2013年7月アーカイブ

        思えば、私たち人間は、

      < 無限の身体 >< 無限の心 >
      < 永遠の身体 >< 永遠の心 >
       の感知・感得を、
       究極的・根本的、
       本能・ 欲求・ 欲望・ 目的・ 理想
       として、
       「 戦争 」をおこし
       「 文化 }をうみ
       「 文明 」をきずいて、来たのかもしれません。

       「 ケンカ を する  」
       「 言葉 を つかう 」
       「 道具 を つくる 」  。


       熟考すれば、
   < 無限大の( 自分の )身体 >< 無限大の( 自分の )心 >
    と表現する事ができます。


       すると、私たちは、根本的本能として、
 < あらゆる存在を、自分自身の身体ように、自由自在に使いたい >
 < あらゆる存在を、自分自身の心のように、自由自在に使いたい >
     と、欲望しているのかもしれません。

       すると、まさに、
    人間の悪い面である、(  いい面も ございますが  )
 < 支配・被支配 の 世界 >に、なってしまいます。

    人間の悪い面である、
 ≪  権力  けんりょく  ≫
 ≪  権威  けんい    ≫の、暴走・横暴が生じます。

    いい面として、
  集団・組織・社会・国家・世界の 
      調和・平衡・安定・秩序ある
          発展・成長・繁栄のためには、
      
            どうしても、
            必要な事 のようですが。



     とにかく、
   私たちが、幸福をもとめる場合、
 < 無限の身体 >< 無限の心 >を求める場合、
  本質的にも、 歴史的にも、  ≪  悪い面  ≫も、
 『  あるのだ、また、あったのだ、今でも、あっているのだ。 』
  と、頭に入れていながら、共に考えていかなければ
      ならないか、と存知ます。


                       つづき  ます。
                   ( 人間の純度などに ついて )


     駄弁でございますが。       残月     合掌


 <  今日  一日が   しあわせで  ありますように >

<  悲しみ  苦しみが  すこしでも  へりますように  >

< 御病気・御ケガの( なかま )の、
       一日でも お早い   ご回復を   >


             走りながら、失礼いたします。











          < 無限の身体 >< 無限の心 >
          < 永遠の身体 >< 永遠の心 >

          を、感知・感得した。

          バカになったか?  狂ってしまったか?
          幻覚・幻想か?
          思い込み・決め込みか?

          神と一体
          仏と一体
          真理と一体
          原理と一体
          真
          善
          美
          聖
          永遠を見た・聞いた・触れた・感じた
          無限を見た・聞いた・触れた・感じた
          おお、凄い、すごい
          おお、えらい、立派

          そうなると、
          あらゆる存在・( ひと・こと・もの・・・・・・・)
          の、ために東へ西へ、北へ南へ、休むひまなし( 笑 )。
          
          不安・不満・不服は、一切、無し。
          安心・満足・幸福感に、みちあふれる。
          しあわせ、すぎる。
          だれかに、おすそ分けしなくちゃ、イソイソ  ( 笑 )

          なんて、世界は 美しいのだろう
          なんて、人は皆、美しく、やさしいのだろう
          神様
          仏様、
          わたしは、なんて、しあわせもの、なのでしょう
          ありがたい
          もうし わけない

          この世のために、何か、しなくては
          恩がえし、御恩がえし しなくては
          どうしよう    どうしたら いいのか?
          オロオロ ( 笑 )

          好きな絵でも
          好きな歌・句・詩・語でも
          趣味の世界へ、、、、、、
          三昧( ざんまい )の世界へ  ( なりきり  の世界)(笑)

          <  強い 心  >は、どうなったのだ?
          <  自由な 魂 >は、どうしたの だろう?

          <  やさしい愛の人 >に、なれただろうか?
          世界の、 それは、大きい
          アジアの、まだまだ、大きい
          日本の、まだまだまだ、大きい
          000県の、いや
          000市の、いや
          000町の、いや
          000番地の、自分の立っている所だけ ( 大笑 )

          それで、いいのだ  ( 赤塚さん? 漫画家 )
          それで、いいのだ
          それで、いいのです
          それで、よいでは、ございませんか。

          一歩 一歩
          一手 一手
          少しずつ  広げていきたいもので  ございます。



                           つづき    ます。

     またしても、勝手な駄弁です
                         残月      合掌


    <  今日  一日   しあわせで  
             ございますように       >
    <   清き光が   満ち満ち溢れ
             ますように          >
    <  この世から
          悲しみ  苦しみが
             すこしでも
                 へりますように  >

    <   この世から、
            病院・刑務所の役割が
               早く、おわりますように   >

    <   世界中の、子供たちが、
            労働におわれる事なく、
            虐待される事なく、
               学校へ通えますように   >

   <   御病気・御ケガの( なかま )の
           一日でも  お早い  ご回復を  >



                        失礼いたします。






        昨日の、つづき です。

  面白くない話で、申し訳ございません。
つい、私たちにとりまして、大切な事だと存知ますので、
<  あえて  >語らせてもらっています。

    世の中、
  適当なところ、無難なところで、終わっている話
は多いです。  たくさんの方々の目・チェツクがはいる
場合、 バカな事・曖昧な事・いい加減な事は、あまり
申せませんから(笑)、 このブログは、勝手すぎるかも
しれませんが( 大笑 )、2・3歩踏み込んで、
  踏み外して(笑)、敢えて語っています。
     御批判、また 過ちも覚悟の上でございます。
        お許しくださいませ。


    「 つづき 」 では、ございませんが、
   いい話なので、お伝えいたします。(  はや、脱線です  )
 嵐山 大悲閣 客殿で、 宿泊できるというお話です。

   昨日、信州( 長野県 )の知人・友人が、
 当人60過ぎの男性
、孫ちゃん2人( 小5・小3 オス )(従兄弟)
 お孫さんの父親さん、4人です。
   もう、25年以上の交流でしょうか?
  1泊だけで、残念ですが、小生は何もできなかったので、
さらに残念で申し訳なかったですが、お孫さん2人には
いい体験になった事でしょう。
  京都のサッカーチームの試合の観戦と、
少年教室への参加が目的だったそうです。


   小生・愚僧と、長い交流で信頼関係を築きあげて
 こられた方々とか、 短い交流でも( 笑 )、信頼し合える
方々も、 ご相談くださいませ。  遊びが目的でなく、
 この客殿でこそ、 その宿泊または徹夜に、
大きな意味があるのであれば、( その方の人生にとりまして )
愚僧は、協力は惜しみません。
  今までも、徹夜の坐禅、また徹夜の読経の方々がいます。


  2週間前には、嵯峨地区のある先生とお弟子さんたちが
ここで、ゆっくり議論したいと10人ほどで、1夜過ごされました。
  ( お酒は、御遠慮、願ってます  笑   )
  ( いづれは,  断食・坐禅の会を開きます  大笑い  )
  ( 身体的にも、心的にも、 < ゼロ・零・〇・空 >  にする
          練習です。 訓練です。
            おもしろそう、です。  笑 )


   小生・愚僧は、 < 無限 >なる皆さまと、
             < 無限 >に交流させていただきたく
              願っておりますが、、、、、、、、。
              希望で、ございます。
              数十年計画で、ございます。



      < 無限なる 身体と こころ >は、忙しそう。

    ところが、東洋には、いい言葉・ いい智慧がございます。
     ≪   無為   自然    むい しぜん   ≫です。
        
      < 無限 >なるものに、いだかれる。
                      身心を まかせきる。
                      何も、しない・考えない。
                      空 。
                      無 。
                      祈り 。
                      、、、、、、、、
                      、、、、、、、、
                      、、、、、、、、

       やはり、< 純粋 >の度合いが大切な気がしてきました。
              < 無限 >を  感知 ・ 感得  するために。
              そのために、どのように したらよいのでしょうか?

         人間の< 純粋度 >とは、どういう事でしょう?
             考えて、いきたく存知ます。
           < 無限 >との、関係が深そうです。



    まさに、駄弁です。
   よく、生きぬくために。       残月     合掌



   <    今日 一日 が
           しあわせで  ございますように  >
   <   清き光が、
           満ち満ち溢れ  ますように   >
   <   この世の   悲しみ   苦しみが
          すこしでも  へりますように    >

   <   まちがい   てちがい   かんちがい
           あまり  しでかさないように
               おみちびき   くださいませ  >

   <    御病気・御ケガの( なかま )の
              一日でも   お早い
                 ご回復を お祈いたします。   >


                   雨の中  失礼いたします。
            


      < 無限の身体 >< 無限の心 >
      < 永遠の身体 >< 永遠の心 >


    昨日は、< 身体 >を中心に、考えてみました。
    今日は、< 心 >について、考えてみたいと存じます。

       <  無限の心  >とは、何か?
       <  永遠の心  >とは、何か?

     厳密に考えてみたいです。
     (  分からないかも、知れない。
     (  納得いかないかも、しれません。
     (  でも、各自がきちんと、在る程度まで
           考えてみなければ、
              いつまでたっても、
          分からないに、安住してしまいそうです。(笑)
        曖昧( あいまい )に、逃げてしまいそうです。(大笑)
        それは、それで、いいのでしょうが、

           私たちが皆、( 大笑 )
        この苦しく、この悲しみ事が多く、
         大変なこの世を、
           生き抜くきたいと覚悟を決めた場合、

        どうしても、   <  強い 心  >
                  <  自由な  魂 >
                   が、必要であり、

            < やさしい愛の人 >にならなければ、
                   おもしろく、ないではありませんか?


