこび
                 仕事しない  よろこび


      四つの世界を、自由に生きたいもので
          ございます。

      四つの世界の、シンボル( 象徴 )を、
          客殿に安置できたような
           歓喜を感じている愚僧でございます。


      そして、最後に、
         四つの世界を、自由自在に生き抜き、
         偉業をなしとげたような、
          「 角倉 了以 」の 等身坐像が
             ございます。

      塔( とう )も、ございました。
      まさに、よきもの のシンボル。

      絶、、、、、、  もう、言ってはならない。( 笑 )


      嵐山 大悲閣  客殿  の
    大宣伝になってしまいました。( 大笑 )
    自画自賛すぎで、ございます。( 超大笑 )
      弱小寺院の あがきです。( 微笑 )



   まさに駄弁です、されど、敬と愛をこめて。
                   残月    合掌

<  一をもつ  このことすらも  むずかし世
      二のたいせつさ
         おしえつたえよ   >

<  師匠さま  御師匠様よ  ろうしさま
       ゼロのわたしを
           一 の わたしを   >

<  心を 尽くす
    身を 尽くす
    力を 尽くす
    愛を 尽くす
    誠を 尽くす

      先日、忘れてました
    
   「  礼を 尽くす  」

    礼を 尽くして、
      仕えることの大切さ   >

   長くなりました、 失礼いたします。
    おはようございます。
  本日も、遅くなっております。
    申し訳ございません。



    先月は、算盤関係以外にも
  ある品を、寄進していただきました。
  ありがたい事でございます。
    お宝が増えると、守る事が
  忙しくならないか、心配です。( 大笑 )

     本来、
   人間の<  心  >が、
 <  宝( たから )  >である。

   真実です。
 でも、私たち人間はなかなか、
 理解できない。
   「  そうかなー  」
   「  でも、なんだろう ? 」
   「  よく、わかんない  」

   古歌
      『  心とは  いかなるものを
           いうやらん
              墨絵にかきし
                 松風の音    』

       昨日の、つづき ですが、
    「  墨絵の松風  」を、聞けるぐらい
    感覚の、 感度を高めなくてはなりません。(笑)


      また、先日の 古句に
    『  人、死して、心を知らず 』 が、ございます。

     「  人は、死ぬ。
         でも、
            心を知る事は
               できなかった。
                   残念である。

         人は、死ぬ前に、
              心を知ったらいい、
                 自覚できたら、
           
         とても、うれしい、
           歓喜だ、
             いつでも、
               どんな時でも、
               
          さわやかな風がふいている
            いや、
              さわやかな風を感じてる。   」

        ちょっと、飛躍しますが、
          推測ですが、まだ確信できてないですが、
            、、、、、、、、、、、、、、、
           もしかしたら、
       「  心を 自覚できるまで、
            人間は、何度でも、
               人生を体験する  」
             かもしれません。

        寿命の長短を超えた思想でも、ございます。
      同級の友人が亡くなってから、
        そのように思えてならない。

        現代中国の100歳をこえた禅僧は明言している。
      「  悟りを開くまで、何度でも生まれてくる  」と。
        方便なのか ?
        うそ なのか ?
           でも、慈悲心が溢れている。


         社会的仕事・境遇は、各々、千差万別、
       運命・宿命も、色々、多種多様、限りなし。
         そのような、
        運命・宿命をとうして、
          誠実に対応しながら、
             悪縁・逆縁・善縁・順縁に
               出会いながら、
               また、縁を生み出しながら、
                    <  心を 自覚する >。
        このことが、 人間の根本的仕事かもしれません。
            いえ、根本的仕事です。
        ( 今日から、断言します )( 大笑 )

             どのような職業
             どのような境遇であろうとも。
        ( すると、このように考えると、
             どのような人とも、共感できる )



     大脱線いたしました。要旨は下記です。(笑)
   <  たから  >いただき感謝してます。
    大事に、いたします。 守ります。
     (  寄進品の説明は、明日いたします )(笑)
      
   < たから >の最高なものは、
     各々の< こころ >である。
       だれでも、皆、持っている。

    でも、私たちは、なかなか気付かない。
       この人生で、かりに困難だったら、
          まだ、ギリギリまで工夫精進。
             、、、、、、、、、、、、、

   長くなった駄弁です、御赦しください。
               残月    大合掌

<  清き光が  満ち溢れ  ますように  >

<  この世から  悲しみ  苦しさが
       少しでも  減りますように   >

<  生まれてきた、喜びを、
      みんな、みんな、
        味会えますように  >

<  自分を、自分と思えた事の
     意味とは、どういう事でしょうか?

