2013年4月アーカイブ

    駅の構内のみの、見聞ですが、
 ( なんと、すごい世界だなー )と、痛感いたしました。
 自然中心の生活から見ると、まさに、( 人間の< 知恵と技術 >の
 < かたまり >だなー、10万年の人類の営為の、
 < 精華 ・成果 >なのだろうなー )と感じました。
  
   京都の世界で、嵐山 大悲閣が、< ピンポン玉 >くらい、(笑)
  としましたら、大阪をふくめた世界から見れば、< 針の穴 >くらいか?
  いや、見えないぞ(笑)、などと、反省させられました。


   たくさんの方々・皆さんが、行き交っています。
 (  花の世の   花のようなる  人ばかり  )  ( どなたの句 ? )



     18歳くらいのとき、はじめて、首都東京を歩きました。
   見知らぬ土地・知らない人ばかり、
   地下街の通路で、いいようもない、< 孤独 >< 不安 >を
   感じました。
     ふと、思いました。
  < 自分は、自分の事ばかり、考えて歩いているから、よくないのだ。 >
   そして、胸のポケットの中に、1000円札を折りたたんで、いれました。
  <  こまっている人が、いたら、コレを渡そう  >
   不思議なことに、このように心をきめたら、とても気分が楽になりました。
  その瞬間が、 30年以上たつのに、鮮明に頭の中に、浮かんできます。


     駄弁に、なっています。   すみません。


     いい五島人会でした。
   高校の先輩、それも1番の出世頭の御夫婦に、よくしていただきました。
   ありがとうございました。  同じテーブルの方々が中心になりがち(宿命)
   でしたが、色々な故郷の先輩方とお話しでき、有意義な時間をもつことが
   できました。  ほとんどの方々が、小生よりも年長でした。
     物産の品々もあり、うれしく存じました。

      五島のため、
      長崎のため、
      九州のため、
      京都のため、
      日本のため、
      東洋のため、
      世界のため、
      宇宙のため、
          すこしでも、お役にたてるように、なりたいもので
          ございます。

         
          駄弁と覚悟       残月      合掌




      < この世に、  病院・刑務所 の必要が   無くなりますように >














    昨日は、私事ながら、「 なかま < 3 > 」のつもりでした。
  本日も、個人的すぎますが、「 なかま < 4 > 」とさせていただきます。(笑)



   ( なかま )がいれば、いい・悪いと、いうことではございません。
 世の中、いい( なかま )あれば、悪い( なかま )もある、という事は、
 どなたも、御経験済みのことと存じます。( 笑 )

   小生も、禅僧の端くれ、「 天と地の間に  我(われ)一人 」の心境も、
 ございますが、この気持ちを実感すれば・するほど、
  他者の、 一笑、一語、などが、心に染み込んでまいります。
 すると、他者と我( 自分 )の、区別が薄れてくるようです。

   おシャカさまの言葉といはれる
  「 唯我  独尊  ( ゆいが  どくそん ) 」
  「 ただ 我  のみが  尊( とうと )い  」は、

      個人主義の悪い点でなく、
      醜悪なエゴの表現でもなく、
      人間讃歌の御言葉とも、いただけます。
    < 我 >をもつ人間そのものは、
    苦悩するものである、
    しかし、自分中心でない< 我 >を、
    自覚・保持できれば、
    歓喜・幸福になれる、と断言しているように、
    思えてなれません。

      「 自分中心でない<我> 」とは何でしょうか?
    以前の<梵>か、・・・・・・・・・
    どのような表現でも可能でございますね。
    でも何か?
    人間の幸福の根源を、育むものは、何か?・・・・・・・。


        ・ 悪しき( なかま )にならないように
       するために、良い言葉を思い出しました。
       このように、なりやすい
       このように、なって当然、
       でも、注意したいものでございます。
       ( なかま )の世界が、小さくなってしまうから。

          「  友情は、社会を、< みくだし >
             恋愛は、社会を、< みすてる > 」。



     ・   本日、数年ぶりに、< 関西 五島人会 >に出席してきます。
       大阪です。 ほとんど、恥ずかしながら、知らない都市です。
       嵐山のためにも、大阪進出です。 ( 大笑 )
     ・  小生は、長崎県・五島列島出身です。
          ( 記入、漏れになるところ、でした。 )( 笑 ) 


            駄弁です       残月      合掌




       <  よりよき  御一日で  ございますよう  >
       <  清き光が  あふれ  いきわたり ますよう  >
       <  苦しい人が  楽しくなりますように  > 















    角倉 了以 ( すみのくら  りょうい )翁の
お亡くなりになられて、399年目・400年忌が、間近にせまって、
まいりました。   日ごろの怠慢のせいか、まだまだ、なすべき
基本的な事が多く残っていて、気が抜けません。 ( 笑 )



   ・ 三柴 元 大居士
   ・ 五十鈴 大姉
   ・ 節子 大姉

      上記の御三人の< 御いのち >
                < 御こころ >
                < 御たま >( みたま )
      まさに有難き、< 結びつき >でございます。
      なんという、< おめぐみ >でしょうか。
      御三人なくして、< 事 >は進みませんでした。
        神さま・仏さま・おおくの方々・あらゆる存在に、
      心より、感謝申し上げます。

      「 本当か?  証( あかし )をみせよ  」
      「  小生の< 命 >< 心 >< 魂 >を、
              捧げます。・・・・・・・
              ・・・・・・・・・・・・・・・    」( 笑 )( 笑えない )


    ・ 嵯峨 二尊院 42世 大僧正
    ・ 了以翁  15代 御子孫  吉田様
    ・ 角倉 御子孫         光彦様

        昨日も、貴重な御時間をいただき、
      5月12日の法要催しについて、相談・打ち合わせ
      させていただきました。
        本当に、ありがとうございます。
       御年長のみなさま方に、
     無礼な若僧が助けていただいて、おります。
        心より、感謝申し上げます。


       6人のお方と、時々、話題になりましたし、
      今でも、折にふれ、語りあう事がございます。

      「  50年後、450年忌は、
        この世には、誰も 居ないな ( 笑 ) 」

      「  きっと、だれかが、
        やってくれますよ。  必ず。 」
 
       「  私たちの時代に、できることを、
        きちんと、していこうでは  ございませんか 」


       「  100年後が、楽しみだ。 」 ( 元翁  道元居士)


         愚僧に対して
       「  客殿改修・境内整備・法要・・
         次は、本堂( 観音堂 )だぞ、
         終わりでないぞ、始まりだぞ。 」( 元翁 )
       「 はい 」 ( 笑えない )



    中間報告 と 感謝をこめて        残月    合掌


 <  あなた様が  よき  御一日( おんいちにち )でございますよう  >
 <  清き光が  みちあふれ  ますように   >  
          
         












    
    おはようございます。
 今朝は、3時に目が覚めたので、
メールの返信を、いたしました。
ひと月後の返信では、( なかま )でなくなりますか? (笑)
 どうぞ、このような小生で、よろしければ、
メールお待ちいたしています。
( 問い合わせ )は、迅速・丁寧がモットーです。 ( 笑 )