           不平・不満・不服 ばかり、ブツブツいって、
             この世を、過ごして、よいのでしょうか?
                全然、おもしろくない、つまらない。

           また、 ブツブツいってる人と、仲良くできませんね、
           いっしょに、ブツブツ言わないかぎり。( 笑 )


          とにかく、このような思考・考察において大切なことは、
            < 解決したい ・ 納得したい  という意志 
                  を、持ち続ける事が とても
                       大切でございます。 >

            自分を ごまかす事は、いくらでも できます。
             たくさんの、方法・手段はございます。( 笑 )

         でも、≪  ねがい  ≫を、もったのであれば、
          つまり、<  強い 心  >
               < 自由な 魂  >
               < やさしい愛 >を、持ちたいと
                    願ったのであれば、
                    欲を出したのであれば、(笑)

                覚悟をきめなくては、ならないと存じます。
          「  自分を、ごまかさない。
              人さまを、( 自分以外 )を、ごまかさない。 」と。



       それと、私たちは、世界を広げていかなくてはならないです。
            <  自分の世界  >を広げたいものでございます。
      学校でいう、「 地理 」 「 歴史 」でございます。
       世界は大きい。  広く深い。  学ばなければならない。
           本気で、学ばなければ、ならない。
             まさに( 無限 )を相手の、学びです。
         この世を、 この世界を  愛さなければならない。
            もうすでに、愛していますか。( 笑 )
      
            学ぶ事と、愛する事は同じです。


             愛すれば、愛するほど、
           関心・興味をもてば、もつほど、
          この世の、この世界の、苦しみ・悲しみが、
        感じられて、なりません。
           どうしたら、よいのであろうか?
           どう、考えたら、いいのであろうか?
           何故、なぜ、そうなのか?
              解決の方法は、ないのであろうか? と。

                         つづく


     
   < 無限の 心 >を考えるための、「 まえがき 」 のつもりが、
       駄弁を弄しています、おゆるしくださいませ。

                      残月       大合掌



   < 今日という  貴重な  一日が
          充実した  しあわせを、味会えますように。
       全てに、感謝しつつも、
          自分の( つとめ ) を 
              きちんと できますように。
       
          逆境のお方も、いらしゃる事でしょう。
             お役に、たてませんが、
               暑いので、御無理なさられず、

          ( 無限なる何か )を、
               お信じいただき、
                お信じいただき、
                 のりきっていただきたく存知ます。

               ここに、 ささやかな、御祈りを
                        ささげます 。 
                                     >


                         失礼いたします。
        











      < 無限の身体 >< 無限の心 >
      < 永遠の身体 >< 永遠の心 >を、
   獲得できれば、どれだけ、私たち人間は、< 満足 >し
   < 安心 >し、< 幸福 >を感じる事ができるでしょう。


     私たち人間の営みは、全て、この< 幸福 >のため、
  かもしれません。
     でも、< 無限の身体 >< 永遠の身体 >など、
     ありえない事は、過去・現在をみれば、明白です。
      ( 未来は、知らない。 笑 )
     すると、
     < 満足 >< 安心 >< 幸福 >を、
     得ることは、できないのだろうか?

     
    厳密に考えてみましょう。
        < 無限の( 自分の )身体 >
        < 永遠の( 自分の )身体 >の事です。

         すると、
       ( 自分 )を、どうとらえるか? が、問題になります。

    何センチ・何キログラムの( 自分 )なのか?
    どこどこ生まれの( 自分 )なのか?
    00さんと00さんの、子供としての( 自分 )なのか?
    
    野菜・魚・・・などで、できてる( 自分 )なのか?
    空気を呼吸して、生きてる( 自分 )なのか?
    物質のかたまりの( 自分 )なのか?
    宇宙の星クズとしての( 自分 )なのか?
    水のあぶく、から進化してきた( 自分 )なのか?

    日本語を話す人間としての( 自分 )なのか?
    0000を、理解できる・できない( 自分 )なのか?
    000を、好きな・嫌いな( 自分 )なのか?
    0000を、愛している・愛せない( 自分 )なのか?
    000を、うらみ・うらまない( 自分 )なのか?
    0000を、なぐりたい・なぐらない( 自分 )なのか?


          どのような( 自分 )の身体が、
          < 無限 >であるのか?
          < 永遠 >でありえるのか?

          考えたら、おもしろそうです。
          いっしょに、考えていきたく存じます。



    <  強い 心 >とは、何か?

              やわらかな 心
              思い込まない 心
              決めつけない 心
              自分を離れる 心
              変化についていかない 心
              何かを、信じている  心


                   矛盾だらけの表現です( 大笑 )
                   むずかしい。



      以前のブログ( 2012  10月30日・11月12・15日 )
         ご参考に、していただきたいと存じます。


     駄弁です。
       強き心、自由な魂、やさしき愛の人に、なるために。

                  残月      合掌



    < 永遠なる今日を、
         ( しあわせ )  と 感じとれますように >

    <  毎日の( つとめ )が、きちんと
          できますように     >

    <  まちがい  てちがい  かんちがい を
           あまり  しでかす事が  ないように  >

    <  この世から、 悲しみ 苦しみが
           少しでも   なくなりますように   >

    <  永遠なる命よ
           無限なる心よ

              全てを、お守りくださいませ  >


    < 「  この手は、だれが作ったのか ?  」
          さあ、 どこから、きたのか ?     >
                 禅的接近( 笑 )


    <  御病気・御ケガの( なかま )の
            一日でも  お早い  ご回復を   >

              久しぶりに   ゆっくりと
                   失礼いたします。







     昨日のブログの訂正です。
  操作変換で、時々起きている現象です。
  申し訳ございません。
      < プラス  マイナス >です。
      記号では、うまく表現できてませんでした。
      失礼いたしました。



   < 「 一 」  の世界  >
   < 「 二 」  の世界  >
   < 「 無限 」 の世界 >


       昨日、< 「 一 」 の世界 >のために
   「 二 」の表現として、<  プラス  マイナス  >を
 考えました。  すると、まさに、 < 「 一 」の世界 >の
 別表現として、

   < プラス >でも< マイナス >でもない世界として、

   ≪  「 〇 」( ゼロ )  の世界  ≫ が、考えられます。 

   < 「 二 」の世界 >の超越としての< 「 一 」の世界 >?
   < 「 二 」の世界 >の根底としての< 「 〇 」の世界 >?


   < 「 一 」の世界 >
   < 「 二 」の世界 >
   < 「 無限 」の世界 >
   < 「 〇 」の世界 >

    皆さま方も、いっしょに、考えてみてくださいませ。
   思考のための思考ではなく、
   < 強い心 >< 自由な魂 >< やさしい愛 >
   を、 身につけるためです。

      この世を、さわやかに生きぬくために。

    駄弁です             残月     合掌


  <  不二( ふじ )( 二でない )( 唯一 )( 絶対 )
         ( 無限 )、、、、、、、、
                  の  光   よ。


          全てを、  照らしたまえ。    >


           走って、汗を流しながら、失礼いたします。( 笑 )
      ≪ 一 ( いち )の世界  ≫
       というのは、

       < 善悪 >
    
       < 美醜 >

       < 損得 >

       < 増減 >

       < 生滅 >

       < 男女 >

       < 苦楽 >

       < 悲喜 >

       < 寒暖 >

       < 老若 >

       < 乾湿 >

       < 去来 >

       < 上下 >

       < 左右 >

       < 生死 >

       < 我汝 >

       < 心物 >

       < 自他 >

       < +? >

       < 凹凸 >

       < 陰陽 >

       < 大小 >

       < 細太 >

       < 梵我 >

       < 有無 >

       < 海山 >

       < 天地 >

       < 魂魄 >

       < 身心 >

       < 火水 >

       < 毀誉 >

       < 愛憎 >

       < 好嫌 >

       、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

       、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

       、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


       まさに、限り( かぎり )無し、無限( むげん )です。


       これらの、<  二 ( に )の世界  >は、
       私たち人間の世界でございます。
       まさに( 人間界 )です。

       現われ世界であり、( 現象界 )ともよべます。

       <  二 ( に )の世界  >は、
       二つの要素・元素の世界なので、 ( 二元界 )です。


       < 陰陽 >に( 分かれる )、前の世界
       < 損得 >に( 分かれる )、前の世界
       < 愛憎 >に( 分かれる )、前の世界
       < 男女 >に( 分かれる )、前の世界
       < 天地 >に( 分かれる )、前の世界
       < 生死 >に( 分かれる )、前の世界
       、、、、、、、、、、、、
       、、、、、、、、、、、、

       まさに、( 分別  ぶんべつ  )される前の世界
       <  一つの世界  >とは、何か?
       あるのか?
       考えることが、できるのか?
       考えても、よいのか?

       <  強い心 >< 自由な魂 >< やさしく愛の人 >
       に、
       なるためには、必要なの、だろうか?

       ≪  無限  ≫こそ、< よき事 >を 支えているのであれば、
             (   前のブログ、 invictus 1 2 3・・・ )

         ≪  無限  ≫と <  一つの世界  >の関係について、
       私たちは、何かを、つかまなければ、
       ならないような気がいたします。


                      つづき   ます



         駄弁ながら、愛をこめて       残月    合掌


    <  不二の光よ   一切を  照らしたまえ   >


          走りながら    失礼いたします。














     無限に、つながる。
     永遠に、つながる。

     個人を、こえる。
     苦しみを、こえる。

     強い< 心 >
     自由な< 魂 >

     物に、とらわれない。
     事に、ふりまわされない。
     人に、くるしまない。

     死の不安の、克服。
     死の恐怖の、克服。

     生の不安の、打開。
     生の恐怖の、打開。

     やはり、
     二つの世界の超越( ちょうえつ )しか、
     克服・打開の、方法はないのだろうか?

     二つの世界。
     < いい >< わるい >
     < 善 >< 悪 >
     < そん >< とく >
     < ふえた >< へった >
     < 美しい >< みにくい >
     < 小さい >< 大きい >
     < 陰 いん >< 陽 よう >
     < + プラス >< ? マイナス >
     < かわく >< しめる >
     < 暑い >< 寒い >
     < 女 おんな >< 男 おとこ >
     < 夜 よる >< 昼 ひる >
     < たつ 立つ >< すわる 坐る >
     < おいしい >< まずい >
     < わたし  >< あなた >
     <  我( われ ) >< 汝( なんじ ) >
      、、、、、、、、、
      、、、、、、、、、、
      まさに、限り無し( 無限 )の
      現象( げんしょう )・あらわれ・変化・生滅、
      千変万化( せんへん ばんか )
      二つの世界を、行ったり来たり。
      そして、楽しみ・歓喜し、
      そして、悲しみ・苦悩する。


     < 苦楽 >を、味合って幸福ならばいいです。
     < 苦しみ >が大きいほど、
     < 楽しみ >も大きいでしょう。


     しかしながら、
     <  強い 心  >
     < 自由な 魂 >を、求めるのならば、
     <  苦しみ・悲しみ >に、ふりまわされない
     ≪ 自分 ≫が
     欲しいので、あれば、
     切望するのであれば、
     欣求( ごんぐ )するのであれば、

     まさに
     一つの世界の、獲得。 実感。 体得。
     この事、以外、
     ありえないのでは、なかろうか?

    

     ≪  一つの世界  ≫こそ、
    <  無限の身体  >< 無限の心 >では、
    ないでしょうか?


