2013年9月アーカイブ

   客殿からの眺望の絵画が、完成いたしました。
< 絶景 >と、宣言いたしてます、景観でございます。
小生、数年前から、< 京都一 >とまで申しています。
( 笑 )( 大笑 )。

  でも、なかなか、いい写真が撮れません。
( パノラマ、広角レンズならいいのでしょうか? )

  すると、ありがたいことに、不思議な事に、
絵画を制作した経験のお有りの方が、身近に
いらっしゃるではございませんか。
  いつも、御寺を助けてくださっている御方です。
力仕事もおできですし、案内もしてくださいますし、
なんでもおできになる御方と、常日ごろ、
感謝てましたら、
なんと、< 日本画 >も習ってられて、
グループの展覧会にも、出品されてられるとの、
ことでした。

  
  御願することに致しました。
次の展覧会には、大悲閣客殿からの、
< 京都一の( 絶景 ) >を
えがいていただきませんか?と。
  すると、ありがたい事に、
「 いいですよ 」とおっしゃられるでは、
ございませんか。 ありがとうございます。


  先の冬から春、そして初夏に
御完成、展覧会、この秋≪ 展示 ≫と
あいなりました。 ありがとうがざいました。

  大きな絵画です。 ( 00号 ? )
どこに展示されているのでしょう。

  渡月橋、正確には渡月小橋から、
始る< 大悲閣道 >1200メートルの
最初の階段の横でございます。

  つまり、小寺院の真下でございます。
画伯の御理解・御了解のもと、
傷みを覚悟の上にて、
屋外展示とさせていただいて、ございます。


  どうぞ、皆さま御覧くださいませ。
ここから始まる、階段と坂道が、
体力的に困難な御方は、
 < 絵画 ( 京都一の絶景 ) >
を、あじあってくださいませ。

  足腰が、標高100メートルを
問題になされない方々は、
御自身の御目にて、あじあってくださいませ。


  10年ほど前は、京都タワーがよく見えて
ましたが。樹木が、大きく成り過ぎて、
残念ながら、見えなくなってしまいました。
  海外の方々には、京都の全体像が
つかめると、好評でした。
  公有林です。
行政の方々の、御理解をいただきたい点で
ございます。  むずかしいでしょうが、
どうかよろしくお願い申し上げます。
(  陳情になってしまいました )


                 つづき   ます


  大悲閣の画伯に、感謝をこめて。

                残月     合掌


<  清き光が  伝わりますように  >

<  悲しみ   苦しみが
      少しでも  へりますように  >

<  御病気の  ご回復を    >

            失礼いたします
   鐘楼の下方の、樹木の枝落としを
していました。 今回、10年以上前に切った、
樹木の切り口と対面しました。( 笑 )
  懐かしい気がいたしました。


 小生が入寺させていただいた頃、
数十年、手をいれてなく、木々が生い茂り
せっかくの山の上の寺なのに、
眺望が、活かされていませんでした。
  毎日、コツコツ、仲間とともに、
手を入れていった頃が、思い出されて
なりませんでした。

  
  すると、どなたでしょうか?
ふうふう 言いながら、坂道を登ってこら
れる方が、いらっしゃいます。
  どうしたのでしょうか?
真剣な感じです、お体も大きく重たそう( 微笑 )、
観音さま御信仰の御方かな?
  ご夫婦ともう一人です。


  剪定をすすめていますと、
仲間が呼びにきました。
 「 御客さまですよ 」

  先ほどの御一行様です。
「  私たちの先祖が、
    どうも、嵐山の奥に居ると、
      いわれました。

    東京からです。前回は、
  向こう岸を調べましたが、分かりません。
  今回、こちら側に来ました。  」

   御名前は ?
    00です。
   400年くらい前でもいいですか?
   いいです。

   この寺を作られた、了以翁のお孫さん
     に、嫁入りされた御方がいます。
       御墓は、二尊院にございます。
   え え え  そうですか
   やはり、そうですか。( 驚愕 )


  「 そこが、こまっているから、たすけなさい。 」
   といわれたそうです。
     御茶に、御菓子に、小冊子( 1年分 )
     御布施も。

     御茶を捧げ、飲み、土地にもどうぞ、と、
     ( 土地の問題が、残っています )
     うまく進みます、と。

     種をまけ、いわれたそうです。
     まさに、< 心の種(たね) >です。
     菩提( ぼだい )の種
     解脱( げだつ )の種をまけと、
     いわれたそうです。

     まさに、愚僧が目指している事で
     ございませんか。


      私たちが、
      <  強い心  >と
      <  自由な精神( 魂 )  >をもち、
      <  やさしい愛の人 >になることです。
       この、現代社会、仕事、取引商売、
           学習、学問、研究でも、
           実生活、日常の中でも、です。
          ( ここが、大切です )
      ( 出家のいい面、悪い面を考えて )

     
      ここです。  ここだと思います。
      、、、、、、、、、、、、、、、、、、
      また、来ます。
      遠いですよ。
      年内にきます。
      、、、、、、、、、、、



      不思議です。不可思議です。
 (  考えられない  普通の論理・理論ではない  )
 (  常識でない  非常識の世界  微笑。   )

      ありがたい、不可思議です。


   不可思議な話でした、敬と愛をこめて
              残月   合掌


<  自分に 都合の悪い人のために
      < 祈る >とは?
       自分の都合とは?

    敵( てき )ために、< 祈る >とは?
         敵とは?

      人間どなたでも、本来もっている、
   「 良心・本心・真心 」が、よりよく、
   あらわれますように、と、祈るのでしょうか?
  自分自身も、そのようになります、とともに。

     神の光
     仏の光が、
     この世に、私たちに、
        この心に、この身体に、
          あらゆる文物事に、
         
          とどきますように。
        受けることが、できますように  >

   駄弁ですが、先日のつづきです。
                  失礼いたします。
      




     

   
   昨日の(  平和を もとめる 祈り  )は、
イタリア、アッシジの 聖フランチェスコの 詩です。

  ご存知の方も  多いことでしょう。
このブログでも、2回目でしょうか? ( 笑 )
彼の生涯の映画を紹介させていただいた事は
覚えていますが。
< ブラザーサン、シスタームーン >でした。

  カトリック系の学校では、よく詠まれてる
ようです。  幼い友人の生徒手帳にも、ご
ざいました。

  インドで御活躍のマザーテレサさまは、
この詩の( 精神 )( こころ )を実践しようと、
学校の先生をお辞めになられた事は有名です。

  新しいローマ法王が< フランチェスコ >
という名前で、< この世の、世界の、まずしい
方々に寄り添う >と 宣言なされてます。
 確か、南米の御出身です。
   近頃、新聞によりますと、
法王が、いろんな所、いろんな方に
直接、お電話なされているとの事でした。
 「 どう、およびしたら、よいのか?」
みなさま、とまどうそうです。( 笑 )
 「  パパさま  」で、いい、とか。
そのような記事でした。
  
  ある事件の被害者の御家族にも、
なぐさめの電話を、まさに直接、
なさられたそうです。
( なんと、したことでしょう、、、すごい )

  前法王さまは、
東日本大震災の後、日本の少女からの手紙
に、丁寧にお答えなされてました。
 この御方は、生存中に、法王の地位を
ゆずられて おいでです。 珍しい事だそうです。
(  ある茶道の御家元さまも、次の世代に
   ゆずられました。 珍しい事とのこと。 )


 また、御存じの方々も多いでしょうが、
京都の北の( とがのお )の高山寺と、
イタリア、アッシジの教会とが、
友好関係を結ばれています。

  なぜでしょうか?
同じ時代、西洋と東洋で、
同じような生き方をなさられた宗教者が
いらしたと、多くの方々が感じたからで
ございます。

  イタリアの フランチェスコさま 
  日本の   明恵さま       
で、ございます。


   明恵上人の御言葉です。

「  あるべきようは?  らしゅうせよ。  」

(  私たちは、どのように、生きたらいいのでしょう? )
(  らしゅうせよ。                      )

  僧侶は、僧侶らしく  < 反省 >( 笑 )
  人間は、人間らしく
   親は、 親らしく
   男は、 男らしく
   女は、 女らしく
  子供は、子供らしく
  先生は、先生らしく
  商人は、商人らしく
  、、、、、、、、、、
  、、、、、、、、、
  、、、、、、、、、

      でも、むずかしい
     だから、ちょうせん
     そして、くふう
     ゆえに、すすむ

   明恵上人の「 絵 」が残っています。

   木の上、切り株の上で、
 坐禅されてます、
 禅定に入っています
 心身をすてています
 空、
 法( 真理 )を見ています
 仏にまかせています
 光をあびられています
 護法の龍神が、

 ただ 坐られてます
 、、、、、、、、、、

    ( くふう )が、( すすまない )時、
  私たちも< 坐ったら >いいのです。
    木の上でなく ( 笑 )、
    畳の上で、
    イスの上で、
    バスのシートの上で、
    、、、、、、、、、、、、、