  メールで、「  友人が、いない。
          さびしい ・ ひとり 、
          ひきこもる。

           友人の、いない人、という
           非難あり。  」

      その人でなく、この世の中です。
    ほんとうに、そうだとしたならば、
   「  世間は冷たいもの 」 でございます。

      でも、「  世間は 花園である 」。
    ほんとうに、むずかしい世の中です。
    < 非難・批判されて、当然 >の心境を
   もちたいもので、ございます。
      やはり、このことも、三点が大切。
   < 閑居 >( 坐・臥・歩・・・・)
   < 数息 >・
   < 正心 >( 今・ここ を 感謝できるように、工夫する。 )
           ( 工夫する・・・・心を 練る・ねる。  )
           ( 心をねる・・・・?・?考えてください・・)(笑)



      ある以前の総理大臣の奥様は、
     次の助言がなかったら、気が狂っていたと、
     どこかで語られていました。

   「  総理大臣になったら、誰もほめはしない、
     面でも、裏でも、批判・悪口ばかり、ですからね。
     ( 気持ちを、しっかりするのよ )  」 。

         友人の批判
         友人の助言
         友人は、花・木・風・・・・・・犬・馬・猫・・・
         友人は、月・星・お日さま・・・(  おお、この境地 よ )



          駄弁です、愛をこめて。    残月      合掌


     <  あなた様の  御一日が  よりよく  ございますように  >
     <  清らかな光に  つつまれますように  、 ともよ  >








     我・我・我・我・我・・・・・・・・の世界において、
   仲間(なかま)ほど、ありがたいものは、ございません。
  ( 自分 )でないけれども、( 自分 )のようでもある、
  しかし、( 自分 )でない。 しかし、( 自分 )である。
  ・・・・・・   ・・・・・・    この くりかえし。


    固定して、見・考えることができない。
  このことを、< 空 >( くう )という言葉で表すが多いです。
  本来は、< 自由 >そのものでも、ございますが、
  固定的見解がなければ、( やさしさ ・ 愛 )がなければ、
  ( いい加減 ・ だらしなし )と言われたりします。 ( 笑 )( 大笑 )


     昨日話題の、私たちの日々生活である、
   < 執着と喪失 >という< 苦悩 >を、
   克服するために、
   強く生きぬくために、
  ( やさしさ ) ゆえの 悲しみに 耐えるために、
  < 空 >の一字が、あるのかもしれません。

  
    そして< 空 >こそ< 光 >である、と
   気づくために、人間は生きているのかも、しれません。
  「  あたたかい光( やさしさ )に、つつまれ、
   あたたかな光( やさしさ )を、あふれさせていく  」。


    そのために、
   我・我・我・我・・・・・・・・の世界において、
   仲間( なかま )を、< もつ・もてる・つくる・ひきつぐ・・・>ことの
   なんという大切さでしょう。


  <  よき友をもてり、汝、道に近し > ( 道とは、真理のこと )
                         ( 真理とは、全てを貫く何か )


          快晴や   友に会えねば   さびしけり   

                                  つづく


      駄弁です、友のため        残月      合掌


     < あなた様が  よりよき 御一日で  あられますように  >
     < あたたかな光が、 そそぎこまれます  ように   >












     ありがたい事に、 もうしわけない事に、
  小生は、<  喪失  >を、あまり体験していないように存じます。
  戦後生まれ、高度成長期に育ち、日本社会は平和を、謳歌していました。


    でも、やはり苦悩・矛盾も多く、
  昭和30年前半生まれの人に、< 宗教・哲学・・・ >に没頭してしまい、
  新新宗教を、うち立てた方々が、多いような気が、いたします。

     物事・人生・人間・世界・心・命・政治・経済・金銭・労働・
   子・親子・夫婦・家族・親戚・地域・国・・・・・・・・・・・
   病気・ケガ・事故・事件・借金・苦情・非難・・・・・・・・

      苦悩し、問題を感じたら、・・・・
    個別ならば、・・・・・・・
    1度に全部ならば、・・・・・
   < 自分自身 >が、問題となったならば、・・・・・・・・
    全てが、問題となったならば、・・・・・・・・・・
    死・死後、・・・
    霊とは、霊魂とは、・・・・・・・・・

    
      茶番で、頭の遊戯で、
    終わらせたくなければ、苦悩し・模索し・探究し、
    同世代の幾人かは、
    何かを、< えた >< つくりえた >かも、しれません。

    
       18歳のころ、仏教の書物が多く出版されていました。
     商品氾濫と並行していたような気がします。( 日本のいいところ )
     現在も多く、愚僧など、山中で土方をしていればよいのですが、
     現代はありがたく、このような交流をさせていただいています。
     共に、より精進できるならば、嬉しいことでございます。
       そのころの、親友と、
     <  ブッダ に なろうぜ  >と語り合って、ぶらぶら歩いていた、
     長崎市の町を、思い出します。
     「 遊戯 ・ あそび にしない  」 と 覚悟をきめていましたが、
     この、ありさまです。 ( 笑 )

       その親友は、数年前、病で亡くなった。
     小生にとって、まさに、< 喪失 >でした。

                          つづく

          駄弁です        残月        合掌

   
      (  あなた様が   よりよき  御一日で  ございますように  )
   





     執着( しゅうちゃく )こそ、< 我 >なのでしょう。

  強く・大きい< 我 >ほど、< 苦しみ・悲しみ >は多いことでしょう。
  でも、強く・大きい< 我 >ほど、< 無我 >の喜びは大きい。

  歴史上、また、身近にいらっしゃる方々でも、
  < 我 >を < 貫き通す >ことを、やった方が、
  失敗・成功に、かかわらず、
  < 満足 >< 幸福 >< 充実 >< 達成 >感を、
  味会ってられる様な気が、いたします。
  他の人の< 我 >が理解できるから、真の意味で
  < やさしい >・< 器(うつわ)が大きい >
  < 包容力がつく・自分の都合だけで、かんがえない・
            ・ 反対の意見の人でも友人さ  >

  ( わがまま )・( 単なる我利 )ならば、
  2・3回、ガッ ガッ と、世間から、他人さまから、なぐられると、
  消えるような( 我 )は、ささと  ささと  流し、

  流しきれない( 我 )を、
  ( 思い )を、( 欲 )を、( 願い )を、( 野心 )を、
  ( こころざし )を、( 大志 )を、( 強欲 )を、
  大切にすべきである、思います。
    人間は、何歳になろうともです、
  若者は、特に・特に、大切なことでしょう。

    すると、ガッ  パカ   ボカ  色々な目に会うことでしょう。
  このことが、いいのでしょうね。   たえなくては。 反省しつつの忍耐です。
  (  我の成長  )なのでしょう。 ( 我を、消される )ために。 ( 笑 )

    さあ、ここから勝負です、
   簡単に< 我 >( 自分の思い )を、消されないために、
   心を、頭を、手を、足を、・・・・・・・・・・  きたえなくては、ならない。
      かの 宮本 武蔵は、かく語りき
     「  1000日の稽古( けいこ )を、< 鍛( たん ) >
           10000日( 万日 )の稽古を< 錬( れん ) >
               鍛錬すべし 。   」

      あらゆる物・人・事から、学びつづけなければ、ならない。
    < 我を、貫き通す >ならば、
    謙虚に、頭をさげて、正座して、・・・・・学びつづけること。

                      つづき ます



    多弁反省、駄弁です。     残月     合掌
      
      (  あなた様が、 よき一日で、ございますように )。。








4-23 我について ( 13 )

