2013年10月アーカイブ

       おはようございます。
     昨日の つづき でございます。


     「  天地 と  一体  」 の、
     『  一体感  』  は、
     「 ( ちから )の( みなもと ) 」 です。
     「  力 の 源  」 です。


     食物も、「  力 の 源  」です。
     愛情も、「  力 の 源  」です。

     <  おなかが、 すいた  >
     <  だれかと、あいたい  >
     という、
     欲求・欲望・願望は、

     私たち人間をささえる、
     生命を保つための、
     根本的な事で、ございます。

     「  食物  」
     「  愛情  」も、

    「 天地の一部 」で、ございますが、
    「 天地 そのもの 」でも、ございます。

    昨日の、100翁の御食事は
    まさに、
    「 天地の一部分 」が、
    「 天地の全体 」 に、
    なっている事例であり、
    すばらしい 見本・手本で、ございます。
    「 食物 が、 天地そのものに、
      なっている。 」
    


   < 一期一会( いちご  いちえ ) >

    一回切り の 出会い
    一度切り の 出来事
    二度と無い事柄、 その覚悟。

    人に対する、「 愛情 」の極みです。
    「 いつでも、 会えるさー 」
    「 いつでも、 会っている 」 
    でない、姿勢・態度でございます。

    「 日常生活では、できない。 」
    との、 お声が聞こえてきそうです。
    でも、先ほどの、
   < 100歳翁 の 食事  >
    は、 日常でございます。


    私たちも、工夫です。
          知恵です。
         やる気です。

    そのための、
    100歳翁の、< 節制 >
      欲望・欲求にたいする< 制御 >
      < コントロール >。
      < 禁欲 >でない。
      < 節欲 >でしょうか?
      おそらく、最高の歓喜を、
      味会ってられる。

     『  こんな 美味しいものが、
      この世に  あったのか  』 と。
     
     どこにでも、あるものでございます。
     食物は。

              つづき   ます。 


  駄弁ながら、敬と愛をこめて
              残月    合掌

<   一日 一生  > 
<   いちにち  いちしょう  >

<   力を尽くす
<   誠を尽くす
<   愛を尽くす
<   心を尽くす
<   身を尽くす

<   世の花は  尽くし尽くされ  咲く花ぞ  >
                    (  残月  )

    走りつつ   失礼いたします。
     おはようございます。
   遅くなってしまいました。 朝、早く、御覧くださる
   御方がいらっしゃるみたいでございますが、、、
   スミマセンで、ございます。

    秋らしく、なってまいりました。
  紅葉の季節でございます。 多くの方々が、
  その美しさを、讃嘆し味会おうとなされています。


   まさに、「 天地と一体 」 の 一例でございます。
 特に、「 美しい自然との一体感 」は、私たち人間の
 喜びの、根底にあるものかもしれません。

  
   そして、拙僧は、今、みかんを1個いただきましたが、
 この< 食物を 口に入れて、かんで いただく >事も、
 「 天地と一体 」 の 一例でございます。


   また、アイドル・タレント・スターに、心をおどらせ、
 楽しく喜ぶことも、 よき恋愛、よき結婚を、願い祈る事も
 「 天地と一体 」を、求めている 、 一例でございます。


   見ること
   聞くこと
   匂うこと
   触れること
   知ること
   覚えること
   感じること
   行うこと
   手足をうごかすことも
   、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、
   すべては、
   すべての事は、
   すべての物は、
   すべての人は、

   「  天地 と 一体  」を、
   感じ、実感し、体感し、
   体得するために、
   自分のために、
   各々( おのおの )のために、

   ある、存在する、と考えていいかも
   しれません。
   <  真の幸福 ・  生きてる喜び  >を
   味会うことが、
   仮に、人生の目的と設定したならば、の事で
   ございます。

   
   あらゆる喜び・歓喜である
   『  一体感  』  は、
   簡単に、消え去っていくのでございます。

   皆さま、よくよくご存知の事でしょう。
   愚僧も、さっきいただいた< みかん >の事
   忘れていました。  でも、美味しさは記憶されて
   ますか?( 笑 ) 「 ありがたかったな、おいしい
   みかん 」 と 。


   しかしながら、
   消えやすく、
   むなしさ( 虚しさ、空しさ )を、
   
   感じやすい、
   もろもろ の 『  一体感  』 は、
   実に、すばらしい事でございますが、
  < さびしさ >をさそうものでも、
   ございます。

   『   天地 と  一体  』 こそ、

  「 すばらしい、最高だ、
   何も もう  いらない
   幸福だ  歓喜だ 」

  「 消えない 、変化しない
   永遠の、喜びだ  」

  「 だれもが、味会える、
   最高の幸福である、至福なり。 」と、

   古人、先人、先生が、
   言い教えてくれています。
   まさに、
   東洋の文化の精華の一つでございます。

   皆さん、共に、学ぼうではございませんか。
   以前、ブログにて、ご紹介いたしました、
  <  100歳の御方の、食事です。
  <  一口ごとに、
     「  こんな 美味しい物が
        この世に あったのか
        と、歓喜 感嘆 しながら
        召し上がられて らっしゃる 。 」

     食事を とうして、「  天地 と 一体 」
     を、味会われている。

     おそろしいまでの、≪ 節制 ≫の
     たまもので、ございますでしょう。    >

               つづき    ます


  駄弁ながら、敬と愛をこめて
                 残月    合掌


<   清き光が  みちあふれ  ますように  >

<   苦しみ  悲しみが  少しでも
        この世から  減っていきますように  >

<   自分中心に なりやすい
       でも、自分中心は、苦しい。

       自分を、はなれる、練習を。
           やはり、 呼吸 なのか?
          そのための、閑坐 なのか?
            (  静かな  時間  )
          そのための、善友なのか?

          そのための、真心なのか?
       
          そのための、嵐山大悲閣としたい
             もので、ございます。
              ( 笑 )( 笑えない )   >


    長くなりました、、、失礼いたします。
    

10月29日(火)   天地 と 一体

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       私たちは、日々どのような心がけで、
     生活し生存し生命を、たもったらいいのでしょうか?

       それは、
     「  天地 と  一体  」
     「  天地 と  一如  」
     「  天地 と  一つ  」

       と、感じれるように、
     自分を、自分で、導かなければならない。

       とくに、
     『  職場  』
     『  学校  』
     『  家庭  』
       という、
     日常生活の場所で、

     問題が生じたり、
     前に進めなくなったりしたら、
     
     この
     「  天地 と 一体  」
     を、感じたり、味会ったり、体得しょうと
     <  心がけ  >することが、

     一番、楽だし、楽しい事と存じます。

   ( また、 経費つまり費用つまり、御金はいらない。)
   ( 天地の事だから  )
   ( 笑 )( 大笑い )


     とくに、
     『  職場  』 を  離れられた方々は、
     とくに、よい機会を 持つことが
     できた事と存じます。

     『  家庭  』  から、離れられた方々も、
     また、
     『  家庭  』  の義務を、終えられた方々も、
     よき チャンス なので、 ございます。


     『  学校  』  に通う、
     生徒・学生も、

     <  全ての人間の行いの 『  根底  』 には、
        『  天地と一体  』 と なりたい、という
        強い欲望・欲求・願いが、
        あるという事を、
        思っていただきたい。

        だれもが、求めているような、
        「  権力  」 も、
        「  権威  」 も、
        「  仲間  」 も、
        「  恋愛  」 も、
        「  趣味  」 も、
        、、、、、、、、、、、
        、、、、、、、、、、
        、、、、、、、、、、
        根本は、同じと存じます。    


        「  自由  」
        「  平等  」
        「  博愛  」

        また、
       
        「  活力  」
        「  公正  」
        「  安定  」

        も、根本は同じです。    >

       このように、考えると、
       非常に、楽でございます。
       つまり、前に進み易くなります。


       また、本当の意味の< ちから >が
       湧いてくるでしょう。

       50歳代、60歳代、70歳代、
       80歳代、90歳代、100歳代であろうと、
       < 「  天地と一体 」 が、
        ≪ ちから ≫の源( みなもと )です。  >

                   つづき   ます。


  駄弁ながら、敬と愛をこめて
                    残月    合掌

<   この私  天地となりて  日をすごす
       雨も 嵐も   なんのことやら  >

<    ひとなりて   つきともなりて   ひをすごす
       ばんぶつはみな  ともだちいじょう (笑) >

   飛びながら    失礼いたします。
     「  アンパンマン 」 の 父  も、
     「  鬼太郎  」  の  父  も、
     「  竜馬(がゆく) 」 の 父 も、

   現代の過酷な体験が、土台になってられる。
  戦後、日本国の繁栄も、戦争の苦悩を味会った
  方々の、御尽力によります。

   90歳以上の方々です。

   80歳代の方々は、もう戦争には、
   召集されてらしゃらない、かもしれません。

   70歳代、子供のころでしょうか?
   60歳代、赤ちゃんと、生まれていないでしょう。
   50歳代、( もはや、戦後ではない )
         繁栄期でしょうか?


  「  過酷な体験 」  「  戦争の苦悩  」
  次からの世代には、あるのか?

   人間を、鍛え、成長させも、する。
  「  過酷 な  体験  」
  「  痛烈 な  苦悩  」 は、あるのだろうか ?