                    つづき  ます。

     ( 300回をこえましたが )
     同じ事ばかりの駄弁です。( 笑 )
     でも、大切です、( 大笑 )

     < 強く・自由 >に生きるのであれば、
     < やさしく愛に >生きるのであれば。

                    残月     大合掌


  <   御病気・御ケガの( なかま )の
          一日でも お早い  ご回復を  >

  <   清き光よ   この世に
         満ち満ち溢れ  ますように
      そして、
        多くの悲しみ・苦しみが、
           少しでも  へりますように   >

               走りながら、失礼いたします。
     昨日のブログが、原稿のままでした。
  もし、毎日お読みいただいている方が、いらっしゃられましたら、
 申し訳ございません。  すみませんでした。
    完全消滅は、避ける事ができるようになりましたので、
  おかげで、文章は残っていました。 今朝の公開になりました。
  (  オレとしたことか  大笑い  )
  (  駄弁なのに、何を気にしているのだろう  )( 笑 )

  毎日、最後の方が、< 走って失礼する様 >になりやすく、
まさに、恥ずかしながら、ミスを犯してしまいました。 反省です。

  <  まちがい ・ てちがい ・ かんちがい   >を
 しでかさないよう、十分注意しなくてはならない、です。
 そうです、< 1、 確認 2、かくにん  3、確認  >ですね。
  反省いたします。  失礼いたしました。




     さて、≪  無限  ≫について、でございます。
  ≪  限りが 無い  ≫ ≪  ( かぎり )が、ない  ≫
   に、ついて、考えてみたいと存じます。


        どのように、考えてみても、
     私たちの< 個人 >といはれるものは、
   無限の、考える事のできないくらいの< 時間 >、
   無限の、考える事のできないくらいの< 空間 >の、
     中に、上に、
    ただよって、いるような物でございますね。

          私たちの< 個人 >は、
      人類の歴史・ 宇宙の歴史を考えますれば、
    数十億年以上の< 時間 >の上に、のっており、
      また、地球という天体・惑星の大きさは、
    限りなく大きい。  ましては、宇宙の規模は、
  めまいが、しそうなほどの< 空間 >であり、
     この中に、 まさに、  点 の ような
    存在( 物体・意識・心・精神・魂・・・  )にすぎない、
     なのでしょう。

 
     現代の宇宙物理学者がおっしゃるには、
  
   「  地球の100年は、宇宙の<  一瞬   >にすぎない  」

     なんと、
    私たちの< 個人 >的な事柄は、
   全て、夢・幻( まぼろし )の、ように思えてきます。
   100年間、存続する< 個人 >すら、少ない。
    ましては、、、、、、。

    大切な< 個人 >
    尊ぶべき< 個人 >ですが、
    責任ある< 個人 >ですが、
    愛すべき< 個人 >ですが、
        存在の、ありようは、このような感じでございます。


                   つづく


      駄弁ながら、強く生きるために
                    残月      合掌

  <   しあわせで   ございます ように    >

                失礼いたします。






        昨日のブログを読む。
     5分くらいですか?  読むために、5分です。
   書くために、どれだけ時間がかかっているでしょうか?
  愚かな小生は、約3時間かかっています。( 昨日は特別 )
 昨日は時間があり、また納得がいくまで精進したつもりです。
  遅すぎますますね( 笑 )  かかり過ぎですね( 笑 )。



     普段は、90分・1時間30分は、ほしいです。
  60分だと、バタバタでございます。( 笑 )
    小生・愚僧は、肉体労働派・身体労働党なので、
 昼間、文章を書くことができません。
  ( 新聞は、チラチラ、見ますが )( 笑 )
    荒廃した山寺なので、肉体労働は、
  山のように、常にございます。
 デスクワークに、追われることも、時には
 ございますが、 やはり昼間はデスクに座れない。
   組織・金銭にたよれば、可能なのでしょうが、
 大悲閣千光寺は、そういう訳には、いきません。( 笑 )
  (  しかし、ここ2・3年は、交渉事が多く外出ばかりです。
   肉体労働の基本である、草取り・掃除・簡単な修理
   すらできておらず、恥ずかしい限りでございます。  )



   文章を書くことが、大変だということが、よく分かりました。(笑)
< 新聞のコラム >など、書き手さまの御苦労など、あまり考えて
いませんでした。
   小生は、仕事として書いていないので、
< 楽 >だと存じます。  好きなように、自由に進めています。( 大笑 )

   でも、僧侶・宗教者としては、≪  仕事  ≫でございます。
 本名が< 文夫 >なので、≪  丹文  ≫という名も
ございますが、このごろは、独り、
 ≪  丹精  刻文  ≫  ( たんせい  こくぶん  )の略
なのだと愚考したりしております。( 大笑 )

    バカな駄弁・駄文ばかりですが、
 ここ30年の、暗中模索・ 試行錯誤からの、便りかもしれません。
そういえば、お手紙いただいて、返事をあまりしていません。
 罪を、犯しています。 そうとうです。
本当に、お許しくださいませ。
  長い事、肉体労働に追われていました。  本当です。
また、夜にデスクワークと思いきや、 爆睡( ばくすい )ばかりでした。


   仏教は、身心道です
特に、禅宗は、身心道の典型でもございます。

  身体・肉体を、とうしての宗教であり、労働宗とももうせます。

  <  無限 の  身体  > と < 無限 の心 >
 明日にいたします。  申し訳ございません。

    
       すみません、まさに駄弁です
                       残月      合掌



 <   しあわせな  一日で ございますように   >

        走りながら、失礼いたします。
           21日は、弘法大師・空海和尚の縁日です。
  京都では、JR 京都駅南の< 東寺 >に、国内外の人々
 が、集まります。  寺院の回りを、露天・屋台が取り囲みます。
  ある露天の方は、中国・東南アジアから、仕入れてくるとか。
 そして、この日本で、日本人・西洋人に売るという、なんと。

  しかし、大悲閣を創建された( 角倉 了以 翁  )も同じ事
 をなさられている。 中国・東南アジアの物品を輸入してきたの
 ですから、おもに< 薬  くすり  ><  書籍  ほん  >ですが。
 輸出もしてます。  かの露天商の方は、どうなのでしょうか。
  おもしろい世界です。  市場は、私たち人間の原点の1つで
 ございます。


   毎月、25日の、京都・北野天満宮の縁日も活気に溢れています。
 露天・屋台の方々は、東寺と同じ皆さんかのようです。  ある人は、
 < 物品を、高く売りすぎる >と言う事で、出入り禁止になったと
 聞きます。 滅茶苦茶( めちゃくちゃ )な事はないようです。

   この北野の地も、歴史が古く、平安京内裏の( 安嘉門
 あんかもん )が近くにあり、世界中から、東南アジア・中国
 から、色々な、珍しい物・貴重な物・大切な物の、集まる所だった
 ようです。  そして、近くの一条通りが、妖怪ストリートとして
 現在、町の活性化に一役買っています。   粗末にされた
 物品が< 妖怪 >になるといはれています。  この一条通りが、
 まさに<  百鬼 夜行 ・ ひゃくき  やぎょう ・ 妖怪行列  >
 の現場なのでございます。  実に面白いですね。 
    物の集まる所に、物の( ばけもの )が出る。


      
         invictus  6        (    おわり  )

  <  映画 「 インビクタス  負けざる者たち 」  >

   「 負けざる者たち 」

   色々言葉は、ございます。


   「 征服できない者たち 」
   「 征服されない者たち 」
   「 無敵の者たち 」
   「 不屈の者たち 」  
   「 大自由人たち 」   
   「 遊戯三昧( ゆげ ざんまい ) 」 ( 大笑 )


 『  私は、我が< 運命 >の支配者。
    私は、我が< 魂 >の指揮官。  』

   < 運命 >、ふりかかる出来事・アクシデント・トラブル。
    あらゆる事柄に、 束縛されない< 魂 >。

    < 運命 >< 魂 >のために、
    もしかしたら、
    やはり、
    <  心  >が、大切かもしれない。

    <  無限の心  >
    <  かぎりない ( 心 ) >
    <  かぎりない  「 私 」 >


   この( 心 )と、この「 私 」を、一つにする事が、
   私たち人間の、第一義的仕事かもしれません。
       むずかしい。
     でも、やらねば ならない。

     そして、やはり 「 神 」 「 仏 」が
    出てこざるおえない。
  ( 心 ) 「 私 」 「 神仏 」を、一つにすることか?

     ≪  かぎりなし  ≫が、上の三つより
   とても、とても、重要かもしれません。  
    <  限り  無し  >つまり ≪  無限  ≫という、
        ことでございます。



     詩 『  インビクタス  』  にある、
  i  thank   whatever    gods    may  be

    for   my   unconquerable    soul


     どんな神であれ  感謝する

  我が負けざる魂< インビクタス >に。




      負けてしまうのが、普通の私たちの
   <  魂  >です。
     (  人類歴史的に、簡単に負けてばかりです  )
     (  日常生活的にも、簡単に負けてばかりです )(笑)
    でも、
     「 神 」から、いただいた「 魂 」かもしれない。
     ≪  無限  ≫からの、贈り物・ プレゼントの「 魂 」
         かもしれない。

       で、ございますから、
      私たちは、人間に生れてきたいじょう
   負けないように、していこうでは、ございませんか。
     尊き、尊貴なる「 魂  」を
       いただいて、いるのでございますから。( 笑 )


       できると思います。
          できます。 ( 大笑 )


    長くなってしまった、まさに駄弁です。 でも、愛をこめて。(笑)
                     残月      合掌


   ≪   無限なる 光よ
          清き明るい 光よ
             この世に  満ち溢れんことを

        我らが、身体と心に そそがれますように
           そして、あらゆる病を
              癒したまえ( いやしたまえ )    ≫


                   失礼いたします。
       p.s
     ≪   無限  ≫ と  ≪  永遠  ≫は
       同じかもしれません、すると、
         また、味合い・響きが、変わってくる
            気がいたします。







              新聞に、よりますと、
   「  アパルトヘイト( 人種隔離・差別 )抵抗
    闘争を率い、民主化後に、黒人初の南アフリカ大統領と
  なったネルソン・マンデラ氏が18日、95歳の誕生日を迎えた。
  
    危篤状態と発表され3週間以上が経過したが、ズマ大統領は
  同日『 医師団は マディバ( マンデラ氏の愛称 )の健康状態が
  着実に好転していることを確認した。 』と、述べた。  」


    『  アパルトヘイトを撤廃( てつぱい )に追い込んだ、
     タタ( 父 、尊称 )が、私たちにもたらしてくれたものは、
    余りにも大きい。 毎日毎日回復を祈っています。  』

