2013年2月アーカイブ

   嵐山 大悲閣からの 眺望を、
< 絶景 >にもどしてくださったのは、
長い間、社会を放浪していた方でした。
 
  家族に、苦しみ、
  仕事に、苦しみ、
  他人に、苦しみ、
  金銭に、苦しみ、
  物事に、苦しみ、
  病気に、苦しみ、
  けがに、苦しみ、
  自分に、苦しみ、
  
  世間に、追われ、
  浮世に、流され、
  
  山寺に、来ました。
  10年以上前です。

  そして、おっしゃいました
  何か、自分のできる事で、
  < 世のため 人のため >に、  ( 私は 久しぶり聞きました)
  尽くしたい。
  捧げたい。
  < つくしたい  ささげたい >と。
  
  <自分だけのため   「金銭」 だけのために 生きたくない>と。

 < 金銭とは 尊い( 労働 )の 「結晶」 >
 < 金銭とは 「善意」 のかたまり  >という、原点に立ち、
 その御方と、関係を築き、二人で < 命 >をかけた仕事をしました。

        駄弁です       残月       合掌

  
     この事柄は、大切でございますので、
   < 涅槃・ねはん・ニルバーナ・寂滅・大安心・大満足 >を
   続けせて頂きたく存じます。

     阿難さんは、釈尊に、おつかえしていました。
   おそらく、毎日、御生活を共になさられた事でしょう。
   そして、直接、おしえていただけた環境にあり、( 多聞第一 )
   ( たもんだいいち )でございました。

     しかし、おもしろい事に、
   釈尊の御側で、一番近くの弟子でございます阿難さんが、
   一番おそく、 < 涅槃・・・大安心 >になられた、という事です。
   この世界に、早い・遅いは無いのですが、
   興味深いことと存知ます。

     どこが、面白く・興味ぶかく感じられるでしょうか?
   「 先生・師匠の 御側に い すぎる事 」
   「 親・先輩・指導者に  たより すぎる事 」
     教えていただくことは、重要な事ですが、
   依存し、たより・あまえては、よくないという事を
   教え示してくれているように感じるからでございます。

   
     あまえ・たよりすぎて いないだろうか?
    だから、イライラしたり・怒ったり・悲しんだり・・・しすぎるので
    はなかろうか?   共に、反省・注意したいものです。

    古人いわくーーー無依 真人 ( むい の しんじん・しんにん )
      ( あらゆることに、依存しない人こそ、 真の 安心・自由人だ )
       
          ・ お詫び  昨日の分   1?24・25   です

      駄弁です         残月     合掌
   
       1冊目ー社会人・学校人・家庭人・(集団・組織・共同体・・・・・・)
       2冊目ー自分だけの世界・心の世界
       3冊目ー永遠・無限・瞬間・超越・不二一如の世界・・・・・・

       1 を支える 2冊目の世界
       2 を支える 3冊目の世界
       3 を支える 1・2冊目の世界

       1 生活
       2 生存
       3 生命

       1 聞慧 (ぶんえ  聞いてみにつく知恵)
       2 思慧 (しえ   思ってみにつく知恵)
       3 修慧 (しゅうえ  実行してみにつく知恵)

       1 みんな のために
       2 自分  のために
       3 <・・・・>のために   (ため)がない

       1 世のため  人のため
       2 真・善・美のため
       3 命・心のため
         3冊の手帳を、持ちたいものでございます。
         バランスよく、かたよらずに。

        自戒ー私・宗教人の< いましめ >・4冊目を持つこと。
            持たないのなら、間違う。 ( 3が、1・2になるから )


     駄弁ですが大切です     残月       合掌

2-25 理想の心境  (2)

| コメント(0) | トラックバック(0)
      故郷にて・・・・・・海と山  空気までもが  美しや
                  心にしみいる  老母の笑顔



      理想の心境 (1)  「 自分以外、皆、師である 」

    理想の心境 (2)は、
 非常に、むずかしい、人生の最後の< 心境 >です。 
 どなたも、だれも、わたしも、あなたも、その様には、< 思う事 >はできないと、
感じますが、記述してみたいと存じます。

   以前、20年以上前に、書店で取り寄せてもらった、アメリカ・インデアンの
長老の詩集です。  ご存知の方々も、多くいらっしゃる事と察せられます。
書名そのものが、( 理想の心境 )と、私は感じます。 私、できるかな? (笑)