     ございます。
   山のように、
   海のように、ございます。


    特に、 東北の大震災の、過酷さは、
  言葉を 失います。

    今の時代も、多くの問題が山積みです。

    古人、先人、先輩、先生方に
   負けないくらい、努力精進したいもので
   ございます。

     どうか、未熟な後輩、
         頼りない後進を、

         見守り、御導きくださいませ。
     何卒、よろしくお願い申し上げます。



   駄弁ながら、心あらたに。

                残月    大合掌

<  御病気の仲間の
       一日でも  お早い
           ご回復を     >

               失礼いたします。
     おはようございます。
  固い事務的な、御話で失礼いたします。

    日曜日の朝は、以前のブログを
 少し読み返したりしています。 平日は
 朝、時間に追われることが多くて( 反省 )
 メールの御返事もできなければ、復習・反省も
 できずにいます。  恥ずかしい限りです。
 御赦しくださいませ。 なにとぞ。


   400回忌の記念事業に向かっつて事を
 進めていました。  なかなか、事は進みませんでした。
 歴史的には意味が、ございますが、
 京都においては、400年とは、まだ、若いのです。( 笑 )
 1200年の時間から考えますと、しかたございません。

   また、
 京都においては、嵐山は、遠い所です。
 昔から、東の方が開発されています。
 平安京も、左京が維持され広がりをもっています。
 右京( 京の西、北を背にした天皇の右手側、 嵐山の方向 )
 は、湿気が強くて住めなかったようです。

   で、ございますから、
 了以翁の御仕事は、保津川 より < 高瀬川 >の方が、
 よく京都市民には認識されているとも、いわれています。
   嵐山の山の中の、小さな寺院の存在すら
 御存じない方々も、( 愚僧の力不足です )、まだまだ、
 多いという現状です。


   数年間、「 客殿 改修 」に向けて、
 多くの方々に、呼びかけて、進めていました。
 ありがたい事に、関心をもっていただけました。

   しかし、残念ながら、丸1年期間が過ぎても、
 なかなか『  寄付金はあつまりませんでした  』
 おもだった仲間の方々も、
 御仕事をお持ちですし、
 不況だ、不況だ、の声ばかりでした。


   おもだった仲間の中の、
 さらに、真剣に「  客殿 改修 」
     つまり、「 客殿 倒壊の危機 」に、
          <  あおざめ  >
          <  恐怖に ふるえる  >
          3人がいました。

 「  客殿  改修できない危機  」
 「  客殿  倒壊の危機  」
 「  大悲閣の存続の危機 」
 「  角倉 了以翁 史跡の危機 」
 「  千光寺が廃寺になる危機  」
         とまで、深く感じて、
          

     この 『  危機  』 を
   この「 危機 」を、強く 『 危機 』と自覚し

        < あおざめ >

        ≪  恐怖  ≫と感じる3人がいました。

  この三人の≪  恐怖を 感じる 心  ≫が、土台になり、
     次の段階へ進むことができました 。


   そして、
<  「   寄付金が 集まっていない   」 事実  >
    から、
    第二段階が、始まりました。
    つまり、昨日、3回忌法要がございました、
    三柴 元様の登場でございます。

    第一段階が、ございましての、第二段階で
    ございます。 


    第一があっての、第二という事を
    御理解いただけない方々が、
    まだ、いらっしゃられます。
    愚僧が、反省いたしている点でございます。

    多くの方々は、
    始ってから、丸一年くらいの
    < 御自身の活動 >を御自覚されてますから
    皆さま、ご理解とお喜びをお示しくださいました。

      「  よかったな。
       こういう事も  あるんだな。

         ほんとうに、よかった。
       世の中  すてたものじゃないな。

         ありがたい  御人 御仁 も
       いるもんだな   ありがたい

         おしょう  奇跡だぞ



         集まっている御金で、
       目的どうり、境内整備もできるじゃないか
       ありがたいことだな
              

       、、、、、、、、、、、、、、、、、、、    」


      御理解いただけていない方々が、
    「  改修計画・改修資金  」を、御用意されて
    られるのに、当方が御連絡もせず、事をすすめたので
    あれば、本当に、申し訳ない事でございます。
        しかしながら、
     御用意の事は、耳にすることはございませんでした。

     御理解のほど、何卒、宜しくお願い申し上げます。
   <  了以翁 顕彰の  心は 同じです。 >
  <  了以・素庵 父子を尊敬する  心は 一つです。  >



    
    今は、第三段階です。

       鐘楼屋根大修理の費用の捻出・勧進
       客殿入口の屋根の設置
       参道の整備
       境内地の整備

            へ、向かっています。



   外面的 現状報告になってしまいました。 
     すみません です。
        いい意味で
     「  護持会 」を発足させますので、
        ふるって ( 笑 )
          御参加くださいませ。
             本当の意味で
      皆さんの寺院に、ならなければ、
          廃寺になってしまいます。

    やはり、納骨堂の建立のようで
      ございます。 よし、境内地の
    問題を解決して、御堂建立です。( 笑 )




     駄弁になりつつ、反省しつつ
                    残月     大合掌

<   清き光が  満ち満ちあふれ  ますように   >

<   この世から   少しでも
        悲しみ   苦しみが  なくなりますように  >

<   あらゆる  物  人  事   が、
        粗末に  邪険に  
            されませんように     >

<   この世から    病院  刑務所  の
         役割が  減っていきますように    >

<    おもいちがい    かんちがい
         まちがい を   あまり
            しませんように      >

<    老人と子ども を  大切に    >

<    あせらないで、あせると、あらそう。
     すこしづつ、すすめよう。
     そして、
     反省と祈りです。
        命と心の原理・法則です。 >

<   御病気・御ケガの仲間の
         一日でも早い、御回復を   >


          失礼いたします。    
      
     

10月26日(土)  元翁  三回忌

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       本日、 「  元翁  三回忌  」でございます。
     嵯峨、小倉山 二尊院にて、厳修されます。


       本年は、「 了以翁 400年忌 」の、節目です。
   < その功積・偉業・遺徳を、偲び感謝し顕彰する  >事は、
     大悲閣千光寺にとり、重要な行事でございました。
       5月12日に、開催でき、皆さま方に感謝いたす次第で
     ございます。  大きな了以さまは、いたるところで、
     法要・記念行事が催されているようです。  なんと
     すばらしい事でしょうか。


       大悲閣千光寺は、< 了以翁顕彰 >の重要な
     一つの寺院でございます。   しかし、明治維新、
     先の戦争、度重なる災害、時代の変遷により、
     衰退し、荒廃してまいりました。  一時は、二度目の、
     廃寺への、 動きが生じたくらいでした。

       <  了以翁顕彰  >には、欠かせない寺院
    という認識が、御子孫の方々、地元の方々、翁を心から
    尊敬する方々にも広がり、寺院復興の機運が生じました。

       しかしながら、長引く不況と、大震災大事故が
    発生し、「 客殿 大改修 」 という、四〇〇年忌記念
    事業は、頓挫するところでした。

       ところが、了以翁を心から尊敬する
    三柴 元 様が、「  100年先にも、了以翁の精神は
    伝えられなくならない。  大悲閣の客殿が倒壊しそうだ。
   (  寄付金も集まらないみたいだし  )、このままでは、
    いけない。 」
    と、感じ、心配してくださっていました。
       多くの、<  このままでは、いけない。 時間も無い  >
    という思いの方々が、精一杯、奔走、御骨折りしていただき、
    とくに、二人の大姉さまの御尽力御尽心のおかげにて、
    <  元翁  >の御協力をいただく事となりました。
        感謝にたえません。 いかがいたしたらよいのでしょう。
          報恩の念が、日々強くなってまいります。


     大御協力者・支援者がいらっしゃらなければ、
    千光寺は、本堂なし、檀家なし、境内せまし、遠い、
    山の上、という現状なのに、(  客殿もなし  )となると、
    愚僧が生きている間はいいですが、
    30年後??、廃寺になる可能性がでてきます。


       《  客殿 が ある  》ことは、
    まだ、『  多くの方々のお役に立てる  』
    つまり、『  存続できる  』ことに
    強くつながるからで、ございます。

       本当に、三柴 元さま のおかげです。
     <  元 翁  >の御蔭です。
     ありがとうございました。
     100年先を、見据えて、
     世のため、人のため、
     <  了以翁の 精神  >を
     継承していきたく存知ます。


        愚僧にとりましたら、
    <  本堂再建  >という難事業を
    成し遂げることが、
    <  了以翁精神の 継承実現  >
    なることと、存じている次第でございます。
      また、
      禅僧といたしましては、
      禅寺の再建維持はさることながら、
      禅定を深め、慈悲心を養い

      禅心の覚醒を、皆さまにすすめたい
      ( 仏心 )

      そして、みなさん、
      おのおの、

      ここの人生
      ここの命
      ここの心

      ここの生活
      ここの生存
      ここの生命

      活かし 尽くし
      味合い 尽くし
      喜び  尽くし
      生き  尽くし
      、、、、、、、
      、、、、、、、
        たいものでございます。


 元翁に、感謝しつつ。
                残月    大合掌

<  了以翁 の  精神とは 何か?  >

<  禅定とは、 どういう事?   >

<  仏心とは、 何?   >

     よき一日でございますように。

           失礼いたします。
    
    



    
    ありがとうございます。
 昨日、数人の方々に、祝っていただきました。
 初心にもどり、精進いたしたく存じます。
   どうか、よろしくお願い申し上げます。

   京都の寺院の御案内
   嵐山の史跡寺院の御案内
   角倉了以翁の顕彰
   吉田・角倉一族の研究
   嵐山の自然の賛歌
   
   大悲閣( 観音堂 )の再建
   千光寺の本堂の再建( 同上 )
   寺院の境内整備
   参道境内の購入
   鐘楼修理費の支払い


   心の世界
   精神世界
   宗教・哲学への御案内
   仏教入門
   修行のすすめ
   坐禅への導き
   諸宗教の根源の体得

   心学
   人格完成
   人間形成
   人間学
   死生観の形成
   人生観
   世界観


   菩薩になる
   悟りをめざす
   解脱をもとめる
   真人になる

   強い心、自由な魂、やさしい愛の人
   なれるような場所。

   絶景の維持
   京都一の絶景

   絶景から 絶観へ。


        ご指導ご協力を、
          謹んで、平に、衷心より
             御願申し上げます。


   駄弁ながら、思いつくまま
          御無礼ながら。 
               残月     合掌

<   海の水が枯れ  終に底が見えた。

   思いは、心でない。  思いは、海水です。  >

        大雨です、失礼いたします。
      おかげさまで、どうにか、
   1年、365日、ブログを続ける事ができました。
 もし、御読みくださる御方が、いらっしゃられましたら、
 心より感謝申し上げます。 ありがたい事でございます。

    ただ、遠くの故郷( 長崎県 五島列島 )に
  いる姉が、手紙一本書かない愚弟の消息がわかり、
  喜んでいただけていることは、確かなようです。( 笑 )
    年老いた母と、姉がいっしょに生活して
  いるので、小生は京都で生きることができています。
    ありがたや、ありがたや。( 笑 )
  (  個人的すぎました。 大笑い  )


    昨年の10月19日に、再再再出発。
       名前が、(  道忠  )おえて、
          覚悟したので、変名して
            その時、頭に浮かんだ
              (  残月  )に
               いたしました。
         でも、すぐに、パソコンを使えず、
           4日あけて
           5日目、24日から、
           始めました。
       「  毎日、書く事  」を覚悟してから、
        どうにか、おかげさまで、つづいてます。
      (  帰省の時、1日ずれたかな? )( 笑 )