    『   マディバは、
      人間には、最良のことができることを、示した、
      真の英雄で、賢者です。  』


     小生も愚僧も、
   同じように、感じ思い、毎日心配しています。
   でも、95歳だから、無理なさらず、
   ゆっくりと、この世を過ごしていただきたい。
     
     南アフリカも日本も
   アジアも中近東も、世界中、どこも、大変です。

     一歩一歩、進むほかございません。
   己が、自分の立場で、小さいものですが、
   一つ一つ、なしていくほか、ございませんね。

     小生・愚僧、もっと、もっと、早くしなくちゃ。
   遅い、遅すぎる事もある。 反省、大反省。



        キリスト教で、
    「  汝の(あなたの)、 
     敵( てき )( 気に入らない人 )( 都合悪い人 )を、
     愛せよ( 大切にせよ )( 粗末にするな )。  」

      マンデラ氏は、
     『 敵 』 を  『  なかま( 仲間 ) 』 とした。
       よき社会・よき国家
       よき地域・よき町
       よき生活
       よき隣人のために。


      大きな目的・目標
      高い理想・志( こころざし )
      無限の心 ( 仏教でいう )

      過去・現実に、しばられない。
      未来を、つくろう。
      明日を、きずこう。


      それには、
      やはり、昨日の祈りでは、ございませんが、

      <  こころ  の  つよさ   >( 心の強さ )
      <  たましい  の   じゆうさ  >( 魂の自由さ )
      が、必要ですね。
      まさに、 マンデラ氏のように。


      どのようにして、獲得するのか?
      これが、  小生・愚僧・残月のもとめている事で、
      ございます。

         そして、皆さまとともに、
       人間として、良き人生を、全う致したく願っております。

         日本の歴史的貴重な遺産でもある、
       嵐山大悲閣( 千光寺 )を、守り再興しつつでございます。

          よろしくお願い申し上げます。


    駄弁ですが、御祈りとともに。
                 残月    合掌


   <  愛されている実感を、あじあい、
        小さくとも、 愛している実行を、おこないたい >
            「  つらくても、生きている  」
            「  自分は自分なのです  」

   <  愛せない時は、( 自分を捨てるといい )  >
            「   ゴミを ひらおう 、
                   そこに、落ちている  」

          走りながら、失礼いたします。
         新聞によります( 南アフリカ・ヨハネスブルク )

    朗報 <   「  容体、著しく改善  」 と 家族。  >

        マンデラ氏は

      「  ヘッドホンを着けてテレビを見ており、笑顔を浮かべた。
           目や手の動きで意思疎通している。  」
               ・ 人工呼吸器が使用されているという。



       数週間前ですか、氏の< 墓地 >をどこにつくるか?
     で、御家族の間で、裁判になっていましたね。
       私たち人間の、考えたり行ったりする事は、
     世界中、共通ですね。  無事、決定したそうです。
     よかった。 ( 微笑 )


       「  英雄を  必要とする国民は  不幸である  」
     マンデラ氏は、まさに、英雄でなく、
         独裁的 暴君でなく、
       『  我らが  良き隣人( りんじん ) となりの人  』
         なので、ございます。
           そのように、語られています。
         だからこそ、良き仕事が、達成されたのでしょう。

    
          私たちが、めざすものは、
        この 「  良き 隣人  」 なので ございます。
           どのような、公的立場につこうとも。

           <  隣人とは仲が悪いものである  >を、
        十二分に、ふまえて、
       できるだけ、精一杯にでございます。
       相手から観れば、こちらが、まさに、
          <  やっかいな  隣人  >なのでございます。

       君子の交わりは、水の如く淡い 。  
          君子( くんし )( 目指したい 理想の人間  )
          人との、付き合い、交流は、
          水の如く・ように・  淡い( あわい )
          べたべた しない。
          べたべた、 甘えあって ケンカする。 当然。 ( 大笑 )
          甘えない、できることは自分でする、 そして、
                 助け合う・ 支え合う。

          水の如く淡い、しかし、そして、  < 長い >。


          人間関係における、

              『  和  』  と  『   同   』

            のちがいを、各自、わからなければ ならない。
          識別できなくては、ならない。
          失敗・ 痛い目に合いながら、体験を積んで、
            体得しなくては、ならない。 (  儒学  儒教 です )



          映画 「 インビクタス 」 の監督は、
        クリント・イ―ストウッド氏で、ございますね。
        何も、語る必要もない、スター俳優さまですね。
      素晴らしい映画を、次から次え、作られてます。

          日本とアメリカの戦争を、
        各々の立場から、視点で、制作されてますね。
       小生、恥ずかしながら、まだ、観てません。
          努力不足です、覚悟不足、反省。 ( 笑 )



           とにかく、
       <  魂( たましい  )の  自由  >
       <  心( こころ ) の  平安  >
       <  身( からだ ) の  健康  >
       <  他( みんな ) の  幸福  >
       <  食( たべもの ) の 安定 >
       <  住( すまい ) の 安泰 >
           、、、、、、、、
          、、、、、、、、、、
        世界中、日本中、わが町において、
     ( おとなりさん )たちと、
     ( 身近な  なかま  )と
         家庭・学校・職場・地域・業界
         学級クラス・ 工場 ・ 事務所
        あらゆる尊き現場において、

     お互いに、心から願い、
    ( あきらめては  いけないのです 、 つらくとも )
     共に、築きあげて行きたいものに、ございます。

       むずかしい、むずかしい、
     だから、わたしたちは、なしていくのです。
       古人・先人に、学びながら。



          またしても、駄弁です。  でも、喜びとともに。
                   残月    合掌

   <   今日  一日が  しあわせで  ございますように  
           心 の 強さ
             魂 の 自由、あればこそ。
                 みんな、お互いに。      >
   <    御病気・ 御ケガの
            ( なかま )の
               一日でも早い、ご回復を。  >

            走りながら、失礼いたします。









           今日が、ネルソン・マンデラ氏のお誕生日です。( 1918年 )
    なんと、95歳、おめでとうございます。
  御静養・御治療中とのこと、どうか、ごゆっくりとなさって
  下さいませ。   遠い国から、御祈り申し上げます。


     映画 「  インビクタス  」は、
   < 英雄は、すばらしい >という英雄賛歌では、ありません。
   なんと、スポーツ映画なのでございます。
   サッカーでもなく野球でもなく、ラグビーのお話です。

     南アフリカの白人を中心とした弱いチームを、
   黒人もこぞって応援して、ワールド・カップ優勝したという
   お話です。

     
     黒人を、差別し弾圧し虐待し、いじめぬいた白人たちは、
   黒人の新大統領による、< 復讐  ふくしゅう  >
                  < 仕返し         >
                  < 報復  ほうふく    >を、恐れた。

     でも、おこなわれなかった。
   < 自由 >を、尊重する彼は、おっしゃつている。
   <  ゆるし が  魂( たましい )を 自由にする  >と。


      白人と黒人が共存する、国家の代表チームとして参加し、
    国民が まさに、< 心を一つ >にする、
              < 心を一つ >にできた、お話、事実でございます。


      人間が、生きて行くのは、むずかしい。
    人間が、よく生き続けるのは、また、むずかしい。
      でも、
    人間として、生まれてきたいじょう、
    人間らしく、生きぬきたい、ものでございます。

      「  人間らしく、いきぬく  」とは、どういう事か?
    その、一つの答えが、ここに、ございます。
      先人たちが、他の答えも、たくさん残してくださっています。
    共に、皆様方と、学び合っていきたく存じます。
      よろしくお願い申し上げます。


   『 conquer   yourself   ,  before    you   conquer    others

                    人に勝つより、  自分に勝て     』


          駄弁ですが、敬意と御祈りをこめて
                               残月    合掌


<  一日が   しあわせで   ございますように   >
<  清き光が  満ち満ち溢れ  ますように   >
<  苦しみ  悲しみが  すこしでも  へります ように  >


<  御病気・御ケガの( なかま )の
           一日でも  お早い  ご回復を   >


           走りながら   失礼いたします。





        
         invictus    2
 
     beyond  this  place   of   wrath   and   tears

    looms   but   the   horror   of    the   shade,

     and   yet   the   menace   of   the   years

     finds   and   shall    find   me    unafraid,



     はげしい怒りと  涙のかなた  には

  おそろしい  死だけが   せまる

  だが  長きにわたる おどし を受けて  なお

  私は  何ひとつ   恐れはしない


   
  it  matters   not   how    strait   the     gate,

     how   charged   with   punishments   the    scroll,

     i  am    the    master    of     my    fate,

     i  am    the    captain   of      my    soul,


  
     門が   いかに   狭(せま)かろうと

  いかなる  罰(ばつ)に苦しめ られようと

  「  私は  我が運命の   支配者   」

  「  私は  我が魂の   キャプテン   」


         <  ウイリアム・アーネスト・ヘンリー  作  >


   何故、この詩を、昨日・今日と書かせていただいたのか?

   この詩により、< 自分の運命 >に、

            「  負けざる者  」
            「  支配されない者  」
            「  不屈な者  」。

            つまり、
           < この世 >を
           < この社会 >を
           < 他人 >を
           < あの人 >を
           < この人 >を
           < 自分以外 >を
            そして、
           < 自分 >を
           < 自分の、000 >を、
  
            恨んだり、
            嫌ったり、
            軽んじたり、
            疎んじたり、

            決して しない。
            やってしまうと、負けなのである。
            考えよ、理解せよ、
            愛せよ、
            許されてる我は、人を許せる
            決め込むな
            思い込むな
            柔軟に、柔軟に、とらえよ
            まさに、観自在( 自由自在に 観る )
                 ある物を、前から、横から、後ろから、
                       斜めから、裏から、
                        、、、、、、、、、
            そして、
            だからこそ、
            いい方向へ、
            変えることが、できる。
            新しい道が、見えてくる。


           マンデラ氏   恨んだり、嫌ったりすることが、
                   なかった。  27年間も、
                せまい、せまい、独房に閉じ込めて
                られていたのに。
                  < 魂の勝者 >
                    そして
                    だからこそ、
             <  現実の勝者 >になれたのである。


               私たちも、星を見失うことなく、

            ともに、歩もうではございませんか。

         映画 『 インビクタス 』 必見。( 2度目のご案内 )


       祈りとともに        残月     大大合掌










              invictus
 
     out  of   the  night   that    covers     me ,

    black  as   the   pit  from   pole   to   pole ,

   i   thank   whatever    gods    may    be

    for   my   unconquerable  soul  ,


            インビクタス  ( 不屈・ 支配されない )