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   午後12時55分です。
 パソコンの先生・bruce兄さまの指導下、
今朝の反省をいたしております。
 きちんと、保存しながら、記述していないから、
このような事が発生するとのことで、ございます。
  200数回のブログで、初めてという事が、
稀なことだそうでございます。
いままでの、 パソコンに感謝いたします。
 ( 白鯉 )さん、ありがとうございます。
 パソコンの神さまに、感謝いたします。


  もし、本日のブログを、御待ちくださってる方が、
いらっしゃられますたら、申し訳ございませんでした。
2度と、同じ過ちがないよう努めたく存知ます。
(  昼に、書けないのか? )と、携帯のメイルがございました、
ので、ここように、いたしております。

   
   実に、面白い体験でした。

 本日の、< 我  (13) >は、
( 思い )は、なにか?
( 思い )を、消すということの、大切さ、を述べていたからです。
< 無我 >について、でした。

すると、丹精を尽くしていたものが( 笑 )、自分の( 思い )が・・。( 笑 )
最後の、1行の時、突然、何故かしらねど、消えたのですから。( 笑 )
 執着してなければ、< 苦 >でないか。
 迷惑おかけしなければ、まあいいか。  再発を防げ、のみ、です。
 < 空 >も、ここから、考えられます。

   何かが、あったのでしょうか ? ( 笑 )



      お詫び と 反省      残月     合掌





 

4-23 我について  ( 12 )

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   すみません、90分の文章がきえました。
 どうしよう。   今日は、はじめての失敗かも。
   反省     残月    合掌 

4-22 我について  ( 11 )

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     嵐山・渡月橋は、新緑をもとめて、人がいっぱいです。
  でも、風がとても強くて、まだまだ、寒い日々です。
   福島の知人から、桜が満開とのお便りがございました。
  ありがとうございました。



   < 東日本大震災 >そして一連の事故に対して、
  小生・愚僧は、なにもできていない。 はずかしい思いです。

    ただ、日々心がけている事は、
   「 ( 生きている )という、思い込み・おごり を
                   少なくして、謙虚に
     (  なくなった人 )と、共に、生きて行く、という気持ちです。
                   また、その実践です。

      見る時・聞く時・話す時・食べる時・歩く時・寝る時、
    (  なくなった人と共に  )という気持ちです。
      どういう事だろうか?
    わからない。
    あまり、自分勝手にしない。
    我利・ガリにならない。
    共に、歩く・食べる・泣く・笑う・楽しむ・考える。
    できるのか?
    できる。  
      謙虚に、おごらず、素直に、ともに・いっしょに生きる思い。
     仲間は、生きている人ばかりでは、ない。 という事。   」


   
    「  1000年に1度の、災害に出会い、< 命 >をなくされた方々、
     御無念のことと存じます。  御冥福を心から御祈り申し上げます。
        また、
       < 生まれ変わって来て、人生を全うしていただきたい。 >
       切に、神仏・あらゆる尊きものに、
       全身全霊で、愚僧は、御祈り申します。
       ( 小生も、人生を全うするよう、心を尽くします・命を尽くします )
       ( ぜひ、・・・・・・・        )


          (  あなた様  )
          (  みたま )
          (  御いのち )
          (  御こころ )
          (  おん・たましい )



              衷心から お祈り申し上げます。      」




       日々の反省 と < お祈り >。      残月    合掌















4-21 我について  ( 10 )

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   友人( 名古屋 )からのメイルです。
 
  「 私、0000 の 心を、 かくも小さく、
   まさに、囚( しゅう )の、漢字のように、
   私を、小さく押し込め、
   不自由にし、拘束( こうそく )し、
   長年過ぎて、 疲労困憊・ 息も絶え絶え、
   ( 私を )籠の中の鳥に、
   するものは何か ?  」

   「  < 我 >からすぐに、< 梵 >を語るのは、早くないか?
      < 無明 >が、先ではないか?
      < 我 >を、たたき落としたい。  」 ( ような )


     ・  彼の思いを、私の手で、再度文字にしてみると、
      彼の苦悩が、よく伝わってきます。
        そんな籠(かご)など、< たたきこわせ ・ やぶれ >と
      言いたいところですが、< それが、できたら やりたい >
      < でも、 できない >と、・・・・・のでしょう。

        でも、やるべし。
       手でたたく。  足でける。  血が流れる、でもやる。
       手がおれる。  足がおれる。   頭突きだ。
       咬みつけ。  歯がおれるまで。
       折れた。
       にらみつけろ。
       さけべ。
       のどが、やぶれるまで。

        かならず、
       たすけがくる。
       誰かが、何かが、
       あるひとが、あるものが、
      ( あれ ・ それ ・ これ )が、 
       かならず、たすけにくるから。

        たたきつづけ、
        けりつづけ、
        疲労困憊したら、

    ここで、以前に、お話したように、

        < 閑坐 ・閑臥 ・閑歩・・・・・( 閑 の一字が 大切 ) >
        < 数息 ・ 呼吸を意識する ・ 宇宙を感じる  >
        < 正心 ・ ( 今ここ ) に最敬礼する  >


              余計な事を、文字化しますが・・・。
        < 閑 >  はなれること、 関係から。 思いをへらす。
        < 宇宙を感じる >  社会・国家・世界を 忘れる。 しばし。
        < 最敬礼 >  五体投地の作法を伝えたい。( 知ってます )( 笑 )

                    長くなりました、すみません。

         ・  メイルの一部が、ロック状態かもしれません。
            事故です。 故意では、けっして、ございません。( 笑 )
            修理しますので、もしそうだといたしましたら、
            しばらく御待ちくださいませ。


       駄弁です、愛をこめて。           残月    合掌

          









4-20 我について  ( 9 )

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     昨日の駄歌
  
        「  目の前の  コロッケ一つ  おどろきて
              口にはいりて  われを わすれる   」
        まさに、
           <  コロッケ・我    一如  >の世界です。( 笑 ) 

       
        < 梵我  一如 >の考えは、インド古代思想といはれますが、
      小生・愚僧には、(  心の はたらき )を、言い表しているような気が、
      いたします。   あらゆる民族・国民に、通用する・すでに通用している
      (  心の  はたらき )のような気がいたします。


         心は  < 一 > と < 全 >を もとめる。
        もとめる方法が、むずかしい。
        とくに、便利・効率・競争・利益に、
        安心・安定・繁栄を、 追究しがちな、
        現代日本社会は、とくに、「 もとめる方法 」の確立は
        むずかしい気がいたします。
          
        ・  「  先生、わたしの心は、おれてます 。 」
          「  そんなこと  ないよ  」
          「  おれてます よ   」
          「  そんなこと ない  」
          「  あした  くるよ  」
              友人との会話
   
        ・  今日の京都で、
          <  動かない >( 坐禅 )訓練・修業・伝統行為があり・
          <  動きつづける>( 回峰行 )訓練・修業・伝統行為があり、
        今も、同じ空気を吸っている方々が、実践していらっしゃる、という、
        このすごさ、この驚き、京都・日本・東洋・人間のすばらしさを感じます。

           簡単に、( いいわるい )が、 わかる世界ではない。
           簡単に、( そんとく )が、 わかる世界ではない。
           そんな世界をもつ、わたしたち人間が、
              すばらしい・いじらしい・ほこらしい 。。
              