    昨年の10月24日の文章の、最後の言葉に
         今、気づきました。 面白い内容です。
         1年前のこの日、頭の中に浮かんだ
         のでしょう。

      <   海枯終見底   人死不知心   >

      <   海、枯れて、終に底を見る 。
          人、死して、心を知らず 。    >

      <   海の水が枯れて、底が見えた 。
          しかし、
          人は、死ぬけど、心を知らない。
          だから、
          努力、精進、工夫して、

         「 人よ、心を知りなさい 」

         「 しあわせは、
            やすらぎは
              よろこびは、
                《 心 》を
                   しることですぞ  」

         「 思いは、心ではない。
           思いは、海の水。

           海の底を、
           想像してごらん。

           そこが、心です。  」


         「  生きることは、
            思いを、消すことです、

            いい思いを、実現して、消します。
            わるい思いは、実現しないで、消します。

            思いは、わいてきます。
            生きている限り。
            なるだけ、いい思いをもち、
            実現して、消していく。

            できるだけ、わるい思いは
            もたないように。( 笑 )

             心を、見たら。
             心に、気づいたら。
             思いに、ふりまわされなくなります。

             わいてくる思いも、
             減るでしょう。( 笑 )

             生きていながら、
             思いが、ないかもしれない。( 笑 )

             ただ、
             感じているだけ。 ( 大笑 )   」     >

                      つづきます


     駄弁ながら、感謝をこめて。

                       残月     合掌

  <  昨年の今ころのブログから、

           やわらかな心
           つよい心
           思い込まない心
           自分をはなれた心
           何かを信じてる心
           変化にふりまわされない心

            上の6この心は、1つの心。  >

    飛びながら、失礼いたします。
      よき一日で、ございますように。( 末筆ながら )
           


      いよいよ、夏もおわり秋が近ずいてまいりました。
   嵐山地区は、台風による、水害が大きく、皆さま方
   苦労されています。

      その昔、渡月橋から川へ、飛び込んだと聞きますが、
  想像もできません。現在は、土石でいっぱいです。

     自然が、きびしい場所が美しいとは、真理のような
  気がいたします。 京都の夏と冬の、蒸し暑さと、底冷えは、
  言葉を失います。 住民が、必死で智恵をしぼり、生活の
  工夫をする事が、色々な文化創造の土台になっているような
  気がいたします。


      大悲閣千光寺そのものは、被害はございません
  でした。  正確には、今回の台風においては、でございます。
  戦後日本を襲った、巨大な台風による被害で、本堂は傷み、
  修理できずに解体となったようです。
     50年前の節目において、修理改修できていたら、
  本堂( 観音堂 )は、残っていたことでしょう。 残念で
  たまりません。 今回の節目において、客殿を修理改修
  できました事は、前回の大失敗を反省して、小さな信頼を
  築きながら、少しずつ皆さまがたの信頼の和が広がって
  いったからで、ございました。  世間的にみれば、小さな
  小さな小さな出来事かもしれませんが、熱い心、深い精神、
  のたまものでございました。
     現住職といたしまして、感謝にたえません。
  まことに、ありがとうございました。


     大悲閣道が、ございます。
  渡月橋から、大悲閣にいたる、川沿い1000メートル、
  山道200メートルの参道でございます。
     明治時代から、寺院を中心に拡張整備されて
  きました。  いい小道です。  すばらしい。

     今回の台風でだいぶ傷みましたが、行政により
  応急処置をしていただき、最低限の安全は確保できて
  いますので、どうぞ、御心配なく、御参詣くださいませ。


      ところが、
    2日ほど前から、問題が生じております。
  この秋、この11月に、この行楽時期に、
  美しい渓谷の、大悲閣道を、工事の車が通行する
  かもしれない、という事です。
    考えられないことです。( 笑 )
  想定外の出来事が起こる、昨今です。

    警備員の方々が、10人いらしたとしても、
  おかしい。  おかしい論理で物事を考えてられる
  ような気がいたします。
    もし、11月に決行するのであれば、夜です。
  これも常識です。 また、これが通用しない。
  変な時代でしょうか?  費用の問題ではないでしょうか?
  そのために、秋の嵐山を犠牲にしないでいただきたい
  と、切にお願い申し上げます。

    伏して衷心より 御願申し上げます。
  (  読んでくださる訳は ないですね  )( 笑 )




   駄弁ながら、嵐山を愛しつつ。

                  残月     大合掌


<  世の中は   無理と道理   せめぎあい
       あああ あああ と
         ため息 二つ    >

<  強引な  無理を承知の  人々よ
       愚僧が 説こう
         事の道理を     >

<  とおくから   げんばをしらず   しきをする
       いまもむかしも
          かわらぬ このよ   >

<  つきひとつ  てんにあるらし  くもりかな
        このよはかなし
           みずのながるる   >

             失礼いたします。
        昭和18年  10月21日
     「  出陣学徒壮行会 」 が 明治神宮外苑
    競技場で開催され、雨の中、約2万5千人が行進
    したそうです。

     戦争で戦う、兵士を増やすために、
   学校で、勉強している学生・生徒を『 召集 』したという。
   文科系 中心だったそうです。( 理工・教員は 除く )

     最終的には、戦況悪化にともない、
   100000人( 10万人 )以上が、戦場へ送られている。
   一部は、特功隊員として、敵艦へ体当たりされたという。


      『  もっと勉強したかったが、
       <  国家存亡の危機だ >と
       自らを、鼓舞した。  』 

      『  学業を あきらめ、
        戦争に 行かざるをえなかった人が
        いたことを、
        今の、若い世代に
        知ってもらいたい   』 

      『   若い世代に
        史実を、伝え続けるためにも、
        碑を残してほしい  』  ( 元  学徒 )

           ・ 石碑  
           「  出陣学徒壮行の地  」




      私たち人間は、よく争います。
   日本人 同志 の  戦争の時代も、長いです。
   他の国家とも、数度、戦争をしています。

      日常生活でも、軽い争いは、多いです。
   我、つまり、( 自分の都合・利益 )と
           ( 自分以外の人の都合・利益 )が、
               ぶつかるのでしょう。

      ゆずり合い しか  ありませんか?
     「 すき 」 が  あると、文句いう、責める、攻撃?
      尊重し合う  しか  ありません。
      愛し合うのです。( 笑 )
      認め合うのです。(  でも、むずかしい  )
     『 争わない 』と、覚悟を決めて、少しずつ
          少しずつ、和合をすすめたい、
              もので、ございます。( 笑 )( 笑えない )


     < 今は、 国内の、武器による争いは、終わっている。 >
           を、小学生から、教えなければ、なりません。
     その意味は、
 <  いつでも、そのように、なりうる、という事です。
              戦乱の世は、いつでも、もどるかもしれない。 >
  <  現代の意味  >
  <  平和の価値  >
  <  社会に発展とは、何か? >
  <  縄文時代から、21世紀までの意味? >
  <  人が治める、法が治めるの違いについて >
   、、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、


     学徒出陣の若者の《 無念 》を
        観じながら       
                   残月     合掌

<   もっともと  しつかり生きよ  こえがする
       まなびまなんで 
            このよにつくせ   >

<   時をもち  しずかに一人  本を手に
       ぜいたくすぎて  
         草をとるかな     >

<   戦乱が  常なる如し  この世かな
       心を 語る
          うしろめたさよ    >

<   ある国で  餓えに苦しみ  爆死たる
       犬猫食す
          人がおるなり   >

<   いまにいき   いまをつくりし  わこうどの
       おんをいだきて
          いまをいかせよ   >


        駄歌ながら     失礼いたします。
     タンポポを  食べた日々
     が、あったそうです。

     弟さまは、
     人間魚雷「 回天 」かいてん、の
     特攻隊員だったそうです。

     94歳で、亡くなった。大ヒットは
     69歳の時だったそうです。

     「 やなせ先生こそが、
       アンパンマンです。
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       悲しすぎて、
       まったく力が入りません 」
             (  関係者 )

     『  アンパンマン が 
        助けにくるから
        地震は
        こわくない   』

             ( 被災地の こども )

   愛と勇気を語りつづけた
       やなせ  たかし様に感謝しつつ

                 残月    合掌

<   勇気 と何だろうか?

       一歩  すすむ  勇気
       一歩  さがる   勇気

       今 に  あまえるな
       今 に  くじけるな

       もっと、 愛せよ
       もっと、もっと、愛せよ

       自分を
       自分以外を
       全てを          >

                 失礼いたします。

                
   昨日、照れながら、ある雑誌を買いました。

   50男が、「 詩 と ファンタジー 」 を
   はじめて手にして、はじめて買ったのですから。
   おどろき、もものき、さんしょのき、でございます。

   やなせ たかし様 の 責任編集だからでした。( 笑 )


      禅僧に、遺偈( いげ )
           人生最後の、一句、言葉が
           あるように。
           何か、いい残されていないだろうか?

           (  一部分だけに、いたします  )
           (  尊敬し過ぎて、問題になったら、、) 
           (  迷惑かけたり、失礼になったり、
           (  しませんように。   )



       「   いつも
           これが最後と
           おもってかいてます
           、、、、、、、、、
           、、、、、、、、、
           、、、、、、、、、    」


        「  、、、、、、、、、、
           、、、、、、、、、、
           、、、、、、、、、、、
            ぼくの人生喜劇
            シリーズ
            ついに全巻の終り
            、、、、、、、、、、
            、、、、、、、、、、
            、、、、、、、、、、  」

        「       天命
            、、、、、、、、、、、
            、、、、、、、、、、、
            、、、、、、、、、、、
            もはや
            無駄な抵抗はせぬ
            ゼロの世界へ
            消えていくでござる
            、、、、、、、、、、、、
            、、、、、、、、、、、、
            、、、、、、、、、、、、    」


   保育園、幼稚園の世界から、
 「  アンパンマン 」が、いなくなる事は、
 ないでしょう。  永遠です。

   まことに、
  ありごとうございました。

 <     やなせ  たかし 様 
   
   ゼロの世界は、無限の世界です。
   消えませんよ。 

   消えてませんよ。
   
   かがやいてまーす。

             残月   合掌    >


     本日は、これにて 失礼いたします。
  よき 一日で ございますように。
  この命と、この心を、活かせますように。
  この手と、この足を、活かせますように。
     そして
     前進と感謝を、忘れないように
               したいです。( 小生 ) 