    <  閑坐  数息  静慮  >です。


  駄弁を弄してしまいました。
       ただ 敬と愛とともに。
          未熟なれど。     残月  大合掌


<   敬天(  けいてん )   >

<  あつさなく  
     さむさもなくて  
      うれしとき
         せすじをのばし   
          とうきそらみる  >( 残 )

   飛びつつ      失礼いたします






      平和を  もとめる  祈り

  主よ 

 わたしを  あなたの平和の道具として  
 お使いください。

    憎しみのあるところに  愛を

    いさかいのあるところに  ゆるしを

    分裂のあるところに   一致を

    疑いのあるところに   信仰を

    誤っているところに   真理を

    絶望のあるところに   希望を

    闇に            光を

    悲しみのあるところに  喜びを

 もたらすものと   してください


    慰められるより   なぐさめることを
   
    理解されるよりは  理解することを

    愛されるよりは    愛することを

 わたしが   もとめますように。



    わたしたちは
     
        あたえるから   うけ

        ゆるすから    ゆるされ

        自分をすてて死に

        永遠の命を   いただくのですから。

                アーメン




     共に、味会うために、敬と愛をこめて

                      残月   大合掌


<   昨日の神父さま
    
     「  わたしたちは
           自分の都合の
              悪い人の

         ために祈って いるだろうか? 」
                                 
                                >


 <    無量( むりょう )の心

      無限の心 の 現われが、祈りではないか。

     「  読経も、本来、祈りと存じます、神父さま。 」 >

       飛びつつ      失礼いたします。

9月26日(木)  神父さま

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   昨日、時間がちょつとございましたので、
鐘楼の下の所の、樹木の剪定をしていました。
久しぶりで、そうとう伸びていました。

  参詣の御方方が、坂道を登りながら、
屋根の修理のできた鐘楼や、
大改修していただいた客殿が、
視野に入ったら、
励みになるし楽しいだろうなーと存知、
 せつせと、ノコギリを使っていました。

  
  すると、なんとした事でしょうか、
参道から参詣者の御方が見えるように
なっているでは、ございませんか。
 それに、愚僧に声かけてくださって
いるではありませんか。

  平日なので、1日10人も
参詣の御方はいらっしゃいません。
(  はて、 どなたでしょう ? )

  なんと、(  神父さまだ。  )


  ほんとに、長い事、交流を
もたしていただいている先生です。
  よく宗教について
 語り合い、色々教えていただいています。
キリスト教から観た仏教、
仏教から観たキリスト教、
他の宗教などの事です。


   神父さまも愚僧も、
自分が立っている宗教に、
こだわりが無い、という共通項があります。( 笑 )
それと、共に、なぜかしら、愛犬家です。( 大笑 )
 今、16歳の老犬< りょう さん >と暮ら
してられます。


  12年ぶりくらいに、教会の移動があったそうです。
< 一所不住 >を、
カトリック教会は実行されています。
なんでも、10年いると、マンネリ化しやすいし、
どこでもおこる、よくない事が、生じやすくなりますから、
だとか。( 大反省 )
  それに、家庭をもたず独身であられ、
神さま、教会を中心に御生活されてらっしゃいます。
                      



  自然に教えられ、反省させられる事ばかりで
ございます。  以前、インドの神父さまとごいっしょ
だったり、また教えてられる学校の高校生さんらとも。

  数年前、面白い食事会がありました。
神父様の信者さまの、企画でしたが( 笑 )、
  日本人のカトリック神父さま、
  アメリカ人の在日数十年の禅僧の出会いです。
そういえば、
  信者さま御夫婦の奥様は、アイルランド系の
御方でございます。

   人種・宗教・国家に、こだわらない、
人間の交流です。 文化交流です。
まさに、楽しからずや、でございます。

  
   電話連絡もお互いせず、
神父さまも、愚僧も、たまたま、時間ができ、
昨日お会いする事ができました。  この喜びが、
大きいため、御話させていただきました。

  思えば、20歳代から、30年間の
ありがたい、ありがたい、出会いと語り合い、
でございます。(  1年に1度、会えるか
会えないか、でございますが、 )




    駄弁ながら、喜びのあまり、
        敬と愛をこめて
                  残月  大合掌


< 清き光が  あまねく  伝わりますように
     私たちが  素直に  感じられますように >

<  苦しみ  悲しみが  少しでも
      無くなりますように   >


<   神父さまと愚僧の、昨日の語らい。

    「  祈り ですね  」

    お互い、うなずきあう。
      神さま、仏さまの もと 。    >

< 「 この瞬間にも、苦しまれて方々が、
      いらっしゃいます。 」

     、、、、、、、、、、、、、、、、

     、、、、、、、、、、、、、、、、、   >


    飛びつつ    失礼いたします。
     

   やはり、大切な事ですので、
くりかえします。


  < 秋分の日 >
  <  中日 (ちゅうにち) >
  の、事実を信じるという事です。


 「 夜と昼の長さが同じ 」

 「 陰陽が半分半分の世界 」

 「 偏り( かたより )ない世界 」

 が、存在するという事実を

 認め、信じる事が、

 人生とても、とても、

 大切で、重要です。


  このことは、
< 神を  信じる >
< 仏を  信じる >こと、より、

 より信じやすい。
 自分で研究したわけではございませんが、(笑)
 教科書にも出てきますし実感しやすいです。(笑)


    とにかく、
 (  かたより  )
 (  不調和  )
 (  もめごと  )
 (  混乱  )
 (  矛盾  )
 (  葛藤  )
 (  あらそい )
 (  紛争  )
 (  戦争  )
 (  いさかい )
 (  ケンカ  )
 (  対立  )
 、、、、、、、、
 、、、、、、、、
 、、、、、、、、
 、、、、、、、、

  を、当然だと< あきらめない心( 精神 ) >
                 ( スピリット )

     が、大切です、重要です。


    私たちは、「 あきらめやすい動物 」
  のような気がいたします。
  あきらめると、せっかくの、
     ( 成長 )
     ( 発展 )
     ( 進化 )
     ( 成熟 )
     、、、、、、
     、、、、、、
     、、、、、、
     、、、、、、
    が、できなくなってしまいそうな気が
    するからで、ございます。


   私の知性・理性は、不可思議な事を

  認め、信じることを、許さない。( 笑 )

  と、おっしゃるかもしれません。

   調和の日・秋分の日の存在の事実は、

   どなたも、否定できません。

   < 宇宙の法則 >ですから。( 大笑 )

   一日だけです。
   一年に、二日だけです。
   たった、365日の内の2日だけ。( 春・秋 )

   でも、この2日を、
       <  調和の事実  >を、
      のこり、363日に、活かそう、
    という、< 先人の教え >のような気
  がしてなりません。


     私たちは、色々な事があり、
  赤ちゃん時代・幼児期の体験など、
自分の意志と関係なく、色々な体験があり、
その後の事もあり、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

  なかなか、<  理想の心の状態  >の
存在を、信じきりない方々が、多いような気が
、愚僧ながら、僭越ながら、時々感じます。

  この<  理想の心の状態  >
認め、信じ、こいもとめる、が、

  人生、いくつになられても、
 80歳・90歳・100歳になられても、必要です。

  「  死んでからも  」と、おそろしい事を
おっしゃられた、先人の御方もいらっしゃいます。(笑)

  < 向上心 >です。
< 自分自身の (成長)(成熟)を願う、み心です >
  まわりの方々も、うれしです。
     みんな、よろこび、いわいます。
     人生に、花をさかせたい。
      心に、花をさかせた。


     仏教の言葉では、
  < 菩提心 をもつ  >
  < 菩薩になる >
  < さとりたい >( ふりまわされたくない 、
             (  自分に、自分以外に )
             ( 独立・自由 です )
             ( 慈悲・愛です )


      時間がなくなりました。

  駄弁ながら、敬と愛をこめて。

                  残月     大合掌

<  清き光が  あまねく  伝わりますよう  >

<  宇宙の法則・心(笑)に
       そって、よりそって、
         みなさまとともに、
     この世を、
       生き抜きたいものでございます  >

     飛びつつ   失礼いたします
    昨日、京都北野のある寺院で、
   秋期彼岸法要を厳修いたしました。

    大悲閣千光寺とちがい、墓地があり
  檀家さま方が、いらっしゃいます。
  多くは、ございませんが、よい関係が
  構築できつつ、ございます。
    仏教をとうして、
   ご家族、ご一族の悲しい
       < 死 >の出会いから、
       < 仏 >に出会い、
    < 人生 >を、見つめたいものです。




     < 命 >の( おわり )。
     < 私 >の( おわり )。

   < 自意識 >の( 消滅 )しょうめつ。
   < 肉体 >の  ( 崩解 )ほうかい。

    < 家族 >から
    < 社会 >から
    < 国 >から
    < アジア >から
    < 北半球 >から
    < 世界 >から
    < 宇宙 >から、
       「  遊離  」か?
       「  脱出  」か?
       「  同化  」か?
       「  消滅  」か?
       「  崩解  」か?
       「  守護  」か?
       「  退場  」か?
       「  卒業  」か?
       「  終了  」か?
       「  成熟  」か?
       「  解脱  」か?
       「  菩提  」か?
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、、