       我( が )( わたし )は、
         生きていながら、
            無我を自覚することである。
           無上の喜び、幸福感です。
              ( 微笑 )   >

<   無我とは?
       わたしは  あなた
       わたしは  これ
       わたしは  それ
       わたしは  、、、、、、
       わたしは  、、、、、、    >


<  一日を  ただ一日を  生きるなり
      百年先を  今に感じて   >
          ( 57歳をむかえて )


             失礼いたします。  
      
       
          
 
    「   天地 と  一体   」を、語りながら
    「   そろばん( 算盤 ) 」を、語ることができる
       のでしょうか?

    「 論語 と ソロバン 」という立派な本がありましたし、
    現代日本のある大実業家( 京都での創業 )は、
    <  人間成長・人格向上 と 会社経営の、両立  >
    を、熱く世界へ、日本中に、語りつづけてられます。

    だから、可能です。
    できます。
    理想です。
    最初は、
    求め続けて行きます。

    私たちには、無理だ、
    できるのは、≪ 特別 ≫の人だけではないか。

    いや、「  棒 ほど  願って、
           針 ほど  かなう。  」と、いうではないか?

        「  聖賢( 立派な人 )に、なりたいと
            努力して、やっと、まあ まあ の
                人になれる。  」 ( 笑 )

        「  仏になろうと、誓って
             やっとこさ、
               頭を剃る。   」 ( 笑えない )

        「  仏になろうと、精進して、
              やっとこさ、
                僧になる。   」 ( 笑えない )

        「  神に祈るほど、苦労して、
              やっとこさ、
                人になる。  」  ( 笑えない )

        「  神仏聖を、 思い描いて、
              やっとこさ、
                人は人になる。  」

        「  理想が、あってこそ、
              現実は、
                未来へむかう。  」

        「  大志が、あればこそ、
              涙も汗も、
                 気にならぬ。  」


     動物界において、
        < 言葉 >を、生みだし使う人間は、
        やはり、≪ 特別 ≫な存在です。
        (  だから、できます。自分なりに。 )( 笑 )


          ところで、
        < 言葉 >の根源は、何でしょうか?

        < 心 >でしょうか?
        < 心 >の根源は、何でしょうか?

        < 感覚 >でしょうか?
        < 感じる >こと、でしょうか?
        < 感じる >とは、どういうことでしょうか?

     < 自分は、自分でない >ということでしょうか?
   < 自分は、自分以外を、受けている >ことでしょうか?

     <  共感  >し、< 響き合ってる >世界なのか。
     <  共感  >し、< 助け合ってる >世界なのか。
     <  共感  >し、< 争い合ってる >世界なのか。

     <  共感  >こそ、< 言葉  >の根源のようです。
     <  共感  >こそ、< 人間  >の根源のようです。

     

        よく共感できるように、
      全ての感覚の、感度を高めたい
      ものでございます。

        やはり、 閑坐( 閑居 )( 一人静か )
              数息( 読書 )( 謙虚さ )
              節制( 勤勉 )( 知足 ちそく )( 満足 )
              、、、、、
              、、、、、、  つづきます、 道は。
                         

       「  天地  と  算盤  」 これを、極めねば。

      仏教界でも、昔から、
      寺院運営と 仏道の求道伝道をできる僧侶を
      < 大力量 >といってました。
      愚僧、忘れてはならない。
      道は、けわしい。  ( 大笑 )



    駄弁ながら、敬と愛をこめて
                       残月  合掌


<  天地にて  生きる我らに  光あれ
        雨も嵐も 
            花をはぐくむ     >

<  光とは  いったい何を  いうのやら
        人のどこかの
            心をてらす   >

<  去る差和を   猿沢( さるさわ )と書く
        人の知恵
          不増不減の
            宝のありか     >

   残月駄歌      失礼いたします。
             
  

             

     先代、四海和尚の文章です。

 「  今から、340年前、豊臣氏が滅んで、
  徳川氏の天下になつた元和のはじめ、
  備前岡山の藩主池田輝政に仕え、後
  豊臣家の家臣となっておられた、
  毛利勘兵衛重能先生が、京都二条寺町に
  『  天下一 割り算指南  』 の標札を
  かかげて、
  『  そろばん道場  』を開き、
  数百人の門弟を集められましたが、
  毛利先生こそは、わが国近世の
  そろばんの始祖とも仰がれるべき
  大先覚であります。