    「  手のひらを  太陽に  」
                やなせ  たかし  作詞

1  ぼくらは  みんな  いきている

  いきているから   うたうんだ

  ぼくらは  みんな  いきている

  いきているから   かなしいんだ

  てのひらを   たいように   すかしてみれば

  まっかに ながれる

  ぼくの ちしお

  みみずだって おけらだって あめんぼだって

  みんな  みんな  いきているんだ

  ともだちなんだ


2  ぼくらは   みんな    いきている

  いきているから   わらんだ

  ぼくらは   みんな   いきている

  いきているから   うれしんだ

  てのひらを   たいように   すかしてみれば

  まっかに  ながれる

  ぼくの  ちしお
 
  とんぼだって  かえるだって  みつばちだって

  みんな  みんな    いきているんだ

  ともだちなんだ




       小学校の校庭を思い出します。
   みんなで、うたったような気がいたします。
   手のひらを  太陽に  すかしてみました。

    みなさま方も、きっと、なさられた事でしょう。

       校歌を、思い出しました。
    (  長崎県 五島列島  福江小  です  )

     さきほの みずは   てーむす の 

     きしに  かよいて  せまき  よぞ

     しせいのかじを   ひとすじに

     まなびの うみ   わたりなん。


      「    学校の近くの岸の< 水 >
         英国のテ―ムス河の岸に
         通って  狭い世である

         至誠( 自分を、人を、物を、
            ( ごまかさない
            ( 大切に する 心 )
            ( 人間の 真心、本心 )
            ( 仁< じん >
            ( 自分勝手、独り善がりしない心
            ( 共感、共存、慈悲の心、
      
             の心、気持ち、態度を
             舵( かじ 、進路をきめる道具 )
             として、

             学び海を  渡ろうーよ。  」

          確認してなくて、独善の思い込みを、
          あるかもしれません。( 笑 )( すみません )
          二番は、  文化と歴史と 存じます。

         < おおちが >という、古い島の呼び名が
          でてきます。

          当時は、意味などわかりません。( 笑 )
          今、改めて、文字にしてみると( 誤謬でしたら
          どなたか、御教えくださいませ  )
          すばらしく感じます。

          皆様方の小学校の校歌も、
          きっと、すばらしい内容の事と存じます。
          先人、先祖の方々に、
          私たちは、日々感謝しなくてはなりません。


          『  報恩  謝徳  』  ほうおん  しゃとく  。
          この言葉を 味合いますれば、
          どんな混乱、混沌、葛藤、矛盾、無秩序でも、
          <  道  >は、見えてきます。
          <  光  >が、さしてきます。

          過去に、先人に、誠実に 向き合えば、
          明日、未来の道は、拓かれる( 開かれる )
          気がいたします。



   駄弁になってしまいました、
     やなせ  たかし様 に感謝しつつ、
        今、この世にいる私たちも、
            至誠の舵で、人生の荒海を
               渡りきりたく存じます。
                  共にでございます。

                       残月    大合掌


   <  校歌の言葉
         (  しせい  )を  姿勢と
          ズート 思っていました。( 大笑 )
            今度、帰省しましたら、
              調べます。( 笑 )    >

  <   世界中の 子供たちが

           みんな  みんな

           たのしく  がっこうに

           いけますように  。   >

   <  大人は  子供たちを
         守れるような、
           町を、 村を
             作らなければ。

              日本においても。

       大人の子供たいする
       『  悪意  』 は、徹底して無くさなくては
       ならない。  「 悪縁 」の 最悪です。  >


      よき  一日でございますように。
      清き光が  広がり  ますように。
                   失礼いたします。


   アンパンマン  は 世界一弱い ヒイローといわれます。
 幼稚園児のスクールバスでのことでした。

   年長の女の子たちが、話していました。
 「  アンパンマン は 弱いから きらい。
      プリキュア がいい。  」
 「  わい  わい  ガヤ ガヤ ・・・  」

    すると、一人の女の子の弟が
  ぼそっと、いいました。( 3さい )

 『  ぼくは  アンパンマン が  すき 。 』

   いつも、何も言わない子が、、、。
 女の子たちも、びっくりして、シンーでした。( 笑 )

  その時の、情景が、ほほえましく思い出されます。




   正義・大義を ふりかざし、
「 ちから 」で、まわりを、さからうものを、
          反抗するものを、 敵 てき  を
        おさえつけるのが、

        世の常、
        わたしたち人間の所業です、
        いつも、やることです。
        身近な日常に おいても。

   やなせ 様 は、先の戦争の経験者です。

   「  正義  」 とは 何か?
   なやみ、考えつづけていたそうです。
        色々 ある。
        、、、、、、、、、

        だから、結局、
    『  ひもじい人に、パンを( たべもの )
      を あたえる事が、 正義では ないだろうか  』
      と、思われたそうです。


     アンパンマン が  自分の顔のパンを、
   ちぎって 人に あたえる事は、
   正義、ただしさ、いいことを  行うことは、
   自己犠牲、つまり、自分の何かをあたえる事、
               自分を なくす事
               自分を ささげる事  
            しめしているそうです。

  「 正義と自己犠牲 」  なるほど

   ふつうは、
  「 正義と自己拡大 」 そして、『 自己肥大 』です。
   正義の実践は、。 ( 笑えない )

  『 自己肥大 』 は、『 自己肥大 』 どうし、
  世の常、 ケンカ、 争い 、、、、です。

   このことを、楽しむ人もいます。
   (  理念なき 政治 )とか( 道徳なき  商業 )も
   そうなりがちです。


     とにかく、 世の大人の意に、反して、
   「  アンパンマン  」  は 、ヒット しました。
   大 ホームラン です。( 作者自身も 想定外 )
                 ( 笑 )
   
    おかあさんたちが、
   「  安心して  見せられる  」 とのことです。

    やなせ  様 は 『 母親の子育てを手助けしたい 』
   という、思いも  強くおもちでした。
    この事も、成就されました。  すばらしい。

                     つづき  ます

   明日は、「 手のひらを  太陽に 」を味合います。
             やなせ  たかし  作詞


 < 「 ゲ ゲ ゲ の 鬼太郎 」の作者
      水木  しげる  様 も

      先の戦争体験者でした。  >

<  国民作家といわれる、
      司馬  遼太郎  様 も

      先の戦争体験者でした。  >

<  御三方  みなさま 、
     戦争という、つらい、
       『 悪縁 』を、体験なされています。
       (  殺し  殺され の世界  )
       (  命 の 奪い合い  )
       (  首 の 取り合い ) >

<   そうか、悪縁が へって行く事が、
       社会・世界の発展なのか、
         今、気づきました。   >
       ( おそいぞ  道忠 )( 笑 )
       (  笑えない ) ( 反省 )


    飛びつつ   失礼いたします。
 よき 一日で  ございますように。

    

    昨日の新聞によりますと、
 幼稚園児・保育園児に、大人気の、
「 アンパンマン 」 の作者・父である、
漫画家  やなせ たかし 様が、お亡くなりに、
なられたようです。
  衷心より、御冥福をお祈り申し上げます。

 <  13日 午前3時8分 心不全  94歳  >


 『    アンパンマンのマーチ   』  を、
以前、ブログにて、味会わせていただきました。

  今朝も、先生への追悼として、
 皆さまと、再読いたしたく存知ます。


 1    そうだ
      うれしいんだ
      生きる  よろこび
      たとえ  胸のキズが いたんでも

      「  何のために  生まれて
         何をして  生きるのか
         
         答えられないなんて
         そんなのは  いやだ   」

      今を  生きることで
      熱い 心  もえる

      だから  君は  行くんだ
      ほほえんで

      そうだ
      うれしいんだ
      生きる  よろこび
      たとえ  胸のキズが  いたんでも

      ああ  アンパンマン
      やさしい   君は
      行け   みんなの夢   まもるため


  2    「  何が 君の しあわせ
          何をして  よろこぶ

           わからないまま  おわる
           そんなのは   いやだ    」

        忘れないで    夢を
        こぼさないで  なみだ
        だから   君は   とぶんだ
        どこまでも

        そうだ
        おそれないで
        みんなのために
        愛と 勇気だけが   ともだちさ

        ああ  アンパンマン
        やさしい   君は
        行け   みんなの夢   まもるため

        <  時は  はやく  すぎる

           光る星は  きえる  >

        だから   君は   行くんだ
        ほほえんで

        そうだ
        うれしいんだ   生きるよろこび

        たとえ
        どんな  敵が  相手でも

        
        ああ   アンパンマン
        やさしい   君は
        行け   みんなの夢   まもるため




 ・ 私たちは 「  生きる  喜び  」を、体得実感
         しなくては  なりません。

         「  生きる 喜び  」を、
         まわりの人々に
         伝えなければ なりませんね。

          幸福の 和 が 広がります。

          心  も  熱く 燃えます。
          愛と 勇気が  友達と いえます。

          胸のキズ
          腕のキズ
          足のキズ
          頭のキズ
          腹のキズ
          顔のキズ
          、、、、、、
          、、、、、、
          、、、、、、、  傷んでも。

          傷んでも、痛んでも、
          「  生きる  喜び  」を つかむ。
           何歳であろうとも、
           100歳であろうとも、
          <  喜び  >を、  高め、深め、広める。

          私たち、人間の仕事です。
             ( 給与も  報酬も  ないですけど  )( 大笑 )
             (  だから  ほんとうの  仕事です )



    やなせ  たかし 様に  大感謝しつつ
                   残月   合掌


<   そうなんだ  夢とは心  そうなんだ
        みんなの夢は  
             みんなの心     >

<   喜びは  心にめざめ  生きること
       東西南北  自由自在    >

<   喜びは  心しずかに  今ここで
       全てを愛す  気持ちかな   >

<   喜びは  この世の涙   消えること
         悲しさ辛さ
           苦しみ痛み     >

     飛びつつ   失礼いたします。 

        

10月16日(水)  悪縁  9

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     関西は、今、台風が通過する頃でしょうか?
  でも、妙に静かです。 もう、大分、東海から関東へ
  向かっているのでしょうか?