       ( 色々な見方、考え方、生き方 )


       < いのち >
       < 私 >
       < 自意識 >
       < 心 >
       < 肉体 >を、活かしたいもので
             ございます。

    ≪  肉体  ≫は、確かに、『 有限 』ですから。
        ( 笑 )( 笑えない )




    とりとめのない、駄弁なりました、お許しください。
       敬と愛をこめて。

              残月    合掌

 <  清き光が  あふれ ますように
       素直に  感じられますように  >

<   あらゆる ものが  粗末にされません
         ように   >

<   心の強さと
       魂の自由さを もとめますように

     そして、やさしく 愛の人( 笑、てれますね )
          やさしい 大きな人
             に なれますように   >

<  御病気の( なかま )の、
      一日でも  お早い  ご回復を  >


     走りつつ    失礼いたします。





9月23日(月) 秋分の日<お彼岸>

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   おめでとうございます。
秋分の日を、迎えることができました。

  夜と昼の長さが、ちょうど半分づつという、
平等というか、中間というか、真ん中というか、
偏らないというか、バランスいいというか、
平衡というか、調和というか、

  なんだか、嬉しい気分になります。
ありがたい事です。 ありがたや、ありがたや。

  一日だけです。 
生きること、
生きて行くこと、
生き続けることは、まさに、

  平衡がくずれ、
  調和がみだれ、
  バランスがとれず、
  偏り( かたより )、
  真ん中をみれず、
  中間にたてず、
  差別してしまう、ことでもございます。


  日々、毎日、この日常を
修復しているのが、人生だとも、申せます。
解決にいどむのが、仕事だとも、申せます。

  万事、森羅万象そうかもしれません。
政治もまさに、そうですし、
経済もまさに、そうですし、
商業もまさに、そうですし、

健康もまさに、そうですし、
精神もまさに、そうですし、
人間関係もまさに、そうですし、

、、、、、、、、、、、、、
、、、、、、、、、、、、

  とにかく、
乱れます、
秩序がなくなります、
混沌です、
乱雑です。


 あきらめず、ひるまず、
あくいをもたず、にくまず、うらまず、
くるしまず、かなしまず、
くさらず、おこらず、
  日々、反省と勇気と愛をもって、

  < 秋分の日( 春分の日 ) >の存在を
信じることによって、

あらゆる、日々の諸問題を、
笑顔で、解決していきたいもので
ございます。


  そして、「  遊んでるだけさ  」と、

  いいたい、ものでございます。( 笑 )( 大笑 )
                     ( 泣き笑 )



    駄弁です、敬と愛をこめて

                  残月    合掌


<  御施餓鬼法要( おせがき )
      餓鬼に、ほどこせてもらう

     苦しむ、餓鬼さまへ
       法要だけでは、
         あきませんね( 反省 )

      精神世界から、はじまります。  >

<  世界中には、まだ まだ、
       飢え、餓えが、あるという。

     『   食べ物がない   』

      この 苦しさよ
      この 悲しさよ
      この さびしさよ
      この せつなさよ
      、、、、、、、、、、、
      、、、、、、、、、、         >


   反省しつつ、失礼いたします。


  

   おはようございます。

 「 seven    social     sins  」 の日本語を
記述するのを、うっかり忘れてました。
申し訳ございません。 

 『  7つの  社会的 < 罪 >  』 です。



   昨日、ある寺院で、簡単に説明いたしました。
本堂に(  三国伝来  )の文字が、掲げてございました。
まさに、仏教は、印度( 天竺 てんじく )から、中国へ・
そして、日本へ伝わってきています。
  まさに、三国伝来の文化・宗教でございます。

  そこで、私たちの仏教文化は、
印度とも深い、つながりがある、という事を、
どなたも、御存じでしょうが、御話いたしました。

   今、面白い事を思い出しました。
 京都市内の二条城近くの<  神泉苑  >は、
印度に通じているのでした。( 微笑 )
 平安時代に弘法大師空海和尚さまが、
印度の龍神さまをお呼びして、雨を降らせたそうです。
 さすがで ございます。( 微笑 )

  ( 皆さま御存じのように )
   マハトマ・ガンジーさまは、
 イギリスからの独立において、
徹底した不服従・非暴力の運動を始めた方です。


   「  暴力  と   食事  」

 私たちは、暴力をふるって、食事している事を、

 絶対忘れては、ならないですね。

 最高の感謝を、捧げたいと心から存知ます。


 イスラム教は、御祈りを捧げながらの

 調理法を、のぞんでいます。

 心がけが、すばらしいですね。


 感謝を忘れると、

 自分自身の< 傲慢  ごうまん >さ、

 に苦しむ事になりがちです。

 個人的< 罪 >でしょうか。


 世界が小さくなり、

 楽しくなく なりそうで ございます。


          つづき   ます


   駄弁です       残月    合掌



<   秋彼岸  亡き人の名を  呼ぶ日かな   >

<   よもすがら  亡き人思う  彼岸かな   >

<   秋分や   心も静か   天高し   >

<   彼岸むけ  本堂みがく   愚僧が手  >


           失礼いたします   
   御彼岸週間に入りました。
  大悲閣( 千光寺 )以外でも
御手伝いしたり、法話をしたりします。


  この秋は、インドのガンジーの
言葉についてです。 客殿プリント 3
に、したいと存じています。
 ( ナンバー 1  も、終わって
   ないのに、スミマセン )


   seven   social    sins

1      politics   without     principles

2     wealth     without     work

3      pleasure   without    conscience

4      knowledge   without     character

5     commrce    without    morality

6     science       without     humanity

7     worship     without     sacrifice



 1     理念(りねん)なき    政治

 2   どう働なき         富

 3   良心なき         快楽

 4   人格なき         学識

 5   道徳なき         商業

 6   人間性なき        科学

 7   献身(けんしん)なき   信仰 





    考えてみてくださいませ。

  愚僧など、
    「  献身なき   信仰  」の言葉が
          身と心に
             刺さります。 ( 笑 )

              痛いなー。 ( 大笑 )



     どなたも、御存じかもしれませんが、、、。
                   つづき   ます。

              残月     合掌



   追伸     今朝の残月( 天体です )
               なんと、
                 すばらしく、
                    美しいこと。
           水色の中の 淡く白い月、ひとつ です。
         「  朝日あび  ふりむく空や  淡き月  」(駄)

                 小生とは、
                    関係ございません。
                          ( 大笑 )

              ( 言葉にせざるおえませんでした。)



 <  この世から、  悲しみ   苦しみ  が

         少しでも  へっていきますように   >


     飛びつつ  失礼いたします。

9月20日(金)  名月

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     いい夜でした。

  

 「  しずかなる   やまのなかなり    むしがなく
       みあげるそらに   つきさまひとり   」


 「  天空に   丸く光る   ものは何?
       ああ ああ それは
           君では ないか   」


 「  月しろし   山は黒くて   虫のこえ  」



 「   南米の   水飲み育つ   おみなかな
         初めてながむ
             名月ひとつ     」


 「   橋わたる   すがたに似ると   渡月橋
         嵐の後や   月光やさし       」


「   月がある   ああありがたや   ありがたや
         いや 珍しや   雲ひとつ無し   」




    駄歌句       残月    合掌




   先人、

 『   月影の  いたらぬ里は  なけれども

         ながむる人の

             心にぞ  すむ    』

          ( 浄土宗開祖   法然上人さま )
 


<  清き光が   あまねく    伝わりますよう
       私たちが、
           感じれますように。

     「 神仏   素直になれと   お月さま 」(駄) >

    飛びながら  失礼いたします。




9月19日(木)   名月

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      私たちは

 「   山は、山 。  

    海は、海 。

    月は、月 。  」 と、

  思えたら、どんなに、

  いいこと、でしょう。



  ましてや、

  今夜の満月を、

  心の奥底から、

  美しいと、感じ思えたら、

  どんなに幸福なことでしょう。




 「   犬は、犬 。

    猫は、猫 。

    石は、石 。  」と、

   
    純粋に、素直に、

    感じ、思えたら、

    どんなに幸福なことでしょう。




 <  名月を   愛でる心の  しずけさや
        何も感じず  何も思わず  >


 <  月ありて  お日さまありや   我ありや
        知らず存ぜず  秋は近ずく  >


 <  しずかなり   いやしずかなり   しずかなり
        てんにつきあり   ちにいのちあり  >


 <  名月や   宝の池に  二羽の鳥   >


 <  今夜こそ   嵐の山に   名月を
        雲は流れよ   こころよ なくな   >

                       


   駄弁、駄歌句でございます       
                 残月    合掌



  先人の句

  ≪   名月は   座頭(ざとう)の妻の
                     泣く夜かな   ≫
                        

  ≪   おごるなよ
           月の円(まどか)も
               ただ  一夜     ≫
                 
             「  はい  」( 忠 )(小生)



  <   沢山の方が、
         心 しずかに、
            お月さまを
              愛でることが
                できますように   >