   誤解を、招きやすいかもしれない。 実際には、アメリカで( 悪用 )
された事がありました。  ( 完全な誤解・曲解による、事件でしたが。 )

   愚僧は、やはり、記述できない。
ただ、(  笑って、死を、受け入れる  )という事です。
そのように、できるように、日々、< こころ と からだ >を、まさに、
鍛えて(きたえて)いかなくては、ならないなーーと存じます。

  このことは、< 自分以外に求めるのでなく、自分に求める事 >が、
  絶対の条件・前提です。 < 他者に求めては、ならない >。
 
    鍛えるとは< 鉄を、火で熱くし、打ったり、冷やしたり
  して、強くする事。  これを、繰り返す。 >ようなことですね。
  むずかしそうです。  でも、少しずつ、くりかえしたく存知ます。
  よりよき人生のために。  強い< こころ と からだ >のために。

      駄弁です( 京都から )    残月    合掌

2-24 涅槃会  <10>  阿難尊者

| コメント(0) | トラックバック(0)
   キリスト教のイエス様の十大弟子のように、
仏教のお釈迦様の、十大弟子も、同じく人類のよき先生方です。
儒教の孔子様の御弟子方も、皆、立派で、かつ人間味に溢れていて、
面白い方々ですね。 きっと、他の宗教もそうなのでしょう。

  昔、修業道場に入る前、中にいる人々は、没個性の同じように
なってしまうのではないかと、心配したものでした。  なにせ、
同じ食事・同じ睡眠・同じ場所・同じおやつ(笑)・同じ先生・同じ・・
同じ事ばかり、同じ衣服だし・・・・・ところがどうでしょう。
 なんと、色どりあふれた個性どころか、奇妙な癖をもつような人ばかり
なのでした。 よくいえば面白く、わるくいえば変人のようです。(笑)
( 小生も、愚僧も、むかしから 変人といわれてますが・・  大笑  )


  例外も多いでしょうが、(笑)
普遍的な、真理・あるもの・あること・・・を求めていると
返って、個性的になっている・いく ような気がいたします。
 変わらない・何かを、求めているかぎり、
自分は、絶えず、変わっている・いかなければ、ならない
ような気がいたします。

  世間でいう個性は、あえて、求めなくてもいいのかもしれません。
時代をこえ、国をこえ、あらゆる権力・権威をこえて、
あらゆる物事人に、価値ある、何かを、しっかりと、
とらえてみたいもので ございますが 。  すると、個性どころか、
超個性になってしまって、大変ですね 。  (笑)

      ・  駅の時間になってきました。
         失礼いたします。    つづく



   駄弁です、つよく生きるために。       残月        合掌

    春のたより・・・・・・   ほのかなる  春の気配の  川柳(かわやなぎ)
                  風のたわむれ   しばし待つなり   (笑)

  釈尊が亡くなり、弟子の一人が泣き伏しています。  おそらく、いつも、どこでも、
いっしょに行動・御生活をしていた、アナン尊者だと、察せられます。
 従弟でもございます。

 御弟子の中で、一番多く < 説教 >を聞いていたと言われています。
後日、< 御説教 >を整理していく時に、たいへん御活躍なさられました。 なにせ、
一番御側で、拝聴していたのですから。(笑)

 また、< 経典 >( 説教集 )( 漢訳・中国語 )が、ほとんど、
「 如是 我聞 」 「 にょぜ がもん 」
「 われ かくのごとく きけり 」 「 私は このように うけたまわった 」で、
はじまります。  この< 我 >は、まさに阿難尊者でございます。

 そういえば、皆さま御存知の< 般若心経 >の中の、「 舎利子 しゃりし 」は
シャーリプトラ尊者といわれる御弟子様です。  心経で説かれている、
「 般若( はんにゃ )の知恵 」を、一番理解していた方でございます。 
( 釈尊より御年長だった気がいたします。 )そういう事での、御登場です。

  物事人を< 区別する知恵 >だけでなく、< 同じとする知恵 >でもって、
慈悲深く、教団の長老として御生活( 求道・伝道 )をなさられたそうです。

    ・ 以上は、昨夜、準備いたしましたが、net に掲載
        できませんでした。 (笑)
        明日は、また、できないかもしれません。 ( あかんなー)