                 ついでに、
              簡単に、わけがわからない、和歌をお一つ

            「  心とは  いかなるものを  いうやらん
                  墨絵にかきし  松風の音  」
                      (  さあ どうじゃ  どうじゃ )  一休禅師

    
               携帯( わかりやすく )・・・090・・2062・・9710・・です。

          駄弁です      残月      合掌 
          




4-19 差し入れ

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       < 我 >について、
       < 死 >について、
     < 梵我  一如 >について
    私たち人間の、目的・意味・役割・
   わたしたちの、( しあわせ・よろこび・たのしみ )について、
  毎日を、どのように、過ごしたら、よいのだろうか、とか?
 ごいっしょに、考えたいところですが、・・・本日はお休みです。( 笑 )

    世の中、
   事故・事件・災害・戦争・争い・紛争
  病気・ケガ・失敗・間違い・借財・借金・過去・未来・・ 問題だらけです。
 何もできてませんが、解決に挑みたいですが・・・・本日はお休みです。(笑)


   ( 利 )の世界において、
 ( 義 )の世界を、考え・実現したい気持ちも ・・・本日はお休みです。(笑)


      昨日は、「 差し入れ 」 に行ってきました。
  刑務所にいる人・友人では、ございません。
  病院・精神科の閉鎖病棟にいる人・友人では、ございません。


      禅宗の道場へ、行って参りました。
  まさに、< 刑務所 ・ 閉鎖病棟( カギのかかった部屋 >のような所へ、
  「  食べ物 」を、持って行くという、感じです。
   (   修業中の、皆に怒られる・・・・ゴメン・ゴメン・・・・    )

      四月の道場は、新しい入門者がいます。
    15日から、1週間の、< 地獄のような坐禅 >( 私だけ )(笑)
    を、体験します。   ・・・・・・・・・


      <  何も  しない  >ことの、苦しさ。
      <  手・足 を 動かせない  >ことの、苦しさ。

      
     ・ コロッケ 一つ  あの感動  あの歓喜よ 。

         「  目の前の  コロッケ一つ   おどろきて
               口に はいりて  われを わすれる   」



      駄弁です。 苦しさよ・・。      残月    合掌




      




4-18 今年、5月の法要について。

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    昨日に、つづき ます。

 「 寺院が建立される場合 」

   ・ 開山( かいさん ) 山を開き、道場をつくる僧侶 、
   ・ 開基( かいき )  経済的支援してくださる人物が、存在いたします。
   
   ・  建立( こんりゅう )の発願( ほつがん )は、
      開基の御方、もしくは開山の僧侶、また他の人物です。


 「 嵐山 千光寺 の場合 」

   ・ 開山    嵯峨 二尊院 19世 < 道空  了椿  和上 >
   ・ 開基    豪商 <  角倉 了以 翁  >でございます。
   ・ 発願    (  保津川開削工事 犠牲者の 御供養のため  ) 
            隠居所を、寺院となす。 
            荒廃せる < 嵯峨 中院、  千光寺 >を移転し、
            嵐山に、中興する。

 
  「 5月の法要のついて 」  ( 了以翁 400年忌 )( 1614・7・12 )

      亡くなられての法要、400回忌にあたります。
      遺徳・業績に感謝し、冥福をお祈りする追善供養です。
      また偉業を顕彰し、後世の私たちの鑑とさせていただき、
      混迷の現代世界を、よりよく生きぬくための御力をと、
      願奉る行事でも、ございます。

    ・ 5月12日( 日 )  午前 11時より
                  嵯峨  二尊院( 了以翁 菩提寺 ) 本堂にて
                            ( お墓が ございますよ )
                  400回忌 法要。
          <  二尊院さま からの、 御案内の方々のみです  >
          <  一般拝観者の方々も御焼香できます。  拝観料、お願い致します。 >


    ・ 5月13日( 月 )から    5月31日( 金 )   19日間。
                    午後 2時から  3時まで
                   嵐山 大悲閣   千光寺・
                   400回忌記念大改修された< 新客殿 >内にて
                   どなたでも、御参加くださいませ。

    ・ 7月12日( 土 )    思案中
    ・ 0月0日( 00 )    思案中

    ・ 秋、一案あり

               どうか、よきアドバイスを、くださいませ。 
              よりよき法要・よりよき寺院のためで、ございます。
             おたのみ申しあげます。
  
             御質問等ございましたら、どうぞ、御遠慮なく御よせくださいませ。
            携帯でもかまいません。  090?2062?9710 です。


        御案内でした。         残月     大合掌

              
    嵐山 大悲閣  千光寺から
  < 千光寺 開創 750年 ・ 中興開基 角倉 了以 400年忌 法要 >
  のご案内を、現在出させていただいている最中です。
      <  御参加は、御自由です >


     ところが、誠に、恥ずかしいことに、間違えてしまいました。
   ここに、お詫び申し上げます。 迷わせてしまい、すみませんでした。
   訂正いたします。  教えていただき、ありがとうございました。

    「 期間の最終日・ 5月31日( 水 )のところが、正しくは
               5月31日( 金 )でございます。 」


     ・ 期間  5月13日( 月 )から、5月31日( 金 )
            < 19日間 >です。

     ・ 時間  午後2時から、3時まで、約1時間。
            般若心経三巻  ご一緒に 読経 ・ 御焼香
            法話(住職) ・ 茶菓どうぞ 。

     御案内のハガキは、芳名録に御記入いただいた方々へ
    出させていただいております。 数百人様宛です。
    愚僧、奮闘中です。 未着の方々は、しばらく御待ちください。
    御達筆と 郵便番号しらべで、苦労しています。 ( 笑 )

             法要案内、明日も、つづきます。



     < 朗報 >   毎年、一輪のみ咲く 御花のこと。

             「  ピンクなり  可憐な つばき  汝の名?
                 乙女椿と  オトメ ささやく  」


      お詫びと訂正と  小さな喜び   残月    大合掌
            
 
 

4-16 昨日の大悲閣

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      新緑が美しく、
   山には、色々な< みどり >に、あふれています。
   なんという、美しさでしょうか。




      中東・アフリカの砂漠は、どうなのでしょうか?
   そうでした、< オアシス >があるんでした。
   そこだけは、水がわき出でて、< みどり >に囲まれ、
   生物が集まってくる、美しいところ。


      以前、25年以上前に、海外ボランテイアに行きました。
   色々な宗教の若者の集まりでした。
   「  もう議論はいい、 皆で、困っている人々のもとへ  」
   共鳴・共感・賛同して、参加しました。
   日本人は5人で、1人がアフリカから来るということで、
   「  え ・   いったい何者  ?   」
   私たち4人の日本人は、まさに固唾(かたず)を飲んで待って
   いました。  ユーラシア大陸の西の端で、アフリカ大陸の上
   である、ポルトガルのリスボンでのことです。

        すると、どうでしょう、
   真っ白な裾(すそ)の長いアフリカの衣装で歩いてくるでは、ありませんか。
   彼は、砂漠地方のボランテアをしているとのこと。 「  おー  」。
   「   イスラム教徒に、ならないと、皆といっしょに仕事できない  」と。
   なるほど、なるほど、なるほどでございます。
     砂漠の宗教、イスラム、きちんと学び理解したいものでございます。

       難民が、スラム化している。
    トイレ・シャワー室をつくる  ・階段つくり( セメントで )( 道がよくないから )
    言葉がたいへん。  でも、心は通じた。  いっしょに働いた。

    ・・・・・・・・・・・・・・   また いつか  お話いたします。

       なんと、小生・愚僧は、日本・嵐山の山中で、同じことを
    してきたし、しているし、しなくてはならないです。  ( 笑 )
    トイレは、立派に作っていただきました。  ありがとうございます。
    (  元翁 道元居士さま。 )
       < 道つくり >は、とうぶん、つづきます。
    道のために、土地の購入も、進めていかなくては・・・・・。
    ( できるか? )( できるさ ) ( 笑 )。
        
              つづく


    まさに、駄弁です、すみません。    残月     合掌






      ・ 無我が  死なのか?
      ・ 没我が  死なのか?
      ・ 滅我が  死なのか?
      ・ 超我が  死なのか?
      ・ 大我が  死なのか?
      ・ 真我が  死なのか?