   追伸、  大悲閣 千光寺は、
           今夜、門を開けてます。

              九時くらいまです。

      <  酒たばこ、魚と肉を 忘れたぞ、

             今宵は 月を
                つかんで  ねむれ  >
                      残月

          禁酒、禁煙でございます。
       よろしく 御願申しあげます。( 笑 )
          
         山の水と、
        警策( けいさく )( たたき棒 )
           は、限りなくございます。( 大笑 )
    
                



    昨日の、渡月橋近辺は、
洪水の後始末で、皆さまがた、懸命でございます。
水は、大分引いていますが、運ばれて来た、
土が、アスファルトにたまっつていて、
車が、通るたびに、ものすごい土煙りが上がって
います。

  名の如く、臨川寺( りんせんじ )の
山門は、桂川に面しているので、土砂が
入り込んでいました。  天竜寺の雲水さん
たちが、汗を流していました。


  中之島公園は、大荒れのようです。
ここ数カ月前に、数十年に一度の大洪水の
ために、どのように整備したらよいのであろうか?
 という、議論がはじまったところでした。
いくつかの試案が出されてましたが、
急がなければ、ならなくなったようです。


   桂川は、氾濫すると、
西院( さいいん )まで、流れていったと
言われています。  西院は、( さい )とも
呼ばれ、<  さい の河原 >があった
所である、となにかで読んだことございます。
  京都市の地図を広げてみますれば、
なるほど、なるほど、と思わされてしまいます。

     京都は、
   100万年前は、湖です。
  琵琶湖とつながっています。

   その後、大森林だった事でしょう。


   日本が、アジア大陸とつながって
  いた時代もあるそうです。

     空間も時間も、広大です。
   謙虚に、学びつつ、明日を築いて
    いきたいと存知ます。



    駄弁ながら、簡単な御報告

                 残月      合掌


<  世界の難民の方々
    日本の難民の方々

       一日でも お早い
           御生活の安定・安心の
              実現を、、、、  >

<  誰かが、いった。
      23歳のころ、耳にした。
    
      『   禅僧とは、
             最底生活の
                最高感謝だぞ   』

       忘れられない。  ( 自戒 です )  >


    飛びつつ  失礼いたします。

9月17日(火)  嵐山  渡月橋

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      数年に、1度
     数10年に、1度
     数100年に、1度
     1000年に、1度

       起こる
       発生する
      < 天災 >
     < 自然災害 >。

   私たちは、どうしたら、いいのでしょう?

     昨日、
    数10年に、1度の< 大雨 >で、
  嵐山・渡月橋は、水とともに、流されそうでした。

     ここ、1000年の間に、流れています。
    数100年の間に、何度も、流されています。
  そのたびに、天竜寺と法輪寺とかで、
  かけ直されています。

     天竜寺は、大きく立派な本山ですが、
   創建以来、数100年の間に、6、7回?
   炎上しています。
     幕末維新が、一番近い< 人災 >
   によります。

    約500年前の、嵐山の頂上には
  住民をかり出し苦役させ、城を築いています。
   戦乱一揆( せんらん いっき )で、
       破壊されています。


    一見、平和で、観光を楽しめる時代に
  なって来てるようですが、こうなるまでの、
  歴史をよくよく知らないと、
    たんなる、物見遊山( ものみ ゆうざん )
  と、消費ビジネスにまきこまれだけに、
  なりそうです。


    京都の町は、先人の尊い< 汗 >のみ
  ならず、< 血 >と< 涙 >が、染みついて
  います。   まさに、人間の営みの教科書
  でございます。
    よくよく、皆さまと共に、
  学び、明日に活かしていきたく存じます。


     現代日本は、
  1000年に、1度の大地震が起こり、
  原子力発電所が、破壊され、
  大変な、大難問の< 放射能漏れ >を
  おこしています。


    10万年前が、想像できるのであれば、
    10万年後を、想像して、

    1500年前が、明白ならば、
    1500年後を、確定して、

    私たちは、
    この世を、この社会を、
    この日本を、この世界を、
    築いていきたい、ものでございます。


    困難な問題ばかりです。
    具体案が、必要です。
    専門の研究家・行政担当者の方々も
    いらっしゃることでしょうが、
    私たち、一般市民も、
    素人の智慧をしぼって、
    協力参加いたしたい、
    ものでございます。


    最後に、なりましたが、

    昨日の大雨増水により、
    多くの皆様に、御心配おかけいたしました。
    おかげさまにて、
    被害は、ございませんでした。

    御心遣い、感謝申しあげます。
    有難く存知上げます。
     < ありがとうございました >


    400年前の、土木治水の名人、達人
    角倉  了以 翁  選べし土地
    <  霊勝地  >の、
     大悲閣・千光寺でございました。




    駄弁ながら、御報告です

                残月   合掌


<  御病気・御ケガの( なかま )の、
      1日でも  お早い
          御回復を    >


    走りつつ   失礼いたします。

9月16日(月)   敬老

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      100歳代の御方に、励まされ、
       90歳代の御方に、喝をいれられ、
       80歳代の御方に、助けられ、
       70歳代の御方に、叱られて、
       60歳代の御方に、支えられ、

       50歳代の私は、しあわせ者。

      100歳代の御方は、もえている、
       90歳代の御方は、にらんでいる、
       80歳代の御方は、あたたかい、
       70歳代の御方は、げんきです、
       60歳代の御方は、ちからもち、

       50歳代の私は、しあわせ者。

   
       40歳代の、仲間たち
       30歳代の、よき人たち
       20歳代の、まじめたち
       10歳代の、あばれもの
     ひとけた代の、たからもの。



       数万年、
       数千年、
       数百年、
       数十年、
        数年、
       つづく、流れです。


       物も、人も、命も、心も、金も、血も、事も、
       流れてる。

       ゴウゴウ、流れてる。
       さらさら、流れてる。
       ぶつかりながら、流れてる。
       ゆったり、ゆっくり、流れてる。
       とまりつつ、流れてる。


       ありがたや、ありがたや、ありがたや。

       しあわせ者の、独り言。

       ああ、ありがたや、ありがたや。

       それにしても、ありがたい。

       もったいない。

       すみません。



       ありがたや、ありがたや、ありがたや。

       しあわせ者の、ひとりごと。





   駄文ながら、敬意をこめて

                残月    大合掌


<  天に月  地に泉ある  この世には
      人の心に  神仏やどる   >

<  年老いて  両手に花の  日々おくる  
        右に 神様
        左に 御ほとけ    >


      飛びつつ    失礼いたします。

      





       

9月15日(日)  随想  2

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  昨日、今日と また、暑くなってきました。
酷暑を思い出し、また苦しみます。( 笑 )


温暖化を、北の酷寒の国々の方々は歓迎
しているそです。  なるほど、農作物も増産
とかです。  南の島々は、海水の増加で、
存続の危機のようです。


 問題は、ほんとうに困難です。


< 福島県の原子力発電所の事故を
宗教的にどうとらえ、住職は、どう考え
どう動きますか? >という質問をいただい
ています。
  むずかしい問題です。

  
  きちんと考え行動していかなければ、
ならない思っていますが、、、、、。
言葉だけ、空論になってしまいがちなので、
あまり明白には、いたしていません。今は。
  ただ、身辺から思考するタイプなので
そこからは、発言・議論・決断・行動は
して行っています。


   嵐山、またこの大悲閣のございます、
地域は非常に、むずかしい土地であります。
 日本国・京都府・京都市・隣人・民間の方々、
自然保護の面もあれば、歴史的風土の面も
あり、< 行為 >( 何かなす事 )は、
大困難といわれてますす、事実そうです。


  今回の客殿大改修も、愚僧にとりましては、
連立10次方程式ぐらいの難問でしたが、
ほんとうに、多くの方々の御協力・御智慧など
おかげで、どうにか進めることができました。
感謝の気持ちでいっぱいでございます。
  難問が、難問でなくなる奇跡を
         体験いたしました。


  本堂の再建は、不可能といわれてます。
あらゆる面で。  しかし、丁寧に、問題を
一つずつ解決しながら、歩んで行く所存です。
< 光 >は、さしてます。( 大笑 )


  どのような意味があるのか?( 再建に )
今でも、「 喧騒の嵐山 」の奥・1200メートル
に、大悲閣千光寺が存在する事は、
実に、すばらしい事ございます。 
今、まだまだ、未整備で、掃除も全然できてない
状況ですが、1日1日、1歩1歩、進めています。


  世間・社会・国・世界のことを、
考えてみると、おそらく、10000倍くらい以上
の難問のことでしょう。
  担当の方々の、苦しさは想像を、絶します。
心の奥底で、連帯し共に、闘っているつもりです。

 大難問を、皆で解決いたしていこうでは
ございませんか。  現代日本人の私たちは、
より覚悟をもって、日々の生活を送らなければ
ならないと、存じます。

  愚僧は、嵐山・京都を、原点としながら、
フル回転しているつもりです。( 本当か )(笑)
  嵐山の自然・歴史・文化・宗教・仏教を
活かしきりたいと、思い少しずつ実践しています。