    ・ 阿難尊者  つづき ます。


    駄弁ですが、努力してます (笑)     残月     合掌 

大悲閣千光寺HP準備室よりのお知らせ

| コメント(0) | トラックバック(0)
いつも大悲閣千光寺のhP、並びにブログをご覧頂きましてありがとうございます。

先ほど住職から、来週の月曜日(2月25日)まで京都を離れるとの伝言がありました。
出先より、ブログの執筆を試みたそうですが、残念ながらネット接続ができなかったと言う事でした。

ブログ再開は、火曜日(2月26日)からとなる予定です。
ご迷惑をおかけいたしますが、26日よりのブログをお待ちいただきたいと思います。

よろしくお願いいたします。


大悲閣千光寺HP準備室 
鳥澤
    桜のおしらせ・・・・・・みぞれ舞う  みどりの川も  かわらずに
                 春へとむかい  今日も流るる   (笑)


    ある歴史作家が、おっしゃられていました、「 ある歴史的舞台へいきます。
 その場所に、実際に立つと、( 考えていた事・予想していた事・思い込んでいた事 )が、
ものの見事に、破壊されることがあります。  これは< 快感 >であります。 」と。

 ( 思い込む )動物が、人間の様な気がいたします。 
でも、自分を縛ったり、自分以外を縛ったりして、苦しむような( 思い込み )は、
なるべく持たないほうが、いいように思えます。 でも、持ってしまいます。( 笑 )

  ある作家ではございませんが、( 思い込みを こわす < 快感 > )を、
どなたも、御存知・御体験なさられると、察せられます。 小さくても、少なくても。

 < 意外と・・・ >< 驚き >< 感動 >< 感銘 >< 感激 >・・・・・・・などは、
このことを、表現しているのかもしれません。

 ( 思い込み )・ 物事たいする( 決め込み )が、多くまた強いと、< 感動 >体験は、
少なくなりがちです。  楽しくない。 生きていて< おもしろくない >。
  これは大変だ。( 笑 )  のりこえられます。 御いっしょに。 お若くなれます(笑)

  自分以外の何かに、 
( 思い込み )をもたされ、( 決め込み )をもたされる事も多い、
ここで、「 負けては ならない 」 「 くじけては なるまい 」 「 しっかりせよ 」
「 世間に まけるな 」 「 浮世に 流されるな 」 で、ございます。

    涅槃図の中の弟子について・念仏についての(つもり)が、(思い込み)が
  こわれました。 快感? (笑)  失礼いたしました。  つづく


         駄弁です       残月        合掌

 
    桜のおしらせ・・・・・・・・寒風に 色も香もなき 花なれど 静かに咲ける
                  亀嵐の山寺    (亀山に対面してる、嵐山の寺)

  
   < 私 >は、( 000人である )・( 男性・女性である )
            ( 体重は00キログラム)・( 身長00センチ )
            ( 出身は00県です )・( 父母は0000です )
            ( 学校は0000です )・( 職業は0000です )
            ( 友人は0000です )・( 彼氏・彼女は000です )
            ( 家族は000です )・( 収入は000です )
            ( 借金は000です )・( 財産は000です )
            ( 持病は0000です )・( 傷は000にある )
            ・・・・・・・・・         ・・・・・・・・・・
            色々な事項・事実はありますが、( これらの事 )を
            < 私 >と( 思いこむ )必要はない。

            でも、( 思い込まされてしまう )。
            他に、< 人に・友に・知人に・先生に・社会に・国に・時代に・・>
            そして、自由に動けなくなり、ぜんぜん楽しくなく なりがちです。

            すると、昨日の< 理想の心境 >のような、内面的な目的・希望・
            こころざし( 志 )が、とてもとても、大切になります。

            あらゆる事項・条件に、関係なく、
            < 自分と自分以外を、少しでも、よくしたい >という
            < 善念・仏心・真心・神意・・・・・・・・>のみが、
            本来、< 私 >を支えるもの と考えられます。

            あらゆる事項・条件を、受け入れつつ、
           ( 思い込み ながら  思い込まない )(笑)、 ためには、
            こころざし・心のめざす事柄が、最重要です。 何歳のお方も。