    色々な言葉があります。
  そのことで、私たち人間は、精神的に豊かです。
  日本語の中には、世界中の言葉が翻訳され入り込んで
  入るそうなので、日本人は恵まれているという海外の方々は、
  多いそうです。  ある国のアンケートの問い「 もし、来世があるとしたら、
  どこの国に生まれかわりたいか? 」、すると、< 日本 >という答えが、
  多かったそうです。

     

      ある一つの考えですが、以前< 我 4 >でお話いたしました、
  <  梵我  一如 >を、体験・体得するまで、何回でも、この世に生れてくる。
    たとえば、突然、私たちが、病気で・事故で・天変地異で・戦争で「 死 」
  を むかえたとしても、 人間の究極の仕事・目的のために、
  かならず、かならず、もどってくる。  と。。
     ( どのようなカタチなのかは、知らないですが・・ )

     もし、この自分・この一生で・この日々の生活で・日々の仕事で、
   < 梵我  一如 >を体得できたら、
   究極の幸福であり(笑)、あらゆる存在を、愛し生かして、
   よりよいこの世ために、尽くせることでしょう。 と。。

     そのための、日々の「 おこない 」「 ことば つかい 」
                 「 こころ つかい 」 どのように
                 したら よいのでしょうか。

                            つづく


   駄弁です、苦悩に負けぬために。   残月     大合掌




      昨日、
   あらゆる存在には、役割があるのではないか。
   序列・価値・いいわるい・美醜・強弱・損得をこえて。

      学校は、学ぶ人が、いるかぎり存在する。
           子供たちが、いるかぎり存在する。(必要)
           若者たちが、いるかぎり存在する。(必要)
           向上心が、あるかぎり存在する。(必要)

      病院は、病む人が、いるかぎり存在する。
           病気の人が無くなれば、存在しない。
           病院は、存在が無くなる事が、目的・理想です。
           そのような日がくれば、本当にいいですね。
           病気の克服は、生物の究極の目的・悲願です。
           老化・老衰は、しかたがないですね。

      寺院は、死ぬ人が、いるかぎり存在する。( 現代日本 )
            苦悩する人が、あるかぎり存在する。( 今の日本では・・)
            先祖に、感謝し冥福を祈るために存在する。

      百貨店は、物品が必要なかぎり存在する。
      車製造・販売店は、車が必要なかぎり存在する。
       ・
       ・
       ・

      < 我 >の存在目的・意義・価値とは、なになのだろうか?
      < 我 >は、何故・なにゆえに、存在するのだろうか?

      < 我 >を、大きくするためか?
      < 我 >を、小さくするためか?
      < 我 >を、ただ存続させるためか?
      
      < 我 >は、無くなる。 消える。 「 死 」をむかえる。
            なくなり、きえるであろう< 我 >とは何か。
            「 死 」とは、何か?
            すると、またしても、
            「 生 」とは、何か?
            すると、やはり、
            < 我 >は、どうあるべきか? になります。

     
        ・ あわてず、ゆっくりと、考えたいと存知ます。
         考えている日々、丁寧( ていねい )に生活しながらです。
         あらゆる存在・< 我 >< 命 >< 物 >を大切にしながら。
        こと・ひと・もの・にたいして、 尊重しつつ、粗末にしない日々です。

         つよく・やさしく・たくましく・うつくしく  生きぬくために。

       ( できない・ きれいごと・ ことばのあそび と、大笑いでしょうが。 )

        
          駄弁です、でも真剣です。    残月     合掌






    あらゆる存在には、役割があるかもしれません。
  ある修行で< 役に立たぬものを、探して来い  >というのが
  ございます。  はたして、あるのでしょうか?

    頭を使い、心を使い、五感を使い、さがしてみる。
  ゴミの問題では、ありません。( 笑 )

    以前、ある会社の入社試験で、1番とビリは、必ず採用すると言って
  ました。  試験の< ビリ >を、生かせない集団・組織は、
  ダメなのだ、よくないものになる、と。  なるほど。 すごい。
  現在も存続している立派な会社です。

     先日、アメリカの軍隊の学校の卒業式のお話をはじめてしりました。
  組織の中の組織の軍隊だから、秩序・序列がきっちりしている事でしょう。
  しかし、卒業式では、< 序列のビリ >の学生を、皆で祝福するそうです。
  いいですね。  この祝福された若者が、立派に活躍し、組織の序列を
  登り進めたという事もあるそうです。 ( 当然です  笑  )  

     < よい仕事 >ができたら、とにかく、いいですね。

    オリンピックでの序列も、素人の小生・愚僧には、1番も10番も
  同じように見えます。(笑)  とくに、・・・・・・など。
     しかし、私たち人間集団・組織・社会・国家・世界には
  必要なのでしょう。  励みになるのでしょう。  ・・・・・
    でも、あえて、< 序列 >をつけているという事を
  忘れては、なりませんね。  あえて。

    1番と100番を、同時に見る考えるのが、
  < 心の世界 >ともいえます。  おもしろい。
 <  おもしろくない、やってられない >という人もいるでしょう。
 <  区別・違い・格差・価値の上下こそが、商売・仕事・人生だ >とも。
     ( 大笑 )

   < 心の世界 >は絶対必要です。
   < 1番も  100番も  同じ >の世界。
   これが、ほんとうの仏教であり、寺院の存在意義の、
   重要な一つです。


       千光寺の歴史から、( 千光寺の< 我 > )を語り、
   私たちの< 我 >を考察するつもりが、曲がってしまいました。(笑)
  
     今日一日、お互いに、< 我 >を活かしましょう。
   よい歴史・わるい歴史をもつ、< 我 >ですが。( 笑 )
   < 我 >は、( < 無我 >の自覚 )により、歴史をこえる
   ことが、できます。         つづく
   

      さきほど、60分前、関西ですごい揺れが
    ありました。  地なりが・・・・・・と、でした。


        まさに、駄弁でした。    残月    合掌

       昨日は、滋賀県の大津の方々が参詣してくださいました。
    ありがとうございました。 琵琶湖があり、美しいところからでした。
  客殿が改修されたと知りましたし、< 法話 >してとのことでした。


     400年前に、角倉 了以翁によって、再建された嵐山< 千光寺 >は、
  嵯峨・小倉山・二尊院・19世 道空 了椿 和上が、御開山であり、
  四宗兼学(  天台・真言・律・浄土 を 学び伝える )の寺院だったようです。