  そして、当然、世界を意識しなくては。
<  世界の京都でございます。 >

   ある都市で、
  標識で、「00000 touri   」(00 通り )
  など、ございました。
    ( 行政は、強気だな )と存じてましたが、
        東京は、止めるそうです。


  本堂再建にあたり、「 オール電化がよい 」
という意見が、5年以上前からでています。
愚僧は、いつも、いつも、言っています。
  「  電気は、いつ無くなるか、わからない 
 から、電気に頼らない寺院にしたいです。  」
  「  私たちの、生活もそのようにしたい。
    最低限でいいでは、ないでしょうか。  」と。

( パソコン操作は、最低限と考えたいですが?)(笑)


                 つづき  ます


   駄弁ですが、覚悟を新たに

                 残月    大合掌


<  人生の目的を、明らかにしたい。 >
<  死ぬまでに、どうする?  >
<  命の意味は、あるのか? >
<  延命が、すべてなのか? >
<  長い命が、一番なのか? >

<  心の完成
<  心の成熟
<  人間の完成
<  人間の成熟 も、もとめたいものです。

<  大悲閣は、「 心の成熟 」を
       明白し、共に、皆さまと、
         もとめて、いきたく
             存知ます。 
     各自のために、世界のために。  >


  走りつつ   失礼いたします。 





  

9月14日(土) ある言葉 14

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   <  うぬぼれ  ><  おごり  >
つまり、≪  慢心  ≫まんしん、は どこから
来るのでしょうか?

  「  自慢屋( じまんや )  」
  「  私は、えらい  」
  「  オレは、立派である  」
  「  僕は、何でも知っている  」
  「  わたしは、美しい、一番  」


 人間は、自分を愛するために生きている。
   ( 仮定 )( 一応、こう考てみる )

 この< 自分 >を、どんどん、徐々に、
           広くする
           高くする
           深くする
           清くする。
      私たち人間の根本の仕事です。
         どのような社会生活
           でございましょうとも。

 <  小さい自分  >のままだと、
人間の偉大な、尊貴なる、
  (  真の心  )
  (  真の魂  )
     は、『  自分自身を、愛せない。
             認めることができない。 』

   それくらい、
       人間の本性は、
           ≪  尊貴  ≫(そんき)
         なるもの だと、存じます。

      自分をごまかす事は、
           本来できないことで、
               ございます。
            本性は、みな、
               自分に、厳しい。( 大笑 )




     大阪の経営の神様の言葉です。
 商人です。 よき物をうみだして、
人間を、しあわせにする事に、徹してられました。
  その方の御言葉です。

  「  神仏への、祈りがでるくらい
       努力しているか?
         自分の力を、
            出しきっていますか?  」



               つづき   ます

  秋が近ずく土曜日です、
     用事が重なってますので、
       本日これにて、失礼いたします。


   駄弁ながら、敬と愛をこめて

             残月    合掌


< 清き光が、満ち満ち溢れますように  >

< 苦しみ 悲しみ  いらだち  さびしさ
     もやもや  不平 不満  不服
        が、
     この世から、
     私たちから、 なくなりますように  >

< 努力、精進する気持ちを、忘れないように >

<    どこまでも、変化するということ。
     成長できるということ。

      内面の偉大さ、尊貴性を、
      比較を超えた、絶対を、
         もとめつづけ、
           身に付けること。


          何歳であられましょうと、
        ご高齢で、あれば、あるほど、
      で、ございます。


         若者は、そのような御方を
            心から尊敬し、
              学んでいくのです。


         僭越ながら、
            御願申しあげます。   >



     飛びつつ    失礼いたします。
  

9月13日(金) ある言葉 13

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  謙信公の言葉( 家訓 )
大悲閣の、プリント < 1 >心 から。


    <  復習です  >

  「  人を畏れず  」から、
観音様の< ほどこす(施す)、無畏(むい) >
    <  おそれ、不安を、とりのぞく  >
     について、語らせていただきました。
 どういう事なのか?
 不安がなくなるという事は、?

  それは、
 < 境根識 >から自由になるのが
  一番いいという事。

  そのために、
このブログの最初からのテーマでございます。
  < 閑坐 >< 数息 >< 静慮 >
 が、大切だという事。
 大切だと、思えても、思いで終わらせない事。
   なによりも、
 実践、実行、知行一致( ちぎょう いっち )
( よい事は、実行あるのみ )
( 学び、知る事で、安住しない、甘えない、
( 満足しない、人を愛せよ、仁<じん>の一字、
( 世の中の< 悲苦 >を、いつも考える事、
( できる範囲で、おこなう
   、、、、、、、、、、、

 時間の都合で、プリント< 2 >ことば、
良寛さまの( ことば )いましめ、を
ここ数日、考えさせて、いただいています。


   しかし、プリント< 1 >に戻ります。

  昨日、大阪のある「 歴史散歩の会 」
よくお参りしてくださっています。
  拙ブログを、御読みの年配の方も
いらっしゃいましたので、昨日はちょと、
踏み込んで、語らせていただきました。

  いかに、私たちが、< 慢心 >まんしん、
のために、学ぶ事ができていないか、
学ぶ機会、チャンスを持てない、
チャンスを失いやすい、という事について、でした。


  「  心に 慢( うぬぼれ )なき時
           愛敬( あいきょう )
              うしなわず     」

  「  心に 驕り( おごり )なき時
           人を敬う        」


     ≪  敬  ≫けい
     ≪ 和敬 ≫わけい、あればこそ。

     ≪ 和敬あればこそ、学びあえる ≫。


                つづき   ます


  駄弁ですが、敬と愛をこめて

            残月     合掌 


<  先人いわく  「 わび 」とは?

      正直で
        慎み深く( つつしみ ふかく )
           驕らない( おごらない )
               ( いばらない )
             さまを、いう。

      このように、
        なりたい、ものでございます。 >


  飛びつつ     失礼いたします。 




    ことば の プリントから
 「 ことば 」は、江戸時代の良寛さま作。

  坊主くさくない、坊主さんだったようですが、
徹底した、托鉢僧でございました。 いただき
物だけで暮らしていました。
  「 何何がほしい 」とか、時には、
御願していましたが( 笑 )。 村の子供
たちと、よく遊んでいた事で有名です。

   京都、桂川で、父上殿が身投げ
したのでは、なかっでしょうか?
調べてみます。 和尚さまの事はまた。


 < 説教くさくない、説教 >の件
 < 坊主くさき はなし >でした。


 お釈迦さまが、托鉢(たくはつ)していました。
村はずれの峠に向かっていました、村人が
言いました。  「 あの峠は、危険です。
追いはぎ、盗賊がいます。  あぶないです。」


 お釈迦さまは、一向に気にされません。
スタスタ歩かれて、いらっしゃられています。
お弟子たちは、ひやひやで、おそらく、
しぶしぶ、ついて歩かれていました。(笑)


 峠です、案の定、大きな声がしました。
「  おい、そこの坊主、とまれ。
  とまって、持ってるものを、
    置いていけ。  」
        ( 持つわけない )(笑)
  
 あ釈迦さまは、歩くのを止め、止まりました。

 出てきた、盗賊に向かってこうおしゃいました。
   畏れは、恐怖は、少しもございません。
( 悩み苦しんでいるから、悪事を
  なさざる、おえない、と分かってらっしゃる )

  慈愛に満ちた笑顔で、こう、おしゃられて
います。

 「  わたしは、
    あなたから、言われるままに、
    歩くことを、止めた。

    あなたも、
    わたしの、言うことを聞いて、
    もう、悪いことは、お止めなさい。  」


   盗賊は、全身、雷に打たれたようです。
   そして、大地にひれ伏し、    
   号泣したそうです。

         後の事は、申し上げるまでも、  
          ございません。


             つづき  ます


  駄弁ながら、敬意と愛をこめて

          嵐山  残月    合掌  


追伸   御彼岸の準備になりました。
    筆にて、文字を書くものが多く。
    鍛えられて、います。
      愚僧、恥ずかしい、悪筆です。

      東洋の< 書 >の
    すばらしは、やっとわかってきました。
     ( 大笑 )  精進あるのみ。(笑)


< 清き光が、この世
         この暮らし
         この身
         この足
         この手
         この目
         この心
      に、満ち満ちあふれ
            ますように  >

    走りつつ、失礼いたします。  

9月11日(水)  ことば 4

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   おはようございます。
午前4時45分です。 やはり、早朝が
いいです。 静かです。 目覚めはもっと
早いです。  ある寺院では2時半とか。
午前中に仕事・御勤めを終えて、
午後は、来客の方のお相手とか。
夜は、8時、9時には就寝とか。
 「 子供と御病気の方は
 7時8時には、御就寝を 」と。
    ( むずかしい )(笑)