  わたしを  おおう真黒な夜、

  鉄格子にひそむ奈落の闇、

  どんな神であれ 感謝する

  我が負けざる魂(たましい)インビクタスに、


  
  in  the  fell  clutch  of    circumstance

    i  have  not   winced   nor  cried  aloud,

     under  the  bludgeonings  of   chance

     my  head  is bloody,  but    unbowed,



    無惨な 状況に おいてさえ

  わたしは  ひるみも 叫びも しなかった

  運命に  打ちのめされ

  血を流そうと  決して  頭をたれまい



             つづく  ( 半分です )


     ネルソン・マンデラ
   南アフリカ大統領の、27年間の
  せまい独房生活を、ささえた詩です。

   < ウイリアム・アーネスト・ヘンリー 作 >



     ここ数週間、マンデラ氏の体調の悪化が
    伝えられています。
     まさに、『 人類の星 』
    おろかな私たちを、まだまだ、
    お導きくださいませ。

   今朝は、何故か、この詩を書きたくなりました。
 マンデラ氏の、ゆるやかなる、この世の旅立ちを、
  御祈り申し上げます。



       祈りとともに       残月    合掌



  









      暑い日々でございます。
    皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
  昨日の、京都・嵐山・嵯峨野は、妙な天気でした。
梅雨は、終わったと言いながら、ここ2・3日雨ばかりで
  ございます。

    皆さまのお住まいの町は、いかがでしょうか?
  後2カ月、9月15日までは、確実に暑いですね。
 9月23日が秋分の日でした。  御彼岸までは辛い
ことでしょう。    いえ、町・街によって、違いますね。(笑)


   先日、テレビで「 遺伝子 」のお話を聞きました。
 「 遺伝子 操作 」による、病気の治療の発展は、
驚嘆いたしました。  実に、すばらしい事です。
100年前は、考えられなかった事でしょう。

   難病に対して、
  一日一日、進行する病気に対して、
  新しい治療方法の発見と、
  一日でも早い治療方法の確立が、
  求められています。

    この前、いい風景を目にしました。
  京都は、神社・仏閣が多いので、皆様方はよく、
 門の前で記念撮影されています。  ワイワイ・がや
がや・  ある方々は しんみりと ( 笑 )。
  

   ある大学の、ある研究所の玄関の前ででした。
 男子中学生とご家族が、記念撮影していました。
 「  へー  めずらしいな  」
 「  なんの、研究所だろうか ?  」

   近づいて、よく観ました。
 なんと、日本が先駆けし、世界をリードしている
 研究所では、ございませんか。
   まさに、難病・進行する難病に対して、
 挑み戦っている、< きびしくも、尊い所 >でございます。




       微笑ましい風景でした。
      若者よ。  続いてください。
     大人が、必死に努力しています。

       あらゆる分野で、
     いい大人を、見つけてください。
    絶対に、います。
    心から、尊敬できる人を見つけてください。


       禅の世界でも、
    昔から、< 師匠を見つけるのに、3年かけよ >
    だったと存じます。



       駄弁ですが、、、        残月    合掌



  <  今日   しあわせで
          充実した 一日 でありますように  >

  <  清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >

  <  苦しみ  悲しみが  すこしでも
         この世から  へりますように   >

  <  あらゆる存在が   粗末に
          されませんように      >

  <  まちがい  てちがい   かんちがい
          を  あまり しません ように  >

  <  不平 不服  不満 のまえに
           深呼吸  一工夫。
        それでも  だめなら、
             創造です。
        新しい道を、つくる。  >

  <  御病気・御ケガの( なかま )の
         1日でも   早い  ご回復を  >


              失礼いたします。






      死者を思う。
     死者に感謝する。
    死者に、好物・好きだった品をささげる。
   死者の、幸福を祈る。( 冥福  死後の幸せ  めいふく )


      苦しんで、死をむかえた人を思う。
     悲しんで、死をむかえた人を思う。
    無念の、死をむかえた方を思う。

     どうか、安らかな死後で、いていただきたい。
   苦しみ・悲しみ・無念さ・怒り・やるせなさ・・・
 どうか、克服していただきたい。
   それには、
  私たち、今の生存者の、生者の< 生き様  生きざま >
 ( 次第 しだい )  でしょうか?


     現在の日本人は、
   先の戦争による戦死者、死者によって 、支えられている。
 『  支え  』 に、絶えず、感謝の思いを、捧げなくてはならない。
   国家の 貿易による 「 < 食物 >に支えられ 」てもいますが。(大笑い)

   < 個人の生存 >を 超えた、何かを、考えなくてはならない。

   < 日本人としての、個人の生存 >
   < アジア人としての、個人の生存 >
   < 人間としての、個人の生存 >

   < 個人の生存 >なんて、小さくて弱いものです。
   社会・国家の形・体制・法律・権力・権威によって、
   支配されることが、多い。
     人類10000年の歴史でも、
     人間 3000年の歴史でも、明白です。

    先の戦争の後、
   日本が、北海道は、0000国の支配、
         本州は、0000国の支配、
         四国は、0000国の支配、
         九州は、0000国の支配と、なっていたかもしれません。

    そうなると、< 今の私・自分 >は、どうなっているであろうか?
   < 個人の生存 >の ありようは?
   どのように、( 物・事・人・心 ) を、とらえ考えて、
  いるので あろうか?

    『  天地に支えられた< 個人の生存 >  』
    『  神仏に支えられた< 個人の生存 >  』
    『  父母に支えられた< 個人の生存 >  』

    『  地域に支えられた< 個人の生存 >  』
    『  社会に支えられた     ・
    『  国家に支えられた     ・
    『  アジアに支えられた    ・
    『  世界に支えられた     ・

    
    『  地球に支えられた     ・
    『  宇宙に支えられた     ・

    『  過去に支えられた     ・
    『  未来に支えられた     ・

    『  心に支えられた       ・
    『  愛に支えられた       ・

    『  空に支えられた       ・

    『  真理に支えられた     ・
    『  原理に支えられた     ・
    『  価値に支えられた     ・

    『  通貨に支えられた     ・
    『  金銭に支えられた     ・

    『  身体に支えられた     ・         』
    『  物品に支えられた     ・         』

       恥かしながら、忘れていました。

    『  悲しさ
    『  苦しさ
    『  憎しみ
    『  恨み  がある、もつ、とらわれた、
             支配された、忘れられぬ、
                   < 個人の生存 >  』



        < 個人の生存 >の在り様の< 自覚 >から、
      様々な「 <  個人の生存 >の<  消滅  > 」、
    つまり、「 <  死  > 」が、
   様々に、とらえ考えることが できます。

            つづく


     駄弁ですが、真剣に
                      残月   合掌

 <  霊とは何か ?   魂とは何か  ?
      されど、

        心からなる、
           慰霊( いれい ) なぐさめ
           鎮魂( ちんこん ) しずめるを、、、。  >

               失礼いたします。
     とても暑い日々でございます。
  1日の参詣者は、10人もございません。( 笑 )( 笑えない )
 静かなものでございます。  蝉の声もあまりいたしません。

     私たちは( いつも、2から3人で、山寺を守っています )、
   普段できない事を少しずつ行っています。
 客殿は大改修していただいたのですが、出入り口の屋根が
ないので、そこに手を入れています。
   数年前から、尽力していただいている御方が
 なんでもできるので、とても有難く感じている次第です。

 本当に、大悲閣は、
いつも、どなたかに助けていただいています。

      角倉 了以翁 ・ 素庵さま
      千手観音さま
      おシャカさま
      仏さま
      後嵯峨天皇さま
      道空上人
      ・
      ・
      ・
      ・
   多くの方々にお守りされています。
  本当に、ありがたいことでございます。


    もう7月も中旬になります。
  8月からのお盆の、準備もしていかなければ、なりません。
  大悲閣千光寺は、墓地がなく、普通にいう檀家さまは
  ございませんが、 京都の北野にある小さな寺院の
御手伝いをさせていただいているので、そこの檀家さまの
お参りのため、御盆は、これから一か月とても忙しくなります。


    嵐山を留守する事が、多くなるかと存知ますが、
  どうかご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。
    大悲閣千光寺は、
   いつも、必ず、大雨・大風・大水・・・以外は
  参詣できますので、どうぞ、この夏、御時間が
  ございましたら、御足を伸ばしてくださいませ。( 笑 )

    春 ・ 秋  には感じる事のない、
  何かを、 御発見できるかも  知れません。

    渡月橋から、1200メートル。
   川沿い、1000メートル。
   階段( 坂道 )、200メートル。
  <  天の時  >
  <  地の利  >
  <  人の和  >
       三つ、そろっても、むずかしい。
       登山・入山門するのは、大変です。 

    大悲閣へは、
    まさに、<  心の力  >が必要です。( 大笑 )


       駄弁ですが、感謝をこめて
                        残月   合掌

  <  今日一日  しあわせを
             感じる事が  できますように   >
  <  清き光が  満ち満ち溢れますように   >
  <  苦しみ   悲しみが  すこしでも  へりますように  >

  <  まちがい   てちがい   かんちがいを
        あまり  しでかさないように       >

  <  あらゆる存在が   粗末にされず
          尊重されます  ように     >

  <  御病気・御ケガの( なかま )の、
         一日でも早い   ご回復を   >

         小走りにて  失礼いたします。



    7月12日が、了以翁の祥月命日( しょうつき めいにち )です。
  1614年・慶長19年・7月12日・当月当日でございます。
  ただし、旧暦( 太陰暦 )であり、石碑には「 秋7月12日 」と
  刻まれています。

    例年、今ごろは、梅雨の最中で、法要はいつも雨でした。
  了以翁は、龍神様の御子だと納得しつつも、参詣者の方々が
  難儀なされますので、現在は、春ないし秋に開催いたして
  ございます。

   本年の400年忌法要は、5月12日に角倉家の菩提寺で
  ございます嵯峨二尊院さまで、厳修させていただきました。
  5月13日から5月いっぱい毎日、嵐山大悲閣・千光寺で法要
  をいたしました。
   
   皆さま方の御蔭をもちまして、400年忌法要を修行させて
 いただいてございます。 本年は、丸1年、「 了以翁 年 」と
 とらえてございますので、 どうぞ、いつでも、御参詣くださいませ。



  数十年前は、秋に < 了以忌と 川施餓鬼法要  >を
開催いたしていたようです。  了以翁と ( 川 )は密接なので、
この秋の行事を再興できないかと、考えてございます。
  昨年は、春、< 399年忌と川施餓鬼法要 >を小規模
ながら、開くことができました。 