     ヒマラヤ山脈があるから、遠い日本に
  梅雨があるように、全世界が一つにつながっている
  は明白です。  この10月の台風も、地球温暖化の
  影響なのでしょうか。  
    「  あつさ、さむさも、御彼岸まで  」
  小生が、唯一の如く、信じていた≪  真理  ≫が
 崩壊したのが、この秋でした。 ( 大笑 )( 笑えない )


  「  全世界が一つにつながっている。  」

  「  私は、 全世界に  つながっている  」
    いえ、
  「  私は、 全世界に  守られている  」
    いえ、
  「  私は、 全世界に  養われている  」
    いえ、
  「  私は、 全世界の  御子( みこ ) 」  。

      悲しさ・苦しさ多く、
    心は、なかなか、休まらない世界です。
   でも、全世界・地峡・いえ宇宙の≪  御子  ≫
  と、考えると、 ありがたい事でございます。
     まさに、漢字で表せば、
   <  有難い  >ことでございます。

  『  私は、 宇宙の 御子  』
    アニメの世界みたいです。 ( 笑 )
    でも、真実です。

    そして、
  『  どなたも、 みんな、
       尊い  宇宙の御子  』  。


     この言葉、この真理を、
  理解し、実感し、体得し、日々の生活で
    味合い、実践したいもので ございます。


  <  脱線してしまいました。  すみません。  >



    一休禅師の  言葉です。

    『   じい様  が  亡くなる。
        ( あなた )
        
        親が、亡くなり、
        そして、
        子が、亡くなり、
        そして、
        孫が、 亡くなり
        そして、
        ひ孫が、 亡くなる   』

      親は、じいさま の子のことでしょうか、
      自分自身のことか、
      世間の家族のことでしょうか?
      一般的真理です。

      とにかく、
      順番に、亡くなって行くことは、
      めでたい事なので、ございます。

      亡くなることは、人の定めです。

      子どもが、先に亡くなる事は、
      悲しさ苦しさの極地のような気がいたします。

      この悲しさ苦しさを< 逆縁  ぎゃくえん  >
      と  表現しています。



  駄弁ですが、敬と愛をこめて
            残月      合掌


 <   父母に  逆縁ありて  われありき   >
                        残月


          失礼いたします

      
        
      昨日の、文章を読む、5分とかからない。
    90分くらい時間がかかっているのに、ほんの数分。
   書くのが、遅いのでしょうが、18倍とは笑ってしまいます。


     昔むかしのお話です。( 皆さま、御存じかも、、、)

   ある人が、御正月を迎えるにあたって、
 かの一休禅師に、何か御願に行きました。

   「  和尚さん、何か、
    おめでたい御言葉を、書いてくさいませ 」

   「  そうか、 そうか、
    めでたい言葉か、、、、。   」

    なにやら、スラスラ、筆を動かしています。

   「  できたよ  」

    いただき見てびっくりしました。
    いえ、怒りこみあげて来ました。
    えらい坊さんと、いわれていわれているのにと、
    年配のおじいさんは、カンカンです。

   「  なんで、こんな ひどい言葉を
     めでたい 御正月に  飾れますか 。  」

   「  いや、いや、  これほど、
    おめでたい事は、ないのだよ、
     考えて、ごらん   」

   「  皆目、わかりません。 
      考えるだけでも、ぞーと、します。
      あー、ナムアミダーーー 」

    われらが、一休さんの書いた言葉、
   こうでした。

    『   じじ  死ね
        親  死ね
        子  死ね
        孫  死ね
       ひ孫  死ね   』

    なぜ、  めでたいのでしょうか?
    <  死  >が五つもあります。
          ( 数に関係ありません )( 笑 )

        この  つづき は明日にいたします。
           考えてみて 下さいませ。


   一休宗純 禅師に  敬愛の念をこめて。
               残月    合掌


<   友人の4・5畳の 部屋。
    45リットルの50個のゴミの海。
      いえ、海と山。

     体力だけでなく、まさに、
     心力が、必要でした。

     わきあがる( 感情 )( 思い )を、
     消し続ける 「 ちから 」 です。( 大笑 )

     思えば、
     大悲閣・千光寺での、最初の仕事は、
     掃除は、当然ながら、
     ゴミ出しの日々でした。
     
     今回でも、痛感いたしましたが、
     小生、一番ありがたいと思っている
     お仕事は、
     清掃局の仕事です。
     拙僧は、街で御車を、見かけるたびに、
     心の中で、合掌しています。
     ( すみません 、 ありがとうございます )
     の気持ちで、いっぱいです。

     こころから、感謝申しあげます。    >

<  美醜 一如 、  善悪 一如 。

    「  秋がくる
          生死 一如 は 
                心 なり  」  残月   >

   飛びつつ    失礼いたします。  



      毎朝、 <  悪縁  >という言葉を思い、
    文字に表わしていると、<  悪縁  >が友人の
    ように感じてきました。 ( 笑 )


      もし、御読みいただいてる御方が、
    いらっしゃいましたら、お許しくださいませ。
   (  心を 強く  )おもちくださいませ。( 笑 )
   つまり、外界、自分以外に、
   振り回されないで、くださいませ。( 笑 )
   (  ふりまわされそうー、あまさに、にがみに )
   (  大笑い  )(  笑えない  )


      ここでも、<  善悪  ><  よしあし  >
    が、出て参ります。
    (  < いい > 外界、自分以外、環境  >と
    (  < 悪い > 外界、自分以外、環境   )です。


     一番、近い、< 外界 >は何でしょうか?
    やはり、「 ことば 」 でしょうか?

    (  悪  )を  (  善  )に、変化できない時、
   「  悪いことば  」は、 見ても聞いても、いけない。( 笑 )

     私たち人間は、< 外界 >と一つになりながら、生きてます。
   <  外界、自分以外、環境、異物 、他者  >と
   ≪  一如  いちにょ  ≫で、  
    生命をうけ、いただき、
    生存し、させていただき、
    生活し、させていただいて、います。

    「  生命  」 「  生存  」 「  生活  」と
    3つに、わけて思考すると、
    自分自身が、つかみやすくぞんじます。

   
    とにかく、「  ことば  」が、大切です。
    だから、<  教育  >が重要です。
    先日、アフリカから帰ってこられた恩人の御子息が
    しみじみ、おっしゃられてました。

    現代日本人は、大人は、
    < 学び方 >が、大切です。
    (  試験のためでない。  人生の学問  )
    (  生命の学問 です 。 )

    < 修身 >< 修養 ><  平  天下  >
    <  いい人間、お日さまに恥じない人になり、
    <  天下のために、  世のために  つくしたい
    <  花鳥風月 を たのしみ
    <  多くのひとびとと、
    <  身近なひと
    <  ご家族は、いても、いなくても、( 空です )
    <  小鳥に、蟻に、とんぼ。
    <  わずかな友と
    <  縄文人の心で、 現代を生き抜く。。
    <   たいへんだー
    <  10万年以上を  学ばなければ
    <  縄文の 心  とは ?


      とりとめが、なくなりました。
    まとめ として  「  いい言葉  」に
    たくさん  ふれたい。  聞きたい。
      学びたいもので、ございます。

      人類の歴史は、宝庫です。
    とくに、日本語の世界は、先人先祖のおかげで、
    翻訳がよくされているようです。
      活かすのは、子孫です。 生徒・学生・
    書生・(  死ぬまで、向上ですから ) 老書生です。
     私たちで、ございます。
        おごりをすて、
        けんきょに、
        すなおに、 
     いつまでも、学びたいもので、ございます。



    だらだら、駄弁になりました、されど、
       敬と愛を  こめて。

                   残月    合掌


<   われわれに   一番近き   ものは何 ?
        言葉 たべもの
          おとうに  おかあ    >

<   なにを聞き   なにを語るか   この私
       よしあしも無く
          風に まかすな    >

<   食べ物が  すべての日々を   おくる人
       青い空すら   悲しくつらし   >

<   長年の   体に付きし   油かな
       しぼりにしぼる
          なかなか出ない     > ( 笑 )

<   何を食べ  何を求める   この口さん
       おいしさ  まずさ
          心  動くな   >


    走りながら、 失礼いたします。
         
          

    結局、大切な事は、
  <  善悪  >に、引きずられない事かも知れません。
  < よしあし >に、振り回されない事かもしれません。
    やはり、
  <  損得  >に、こだわりすぎない事かもしれません。
  <  有無  >に、気をとられすぎない事かもしれません。


   時々、語らせていただいた、
 ≪  般若 ( はんにゃ )( 智慧 )( 仏心 )( 慈悲 ) ≫
が、とても重要であるという事が、再認識されます。

 1  どっちでも、無い。
 2  どっちでも、有る。
 3  これだ。
 4  それだ。

        決めつけない、
        思いこまない、
        柔軟に対応する、
        あらゆる物事人を、活かすために。
        やさしさです。

    1 と 2 と 3 と 4  が、全部で、< 空  くう  >
      と、いいます。 表現します。
        <  空  >の( はたらき )は、

         (  慈悲  じひ )そのもので、

           (  仏  如来  菩薩  法  )の

               あらわれとも、もうせます。


          私たちは、(  決めつけられています  )
                 (  思いこまされています  )
                     家族から
                     親戚から
                     友人から
                     故郷から
                     学校から
                     会社から
                     仕事から
                     社会から
                     組織から
                     国家から
                     、、、、、、
                     、、、、、、
                     、、、、、、


           で、ありますので、
                 (   決めこみ  )
                 (   思いこみ  )を
    やめる、こくふく、ちょうえつ、じゆうになる、げだつする事は、
         とても、困難です。
         でも、困難に挑戦するのが<  修業  >です。

         逃避でなく、嫌悪でもなく、放棄でもなく、
      あらゆる人物事と、 共存共栄( 理想すぎる ? )
                  ( 淡き交わりでいいのです )
          するために、
         「  見方を変えるのでございます。  」


     ≪    第三の目玉を、持つこと   ≫です。
         これが、いいです。
         般若とか仏知見とか、、、、、、いうより。( 笑 )




         とにかく、般若・空は、
        車を運転する時( オートでない )の、
        ニュートラルの状態に、にています。
            はじめであり、おわりでもあります。
            0 ゼロ だから、 1 2 3、、と
            変化できます。
           (  事故・エンスト 以外です  )( 笑 )
            0  を  活用  まさに
           心  の  活用です。
           0  が  ∞  ( 無限 )と気づく時、
               、、、、、、、、、、、、、、。


                      つづき     ます


    駄弁ながら、敬と愛をこめて

                 残月     合掌

<   第三の  目玉はどこに  あるのやら
         目を閉じ一人
           静かに 坐る    >

<   第三の  目玉でものを   見てみれば
          なにがなんだか
             わかりやしない   >

<   手のひらに   足の裏かも   知れないぞ
          頭の上か  背中の上か  >

<   身体の  上じゃないかも  知れません
          あなたの 目玉
            センセの 目玉     >

<   印度では   眉間に一つ   あるそうな
       中国日本   兄弟同じ ?  >


       よき一日を、 失礼いたします。
               
       以前、運命について、御話した事が、
 ございました。
  「  運命を、決定するのは、自分の行為である。 」 と。


   先人曰く、『  運(  うん  )は、とんでいる。
           その人の業(  ごう  )に、あうものが、
          ピタリとふっつくのである。