   道場時代、午後4時30分の
晩御飯には、参りましたが。でも、
このようにしないと、夕刻からの
< 坐禅 >などできません。



0   だんだん暗くなっていく頃、
   「 天地とともに坐る 」のです。

0   だんだん明るくなっていく頃、
   「 天地とともに坐る 」のです。

  
0   内面は、心の中は、ともかく、( 笑 )
   「 天地とともに坐る 」のです。




0   イスでも、いいと存知ます。
  <  閑坐、数息、静慮( せいりょ )
  <  外界、関心事は、
  <  天地のみ
  <  気になる事が、
        もくもく湧いてきましたら
            湧いてくるでしょう
           流す、流す、
             流す練習です。
  <  メモ帳を置いてても いい
         大切な事が、
            湧(わ)き浮かんで
              来た場合( 笑 )




  おそくまでの坐禅期間は、
9時ごろ、夜食いただきます。
でなければ、やっていけません。
なんせ、4時半頃の夕食なのですから。
 薬石( やくせき )といいます。
  食事でなく、薬です。( 笑 )

  この時の、夜食の( うどん )の
美味しさは、ことば がございません。
まさに「 天地一杯の(うまさ) 」です。

  先日の100歳翁の御言葉です。

「  こんな うまい物が
     この世にあったのか  」

   感動して、食事をなさられてます。
  100歳におかれましての事です。
   
   おそらく( 僭越ながら )
  翁の御心には、過去も未来も
 おありでは無いことと、拝察いたします。

   いい意味で、( 認知症でなく )
  前回の食事も無いのでしょう。
   なんという< 純粋 >な< 心 >
  でしょうか。

  <  食事におぼれていない  >
  <  おそらく一番の感動である
     おそらく命の根源でもある、
     一如和合の世界でもある、
      ( 食欲 )に振り回されてない
      自制、節制、制御
      コントロールされています。
      おそろしいまでの、
      ( 意志 )( 理性 )です。
      学ばなければ。
      
   はじめて、お会いした時のことです。

「 みかんの一房、一房を
   味合い尽くす、
    味が 無くなるまで
           味合いつくす。 」

    なんという徹底(てつてい)。
    なんという集中(しゅうちゅう)。

    おそらく、他の< 欲 >< 願 >を
 尽くしているからでは、ないでしょうか?
 自分のできる範囲で。
 尽くしてる、だから、離れ捨てる事も
 できるのでは、ないでしょうか、大先生。


   脱線のまま、来てしまいました。
  お許しくださいませ。 昨日のつづきは、
 明日させていただきます。


    駄弁ながら、敬意と愛をこめて
               残月    合掌


< 清き光が この身
         この心
         この世に
      満ち満ち溢れ ますように  >

   飛びつつ    失礼いたします。








9月10日(火) ことば 3

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  おはようございます。
昨日は、失礼いたしました。
珍しく、午前5時です。  3時ころ
目が覚めました。  ( 他の条件も
そろっている、チャンスだ  笑。 )

  「  ことば  」

0  学者くさき  はなし
0  茶人くさき  はなし

   が、あるのに、何故

0  坊主くさき  はなし

   が、ないのか?

   一番、注意すべき事ではないのか?(笑)


  「  ことば  の 戒め(いましめ) 」は、
越後( 新潟県 )の僧侶である、良寛
( りょうかん )さまの残された御言葉なのでした。
 自分自身が、<坊主>だから、
特に、特に、百もおわかりの事でしたのでしょう。


   ある時、親戚の家の方にたのまれました。
「 内の子が、素行がよくないのです。
   どうか、教え諭してください、良寛さま 」

  家を訪れてくれたのに、いっこうに何も
言ってくれません。 家人はやきもきしました。
とうとう、帰ると和尚がいいだしました。

  草鞋( わらじ )をはこうとしました。
おそらく、高齢だからなのでしょう。
 その放蕩息子に声をかけました。
「  悪いが、ひも を結んでくれないかな  」

  おそらく、( この坊主め )と思った事でしょう。
青年は、腰をかがめて、結んでいます。
  すると、手の甲に、一粒の水滴、
見上げれば、和尚の涙ではございませんか。

  その後の、彼の改心ぶりは、申し上げるまでも
ございません。
  ( この一滴は、何なのか?       )
  ( 考えることは、ありますまい。 笑  )



   お釈迦さまの、いい説法の話もございます。
 明日に、いたします。


    寺の御手伝いの方に、たまたま、
 尋ねました。「 わたしの ブログを読んで
くださった方も、時には、いますか? 」

すると、「 いますよ 」 「 うれしいな 」
「 どういった年齢の方々ですか? 」
「  年配の方々が、よくおられます 」
「 えー、自分より年上の方々を
  あまり想定していないなー。
  若僧の駄弁なのに、
  申し訳ないなー。  」

   真剣に、真心で、ブログに臨んでいますが、、、、。


   日本社会の現代人は、幸福のような気がいたします。
 病気も犯罪も事故も、天災人災も、諸問題山積みです。
   しかし、身心ともに御健康の方々も
 沢山いらっしゃいます。 御生活も、いろいろございます
でしょうが、基本的に安定なされていらっしゃるように
感じたりします。
   そうです、チャンスなのです。
   何の?

   人生の完成の
   人格完成の
   大安心をえる事の
   東洋の精神文化をきわめる
   自分を心の奥底から認め愛する
   強い心と自由な魂をもった、やさしい人になる

   宗教的には、< 解脱 >
           < 菩提 >
           < 開悟 >
           < 法悦 >
            、、、、、、、、、、、、、、

    できます。
    なすべき、と存知ます。

    変換してて気づきました。
これからの、高齢化社会は

  < 介護 >でなく、≪  開悟  ≫(かいご)
である。 ( 笑 )( 笑えない )

   変な宗教にならないように、十分注意して
『 東洋の精神文化遺産を、学び、< 体得 >する。 』
   これだ。
   これです。
   愚僧、一つ悟りました。( 大笑 )


        つづき ます


  駄弁ながら 敬意と愛をこめて
                 
                 残月  大合掌


< 清き光が 満ち満ち溢れ ますように
     私たちが、きちんと、
         受けとめますように   >

  飛びつつ  失礼いたします
  遅筆で、90分かかります。反省。

9月9日(月)  ことば 2

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   昨日の 「 ことば 」は、
どなたの、教えでしょうか ?
 昔のことですから、現代に合わぬ点も
あるかもしれません。

 でも、よく読んでみると、
全て、反省させられる事ばかりです。


  読んでみて、
0  学者くさき はなし
0  茶人くさき はなし

  そして、

0  坊主くさき はなし

  も あるのでは ないか、と
  大反省をこめて、思いました。
  小生が、わざと、省略したのでは
  ございません。( 大笑 )

  なぜ、ないのか?



         ここから、下に、
    20行ほど、語らせてもらったのですが
    手ちがいで、また、消えました。(笑)

   どうにか 覚えてますので、
   明日に、させていただきます。


    反省しつつ       残月  合掌


< 清き光が 満ち満ち溢れ ますように >

           失礼いたします。

     雨の日曜日でございます。
 午前中に、北野の寺院で、ある御家族の
7回忌法要をいたします。 親族の方々が、御集りに
なられ、悲しみとともに、心のふれあいがなされて
いらっしゃられてます。

  時間の都合で、( 客殿プリント 1  心 )の
解説も終わってないですが、(  ことば )を掲載
させて、いただきます。

  江戸時代の人物の御言葉です。
言葉に対する 教訓、いましめ です。


0  おのが意地(いじ)を 言いとおす

0  人にものをくれぬ先に、
           なになにやろうと言う

0  人のことをよく聞かずして語る

0  よく知らぬことを、
          はばかりなく言う

0  憂えある人のかたわらに、
          歌をうたう

0  親切らしく、もの言う

0  人をおだてて、なぐさむ 

0  人の言葉を笑う

0  じまんばなし

0  ものしり顔に言う

0  学者くさき、はなし

0  茶人くさき、はなし

0  問わず語り

0  さしでぐち

0  ことば の多き

0  かえらぬことを、幾度(いくたび)も言う

0  さしたる事もなきことを、
             こまごま言う

0  腹立たる人に向かって、
           道理(ことわり)を言う

0  客の前にて人を叱る(しかる)




 <  ことば は 心の花  > 嵐山 大悲閣



   先人の御教え( みおしえ )です
                     残月  合掌


< 一日 しあわせに なれますように >

< 悲しみ  苦しみ が、へりますように >

< 清き光が 満ち満ち溢れて ください >

< わびあい  ゆるしあい の世界もある >

< あらゆる物人事が 粗末にされないように >

< 調和の力が、明日を築く
    不調和にたえて、
      不和にたえて、
       人物事、、、を大切に。 >

< 御病気、御ケガの( なかま )の
     いち早い、ご回復を  >


          失礼いたします 

                   


  

9月7日(土) <境根識> 3

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   おはようございます。雨でございます。
さっそく、昨日のつづき にて失礼いたします。

     「 < 境根識 >が、私。 」
  とは、思えないです。なかなか。( 大笑 )


    < 閑坐 >には、静かな時間、空間が、
   必要です。  そのために、
   何をしないか?( 戒  かい )
   何をすべきか?( 律  りつ )が大切です。

    その空間の確保も、むずかしい。
  物品が、あふれ溢れています。
  頭の中の整理は、物品の整理でもあります。
   (  小生、反省、大反省です  )


  < 数息 >息を数える。できる、できない。 
      静かに思い巡らすことから。
        懺悔( ざんげ )です。( 笑 )
        反省( 愚僧このごろ、縮んできました
           ( 反省しすぎて、
           ( たたかれすぎて、( 笑 )
           ( 申し訳ない事ばかりしてます
           ( お許しくださいませ
           ( 「 お願い申し上げます 」 )
        祈りです。
        感謝です。
           感謝の範囲を広げます。
                   高めます。
                   深めます。



    すると、一人の不安、淋しさも、消えます。
   どれだけの< おかげさま >でしょうか?