  昨日、立派な御花をいただきました。
名古屋の前田さま、不遜ながら了以さまになりかわり、
心より御礼申し上げます。
  本日、夕刻、
保津川下りの船頭さま方が、お参りに来てくださいます。
皆様方も、驚きと御喜びなさられるに、違いございません。
  本当に、ありがたく衷心より、感謝申し上げます。


       御報告と御案内です、感謝をこめて。
                     残月   合掌


<  今日 一日  しあわせ でございますように  >
<  清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >

<  悲しみ  苦しみが  すこしでも
             へりますように    >
<  全ての 存在が  粗末に されないように
      全ての( いのち )が
         大切に されますように  >

<  不平・不服・不満のまえに、
        深呼吸して、 一工夫を   >

<  暑い 暑い   にげるな。
      暑いに、なりきる。
         時には。   >

<  御病気・御ケガの( なかま )
   1日でも  お早い  ご回復を 御祈りいたします。 >


            失礼いたします。
     蝉の声   夏の心や   奮い立つ  ( 残月 )

7月11日(木)  清廉潔白 <2>

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     先日の、つづき 、です。
   清廉潔白 ( せいれん けつぱく )、いい言葉です。
  このように、在りたいもので、ございます。
  このように、成りたいもので、ございます。

  < 自分・己・おのれ・私・我 >の損得ばかり考える。
 疲れるような気が、いたします。
なんだか、ビクビク してしまいそうです。
やはり、私たち人間は、何かの、どなたかの、
お役に立てたら、うれしい動物でございます。

  しかし、< 自分 >の損得に追われたり、
  しかし、< 何か・どなたか・の役立つ事 >が、
        どういうことか、分からなくなったりします。

      「  なにが、なんだか、わからない 」
      「  だから、もう、金銭のためにと、
         全て、わりきろう。 」
      「  家族のため、わりきろう。 」

      「  でも、面白くない  」
      「  疲れる、いやになる 」
      「  何のために、生きるのか ?  」
      「  もっと、大きな
         もっと、広い
         もっと、深い
         何かのために、生きたいものです。

         たとえ、明日の、今日の、
              食べ物・金銭におわれようとも。  」

        ( アンパンマン の歌がありました )
      「  何のために、生まれて
         何のために、生きるのか?

        わからない、まま、おわる、
        そんなのは    イヤだ。    」

         <  イヤ だ >
         と、思った時、立ち止まった時、
         チョトでも、
         ゆっくり考える、場所・機会・環境が
         あったら いいですね。

         いえ、必要です。( 笑 )
         本当の意味の、寺院であったり、
         本当の意味の、学校であったり、
         本当の意味の、休暇であったり、
         本当の意味の、( なかま )
         本当の意味の、師匠・先生・友達であったり、ですね。

         まずは、(笑)、
         日常を離れず、日々の生活を通じて、考えたいものです。



        『  大義 ( たいぎ ) 』 は、むずかしい。

        時代・社会・地域によって、異なることが多い。
        歴史的には、まちがってしまう事も多い。
        何が「 正義 ( せいぎ ) 」 なのか?
        「 正義 」 で ケンカをして、
          (  私は  正しい  )( 私だけ  正しい )(大笑)
        「 大義 」 で 戦争する。
          (   私たちは  正しい  )
          (   私たちだけ  正しい  )(大笑)



        『  無我  ( むが )  』  の世界がありました。

        「 私心 」 「 エゴ 」 「 自分中心 」 を  
          離れた、忘れた、超えた世界がありました。
         ( 自分 )を、できるだけ、捨てた世界。
         ( 大宇宙 )と、一つの世界。
         ( 呼吸 ) そのもの、
         ( 生命 ) そのもの、
          所有感 より 存在感
          ( 一如 )  2元を超える。 すでに、一体。
               陰陽・生死・自他・物心・身心・男女・損得・好悪。
          ( 太一 )


        <  そうだ   京都へ行こう  >でなく、(笑)
        <  やはり   無我の生活を  > ( 大笑 )
              社会正義を考えつつ。( 大笑 )( 笑えない )

                          つづく

       駄弁ながら、真剣に         残月     合掌



     <   今日  一日が   しあわせで  ございますように  >



            走りながら、失礼いたします。
         高温です、お互い、御無理しないように、、、、。









7月10日(水)  高齢者の万引

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     大悲閣の御協力者の方から、メールいただきました。
  スーパーのお仕事をなさられた経験が、おありだそうです。
「 とても、おばあさんの、万引が多いです。
 おじいさんも、しますが、どなったり、まとわり付いたりします。」と。
   なんと、
 小生は世間知らずです。

「 書店の万引が多くて、非常に困る。損失額が大きい。」と。
「 万引というのでなく、『 窃盗、< ぬすみ > 』であると、
   明言・断言しない。 」
「 犯罪の入り口である。 」とか、耳にしてましたが、
  なんと、
 高齢者の万引が多いとは、嘆かわしい。
  どうしたら、いいのでしょうか?

   自分の、おじいさん・おばあさん・あじさん・おばさん・
 おにいさん・おねいさん・先輩たちが、< 万引 >していると
しましたら、 どうしたら、いいのでしょうか?





   「 刑務所が高齢化している、
 高齢者の再犯率が、近頃、高くなってきている。 」という
新聞記事は、何度か読みましたが、、、、、、、、、、、。


 『  < 65歳から、皆、菩薩さまを志そう >キャンペーン。
  世間の損得・好き嫌いを超えて、自由に生きて、
 本当の楽しみ・安心を味会うでは、ありませんか。  』
            嵐山  観音菩薩会( 仮称 )( 笑 )

    このような事を、始めようかなと思っていますが、
  早めに、なさねばならない気がしてきました。
    僭越( せんえつ )ながらと、いってられないです。
  言うのが、おかしい。 
     < 道忠・ 何をしているのだ >です。
     < おそい >
     < 托鉢 (たくはつ)は、どうした? >
     < 辻説法は、どうした?  >

    もっと、世間にかかわらなければ、ならない。
   反省です。




       余談です。
     知人・協力者・メールの御方の心配して下さった事。
     大悲閣の土地の問題。
   明治時代に、境内地を全て、うしないましたが、
  戒岳・春応・仁轟( 四海住職 )和尚三代で、根本は解決してます。
    「  立ち退きなど、ございません。
       御安心くださいませ。   」
    「  供養塔納骨堂を建立のために、
       土地の購入が残っているのです。
      法律も、ややこしく、ございません。
      御安心くださいませ。  」

     この御方は、毎日、ブログの感想をメールしてくださいます。
   ありがとうございます。 ( 返信したことございませんが。
   スミマセン。  質問なら、御答いたしますが、、、、笑  )

      よろしければ、メール、御遠慮なく。
    御忠告・御批判も、ございますでしょう。
    無視が、一番いいですね。  反省には。( 大笑い )


        駄弁です、覚悟とともに。
                   残月     合掌


  <  しあわせな   一日で  ございますように   >
  <  清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >
  <  悲しさ   苦しみが  すこしでも  へりますように  >


  <  御病気・御ケガの( なかま )の
          一日でも お早い   ご回復を   >

       小走りで、失礼いたします。





    






7月9日(火)  昨日の嵐山

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    暑いですね。 山の上でも、とても暑い。
 梅雨が終わったとか、もしそうだとしたら、水不足にならない
だろうか?  例年の半分の雨量のような気がいたします。
  蝉( せみ )が鳴き始めました、北海道とか九州は
いかがでしょうか?   夏は夏らしくあり、私たちも夏を
味合い尽くしたいものでございます。
  夏の暑さは当然ですね。
< つらくとも、イヤと 嫌ったら負けですぞ >
< さけれない物事は、正面から正しく受けとらなければ、ならない>


  昨日、ある新聞の和歌の欄でした。
ある母君の和歌でした。 正確に記憶してないので、
和歌そのものは記述できません。
  でも、その心、その心根を伝えたく存じます。

 まだ、小さい子供さんがいらっしゃるみたいです。
死が近づき、子供に残せる遺産などなにも無い、と。
ただ、「 < 『 死 』を迎えた >という事実。 」を遺す、と。
なんと、、、、
「 < 『 生 』き抜いた >という事実。 」です。
  伝わります。 尊い遺産です。


    ある旅行会社の企画です。
  保津川下りをし、開削者・豪商 角倉 了以翁が建立し、
等身大の坐像がある「 嵐山 大悲閣 」をお参りする。

   いいですね。(笑)
 でも了以翁は、あまり知られていないそうです。(笑)
 上司が、いい顔しないとか?(笑)
愚僧は、毎日一緒ですから、ついつい、どなたも御存じだと。(笑)
    やはり、
  観光においても、
「  偉人を知る  」 とか、 「  恩を 忘れない  」のテーマ
も 必要ではなかろうか?
  いい先生のお話も、ございます。(笑)
   (  修学旅行では、ないぞーー )( 大笑 )


   昨夜、暑くて眠りにくかったですね。 全国的?
 気温も、さることながら、
1つの新聞記事が、頭からはづれませんでした。

   「  高齢者の万引摘発、 未成年上回る  」
     ( 昨年、警視庁調査
     ( 孤独感や生活苦背景。 )

    私たちの日本社会は、どうなったのか?
  ご高齢者に、< 万引 >させてしまう社会を、
 この世を、作ってしまったのか。
   申し訳ない。 ほんとうに、すみません。


    駄弁ですが、涙こらえて

                   残月    合掌

<  どなたも  しあわせを
      感じきれる  1日で ございますように  >

< 御病気・御ケガの( なかま )の
      1日でも お早い ご回復を   >

       走りながら、失礼いたします。


       昨日を、 「 嵐山大悲閣 千光寺 」の 
    再興計画 第2期  第1日目としたいと存じます。(笑)
  平成25年 7月7日・ 七夕( たなばた )祭りでした。

    昨日のブログの内容が、
  寺院と愚僧の、現状を整理できていましたり、
 まさに、懸案の< 土地問題 >の早期解決の覚悟を
 決意した昨今だからでございます。

    それにしても、不思議でございます。
   本年 5月31日(金) 角倉 了以翁 400年忌法要
  の最終日に< 早期解決の要望 >の連絡があったの
 でございます。
   ( なんと、「 一息も つかしてくれないのか? 」 )( 大笑 )
   ( と、31日は思ったものでした。 )
   ( ちょうど いい、「 全力を尽くそう 」です。 )(笑)



    昨日の つづき です。
  「 高潔 ( こうけつ ) 」にして「 清廉 ( せいれん ) 」
  であった、武士( サムライ・侍・さむらい )たちについて。

   「 高潔 」 「 清廉 」も、< きよらか >の意味が強い。
 

   <  きよらか >とは、何か?
  「 私心 ( ししん ) 」が無い事、
  自分だけが、損せず、得したいという心が無い事。

    「 私心 」なくして、この世・現代社会を
  生きていけるのか?
    どなたも、思う疑問だと存知ます。

       しかし、
    「 私心 」の無い世界・物事・人物に
  感激・感動・共感・共鳴するのも、
 私たち人間の特質のような気がいたします。


   < 「 私心 」の無い世界 >とは何か?
  現代は、また、新たに、熟考しなくてはなりませんね。
 でも、そういえば、経済界の1人のトップの方が、
 よく語られています。  ほんと、日本人は凄い。
   愚僧は、
 もう、考え語る必要はないかもしれません。
 ただ、実行実践あるのみ、か?