             悪運も、善運も、
          その人の業しだいである。
         業とは、行為(  おこない  )の
           積み重なりである。

          悪をさけ、善をなすべし。

          積善( せきぜん )こそ、すべて。   』


          悪運を<  悪縁  >と、考えられます。
          善運を<  善縁  >と、考えられます。

          <  悪縁は、善縁に、変化する  >
          <  善縁は、悪縁に、変化する  >

          ≪  変化させる力( ちから )は、
             その人の行為である。

             行為は、3つある。
                 1  身体
                 2  言葉
                 3   心

           1 は、 よくわかります。
                 よい事をする。
                 人と仲良くする。
                自然と助け合い
                いたわりあい
                、、、、、、、、、
                と、なります。

           2 は、言葉は 大切です。
                いうまでも、ございません。

           3 は、  本当は、一番大切です。
                目に見えません。
                でも、現われます。
     
                態度に、姿勢に、雰囲気に
                言葉に、発音に、音色に、
                行為に、おこない、手の動きに、
                、、、、、、、、、、、、、、
                、、、、、、、、、、( 反省です )(笑)
                        ( 笑えません )

                <  善念(  ぜん ねん )  >
                の、大切さ。

                その人とは、
                何を 思って いるのか?  です。

               < いい思い >
               < わるい思い  >があることは、
               だれでも、御存じです。

                <  いい思い  >を
               もちやすくするために、
               ≪  修業  ≫は、存在するのかも、
               しれません。




               しかし、まちがいやすい事があります。

               なにか、悪い事が起こると、

               すべて、その人の<  おこない  >の

               せいに、する事です。

               人生は、そんなに、単純では

               ございません。( 若僧が、わかったように、
               いってます。  すみません。   )


               100年前、日本人の行為によって、
               いい事も、わるい事も、生じます。


               60年前の、祖父母の行為が、
               その 善悪が、わたしたちを、
               支配する事も、当然ございます。

               10年前の  「  あの 言葉  」が。
               、、、、、、、、、、、、、、
               、、、、、、、、、、、、、、

               ただ、『  神仏  』を 信じて、
               ただ、清き光を 信じて
               ただ、善念を  信じて( どなたかの )
               ただ、大きな  やさしい  何かを、
               ただ、 偉大な はたらきを  信じて
               ただ、 お日さま  お月さまを
               ただ、 お花の うつくしさを  感じて
               ただ、 あたたかな手を  信じて


               かならず、
              <  自分はできなくても、 >
               何かは、たえず、はたらいてます。

               すべての≪  悪  ≫を≪  善  ≫に
               変えて行く、≪  はたらき  ≫があります。

               ともに、それを、何かを、
               感じながら、
               その流れに そいながら、みちびかれ、
               大変な、 悲しみ  苦しみ 多い、
               人生を  生き抜きたいもので
               ございます。

                            つづき  ます

     駄弁ながら、敬と愛をこめて
                          残月   合掌


<   先人曰く、
   
      勝縁( しょうえん )( とても よい 縁  )
        あふれる  至誠心( とても  誠実な心 )。

        誠実とは?         >


      飛びながら   失礼いたします。



   私たちの理想は、
 
 「   <  強い  心   >と、

    <  自由な  魂  >を持ち

    <  やさしい  愛  >の人間になる。  」

   こと、かもしれません。 ( ちがう、という お声 )
                  ( 笑 )( 笑えない )

  
      世界の現状から、考えるならば、
          人間の目的・理想とは、

       <  今日・明日の  食べ物  >

       <  雨・風・日差しを、さける場所  >

       <  寝る、安心して寝れる場所  >

       <  仕事が、あること  >

       <  病人が  治療できる事  >

       <  子供たちが  学校に行ける事  >

       <  清潔 な  水が ある  >

        、、、、、、、、、、、、、、、、、

        、、、、、、、、、、、、、、、、、

        、、、、、、、、、、、、、、、、、

        、、、、、、、、、、、、、、、、、、

        、、、、、、、、、、、、、、、、、、


        基本的問題の解決が、なされてない。
      世界の現状です。


        <   強い   心   >も
        <  自由な  魂   >も
        <  やさしい  愛の人 >も、

        大切で、重要ですが、

        大きな声で、語れない。



      (  小さな声で、御話いたします  )( 笑えない )


   「  ≪   強い  心   ≫とは、 何か?  」


     <  悪縁 を  善縁 に、変えれる事  >

     <  変化し続ける( 物事人 )に  おいて、

        善縁を、たもてる 事   >。


       ≪  悪  ≫を、≪  善  ≫に、変化させる事は、
       とても、
       むずかしい、
       強くないとできない、

       だから、なるだけ、
       ≪  悪  ≫に、近づかない事
       ≪  悪  ≫を、遠うざける事。

       本当は、≪  悪  ≫の<  苦しさ  >
                        <  悲しさ  >を、
             理解できる
             心の大きさ、深さ、つまり、
             心のやさしさが  必要です。

       成長の過程においては、
       教育の上においては、
       福祉の配慮においては、

       十二分の、考察が必要だと存じます。

     『  善も悪も  無いと、言い切れて、
     それを、実践できるように、なりたいもので、
     ございます。 』



   駄弁ですが、敬と愛をこめて、
     <  強い  心  >をもつために。

                  残月    合掌


<   昨日  知人・友人の部屋から、
      ゴミを、45リットル袋 20個
       だしました。

        畳が、腐っていました。
      彼は、その部屋で、この酷暑の
     夏を 過ごした。

        もっと早く、もっと早く、
       部屋に入り込むべきだった。
         深く、反省しています。   >


<  真空と光 の関係は、
      物理の世界も、心の世界も、
        同じなのでしょうか?   >
          (  ノーベル賞から  )

        失礼いたします。
         


      

  <  悪縁も 善縁も > 、幻( まぼろし )であれば、

  <   苦も  楽も  > 、幻( まぼろし )であれば、

  <  この世の中の物事も > 、幻( まぼろし )であれば、

  <  この世の中の自分も > 、幻( まぼろし )であれば、


   つまり、

  <  善悪も  苦楽も  > 有るようで、無いのであれば、
                    無いようで、有るのであれば、
          つまり 『 空 ( くう ) 』といえるのである。

          だから< 善悪 >からの、解放であり、
          だから< 苦楽 >からの、解放である。

          そして 『 私( 我 ) 』 は、救われた。


  <  物事も  自分も  > 有るようで、無いのであれば、
                    無いようで、有るのであれば、
          つまり 『 空 ( くう ) 』といえるのである。

          だから< 物事 >からの、解放であり、
          だから< 自分 >からの、解放である。

          そして 『 私( 我 ) 』 は、救われた。



   全ては、幻( まぼろし )である。

   全ては、空(  くう  )である。

   
   だから、
   
   一輪の ≪  花  ≫の  まぶしさよ。
   一時の ≪  笑顔  ≫の  うつくしさよ。
   一語の ≪  ことば  ≫の  やさしさよ。
   一手の ≪  しぐさ  ≫の  かがやきよ。
   一足の ≪  前進  ≫の  いさましさよ。
   、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、


   なんという、うつくしさ、やさしさ、よ。
   ありがたい。  ありがたい。  ありがたい。

   

      でも、
     しかしながら、
   ある友は、怒る。
   ある友は、叫ぶ。
   ある友は、ののしる。
   ある友は、許せないという。
   ある友は、目をいからせる。
   ある友は、大声をだす。
   ある友は、手をふりかざす。
   ある友は、物をなげそうだ。
   、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、


   すまない、本来の≪ 友 ≫の姿ではない。
   私が、私たちが、
   <  怒らせて  しまったのである  >

   ≪  友  ≫よ。
   あせらない で ほしい。
   時間を 信じて ほしい。
   ゆつくり できない でしょうか?
   小さい事を  積み重ねながら、
   待ってほしい。

     ある物事を
     ある時間を
     ある人物を
     、、、、、、、、、、、、
     、、、、、、、、、、、、
     、、、、、、、、、、、、を、

     大きな心で、見れないで、
     苦しんでいる友が、
     数人います。

     悲しんでいる≪ 友 ≫もいます。

     ≪  友  ≫よ 。
     ≪  ともだち  ≫よ。



   駄弁ながら、敬と愛をこめて、祈りとともに。
                 残月     合掌


<   あらゆる  人が
        物が  事が、
           調和されますように。  >

<  心と体も  調和されますように  >

<  よき一日で  ございますように  >

           失礼いたします。



                
     『  悪縁  』  は  無い。
     つまり、
     『  悪縁  』  は  『  善縁  』 に 変わる。

    
     『  善縁  』  は  無い。
     つまり、
     『  善縁  』  は  『  悪縁  』 に 変わる。


     『  悪縁  』  であると  決めつけれない。

     『  善縁  』  であると  決めつけれない。



     ならば、
     この <  苦しみ  >は  何なのか?
     この <  悲しさ  >は  何なのか?

     ならば、
     この  <  楽しさ  >は  何なのか?
     この  <  喜び  >は  何なのか?



  <  苦しみ・悲しさ  >は<  楽しさ・喜び  >に 変わる。

  <  楽しさ・喜び  >は<  苦しみ・悲しさ  >に 変わる。


  ならば、
  であるならば、

  この世の事は、<  幻  まぼろし  >なのか?

  この世にある自分は、  <  幻   まぼろし >なのか?

  ≪  幻   まぼろし  ≫ である。


  
  この世の事も、自分自身も、
 <  変化  >する。
 <  変化  >し、つづける。
 <  変化  >は、とまらない。

  それくらい、
  この世も、自分自身も、「 大きい 」 。

  『  大きい  』 ゆえに、< 変化 >する。

 (  決めつける事  )は できない。
 <  変化  >するから。
 <  大きい  >から。
 だから、
 ≪  幻   まぼろし  ≫なので 、ある。



    自分が感じる、
  この< 苦しみ >< 悲しさ >
     < 楽しみ >< 喜び >は、何なのか?

  ≪  幻   まぼろし  ≫ ならば、
  どのような、意味が、あるのでしょうか?

  いったい、ぜんたい、
  何なのだろうか?

 『  生きる  』 とは  どういう事なのか?
 『  生きつづける 』 とは  どういう事なのか?