   どれだけの方に< 手をつないで >
          もらったことでしょうか?

   心から、感謝いたします。
 天にも地にも、お日さま、お月さまにも、
この地球にも、世界にも、アジアにも、日本にも、
過去の全てに、御先祖様にも、あらゆる存在、
森羅万象、先生、知人、先輩、後輩、家族、御老人、
幼子、赤ちゃん、犬、猫、ムカデ、とんぼ、、、、、

   神様、仏様、、偉大なる何か、
  真善美よ、聖よ、
私たちを、御導きたまえ。
  まちがい、てちがい、かんちがい、
  我利我利の亡者、亡家、亡町、亡市、亡国
  に、なりやすい私たちを、
    精一杯、努力いたしますので、
       お導きくださいませ。


   < 境根識 >を、活かせる『 私 』に
  なりたいもので、ございます。
   それが、< 強い心 >と< 自由な魂 >を
もった< やさしい愛の人 >に、なることのような気
がいたします。


    駄弁です、反省とともに

               残月    合掌

< 一日  しあわせで  ありますように  >

< あらゆる不調和が、解消されますように >

< 暴力のみならず、暴言もへってほしい  >

< 御病気、御ケガの(なかま)の回復を  >



  走りつつ  失礼いたします。

9月6日(金) <境根識>2

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   昨日が、< 境根識 >1 でございます。

 ややこしく、めんどうでしょうが、大切なので、
つづけます。
  環境、自分以外の全てが、< 境 >です。
  感覚器官が五感で、五根で< 根 >です。
    目耳鼻舌身(皮膚)です。
  自分は自分と思う意識が、 < 識 >です。


  般若心経では、< 受 >( じゅ )
            < 想 >( そう )
            < 行 >( ぎょう )
            < 識 >( しき )
    そして、
   現実世界を、 < 色 >( しき )といってます。


  1 は、三つ  < 境 >< 根 >< 識 >

  2 は、五つ  < 色 >
           < 受 >
           < 想 >
           < 行 >
           < 識 >で
    人間を、表現しています。
 その他、色々な表現がございます。

  3 は、60兆の細胞の塊( かたまり )でしたか?

  4 は、  食欲・性欲・睡眠欲・集団欲でしたか?
        それに名誉欲・権力欲・金銭欲でしたか?

  5 は、「  自分を 愛するものである。
         それは、
         自分以外を、愛することである。  」

  6  7   8   9   10、、、、、、、、、
   、、、、、、、、、、、、、、、

   、、、、、、、、、、、、、、、、




     ここでは、まづ、
  人間とは、< 境 >< 根 >< 識 >と
とらえたく存知ます。
≪ 境根識 ≫が私。( 笑 )

   すると、やはり、
 そのために、< 閑坐 >< 数息 >でしょうか。
 
   < 閑坐 >の時間を、作ってくださいませ。
          そのために、
          何をしないか? ( 戒 )
          何をなすべきか?( 律 )
          自分で、工夫してくださいませ。

   < 数息 >まづは、ゆっくり、静かに、
          思いめぐらしてくださいませ。
          音楽もお休みして。
          ( 静慮 )( せいりょ )です。


   一人が、不安な場合は、どうしたら
いいのでしょうか?


          つづき  ます


  駄弁ながら 愛をこめて
                残月   合掌


 <  現代中国、125歳まで生き抜いた
             禅僧いわく

     「  人間は、悟りを開くまで、
      何度でも、生まれ変わってくる。
        なまけることなく、精進せよ。 」  >


 <  現代西洋の心理療法家いわく

     「  人間は、< 愛 >を
       理解するまで、
      何度でも、生まれ変わってきます。
       生まれ変わらなくなってから、
       < 愛 >のために、のぞんで、
       こられる人もいます。   」

       なんと、面白い。
    心の世界には、東西南北、古今、上下は
    ないようでございます。    >

 <  一日中、しあわせで、ございますように  >


    まさに蛇足です    失礼いたします。






  昨日は、全国的にひどい天気でした。
環境が変化すると、< 境  >( きょう )
目耳鼻、、の感覚に、< 根 >( こん )
入るのも変化し、
思う事、意識することも、< 識 >( しき )
変化せざるおえません。

  災害、天災・人災 がおこり
環境は激変していきます、
わたしたちは、千変万化する世界において、
ひるむ事なく、人事を、人間として
為すべきことを、強い心( 意志 )でもって、
やり続けなければなりません。

  ( 環境 )( 感覚 )( 意識 )が、
予想外、想定外、人知を超えた激( 変化 )、
に襲われ、慌てふためき、とり乱してしまい、
( 変化 )を、制御・統制・コントロールで
きなくなり、 苦しみ悲しみに飲み込まれて
しまいそうに、なったりします。

  やもうえない事もあるでしょう。
どうしようもない事にも、でくわしたりもします。
人生、理屈どうりに行くことが、珍しいです。
矛盾、葛藤、不条理の現実世界において、
( 激変化 )に振り回されること無く、
悲しみ、苦しみにまけることなく、
人生を、切り開いていかなけてば
なりません。


   そこで、私たちは
どのように、なしたらいいのでしょうか?
色々な方法、学問、哲学、宗教、修業、、、
多種多様・千差万別、、、、、、、、、
  御自身に合ったことを、
見つけ選ばれたら、いい事と存じます。


   愚僧から、一つ提案です。

 最初に出てまいりました。
< 境 >< 根 >< 識 >から、
自由になれたら、
現実社会から、決して( 遊離 )すること
なく、振り回されもせず、
やさしい愛の心( 慈悲 )で
よき方向に、みちびいていけそうな気が
いたします。


  「 インド 」  お釈迦が、弟子に、語り教え。
  「 中国 」   禅僧が、「 インド 」の事
            を、弟子に語り教え。
  「 日本 」   師匠が、「 中国 」の事
   (京都)         を、弟子(小生)に
                 語り教えた。

      何を語り教えたのか

     『  境 を  捨てよ
       根 を  捨てよ
       識 を  捨てよ

       捨ててごらん。

       ほら
       、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、
       歓喜  
       法悦
       大安心    
       報恩行     』


   <  仏さまの名のもとで、 > 
   でございます。   ( 重要です )(笑)

  だから、勝手気ままと言う事でなく、
  無責任、奔放というわけでも、当然
  ちがいます。 ( 笑 )


     やはり、< 閑坐 >< 数息 >が
   基本でございます。
  < 純熟 >するために。
  < 境根識 >から、離れる練習です。
   < 惰眠・睡眠 >では、なく。 ( 大笑 )

     大悲閣でも、<  歩こう会  >でなく
   < 坐ろう会 >を、また、始めなければ
   ならないです。( 大笑 )


   追伸   急用が重なりましたが、
        ( 変化 に まけずに、  笑  )
       どうにか、昼過ぎには始める事が
      できました。  もし、待っててくださる
      御方がございましたら、お詫び申しあげます。
        でも、なんだか、
        30年学んできた事の、
        要点のようなものに
        なりました。

        観音さまの事、忘れてました。
        別名、観自在菩薩さま、
        
  「  観自在  ならば畏れは   空の雲  」
                    残月



    駄弁ながら、強く生きるために
               残月      大合掌

< 悲しみ 苦しみ つらさ が
      この世から 少しでも
        減っていきますように  >

               失礼いたします
     8月31日(土)の  つづき  です。

ある言葉 「  心に 誤りなき時( (あやまり )
         人を  畏れず ( おそれず ) 」


  天地に恥じる事などを、してしまえば、(笑)
人の、目も耳も口も顔も、より気にしてしまいます。
ひどくなれば、まさに人が、怖くなってしまいます。
  すると、
人間のよい性質である
 「素直」「率直」「正直」が
あまり、もてなくなってきて、人間関係がうまく行か
なかったりします。
  やはり、
( おそれ )は、無い方いいみたいです。(笑)
でも、
私たちは、いつも、いつも、
おそれなく、さわやかに生きれない。

  気にする事は無いと、いっても、
気になる事ばかりです。 ( おそれ )は
人のみか、物とか、事とか、時とか、、、
あらゆる事象、事柄に対して生じます。



  人生、本当に大変です。( 笑 )
そこで、般若心経の< 教え >が、
出てきたりします。( 笑 )


 『 無 有恐怖 』( むうくふ )
           ( 恐怖が有る事が 無い ) 

『 遠離 一切 顛倒 夢想 』
 ( おんり いっさい てんどう むそう )
 ( 全ての 逆さまな考え 勝手な思い込み
    などを  遠く離れる  )