                 駄弁です      残月     合掌
            
   桜のおしらせ・・・・・・・・とにかく、まだ山は寒いです。
                 しかし、梅のつぼみが、とても かわいい。


   理想の< 心境 >の一つを、昨日の自分の文章を読み返して、思い出しました。
 < 自分以外 >が多い文章でしたので、この言葉が急に、頭の中に浮かんできました。
戦後の有名小説家の、御言葉です。 御苦労なさられ、ついに人気作家になられました。
(  剣豪・宮本 武蔵の生きざまを、現代によみがえらせ、人々を勇気づけました  )

    < 自分以外、皆、師である >
  このように、思えるように、
  このように、他者を考えるように、なれたら、すばらしい。
  むずかしい事だと、存じます。

  でも、この< 心境 >をめざしたいものでございます。
  あきらめず、求めつづけて行く。 これが< 修行 >です。
  いやになる、壁にぶつかる、(  いたい )、ここで、< 工夫(くふう) >です。
  壁を、正面から見る。 正しく見る。 あせらず見る。 < 知恵(ちえ) >がでる。

  < 自分以外 >とは、人間にかぎらず、動物も植物も、あそらく鉱物も、
  存在するもの全て、です。  また、かつて、存在した全てでもあるでしょう。
  ( どれだけ多くの亡くなった方々に、教えられてきたでしょうか。 )

  いやな人・嫌いな人・こわい人・わたしを嫌う人・・・・・・・・・
  たくさん・たくさん いらっしゃることでしょう。(笑)
  人として、< 理想の境地 >にむかって、共に歩もうではありませんか。

  < 思いこみ >を捨てることです。  あの人は、この人は、彼は、彼女、貴方は、・・
  赤・白・緑・黄・青・黒・紫・・・、色つけを、やめる事が大切に思われます。
     すると、不安になるかも? 大丈夫、次のように、思ってください。 
  < 人は、皆、神の子・仏の子 > <今、どのような人も、理想の心境を求めてる>と。

         駄弁です         残月       合掌

        

                


  

2-19 涅槃会 <5>  無我の喜び

| コメント(0) | トラックバック(0)
    桜のおしらせ・・・・・・・寒風が、吹き荒れています。 
                 足のかかどの、ひびわれが、とても痛い(笑)。

  どなたも、< 我の苦悩 >をご存知です。
  どなたも、< 無我の喜び >をご存知です。

  < 我 >を捨てること、とても、むずかしい。
  < 我 >を離れること、から。

  < よい行い >とは、< 我 から 離れること >
  < 善を積む >とは、< 我 から 離れること >
  < やすらぎ >とは、< 我 から 離れること >

  < 我 から 離れること >とは?

  < 自分を捨てること >なのか?  ちがう。
  < 自分を粗末にすること >なのか?   ちがう。
  < 自分を愛さないこと >なのか?   ちがう。
  < 自分を嫌うこと >なのか?   ちがう。

  < 自分以外に たよる >    ・・・・
  < 自分以外に まかせる >  ・・・・
  < 自分以外に まなぶ >   ・・・・
  < 自分以外に あまえる >  ・・・・
  < 自分以外に おねがいする > ・・・・

  < 自分 >と< 自分以外 >の( よい関係 )を、もちたいものです。

  < 我から 離れると、( 光 )に、出会える >ことを、
  どなたも、ご存知の< 無我の喜び >を、
  根本・基礎にした関係でございます。    つづく

       駄弁です       残月      合掌
    釈尊が亡くなった情景の< 絵図 >に、人間・弟子・動物・昆虫・人間界以外の何か・
   また、あらゆる生物が、回りを取り囲んでいます。  何故なのでしょうか。

    私たち生物は、生きるため・生存のために、< 我 >をもち、その維持・存続のために、
   ほかの・他の< 我 >と、< 対立(たいりつ) >し、苦悩します。

    私たち生物は、苦悩して当然だと、思いこんでいます。
   でも、釈尊は、簡単に言っています。 「 < 我 >は無いのだから、苦悩は克服できる 」。
   言葉で語り、自分で、その生きざまを、皆に見てもらったのでした。
   あらゆる生物は< 我 >に苦しむ。 ( 特に、人間は。 )
   しかし、あらるる< 我 >もつものは救われる、という< 絵図 >なのでございます。
   
    < 我 >が無ければ、この< 私 >は何なのだろうか?
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 仏の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 神の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 真理の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< 天地の子 >である。
   < 我 >が無ければ、この< 私 >は< あなた >である。