 ≪  善悪 そして  苦楽  ≫は 存在せず、
 ≪  善悪 そして  苦楽  ≫は < 幻 >ならば、
 どういう事なのでしょうか?


                     つづき   ます


  駄弁ながら、敬と愛をこめて
                     残月    合掌


<  清き光が  あまねく  広がりますように  >

<  この世の   悲しみ  苦しみが
       少しでも  へりますように   >

<  幼き子らや  御年をめされた方々が
      大切に  されますように   >

<  結果をもとめすぎて、
      早くもとめしぎて、
         苦しめ合わないように  >

<   地上の 100年は
       宇宙の 1秒以下  >

<   まちがい ・ てちがい ・ かんちがい
      を  あまり  しませんように  >(小生が)


      失礼いたします、よき一日を。





     昨日の 続きです。


   世の中には、いい出会い
           わるい出会いがあるのでしょうか?

   世の中には、いい出来事
           わるい出来事があるのでしょうか?

   世の中には、いい物
           わるい物があるのでしょうか?

   世の中には、いい人
           わるい人がいるのでしょうか?

   世の中には、いい場所
           わるい場所があるのでしょうか?

   世の中には、いい時
           わるい時があるのでしょうか?



   あるようで、ない。
   けれども、
   ないようで、ある。


   いい出会いのようで、わるい出会い。
   しかし、
   わるい出会いのようで、いい出会い。

   いい人のようで、わるい人。
   しかし、
   わるい人のようで、いい人。

   いい物のようで、わるい物。
   しかし、
   わるい物のようで、いい物。

   、、、、、、、、、、、、、、、、

   、、、、、、、、、、、、、、、、

   、、、、、、、、、、、、、、、、



   つまり、どういう事なのでしょうか?

   いいかげん、
   あいまい、灰色、どっちつかず、
   定見なし、思いつくまま、
   懐疑( かいぎ )
   虚無( きょむ )
   気のむくまま、人まかせ
   力まかせ、世間まかせ、
   流れのまま、風まかせ
   惰性( だせい )
   慣性( かんせい )
   しったことか、
   運まかせ
   宿命のまま
   業( ごう )に、引きずられる
   クセまかせ、
   思考停止、判断停止
   かんがえの、放棄
   はんだんの、放棄
   自暴自棄( じぼう じき )
   自分を すてる、ほうきする。
   自縄自縛( じじょう  じばく )
   自分を自分で 苦しめる
   固定観念( おもいこみ )
   色メガネ( 先入観 きめこみ )
   優柔不断( ゆうじゅう ふだん )
   無責任( むせきにん )
   自己中心、エゴイスト
   勝手気まま
   傲慢( ごうまん )
   、、、、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、、、、


   使命感なし
   愛情なし
   気がい なし
   神なし、仏なし
   先生なし
   謙虚さなし
   友人なし
   責任なし
   大きい心なし
   、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


   法律の世界の「 いい 」 「 わるい 」は
   明確です。 「 いい 」 「 わるい 」を
   あえて、
   私たちのために、( 決定 )したもので
   しょうか?  社会として、共同体として、
   国家として、国際世界として。
   おそらく、そうでしょう。
   ( 決定 )しなければ、ならないくらい、
   私たち人間は、
   <  あいまい  >で、<  くせが強い  >
   のでしょう。


   日常生活における「 いい 」「 わるい 」は
       わたしたちの、
       自分の≪  こころ  ≫です。
       ≪  こころ  ≫しだいです。

     『  悪縁  』 は、無い。
     つまり、
     世間でいうところの、
     『  良縁  』 も、無い。

     悪縁が、良縁に、かわる。 
     良縁が、悪縁に、かわる。


     つらい出会いで、成長もし
     あまい出会いで、堕落もする。

     マイナスをプラスにした、
     スポーツ選手は、強い。

     逆境から、< 龍 >は出てくる。

     辛苦を味会ってこそ、人になる。

     何故、仏教では、< 蓮華 れんげ >
     を、大切にするのか?
     人間成長の 象徴・シンボルとするのか?
    (  かんがえ、かんじ、たいとく、)
     したいところで、
     ございます。


               つづき   ます



   駄弁ですが、つよく、やさしい心を
       もつために。  敬と愛をこめて。
                残月     大合掌


<   やさしさと  つよさにまさる  ものはなし
        ひとのたからぞ
           まいにち みがく    >

<   ころころと  かわるがゆえの  こころなり
        かえよ こころを
          かわる  こころぞ   >

<   よしあしに   ひきずられゆく  こころなり
          よしあしはなれ
             しばしやすめよ   >

<   よしあしの  なきせかいをば  しめさんと
          みほとけいずる
            ありがたきかな   >


      駄歌です、恥ながら    失礼いたします。
          

    昨日、毎月第一日曜日に開催している
 < 法話の会 >に、70歳くらいの御方が参加
されました。  歌劇団で有名な兵庫県宝塚市の
男性です。  パソコン関係の御仕事で、この業界
の御方が、大悲閣千光寺客殿の大改修をなさられた
という事も御存じでした。


   ありがたい男性で、ございます。
「 嵐山 観音菩薩会 」を作りたい、つくりますと、
以前、このブログに書かせていただいきました。

   正式に発足いたしていませんが、
今、40代の女性と昨日の70代の男性が、入会
したいと、おっしゃつてくださっています。
  心つよくなりました。


  良い仲間を持てることは、
良い人間関係を持てることは、
良い出会いを持てるということは、
良い触れ合いを持てるということは、
良い語らいを持てるということは、
良い時を持てるということは、
  人生の全てである。


   いい会を作りたいと存じます。
 御助言・アドバイスいただきたく存じます。



   御案内です、敬と愛をこめて
            残月   合掌



 <  逆縁(  ぎゃく  えん  )も、   
       もあります、
          悲しい出会い
          苦しい出会い
          いやな出会い
          悪い出会い
          、、、、、、、
          、、、、、、、
        人生、たくさん、いっぱいです。
            山のように
            海のように

        逆縁に、大いに学びます。
             よく学びます。
        でも、その前に、
        良縁で、自分をつくるべし、
            でございます。     >


    飛びつつ    失礼いたします。
   <  とこわか  >なんとも、いいがたい響きが、
  ございます。  漢字にすれば<  常若  >、
  意味がすぐにわかります。

   誰もがもとめる、普遍的価値の一つです。
    ( いえ、全てかな?   笑  )
 < 常に若い >いつも元気ハツラツ、いつまでも美しい、
 老化・劣化しない、< とわ >永久、永遠、無限、悠久。

   「  ひろがりて  さらにひろがる  わがこころ
         われらがいのち   とわのわれかな  」

      で、ございます。( 脱線してしまいました )


   三重県の伊勢神宮において、
 1300年続いている行事が、厳修なさられているらしい
 です。 この行事をささえる< 思い >< 心 >
 < きまり >< おきて >< 精神 >< たましい >
 < 原理 >< ちから >、、、、、、、、、が、

   ≪  とこわか  ≫なのだ、そうでございます。
 すばらしい、実に、すばらしい。 なかなか、
 できない事のような気が、いたします。

   「 20年に1度、社殿を、全て、新しくする 」
  行事を、数年かけて、なさっている。 この事実。


  ≪ 常に みずみずしく若がえり  永遠をめざす ≫
  ≪ 原初の理想の状態に  もどり  はじめる  ≫

      日本民族の、( ささえ )なのでしょう。
   小生、実に、すばらしいと、感じます。
  ( 心の世界 )( 個人の世界 )でなく、
   この、おそらく、動物人間の普遍的真理・価値を、
   (  目にみえる世界  )
   (  物・形の世界  )、それに、
   (  民俗の世界  )( 国家の世界 )に
  おいて、実践実行しているという、この事実。


    島国、豊かな森林あっての、
    ことなのでしょう。

    されど、人類史において、
    特異な民族・文化・伝統の
    ような気がいたします。

    だからこそ、これからの、
    人類史、世界史において、
    日本の役割が、明白に、
    なってくるような気がいたします。



  駄弁になってしまいましたが、
     御先祖さまがたに、心から感謝しつつ、
           ささやかな敬と愛をこめて

                    残月     大合掌

<  常若を  もとめて生きる  命なば
       身をすててこそ
          我すててこそ    >

<  すてた身を  すてた我をば  いかがする
        猫が すたすた
           犬が  くんくん    >

<  苦しみと  悲しみ多し  この世でも
      永久の命を  かみしめ生きる    >

<  身はくちる  心はくちぬ   秋の風   >



     走りつつ    失礼いたします。
      
    

10月5日(土)  創立60周年記念

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   毎日、毎日、色々な出来事が、おきてます。
 また、色々な催しも開かれています。

   先日の新聞で、ある会の創立60周年記念式典
 と、その会の解散式が開かれました。

   50歳代の私は、よく知らない事ですが、
 忘れてはならない事ですので、引用させていただき
 ます。 御言葉でございます。


   「   戦傷病者とその家族が歩んできた
     歴史が、決して忘れられることなく、みなさん
     の平和を願う思いとともに、将来に語り継が
     れていくよう切に希望してやみません。  」
                       (  陛下  )

   「   戦傷病者や家族が並々ならぬ苦難を
     克服し、戦後の平和と繁栄に寄与して
     きたことに 心から敬意と感謝を申し上げる。 」
                        (  首相  )

   「   傷痍( しょうい )の身に耐えながら
      不撓不屈( ふとうふくつ )の精神で、
     社会の各分野で活躍してきた。
       組織の高齢化に伴ってお別れしなければ
     ならない状況に立ち至り、絶ちがたい
     ものがある。  」   ( 元軍人 90歳 )


  平成25年  10月3日   明治神宮会館にて
  『  日本傷痍軍人( しょうい ぐんじん )会  』

  ( 先の大戦で、負傷病気になられた元軍人の方々 )


    「  仲間と会う機会がなくなるのはつらい  」
    「  みんな高齢化になる中で、
           よくここまでもった  」(  会員  )


    戦後の高度成長期の中で、傷痍軍人は次第に、
   人々の冷たい視線にさらされていった、といわれます。
    私たちは、反省しなくてはなりません。
   申し訳ございません。 赦しがたいでしょうが、
   御赦しくださいませ。
    私たちのために、負傷病気になられました。