    でも、
   皆さまと、共に実行するために、
  少しだけ、
  考え語り合いと、存じます。


    「 私心 」の反対語は、何だろうか?
  「 大義 ( たいぎ ) 」か?



      駄弁です、よく生きるために
                 残月     合掌


   <  すべての人々が  しあわせで  ございますように  >



           走りながら、失礼いたします。








    「 日本男児 」という単語を使用しましたら、先日の
新聞記事を、お話ししたくなりました。 「 日本が、いい 」という
単なる御国自慢ではございません。  日本の弱点・欠点も多い
でしょうから。

   幕末の頃です。
 長崎に、トーマス・グラバーという貿易商がいました。
日本の混乱期に、武器を中心に商いし、活躍した人物です。
現在も< グラバー邸( てい ) >として、彼の屋敷は
観光名所として人気を博しています。
  鶴の港・長崎港を見下ろす高台にございます。
小生は、長崎県五島列島出身ですから、よく存じています。
修学旅行でも行きます。 港は、どうでしょう、どのくらい
船の往復を体験したでしょうか。  朝から、望郷の念に
かられてしまいました。(笑)

  記事はグラバー氏の言葉を伝えていました。

「  私は、とても多くの藩と取引をしました。
  高額の取引です。  でも、一つ二つの例外を
のぞき、ほとんどのサムライ( 侍・武士 )は
賄賂( わいろ )を要求しなかったし、私もできなかった。

  皆、高潔( こうけつ )で、清廉( せいれん )でした。

  後世に、この事は、< 特筆大書 >して
 伝えてほしい。      」 と。


    その昔、武士は少数派でした。
  現代・現在の日本人は、武士階級ともいえます。
まさに、「 高潔 」 「 清廉 」という、
<  精神の よき在り方  >を、
私たちは、学び・身につけようと願い、
身につけなくてはならない。

    今、側に、辞書がなく、
  「 高潔 」 「 清廉 」を調べる事できませんが、
 内容を、丁寧に、ごいっしょに考えたいと存知ます。
  (  今日では、ございません  )

    とにかく、
 < 精神の  よき「 ありかた 」「 たもちかた 」 >こそ、
 私たち求めるべき事柄でしょう。  ( 内面的ですが )
   「 道徳 」「 人格形成 」
   「 道を もとめる 」「 徳を みがく 」など。



    「 武士道 」こそ、
  儒教・仏教・神道・道教・・・・・・・の
よきところを、集めたものかもしれません。


    「 心学 」こそ、( 江戸時代の 石田梅岩  )
  宗教・諸派に、こだわらず、実践のための学問
  かもしれません。


    小生は、現代の「 心学 」をもとめています。
  社会・世間に、もう多く存在し必要ないかもしれません。
  「  嵐山心学  」です。( 大笑い )
     仏教・禅宗が基礎かもしれませんが、
   キリスト教・イスラム教・諸宗教をも、網羅したいものです。
   皆さん、もう、できあがっているぞ、とおっしゃるかもしれ
   ません。( 笑 )

     ただ、< 一 ( いち ) >と
         <  ゼロ  ( れい ) >と
         <  無限 ( むげん ) >が、
   この三つが、「 ひとつ 」になる事が、
   この三つが、「 ひとつになる過程 」が、
  人間の幸福では、なかろうか?と愚考している次第です。
     この事を、丁寧に、考えていっているつもりです。( 笑 )

   
       子供の頃、まわりに、医療関係者が多かったり、
      諸宗教が身近だったりしたので、小生は
   「  私たち人間の、身体的健康
               心理的健康の追究  」だったような
     気がいたします。   結局、< 幸福とは、何か? >
     だったのですが、、、、、見つけられたのか、どうか?(笑)


      どのように、身体の健康は、作ったらよいのか?
      どのように、精神・心の健康は、作ったらよいのか?

      精神・心の健康状態の、一つの表現として、
      仏教でいう 「 < さとり >とは何か?  」を
      考えてもきましたが、、、、、、、。( 大笑い )


      嵐山 大悲閣  千光寺 も、
    これから、第二期目に、入ります。
    二〇年間が、第一期とすれば・
    後、二〇年ですか、
    本堂( 観音堂 )の再建です。
     <  嵐山心学の確立と同時並行です( 笑 )  >

    第二期の初めは、
    土地の諸問題の解決です。
    100年以上前、まさに、幕末・維新期に
    生じた問題です。
      ここ20年間で、だいぶ解決してきましたが、
    まだまだです。  愚僧の時代に解決しなくては。
      ご関心の御有りの方々は、
    どうかご協力くださいませ。
      たんなる「 金銭の問題 」では、ございません。
   「  精神の問題  」です。


      第1期の客殿大改修の大恩人も、
    「  金銭の問題でもあるけど、
       結局、 精神の問題なんだぞ、
        わかるか、住職。 」 と。



     時間があったので、大駄弁となりました
         すみませんでした、  ありがとうございました。

                   残月     合掌


     <   生まれてきたからには、
              だれもが、幸福を実感できる、
                 身体・精神・
            家庭・一族・地域・仲間・
            社会・国家・アジア・世界を、

               みんなで、築きたい
                  もので ございます   >



                  失礼いたします。
        
              








         



     



     


  







      「  死後の世界のことは分からないが、もし
       地獄・極楽があるならば、自分は地獄へ行って、
     そこから這い出すことに希望を持って努力してみたい。 」

        今、100歳になられた御方の数年前の御言葉です。
     本年も同じでしょう。  100歳で、< 熱き心 >。

       そういえば、東京の100歳こえた現役のお医者さまで、
     全国を講演で飛び回ってられる方とか、100歳を迎えて
     さらに情熱を燃やされている女性・美術家( 墨を使う )が
     いらっしゃいます。
       現在の日本には、数万人の100歳以上の方々が
     いらっしゃるそうですね。 きっと、すばらしい方々が
     多く、いらっしゃられることでしょう。



      『 < 命 >の長短は、関係ない。 』と、
     思いつつも、
     現世において、
     < 100年 >生き抜き、かつ、
     < 心 >も、しっかりされているならば、
     仏教的には、『 ほとけ様 』なのでしょう。
     『  御成仏  』です。 ( 大笑い )( 笑えない )

     「  命の完成  」か?
     「  心の完成  」か?
     もう、
     来世は、必要なしか? ( 笑 )


    < 地獄へ行っても、希望をもって、努力する >
     こう思える方は、
     おそらく、
     日々の生活において、
     一瞬一瞬、
     どんな事が起ころうとも、
     どんな目に会おうとも、
     < 絶望 >する事なく
     < なまける >事なく、生きぬかれたからなのでしょう。

     楽な、甘い環境・境遇の、ボンボン? ( 笑 )
         先生いわく、

     「  戦前・戦中・戦後の中国の上海で、
       支配者の横暴、
       被支配者の悲惨、
       を観た。        」と。

     私たち人間の < おろかさ >
               < みにくさ >を御存じです。
      世間知らずの、お坊ちゃんではございません。(笑)

     そして、いわく、
     「  わしゃ  日ごろの  ちゃんとした
          付き合いの  おかげで、
             戦後  皆に 大切にされた  」と。
           (  あまり、無い事です  )
     (  いばり、人を見下し、後で後悔する事が多い )



      駄弁になりましたが、敬意をこめて。
                       残月    合掌


   <   今日一日   しあわせで  ありますように  >
   <   清き光が  満ち満ち溢れますように   >
   <   悲しさ  苦しみが  この世から
          すこしでも   へりますように    >

   <  まちがい  てちがい  かんちがい を
         あまり  しでかさないように    >
   <   不平・不満・不服をいうまえに
         深呼吸して  一工夫を    >

   <  おさなきもの   よわきもの  が
         そまつにされることなく
         まもられ  たいせつに
            されます ように     >

   <  御病気・御ケガの( なかま )の
         一日でも お早い   ご回復を   >

            失礼いたします





      先生は、父上様・母上様を尊敬なされている。
    「 生き方 」 「 生きざま 」に,対してでございます。
  それにしても、子供にそのように思ってもらえるような親子関係
  ほど、すばらしいものは、この世にないのではなかろうか、
  と  現代日本人の小生は、感じます。


      手本・模範・先生・あこがれの人・師匠・尊敬できる方が、
   身近にいらっしゃる・( 遠くても )身近に感じられる事の、
   人間成長における大切さ・重要は、申し上げるまでも
    ございません。
       現代人でなくとも、
       日本人でなくとも、
          好きな人、または、好きな絵、好きな曲
          好きな詩、、、、、、、、、
       とにかく、( 自分 )( 自分の心 )を奪われるような、
     何かに、出会ったり・見つけたり・できたらいいですね。


          東北出身の絵が好きな少年は、
         一枚の絵画に出会い、
        「 わだは  ゴッホになる  」と心に決め、
      そして、世界の版画家になってしまいましたね。




            100歳の御命に問う

      「   父いわく、  死ぬ日まで充実していきるには、
          < 気力 >< 体力 >< 知力 >をしっかりと、
        持ち続けることである。  このことを自覚し、惜しむことなく
        努力することと 真剣に学ぶ気持を持つことである。
           93歳で亡くなる1週間ほど前のことだそうです。

           父のような、「 死 」を迎えたい、と。    」

      「   日々の行動は人のために捧げよう。
         年齢的に、頭脳も体力も衰えて行く、、、、、
          努力を怠るまい。

          死後は献体して後の世に役立ててもらえばいい。
        葬式不要、土に還してもらえばよい。

          死後の世界のことは分からないが、もし、
        地獄・極楽があるならば、
   
          自分は地獄へ行ってそこから、這い出すことに
         希望をもって努力してみたい。

           いきなり極楽に行って、楽をしたいと望んでいない。  」

        なんという御言葉。
        このように思え、言葉にできる、
        すごさ、すばらしさよ。


              宗教とは、何なのでしょうか?