      註、道場の建物は、
         了以翁の提供の
         高瀬川沿いの倉庫
         だったそうです。( 残月 )

    毛利先生の門弟の中でも最も
   すぐれた人に、
   吉田 光由( みつよし )
   角倉 久庵< 同一人物 >先生が
   おられます。

    豊臣秀吉公全盛の頃に、
   わが国最初の
   民間貿易船をおし出して、
   その利益で、芸術家、工芸家、文芸家を、
   援助し、更に保津・富士・天竜川等の
   水路をひらいて舟運の便をはかり、
   高瀬川運河を構築されました
   公益事業家として有名な角倉 了以・素庵
   両先生は、
   この吉田光由( 角倉久庵 )の
   同族縁類にあたる方々であります。


     光由先生は師の研究された
   「   算法統宗  」という、
   中国の算術書を更に深く研究して、
   
   もっと実用的で興味深い、しかも、
   程度の高い算法に進めて、
   そろばん技法を大衆化させようと
   考え」られました。
     師の毛利道場を去り、縁類の
   角倉素庵先生の協力と指導とによって、
   研究をつづけられたのでした。


     かくて多年の研究はついに実をむすんで、
   有名な『  塵劫記( じんごうき )  』
   という算学書を大成されたのです。

     この書物は口語と文語との
   両体のわかりやすい文章で書かれ、
   そろばんの技法や日常生活に
   直接関係のある多くの応用問題が、
   一々挿絵を入れて要領よく解き明かされて、
   誰もが楽しんで、自然にそろばんを理解し、

   相当に程度の高い算法を知ることが
   できるもので、世界的に評価されている
   名著であります。


     「  塵劫記  」は、
   わが国の算術書の代名詞のようになり、
   江戸時代を通じ明治初年までに、本書を
   写して版本としたものが 多かった。
    、、、、、、、、、、、、
    、、、、、、、、、、、、

          以下、省略                」


    そろばんの世界の方々
    和算の研究家の皆さまが、
    長年、探してられました、
   「 吉田 光由の御墓 」が、
    角倉一族の菩提寺である、
    嵯峨の二尊院において、
    発見されました。
      京都ニユーイクゼンの
    代表、久下 五十鈴さまの
    御熱意の賜物でございます。
      心より感謝申し上げます。


    また、大悲閣において、
   古くなって使えなくなった
   そろばん を 集めて
   「  そろばん 供養法要  」
    を、厳修していたようです。  



   長くなってしまいました、スミマセン。
                     残月    合掌


 <   清き光が  満ち溢れ  ますように  >

 <   この世から   苦しさ  悲しさが
        少しでも  へりますように    >

<   悪縁、逆縁 が 無くなりますように。

       悪縁を  善縁に  できますように
       逆縁で  くじけないように 
       善縁に  甘えないように
       順縁に  おぼれないように

       強い心を、もちたいもので
                ございます。    >

                失礼いたします。    
      おはようございます。
   < 「  天地一体 」 4 >を
 御話したいのですが、先日、ある物を
 寄進していただいたので。
   ご案内をかねて、御報告申し上げたく
 存じます。
 

   2つの貴重な品でございます。
 御寄進者は、京都で、そろばん関係の
 物品を製造販売されている御方でございます。
   400年忌において、一番、影で支えて
 いただいた人物でございます。
   生きた観音さまのような
 ありがたい御人でございます。

1、  三重塔( そろばん の玉で制作。)
2、  255桁( けた )の算盤です。
    4メートル以上ございます。

   共に、400年記念で大改修していただき
 ました。 客殿に安置してございます。
   どうぞ、皆さま、一度ご覧くださいませ。

  「 立派な三重の塔 」 は 荘厳 であり、
  「 長大な算盤 」 は、無限宇宙のようです。


      嵐山 大悲閣 千光寺が、何故
  「  そろばん寺  」といわれるのか、
  わかりやすい、文章がございましたので、
  引用させていただきます。
     先代住職の書かれたものですので
  問題は生じないと存じます。

       本日、数時間後、つづき ます。
     急用のため、ちょと、失礼いたします。

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