     750年ほど前に、後嵯峨天皇の勅願寺として創建された
  嵯峨< 千光寺 >は、鎌倉・建長寺の( ごっ庵 ふねい 禅師 )により、
  開山されたようです。  北条 時頼公( ときより )の師匠でございます。

      
     200年前には、京都・宇治・万福寺の和尚により中興されました。
  黄檗宗という新しい仏教で、江戸時代・中国僧・インゲン豆の隠元禅師
  より伝えられました禅宗でした。  複雑・難解な仏教を、浄土と禅に、
  簡略・わかりやすくした教えでした。

      現在は、先代住職が、宗派より独立しているので、本山は
  ございません。  愚僧が、臨済宗( 禅宗の一つ )の出身ですので、
  <  臨済系 単立 寺院 >という表現が正確です。

    平成の嵐山< 千光寺 >の再興にあたりまして、
  400年前のありがたい御縁にすがり、二尊院42世・大僧正御住職の御慈悲のもと、
  力不足・徳不足・ 学不足・・・諸不足にくじけず、多くの方々に助けていただきながら、
  日々邁進いたしているのが現状でございます。   
     
     よろしくお願い申し上げます。    
                                (  つづく  )


     ・ < 千光寺 >の< 我 >は、たえず変化しております。
      < よりよさ >を もとめての、変化だったと存じます。
       現状克服のための、変化だったと存知ます。
      

     駄弁です、 歴史のこと。     残月    合掌



4-11 若葉の美しさよ

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    なんという、美しさなのでしょう
  桜がおわった山寺の、新緑の世界。
  なんという、素晴らしき事でしょうか。

    本当ですよ。
  心から、美しいと存じます。



    きっと、皆さま方のお近くも、
  美しい事と存じます。

 「  ありがたい。
   もったいない。 」
  と、感じるのは、
  あまりにも、宗教的すぎますね。( 笑 )


     < 美しさ >を感じている時は、
   < 無我 >( 我が 無い )かも、しれません。

     嵐山・大悲閣の  客殿からの景色・眺望を、
   < 絶景 >と感じて、 言葉を失い、思いが消えた時は、
   < 超我 >といえるかもしれません。

     なんという、さわやかさ。。

      昨日、イギリス人の御家族の方々が、ゆっくりと、
    一時を、味会われてました。 
        そばにいた、私も( しあわせ )。(笑)



    ・  若葉の頃に、必ず、頭に浮かんでくる一句があります。

         若葉して  御(おん)めの雫(しずく)  ぬぐはばや   < 芭蕉 >

            奈良・唐招提寺の、鑑真和上の御像前にて。
           
           「  お二人の  御こころ一つ  若葉かな
                時をこえたる  初夏の風ふく   」

     ・  先日、芭蕉の葉を、はじめて教えていただいた。
        ありがとうございます。

           「  花のよな  花みせおみな   花こころ
                 花をあいして  花そだてる   」




       ・ 初夏の風         残月     合掌       

     < 我 >の色々
         ・  小我
         ・  大我
         ・  無我
         ・  超我
         ・  真我

  <  「 生かされて 」 「 生かして 」 「 生きぬく 」 わたし。 >
  この文章には、四つの< 我 >が入っているのでは、ないでしょうか?
  考えてみると、おもしろそうです。   ・・・・・



      
      古代インドの哲学について、お話したいです。


  人類は、アフリカから広がっていったのは、確かなようです。
  すると、当然ながら、( 物 )、
             ( 物の作り方 ) 
          ( 物を どのように 考え 納得してきたのか )なども、
       インド・中国・朝鮮・日本・・・今は、アメリカ・ヨーロッパへ・・・という、
      一つの流れがございます。

     また、この「 一つの流れ 」の中の一つに、
   < 梵 (ぼん) >をつかった考え方がございます。
   ご存知の方々も、多いことでしょうが、・・・。

    ・ 自分・私の 奥(おく)にある、根源にあるものを、
      原理を、 < 我 >( アートマン )という。

    ・ この宇宙の根源・原理を、
      < 梵 >( ブラフマン )という。

    ・  この< 我 >と< 梵 >を、一つすることが、
      私たち人間のもとめる事・もとめるべき事である。

       < 梵我  一如 > ( ぼんが  いちにょ )、
       < 我 と 梵 が  一つになる >こと、こそ、
      私たち、人間存在の究極的( 笑 )、目的・目標である。 と。。



       おもしろいです。
       おもくるしく、考えないでください。( 笑 )
       この< 一如 >は、大歓喜なのですから。( 大笑 )


                           つづく


           駄弁です         残月      合掌





       

4-9 我について  ( 3 )

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     かわいい< 我 >と、表現いたしましたら、
  「 ちいっとも、可愛くない 」と、叱られました。 ( 笑 )

      私たちは、< 我 >をもてあます事も、あります。
  < 我 >は、自分だけが、作ったわけではございません。



      親・兄弟・姉妹・祖父母・曾祖父母・・・・・・御先祖・
    親戚・親類・血族・・・・・・・一族・・・・共同体
    地域・村落・町・市・都市・国・・・・・・・・・
    東洋・西洋・・・・・・・・・・・・・・・・南洋・・・
    熱帯・温帯・寒帯・・・・・砂漠・・・
    大陸・島・半島・・・・・・・・・
       宇宙・
    銀河系・太陽系・
    地球・月・星


        私たち人間の歴史・つまり
    過去の生活・行動は、いいことばかりでは、ありませんね。
    < 我 >のぶつかり会いであり、
    弱い動物は、強い動物に、殺され、食べられる世界、
    弱い人間を、強い人間が、支配し、隷属させる世界です。
      現代・現在・今も、続いていますね。・・・

       でも、< 我 >と< 我 >が、対立してしまう、
    まさに、< 我 >をもつ人間の宿命を、どのように、
    乗り越えて行くか、私たちの課題・宿題・仕事です。

       過去2500年を、ふりかえっても、
    素晴らしい事と  悲惨で苦しい事が、 半々ですか?
    悲惨・残酷・ひどい事柄が、多いかもしれませんね。

       先人の皆さま方の、奮闘努力の賜物で、
    少しずつ、少しずつ、ありがたい事に、よくなってます。
       私たちも、< 草をぬき、掃除する >
             < 木をうえ、花を育てる >
             < 嫌いな人と、仲良くする >(笑)
             < いやだけど、やるべき事をする >(笑)
             < 道のゴミ、2回見たら、拾う >(私)(笑)など、
    小さい事から、「 人間の仕事 」に、参加 たいもので、
    ございます。

       とにかく、先人に感謝しなくては。
    今、昔の戦国時代だとすれば、私たちの、< 我 >は、
    どのように、しているのでしょうか?  おそろしい・恐怖。(笑)