       100歳の師匠に、敬意をこめて     残月  合掌



     <   どのようなときでも
             しあわせが  感じられます様に  >

     <   清き光が   満ち満ち溢れ  ますように  >

     <   よろこび  かなしみが   すこしでも
                    へりますように     >

     <   まちがい  てちがい   かんちがい
            を  あまり しませんように     >

     <  御病気・御ケガの( なかま )の
            1日でも早い   ご回復を     >

            小走りで  失礼いたします。







           
       何故、< 日本 男児 >と小生は記述しているのか?
     100歳の先生は、先の戦争を体験されて、います。
     中国大陸に行ってられます。 詳細は、今、思い出せませんが、
     化学の専門家で工場にいたようです。  多くの中国人と
     交流なさっています。
       とにかく、戦後、
     ご自身が70歳こえて、< 社会奉仕・社会恩返し >として、
     中国に小学校を作っています。

       日本社会に、もう小学校は、いらないですね。
     より高度 上質な教育として、私立の学校はできてますが。(笑)





       中国大陸も、朝鮮半島も、まだ行ったことがございません。

      < 仏教 >< 儒教 >から観ても、
   
    「  大陸  」  「  半島  」  「  列島  」で、
  伝わりかた、浸透の度合い、変容のあり様が、当然ちがいます。

     アフリカから発生した人間が、広がって行った。
    「  大陸  」に、とどまった人々。
    「  半島  」に、とどまった人々。
    「  列島  」に、いたった人々。

      その子孫は、< 民族 >となり、
              < 家庭 >を
              < 社会 >を
              < 国家 >を形成したのでしょう。
           ( 離合 集散  りごうしゅうさん )は、当然。


       とにかく、< 民族の精神 >は地理的要因が強いと
     思います。  「 00000、と考えやすい 」とお互いに、
   配慮・考慮・思いやる事も、今、以上に必要でしょう。

      地球の上の『  人類  』という事、
      アフリカから広がった『  人間  』という事を、
   今より強く、もっと、もっと、もっと、強く考えて、
   世界は、アジアは、国家と国家は、
   交流を、深め、広め、高めあっていかなければ、
   ならないですね。 
     (  あたりまえの事ですね、すみません、駄弁です。 )




        100歳の御命

     不平・不満・不服めいた言葉を 話されず
     感謝・大感謝・恩返しに 燃えてられる

     徹底した、自己管理
     おそろしまでの、自己制御
     心 そして 身体にたいして

     食物に、
     100歳にして、
     感動・感激できる「心の純粋さ」、
     歓喜できる「心の純粋さ」
     心身一如
     自他一如

     、、、、、
     、、、、、、、、、、

                   つづく


    駄弁なれど、敬意と愛をこめて    残月   合掌

  
  <  友よ   元気で   いこうぜ   >

              チャオ






      「  種( たね )を播く( まく )  」

        芽が出る
        茎が伸びる
        葉を広げる
        花が咲く
        虫が来る
        風が吹く
        実が成る
        土に落ちる
        種と為る。



     先の事など分からない。
  でも、(  よき事  )の種を播く。
  すべて、芽がでるわけでは、ないでしょうに。
  されど、種を播く。

     2000年以上前の釈尊を、思い出しました。
  町・町を 托鉢( たくはつ )
        乞食( こつじき )
        遊行( ゆぎょう )していました。

  このように、批判されます。
    「  なぜ  あなたがたは  働かずいる
      土地を 耕し 自ら 食物を育てないのか? 」

    「  私たちは、人の心を、耕している  」と。

        そして、細かく、語られています。
        < 信 >をもつことの、
        大切さを、説いています。

   あくまで、食物生産量が拡大した時代・社会が成立
   してからの、出来事なのでしょう。



       100歳の御命に問う。

  「 神仏を  どう思われますか ?  」

  「  君、  存在を 証明できるか ?  」

  「  大正時代に、ある神社が、火事になった。
        さあ、神さまは、どうなったのだ  」

  「  神仏によって、( わたし )は
        存在して、おりますが、、、、、」

  「  頭の中だけの事だぞ
       ちがうか           」

  「   いったい何を  尊重されますか?  」

  「  心だ  」

  「  心とは 何ですか? 」

  「  精神だ  」

  「  精神とは  何ですか?  」

  「  生き方だ  」

   ( なるほど )

  「  どなたを  尊敬なさられてますか?  」

  「  父  母   である  」


                    つづく

      100歳の御命に 敬意をこめて
                     残月      合掌


   <   どのような時でも
          心の平安を もてますように。  >

   <   清き光が  満ち満ち溢れ  ますように  >

   <   苦しみ  悲しさが  少しでも  減りますように >

   <   まちがい  かんちがい  を あまりしませんように  >

   <   あらゆる存在が  粗末に  
             また、うとんじ  られませんように >

   <   いち 1  一  >は、< に 2  二  >による。
   <  一  (いち) >は、円満か。
   <  一  >は、< 二 (に) >により成立する。  
            先日のブログの説明のつもり( 笑 )


    < 御病気・御ケガの( なかま )の
            一日でも お早い   ご回復を   >


              小走りで失礼いたします。

  













    昨日の つづき  です。
  ブログを書き始めた頃に、数回ご紹介させてもらいました。
70歳を超えてから、自分の財産を、海外に寄付されてきた方です。

  「  日本は もう、 いいのだ  」
  「  世界の日本語学科へ、基本図書の贈呈  」
  「  芸術学科へ、豪華高価な日本絵画集  」
  「  中国へ、小学校の建設  」
  「  英訳 日本国憲法を  世界へ  」
  「  茶室は  京都から 四国の寺院へ  」
  、
  、
  、
  、

この御方のすごい所は、
手数料・梱包料・運送料なども、御寄進されること、
相手方に、一切負担をかけないという、
なさりかた。   できない事です。
<  やるから、よろしく  >は多いらしい。
外務省御役人も、お断りするという、
<  いい事だけど、  時間をさけない  >と。
  でも、先生は、ちがう のでした。
 すべて、こちら持ち、なのです。

  当然ながら、日本の寺院などには、関心ない。
 (  日本は、裕福である。  )
京都の荒廃した山寺などにも、関心はない。(笑)
 (  当たり前です。  小さい世界。  )

  小さな心でない、
  高く、大きく、深い心  で生きてられます。
<  種を 播く   たね を  まく  >
<  未来にたいして   種  を まいている  >

  それは、「  花が咲く種  」でしょう。
 このように、なりたい、ものにございます。


     「  世界中に、いい事されました  」
     「  わしゃ  知らん
           相手が  そう思ってるだけ 」(大笑)

     「  お風呂は、どうされてますか?
           毎日、入っている
           温度調整も自分でする
           一人で、入ってるよ     」

     「   死んだら  どうなるの でしょうか?  
            大地に  帰る
            (大気 とも 聞こえましたが、
            ( 大地でした。
            ( でも、大気も いいですね
            ( 風でなく、気そのもの。    」

     「   人間を  特別 と思ってるだろう。
           犬 猫  と同じ。
               ( 学ぶことが、ちがう )  」


     「   国境は  変わる 。
        、、、、、、、、、、、、    」

     「   神・仏さま  は  どう思われますか?

              君、  存在を証明できるか。  」

         
                         つづく

    敬意をこめて、100年の御命に問う

                      残月      合掌


 <   いかなる時
     いかなる所でも
        しあわせを、感じきれる
            人間に なれますように   >

 <   清き光が
        この世に
          満ち満ち溢れ
             ますように      >

 <   苦しさ   悲しさ が
          少しでも、
             この世から
                減りますように   >

<   御病気・御ケガのなかまの
          1日も早い
             ご回復を     >


      小走りにて   失礼いたします。
















  











7月1日(月)  100歳の日本男児

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    昨日、午後12時に1本の電話をしました。
 おそる、おそる、(  出て下されますように、 なにとぞ   )
          (  出られないぞ、   む  む  む   )
          (  え え  どうしょう  まさか   )

          (  いらっしゃられた   どなた だろう? )

          「  もし  もし  、 嵐山のーーーですが、、、、 」
          「  、、、様でしょうか?  」
          「  やあ、 ひさしぶりだ   」
          「  100歳、おめでとうございます  」
          「  おぼえてくれてたのか   」
          「  寝たきりの、100歳ではないぞ 」
          「  3回の食事、全部、自分でしているよ 」

          「  ゆつくり よくかんで  いただく  」
          「  口の中に入れて、味がなくなるまで、かむ。 」
          「  味が、無くなってはじめて、のみこむ  」
          「  自然と、腹 6分だ。   8分ではない 」
          「  胃に、負担をかけない  」

          今回はじめて、お聞きしたこと。( 食事のことで )

        
          『  一口、食べるたびに、このように感じている。
             <  うまい。  おいしい。
               こんなものが、この世にあつたのか。 >  』


          100歳の御方なので、ございます。
          食事も、数多くなさられて、いらっしゃる事でしょうに。

          なんという、< 一 >に徹したような、生きざま。
          毎回、< 新鮮 ( しんせん ) >なのでしょう。
          感動・感激に、あふれて られる。
          世にいう、免疫力が、< 生命 >の< 歓喜 >として、
          あふれて くる、来ているような気がいたします。

          バカな事をいいました。 俗に流されて。
          「  先生、  110歳にも  なれそうです  」
          「  アホいうな  そんな事は 考えていない 」
          「  1日 のみ  」



          「  長い歴史の中で、いいもんだけ、残っている。
             それを、学ぶのだ。
             赤ん坊は、ゼロ だ。
             学ぶのだ。

             文字を書ける。
             教えてもらったからだ。
             犬・猫に書けるか?

             教えていただいたのだ。
             言葉を、文字を。
             ありがたいではないか。
             世にたいする、< 恩 >はここにもある。

             < 心を燃やして、恩がえし >
              ・
              ・
              ・                      」
                          つづく


      食事にたいする< 感動・感激 >の教え
                        
                          残月     合掌



    <    すべての存在が
                   円満でございますように。

          存在の交流が
                  円通でございますように。

          命も心も、  円  そのもので、ありますように。

          一  は  円  かもしれない。

          一  は  二  によって  確立する。   >

        (  上記の、先生との対話によって
                 わたしは < 一 >を、深めた。  )


                   失礼いたします。







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