   前と後が、ございます。
大雨に、なってきつつありますので、
今日は、これにて失礼いたします。

   皆さまも、いっしょに、考えてくださいませ。
< 強い 心 >と< 自由な 魂 >をもった、
< やさしい 愛の人 >に、なるために、
どうしたら、いいのであろうか? と。

  追伸   朝、三つほど用事を済ませてから、
      パソコンに向かってますので、以前より
     数時間おそくなっています。  
       工夫中です。(笑)



   駄弁です       残月    合掌

< 自然災害が  減りますように
    私たちの社会が、人事を
      おこたることなく、
        尽くせますように  >

< 発憤 ( はっぷん )せよ。
       精神を  惰眠させるな。
             100歳の翁   >

   走りつつ  失礼いたします。
           

   

9月3日(火) ある詩 2

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    ある詩 「 花 語らず 」 の作者のことです。


  京都の東山に、南禅寺という寺院がございます。
そこの数代前の、住職さまでございます。
  世界共通語といはれる、エスペラント語を学ばられ
くらい開明的な禅の宗匠であられました。


  昔、中国には( 北禅 )という都市的貴族的学問的仏教
があったようです。 しかし、徐々に衰退していきました。
南禅寺の( 南禅 )は、大陸の南に広がっていたグループ
で、よく発展したそうです。  地方的土着的実践的仏教であり、
日本に伝えられたものにございます。


  禅思想が、『  本来  無一物  』
       ( ほんらい  むいちぶつ  )
     という語句に、象徴されることが、よくございます。
       これは( 南禅 )からの、言葉でございます。

     「 ほんとうは、 何も無い、一物すら無い 」
   「 さあ どうだ 、 さわやかでは  ないか  」
  「  いったい 何物が わたしを、 あなたを 
       悩まし、迷わし、 苦しめてるのか? 」


  明治時代からの、世界へ広がっる歴史は
面白いですが、ブログ主旨と異なるので止めたいと存じます。
( 笑 )  ただ、禅仏教の歴史で、愚僧が面白く感じている
事だけお話させてもらいます。


    インドから中国へ、伝わる時間と、
    中国から日本へ、伝わる時間と、
    日本から西欧へ、伝わる時間とが、

    三つの時間・世代数が同じという
    不思議、愚僧には、不可思議です。( 大笑 )
    何か、法則でもあるのでしょうか?( 笑 )
    予測可能に、なります。( 笑 )( なんのために )


    人類の歴史から、
    人間の歴史から、
    世界の歴史からも、

    大悲閣の歴史と未来を、考え実践
    していきたく存じます。( 笑 )(アホか)(大笑)


    しかし、≪  こころ  ≫には
    < 古今 >( いま も  むかし も )無く、
    < 東西南北 上下 >無いのだから、
    可能である。
    ( 自信過剰の大馬鹿者です )
    ( 笑えない )( 笑ってはいけない )
    ( 大反省 )


     駄弁がすぎました     残月   大合掌


<  本来  無一物  

           痛い手足も
           疲れた腰も
           病んだ体も
           あるでは、ないか?

           悲しい心も、
           辛い気持ちも、
           悪い思いも、
           あるでは、ないか?


   
      月しろく  風はきよしと  思えども
           この世はつらし  物あるかぎり


      辛くとも  目耳に教え  ふれるなば
          秋の明月  ただ 風清し


      物は物  心は心  金は金
          この教えにて  すすむ大道 


                  駄歌  三首   >


<  御病気・御ケガの( なかも )の
     一日でも お早い  ご回復を  >


    走りながら   失礼いたします。



  

9月2日(月)  ある詩  1

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     月の初めなど、日常の節目などに、
   お花を、飾ります。 
  神さま、仏さまにお供えいたします。

     昨日、お花を見てましたら、
    一遍の詩を思い出しました。  
   皆さま方も御存じかもしれません。
 大悲閣でも、よくもらっていただいています。

     作者は、明日、御話いたします。
    今日は、共に、味会いたく存知ます。



  『   花は
          黙って咲き
            黙って  散ってゆく



      そして
          再び枝に  帰らない

      けれども
          その一時 一処に
              この世のすべてを  托している


         一輪の花の 声であり
             一輪の花の 真である


           永遠に  ほろびぬ
              生命の よろこびが
                  悔いなく
                    そこに
                      輝いている

                                    』



          華ぞしれ  華にたくさん  この心
              人の情けぞ  色香の粋ぞ


          実相は  無相いうも  分からない
              有相の中の  花を愛さん


          花ごころ  散りゆく定め  知らずして
              果実おとすも  また知らずかな

    
          この世をば  幻華というは  何びとぞ
              四季を愛する  心は仏


          大雨も   風のつよきも   雪すらも
              知って知らずの   桜花かな

                
                  駄歌 五首   残月 


    お日さまが近いので、歌になりました(笑)
                            合掌


<  一日中   しあわせで   ございますように >

< 悲しみ  苦しみが  へっていきますように  >

< なんでも  どなたでも  大切に >

< 無依( むえ )、  無依存( あまえない )

    しかし
    助け合い こそ  人生。

    さけるべき事、
    傷のなめ合い、悪化へむかう。
    甘え合わないように。  はい。 ( 笑 )   >


< 御病気の( なかま )の  早いご回復を >


    走りながら   失礼いたします。

            








9月1日(日)  随想   1

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   おはようございます。
  暑い日々で、ございます。
 皆さま方は、いかがお過ごしでしょうか?

 もう、少しで秋到来でしょうか。
待ち遠しい気持ちで、一杯でございます。
もう既に、小生は冬の酷寒を忘れています、(笑)
いい加減なことでございます。
   今年は、
 どのような、秋、冬でしょうか?



   毎年、夏には、高砂ユリが咲いていました。
 今夏、1本をのぞいて、全滅でございます。
なんと、夜な夜な< イノシシ >が境内に入り
こんでいるようなので、ございます。 なんとしたこと
でしょうか。  アジサイは< シカ >により全滅、
そうです、シャガも97%無くなりました。
 (  残念、でも、シャガは再興いたします。
 (  いえ、アジサイ も ユリも 。 )


   鉄の柵を、大分設置しているのですが、
< シカ >の跳躍力・バネは、愚僧の予想を
はるかに超えていました。( 笑 )
 < イノシシ >の力強さも、想像を絶していました。
よくこれだけの物を押し倒して入って来る、
登って来ると、感嘆せざるおえません。


  けれども工夫して、負けないように、
精進いたす覚悟でございます。 
  < サル >は、半分あきらめて
います。  なにせ、木から木を伝わって、山奥から
遊びに来るのですから、人間より高等です。(笑)
ただ、被害をできるだけ、少なくできるかのみです。



  今までに、< イヌ >たち三匹と暮らしました。
( 太郎 )( さくら )に( もみじ )でした。
よく、小生・愚僧を 助けてくれました。
  感謝の気持ちでいっぱいです。
山から渡月橋まで、バイクで散歩いえ ランニングする
時は、まるで犬使いになった気持ちでした。
なにせ、皆いっしょだったのでした。 時々、川べりで
遊んでもらいます。 その楽しそうなこと。
  小生も、とっても しあわせでした。



   現在は、名犬< すみれ >がいます。(笑)
四才 柴犬です。 尾までも小さい豆柴さんです。
愚僧が、北野の寺院と往復する日々ですので、
< すみれ >もいっしょに動いているので、
いつもいつも、大悲閣にいないのが、
よく会いにきてくださる愛犬家の参詣者の方々に、
御迷惑かけてしまい、すまない気持ちで一杯です。
  申し訳ございません。一工夫いたします。


   御報告いたします。
今夏、またしても、図らずも、思いがけず、
< すみれ >の相棒が、出現いたしました。
まだ、四カ月たっていない、柴犬です。
 なんと、カワイイ、可愛い命なのでしょうか。
毛色は、見てのお楽しみでございます。

  柴犬は、
日本人と、いつも、いつも、一緒に暮らしてきました。
 正確には、( 縄文犬 )と( 弥生犬 )からの
誕生のようです。
 三カ月の子犬の、命の躍動は、
なんとも言えない、すばらしさです。
( ゴムまり ) みたいです。 飛び跳ねています。
きっと < 心 >も飛び跳ねているのだろうなー。


  昨日のブログに、こじつけたく なりました。
この< 心 >が、まさに≪ 直 ( ちょく )≫
なのでしょう。
  この時、< 心 >は< 心 >であって、
< 心 >でない、と申せるのではないでしょうか?



 追伸、 学生時代、大寺院に居候時代
      梵鐘を朝・夕・夜と撞いていた時代・

     捨てられた子犬と数年暮らしていました。
    ああ、( はなこ )よ、我が青春よ。 (大笑)
    迷い犬( ゆり )も、しばらく一緒でした。

      愚僧は、まさに、犬たちに
    助けられてきた人生のようです。

   ( 子犬が、暴れているので、これにて、、、。 )
   ( 邪魔されて ないのか? 大笑い      )



< 清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >

         失礼いたします。

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