       我利我利亡者( がりがり もうじゃ )の地獄だけは、
    さけなければ、なりませんね。  これからも。


         駄弁です。       残月     合掌





        
     4月8日は、釈尊の誕生日です。
   仏教界では、< 誕生会 >< 灌仏会( かんぶつえ ) >
   年中行事として、< 花まつり >でございます。


      おめでとうございます。
      ありがとうございます。

      おかげさまで、どうにか、
      生きていけそうです。

      苦しみ・悲しみにあふれている、
      この世の中において、
      大きな光でございます。


     「 苦しみも・悲しみも、
      本来、無いのである。
      苦しみ・悲しみを感じる< 我 >も、
      本来、無いのである。 」

      なんと、ありがたい言葉で、あろうか。
      苦しむ人・悲しむ人にたいして、
      (  そのように  苦しまないで  )
      (  そのように  悲しまないで  )と、
      やさしく語りかけ、つづけて、
      くださっています。


      (  その苦しさ  )と
      (  その悲しさ  )は、無くなります。
      幸福・しあわせに、なれます。
      やすらかに、なれます。

      (  さあ、まずは、ゆっくり してごらん  )
      (  そう、かたく、なりなさんな  )
      (  チカラを  ぬきなさい  )
      (  この茶  めしあがれ  )
      (  さあ  さあ  )。。



      ありがとうございます。
      有難く存知ます。
      恐縮でございます。


      おかげさまで、
      つよく・たくましく・
      そして、やさしく生きていけます。
      ありがとうございます。



    
 ・ < 無我 >と< 慈悲 >の教えに感謝をこめて。 
                            残月     大大合掌( 奉刻 )
     
      

4-7 我について  ( 1 )

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     < 我 >に、ついて、色々な言葉がございます。

   ・  小我 ( 小さな 我 )
   ・  大我 ( 大きな 我 )
   
   ・  無我 ( 我が 無い )
   ・  超我 ( 我を 超える )

     
      < 我 >を考える場合、< 個性 >とは何か?
   という、問題が出てまいります。
   < 我 >と< 個性 >とは、どこが同じで、
   どこが違うのか?

       この問いを、考える時、いつも、次のお話を
   思い出します。  小生が尊敬していた、ある映画評論家の
   お言葉です。  ご存知の方々も多いでしょうが、・・・・・。

     「  スター とは、美人でも・男前でもないのですね。
          演技の、上手い・下手(へた)でもないですね。
         < 個性 >です。
         スターとは、< 個性 >です。  」 
 
       ここまでは、普通の、一般的な 言葉です。
       次のように、続きます。

     「   しかし、集団・組織というものは、必ず、
       < 個性 >を、つぶそうと、します。
       < 個性 >が、強ければ強いほど、
            つぶそうとする力は、より強くはたらくものです。

        たたかれて、たたかれて、
        打たれて、打たれて、
        ひどく、つらく・かなしい事に、
        たくさん・たくさん・出会って

        それでも、つぶれない< 個性 >を
        人々は、私たちは、  < スター >とよび、
        心から、賞賛し・拍手喝采するのでしょう。    」と。

          おもしろく感じませんか?
        私たち人間の、よい点・わるい点が、よく表われている
        気がいたします。
   < 癖( くせ ) >から< 我 >、< 我 >から< 個性 >への
   変身・変心・成長・発達・・・・・・・か?  ( 笑 )

    (  たたかれ・打たれて  当然である。 )この覚悟。
   「 ある・なし 」 で、世間・社会にたいする、姿勢がちがって
    くるような気が、いたします。  
         
          ・ まけるな< 我 >よ。。。

       また、長くなりました、反省です。

     駄弁です、私たちのカワイイ< 我 >ために。     
                                      残月   合掌      


  

4-6 心をもやす   ( 15 )

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   < さくら >のお知らせ・・
           今日・明日の 「 春の嵐 」で、
         山寺の「 さくら花 」は、舞いさってしまいそうです。
           北の< さくら >は、これからなのですね。
              楽しみのことと存じます。

          ・ 今春、「 写真によるお知らせ 」とも、
           お話いたしましたがが、やはり、できませんでした。( 笑 )
      すみません。  駄歌・駄句が、少しだけというありさまでした。( 反省 )

        ・ 来春、よりよい桜・よりよい世の中・よりよい皆さま・
                よりよい<あなた>・よりよい<わたし>で、
                  ありますように
                  ございますように。


      
        ・   神よ  仏よ
           <  ある 偉大なる 何か > よ
           あらゆる  物・人・事・存在・・・・を、
           お守り・お導きくださいませ。

              来春、
            よりよい桜
            よりよい世の中
            よりよい皆さま
            よりよい<あなた>
            よりよい<わたし>
              でありますように。

              来春、
            少しでも、苦しみ・悲しみが、
            この世から、無くなっていますように。


            苦しくとも、
            悲しくとも、
            あせらないで、
            よく見る・よく聞いてくださいね。



               人間・個人の一生、
              長くても
            100年、36500日、
            宇宙から観たら、
            < 一瞬 >といいます。

               あせらない事
            楽・利・得・快・榮・安・名・・・に対して。

            
               あせりそうに、なったら、

              < ある偉大なる 何か >
                に、つつまれながら、
              「  閑坐  閑臥  閑歩  」
              「   数息   」
              「   正心   」・・・・・

                <わたし>も、いっしょですから。



    駄弁です、よりよさをもとめて、
             心もやして。      残月    大合掌
            
            








4-5 心をもやす  ( 14 )

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     < さくら >のお知らせ  ・・・   2・3日前の、悪天候で、
                    だいぶ花弁( はなびら )が、舞っています。
       
                     山桜は、もう残り三分の一くらいでしょうか?

                 ピンクの、かわいい ( しだれ桜 )は、例年通り、
           一番早く咲き、一番最後まで、残っつてくれます。
           残ってくださいます。 ( 向こうが、明らかに、年長です )( 笑 )


               「  花びらよ  雪のごとくに  舞い踊れ
                     この一年の   この世の 幸(さち)よ  」



          ・  参詣者の方々の中に、このブログを、お読みいただいての、
          お方も いらっしゃるそうです。  ありがたく存じます。
           お忙しいでしょうに、・・・・・・。  申し訳ありません。
             拙僧は、来月の行事にむけて、四苦八苦(?)(笑)
           小さい東奔西走をしていて(笑)していて、なかなか、
         直接、お読みいただいている方とお会いしたことは、
         あまりございません。 ( 知人は 別ですが・・< 笑 > )
           (  でも、三〇人くらいは、いるかなーー  )
           (  数字は、一切、関係なしですが・・  < 笑 > )
            そういえば、 昨秋に、一人いらっしゃいました。
             帰り際の、すれ違いの時に、
           「  よんでますよ  」  と 。
           「 えー 」。
          ニコニコされながら、だったので、・・「 いい のかなー 」
                「  どうなのかなーー 」( 笑 )

           ・  苦情・御批判が、< 矢の如く >飛んで来ない
            ので、「  まあ  いいか  」の 心境です。
            陰(かげ)で、・・・・・・   ( 笑 )

           ・  ただ、「 サリン事件 」の主犯が、同じ年なので、
            責任を感じています。  あのような< 宗教事件 >が、  
            けっして、二度と、起きてはならないし、起きないようにしなくては
            ならないと、愚僧、覚悟をきめています。

      「 既成 仏教は  風景に すぎない  」と、彼らは言った。

     事実、今の宗教は、 < 無我 >をもとめる・純な
             人間・青年・少年少女・こどもたちに対して、
                きちんと対応できてない事もありますし、
            残念ながら、 見捨てがちという点もございます。
           十分努力も、なさられていますが。 困難な事も多いのです。

     小生・愚僧は、覚悟しながらも、あまり、なにも、できてない。( 笑 )