   
   < 後の世代の、私たちは、決して
      忘れては、ならない。
       私は ここに、誓います。 >


       小生の実の父も、
       愚僧の禅の父も、
       北野の寺の父も、

       御三方、皆、元軍人です。
       私は、軍人の子でございます。
       体験を教えていただいてます。

       戦争をするのが人間です。
       歴史から、明白です。

       でも、もう、いい。
       解決の方法を、たえず、
       たえず、あきらめず、
       やけにならず、
       あせらず、
       けっして あせらず、
       見つけ、
       それを、なし続けたいもの
       でございます。

                長くなりました。


  御報告です、敬意と感謝をこめて。
                残月    大合掌


  <   ありがたや  いとありがたや  おやさまよ
         たたかいしらず
            風月めでる    >


  <   すみません  もうしわけなく  ぞんじます
         たたかいしらず
            風月めでる     >

  <   おやさまよ  おやさまがたよ  おやさまよ
         この しずけさを
           さらに  ひろげん   >

  <   いただいた   このしずけさや  たからなり
          いかせよ命 
            いかすぞ心  >

        走りつつ     失礼いたします。

10月4日(金) < 法の日 >その3

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       「  したがって、生きる  」


     ≪ 法 ≫に、したがって、生きる。


     < 親 >に、したがって、生きる。

     < 先生 >に、したがって、生きる。

     < みんな >に、したがって、生きる。

     < マスコミ >に、したがって、生きる。

     < 友だち >に、したがって、生きる。

     < 多数 >に、したがって、生きる。

     < 子ども >に、したがって、生きる。

      
     <  力  >に、したがって、生きる。

     < 雰囲気 >に、したがって、生きる。

     < 流れ >に、したがって、生きる。

     < けんりょく >に、したがって、生きる。

     < けんい >に、したがって、生きる。

     < 地位 >に、したがって、生きる。

     < 立場 >に、したがって、生きる。

     < 身分 >に、したがって、生きる。


     < 欲得 >に、したがって、生きる。

     < 利害 >に、したがって、生きる。

     < 快楽 >に、したがって、生きる。

     < 胃袋 >に、したがって、生きる。

     < 性差 >に、したがって、生きる。

     < 金銭 >に、したがって、生きる。


     < 正義 >に、したがって、生きる。

     < 大義 >に、したがって、生きる。

     < 価値 >に、したがって、生きる。

     < 真理 >に、したがって、生きる。

     < 愛 >に、したがって、生きる。

     < 敬 >に、したがって、生きる。


     < いかり >に、したがって、生きる。

     < うらみ >に、したがって、生きる。

     < にくしみ >に、したがって、生きる。

     < けんお >に、したがって、生きる。

      
     < 痛み >に、したがって、生きる。

     < 苦しみ >に、したがって、生きる。

     < 不快 >に、したがって、生きる。

     < 違和 >に、したがって、生きる。


     < 自分 >に、したがって、生きる。

     < オレさま >に、したがって、生きる。

     < わたし >に、したがって、生きる。

     
     色々な、生き方。
     様々な、生き方。

     千差万別、多種多様、
     そして、
     千変万化、
     かわっていく、生き方。

     いい生きかた?
     悪い生きかた?
     あるの、だろうか?

     楽な生きかた?
     正しい生きかた?
     あるの、だろうか?


     ひとり、
     しずかに、
     おもい、めぐらしたい、
     この秋で、ございます。





    駄弁です、敬と愛をこめて
                 残月     合掌


<  1、 ころさない
    2、きずつけない
    3、ぬすまない
    
    4、うそ いわぬ
    5、かげくち  せぬ
    6、舌を2まい、もたぬ
    7、舌を3まい、もたぬ  ( 笑 )

    8、やり、すぎない
    9、やらな、すぎない
   10、自分を かろんじない   >

≪    人を 軽んじない
    自分を 軽んじない

      人を 重んじる
    自分を 重んじる

      人を  大切に
     自分を  大切に

     なぜ?
     どうして?


     かんがえましょう
     かんじましょう。


     そのための、
     嵐山  大悲閣 
            残月で ございます。
             ( 笑 )
             ( 笑えない )
             ( バカなのか? )
             ( バカでない )
             ( 滅茶苦茶な 寺だぞ )
             ( これから です )
             ( ほんとうか? )
             ( ほんとうです )
             ( そうか? )
    ( 今日の追究は これくらいに するか、愚僧よ )
        ( はい、 すみません )      ≫


     飛びつつ    失礼いたします。

      

     

    
    < 法 >は、法律です。
 私たちの社会の、約束事の固まりです。
みんなの国家の、規則・刑罰の固まりです。

  本当は、三つの法律でいいそうです。( 笑 )
1、 ころすな
2、 きずつけるな
3、 ぬすむな

  私たち人間は、愚かな存在であり、
膨大な、多くの、煩雑( はんざつ )な、
法律をもたざるおえなく、なってしまったようです。


  でも、法律とは、「 最低の 道徳 」と
いわれるように、「 人間の根本・原点 」を
つかんでいれば、< 法 >と関係をもつ事は、
生涯ないかもしれません。( 笑 )


  しかし、人間の特質である、
< 相手の気持ちを、考える >
< 他人を、大切に思う >
ような事が、できなくなり、
「  道徳は   崩解( ほうかい )  」
「  人間性は  消滅( しょうめつ ) 」

  このように、なりがちな、
現代日本人は、なんと多くの法律を
もつようになってしまった事でしょう。

  10月1日 < 法の日 >
『  考えよう  相手の気持ち   』
『  育てよう  思いやりの心   』
を、大切にしたいと存じます。


   そのためには、
<  こども時代の  人間関係、生活環境  >
<   読書    他者の思いを受け入れる  >
<   閑坐  数息  静慮 
       (  しずかに  思いめぐらす )  
       (  静けさを 味会う  )   >

  事の重要さを、
 愚僧は、感じるところでございます。 




    仏教の三つの宝
  1、  仏 (  ほとけ  さま  )
  2、  法 (  真理  正しい道  )
  3、  僧 (  真理をもとめ
           正道をあゆみ
           仏陀になろうと つとめる
           菩薩 ぼさつ、となり  
           慈悲に 生きる。 )
   
         <  道忠  反省  >


  駄弁ながら、敬と愛をこめて

              残月     合掌


  追伸、御案内、大悲閣の記事です

     雑誌 「 hanako  ]  1049号
           2013 9 26  550円
           71ぺージ
   
         「 leaf   」  京都no,1情報誌
            大好きな京都
                20ページ  838円
            ( 寺の写真が いいですよ )


 <  清き光が  伝わり  ますように
           感じれますように     >

 <   この世から
         少しでも
       苦しさ  悲しさ が
          無くなりますように   >

 <  御病気・御ケガの( なかま )の
         ご回復を    >


      走りながら   失礼いたします
     <  法の日  >
  1960年  昭和35年  に定められたそうです。


    本年度の( 啓発 )けいはつ、目標は

「   みんなで  築こう
 
    人権の世紀 。

   考えよう、相手の気持ち。

   育てよう、思いやりの心。   」



   日本国の法務省の運動です。

   宗教界も、仏教界も、努力しなくては
 なりません。  反省いたします。

  『   考えよう、 相手の気持ち   』
とか、
  『   育てよう、思いやりの心   』

など、


   もっと、もっと、
  大きな声で、宗教者は、語るべきですね。

   自分自身を反省しすぎて、
  声が出なくなりがちで、ございますが、( 笑 )

   苦しめられ、悲しまされている方々が、
  多いという現実( 新聞などに より )
  (  いい人が  へっていっては  こまる  )、

   <  こども  >
   <  女性  >
   <  おとしより  老人  >
   <  障害のある人  >
   <  、、、、、、、、、、 >
   <  、、、、、、、、、、 >
       に対する、

        いじめ、
        大切にしない、
        軽んじる、
        尊重しない、
        うとんじる、
        ざつにする
        横暴、
        暴力、
        暴言、
        かわいがらない、
        養護しない、
        、、、、、、、、、
        、、、、、、、、
        、、、、、、、、、


      この、2013年目の日本社会は減って無い、

      という事実。

      現代人は、大反省しなくては、ならない。

      宗教者は、超大反省です。





  超大反省しつつ        残月    合掌


   <   あらゆる存在が
          粗末に されることなく

              大切にされますように   >


     飛びつつ        失礼いたします。

10月1日(火) 絵画( 絶景 ) 2

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   昨日は、おだやかな、1日でした。
 客殿に、若い男性が、2人の時もございました。

  猿が遊びに来て、犬が吠えてもいたしましたが、
騒がしくもありましたが、妙に< 静か >な時の
流れを感じることができました。

  中国の方々も、よく参詣されています。
ありがたい事で、ございます。
日本語を話される方も、多いです。
 小生も、中国語・韓国語とか、身につけなければ
ならないなーと、思ったりいたしますが、、。
 実行・実践ですね。
   英語も、、、、、頭が痛いです。( 大笑 )

  今度の台風で、嵐山の< 中の島 >の
被害は大きかっですが、消防局の皆さまのおかげで、
人命への影響がなく、社会行政に感謝いたすところで、
ございます。
 < 中の島 >公園にある
『  日中不再戦  』の石碑が、流れていないか?
確認に行ってきました。
  ございました。  よかった。 本当によかった。



  私たちは、身近な、隣人とケンカしがちです。

だからこそ、もう、しないように  したいです。

日本と中国と韓国は、近いから、ケンカしやすい、

だから、だから、こそ、

ケンカしないように、しなくては。

  かつて、ケンカしたのです。

みんな、苦しみ・悲しみました。

   とにかく、あせらない事です。

毎日、みんなで、努力するのです、

一日一日、こつこつと。

問題がおきてからでは、あせります。 ( 反省 )

  仏教は、

日本・韓国・中国・ベトナム、共通です。

  愚僧たちの、役割・務めは、明白です。

精進して行きたく存じます。 誓います。




    ここの客殿からの絶景を、
西洋の方々のみならず、より、アジアの
皆さまのためにも、活用いたしたく存じます。
  誓います。

   寺院創建の< 了以翁 >さまの御心にも、
大恩人、little earth  の< 元翁 >さまの
御心にかなうことです。  
   嵐山 大悲閣  千光寺の
< 精神 >< 魂 >< spirit >なのでした。

   愚僧、忘れてはならない。( 大大反省です )
        ( 常に念頭に、おくべし。 )



   駄弁です、反省しつつ、敬と愛をこめて

                残月   大合掌


<  この世から
       病院・刑務所の役割が
           すこしでも

              減りますように。

      つまり、
    私たちが、身体も心も社会も

          健康でありますように。
          調和をたもてますように。  >


       飛びつつ   失礼いたします。

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