              でも、 あかるく・さわやかに、
                  一歩一歩、進めます。( 笑 )
                     その一歩の、一つが、
                        このブログです。

                ありがとうございます。
              よろしく、お願い申し上げます。


     長くなってしまいました。 (反省)
          駄弁です、心もやしながら。    残月     合掌

   







4-4 心をもやす   ( 13 )

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     「 我( が ) 」についての、質問がよくございます。

   苦しみ・悲しみの根源である、「 我 」が何故、あるのだろうか?
   この疑問の答えは、簡単・明瞭です。

   「 我 」が最初から無いような、植物・鉱物のほうが、
   よい・えらい・のではないだろうか? とも。

   そうです。 
   植物・鉱物のほうが、人間より、
   よい・りっぱ・しあわせ・かもしれない。( 笑 )( 笑えない )。

   最初の答えは、
   <   「 我 」が無い、喜びを、味会う、ため。  >
   <   「 無我 」の、「 歓喜 」を 「 自覚 」し、
        この「 命 」・
        この「 心 」にたいして、
        根源から、「 感謝 」 「 祝福 」できるように、
        なるために、
        あえて、「 我 」は存在している。  
             「 我 」は形成された。   >

    <  だから、「 我 」が、強く・大きい人間ほど、
        「 我 」が無いという、
        「 無我 」の、気持ち・心境・気分・経験
                 体験・味合い・よろこび・
                 大変革・大革命( 笑 )・
                 大歓喜・バンザイ感は、
                 より、より、とても、
                 大きい。 巨大である。
        と 同時に、真の( やすらぎ )( やさしさ )があふれる。
                
      「  地球を 超えた。 」と言った人もいます。
         ( 笑 )( 笑えない )( 大笑い )
   また、すこし小さく、「  天地 と 一体  」 「  あなた と  一つ  」とも  >。
    ・すばらしい・あこがれる・すこしでも、このように、なりたい、ものでございます。

                  つづく  ( 無我のために、どうしたら、よいのだろうか )
      
      駄弁です、心もやしながら。   残月    合掌 ( 奉刻 200 )
                 
              
     22年前の、この日、
   私は、< 僧堂(そうどう) >という、
   仏教の中、禅宗の一派である< 臨済宗 (りんざい) >の、
   道場へ入門いたしました。

     もう34歳になっていました。
   10代後半からいだいていた、青年の問題を、まだ、解決しきっていませんでした。

     「  人生とは  何か ? 」
     「  人間とは  何か ? 」
     「  いかに 生きるべきか ? 」
     「  社会とは  どうあるべきか? 」
     「  真理とは 何か ?   あるのか ?  」
     「  幸福とは  どういう事  なのか ? 」

     「  なぜ、私たちは、
        不平・不満・不服ばかり 言っているのか ? 」
     「  もっと、もっと、もっと、
         しあわせ に生きれないの  だろうか ? 」
     「  病気 ・ 犯罪 ・ ・・・・・
       つらい病気 ・ いたい病気 ・・・・・
       ひどい犯罪 ・ ゆるせそうにない犯罪 ・・・・

         問題だらけ では ないか ?  何故 ? 
         どうしたら いいのだろうか ?
        
         国の争い( あらそい )も、
         人と人の争いも  よく 耳にする
         どうしたら  いいので  あろうか?    」

     自分なりに、精一杯、もがき、( たんきゅう ) していたような日々でした。
    次のような、古人先哲の 多くの御言葉に 「 ささえ・まもられ・みちびかれる 」
     日々だったような気がいたします。
  <  頭の中は、もやもやでも  、実生活は きちんと  こなすよう  >
  <  学び つづけよ。  結論を  あせるな 。  知らない事が多いではないか。 >
  <  奇妙な事あっても、不可思議な事がおきても、 
          「  真理をもとめて いるのだぞ  」  この 一言を  なげかけよ   >
  <  生命を  愛せよ  >
      ・余談ですが、アジア放浪10年の友人いはく、「 犬に いつも助けられました 」。
          わたしも、そうなのか、入門前も 捨て犬が 長いこと側にいました( 花子 )。
            初期の嵐山では、( 太郎 )( さくら ) そして ( もみじ )
              今は、( すみれ )。  なんと まあ  はからずも なのです 。
     つづく

        駄弁・余談でした、スミマセン。     残月      合掌


4-2 聖 フランシスコ

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     ローマ法王が、決まりましたね。
  イタリア・アッシジの< 聖 フランシスコ >と同じ名前です。

     先日、新法王の( 洗足式 せんそく )の事が
  新聞に、掲載されておりました。

     いつもは、( 教会 )での儀式だそうですが、今回は犯罪を犯した
  少年少女のいる( 少年院 )だったそうです。  そして、
  イスラム教徒の少年の( 足 )・少女の( 足 )・・・・・
  足を洗い・キスしたそうです。
     異教徒・女性にたいしてもなされた事は初めてだそうです。
  <  あなたに  おつかえ  いたします  つくします  >。

     前置きが、長くなってしまいました。
  ご存知の方々が多くて、退屈かもしれませんが、聖フランシスの
< 平和を もとめる  祈り > という詩を、味会いたいと存じます。


 ・  主よ、わたしを  あなたの 平和の道具として お使いください。
    
    憎しみの あるところに  愛を
    いさかい へ  ゆるしを
    分裂 へ  一致を
    疑い へ  信仰を
    誤り へ  真理を
    絶望 へ  希望を
    闇( やみ )に、光( ひかり )を
    悲しみに、喜びを、もたらすものと、してください。

    なぐさめられるよりは、なぐさめることを、
    理解されるよりは、理解することを、
    愛されるよりは、愛することを、もとめますように。

    わたしたちは、あたえるから、受け、
             ゆるすから、ゆるされ、
    自分をすてて 死に、永遠の命をいただくのですから。
                        アーメン


      映画 「 ブラザーサン  シスタームーン 」は、
          彼の生涯を、描いていますね。 題もいい。

   ご紹介です。 またを観たいものでございます。    残月    合掌    

4-1 心をもやす  ( 12 )

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        カナシサと   クルシミゆえに   花 シラズ
      
        カナシけど   クルシミあれど   花を シレ

        カナシミと    クルシミのまま   花を モテ。


      「  人はみな   カナシ・クルシと   生きれども
           花を みつけて   花を そだてよ       」



       4月になりました。
      やっと、春らしくなっきました。
      うれしい気持ちです。
      ありがたい今で、ございます。

        でも、小生は 僧侶ゆえに
      いつも  カナシミ と  クルシミに
      ふれていて、いるような気がいたします。
        それゆえに、上のような、駄句・駄歌が
      頭の中に 浮かんでくるのでしょうか。

        失礼いたしました。
        (恥 しらずです) ( 笑 )( いつもじゃないか )( 笑 )

         
        いい事あれど、わるい事あれど、
      極端に、うれしがっても、かなしがっても  いけませんね。
  あの聖徳太子様ですら、世のため・人のためと、ガンバリながらも、
  次のような言葉を、残されています。

   <  世間 虚仮(せけん こけ)   唯仏 是真(ゆいぶつ ぜしん)  >

                「 虚仮 」とは ?
                「 仏 」とは ?




      駄弁です、恥しらずです。     残月     合掌



      

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