    地球の上の 私たち人間は、
   < 我 >と< 自然 >との、対立・共存のみならず、
   < 我 >と< 我 >の対立・共存で、生存てきました。
   < 支配する・支配される の世界 >です。
   今もそうかもしれません、おそらく、まだまだ、残念ながら、いたるところで。
   でも、日本にかぎるなら、戦国時代は終わっている。(経済界は知らない)
   
   そして、私たち自身も、< 我 >と< 我 >の対立の戦国時代を終わらせ、
   < 無我 >< 仏心 >による生存界( 家庭・地域・町・社会・共同体・・・)
   を、一歩一歩、少しずつ、築いてゆきたいもので、ございます。
     語り尽くされた事です、申し訳ございません。  ただ、私たちは、
   共に、実践・実行していきたく存じます。    切に、 お願い申しあげます。

           駄弁です         残月     合掌 

          

   

2-17 涅槃会(ねはん え)  <3>

| コメント(0) | トラックバック(0)
   楽しく人情あふれ笑いをさそう落語のようでもなく、厳密で歴史的に正確な大学の講義のようでもなく、
<小生が、今、この世から、消える( 身体 )とした場合の、遺言みたいなもの>でございます。  駄弁・蛇足だと存じます。

   人間に生まれ、育てていただき、学校に通わせてもらい、社会の中で、生かされ・生きてまいりました。
「 人間とは何か? 」「 いかに 生きるべきか? 」「 この世とは  何なのか? 」「 私とは 何なのか? 」・・・・・・・
まさに、青臭い、悩み・問題に、とらわれてきました。(笑)   一応、真剣に。(笑)
   生まれて、56年後、このように、本堂も解体したような山寺の僧侶に、なっています。何故なのか?(笑)
沢山(たくさん)の、為すべき事・課題・問題は、かかえていますものの、皆様方( 有形・無形 )守られ・支えられていて、
< 至福・歓喜 >でございます。

   嵐山・大悲閣の自然のすばらしさ、< 人間のすばらしさ >を、共に味合いたい、と願っています。


   仏教の用語を使わせてもらえば、< 菩薩 ぼさつ >(さとりを もとめる人・自分と自分以外を、よくしたいと願い祈り行う人)
 の< 場所 >に、なれたらいいな、ならねばならぬ(笑)と存じます。

   少しでも、自分と自分以外を高めたい・良くしたい・役にたちたい、また真の< やすらぎ >(さとり)をもとめる人々・命・心・物・・・
の、お役にたてる< 場所 >< 寺院 >に、なっていきたく存じます。   どうか、皆さま、よろしくお願い申しあげます。 


   涅槃<3>の、まえがきのつもりが、長くなってしまいました。申し訳ございません。

      古代インドの言葉・ニルバーナからきています。
 「 ニル 」  無い という意味です   ( ニヒリスト・虚無主義者・あらゆる価値を認めない )
 「 バーナ 」  炎 ほのお     ( ガス バーナ )(  自分・自分以外を 焼くような 感情の炎・激情か? )
 「 ニルバーナ 」  つまり、・・・・・・・・・・・・・・・です。   < やすらぎ >の1つでしょう。

 ・ 命・心を自覚した生物・< 菩薩 >として、共に、この世を、生きぬきたいと、切に、願います。


      駄弁です                   残月          合掌
 

2-16 涅槃会  <2>

| コメント(0) | トラックバック(0)
   釈尊は、< 行い・おこない >が、一番大切である、といいました。
  という< 言葉 >がございます。(笑)   ( 言葉使っているから )( 方便・ほうべん ですか)(笑)

   私たち人間は、< 生まれ >< 育ち >< 顔・姿 >< 社会的地位 >・・・・・・・のみで、
人を判断しがちである、とにかく、古代インドでは< 生まれ >が、全てであったのでしょう。( 現代のインド以上に )

   その時代に、人間の価値( いい・わるい )は、< 生まれ >でなく、< 行い >であると、言いきっています。
この< 言葉 >と、この< 言葉 >を実践実行する釈尊に、どれだけ多くの人々が、救われ・安心し・生きて行く
< 希望 >をもつ事ができたでしょうか。
  現代インドにおいて、「 カースト(身分)制があり、輪廻転生( りんね てんしょう )を説くヒンズー教世界 」において、
仏教は、少しずつ、支持され・信じられ・< 心のよりどころ >になっているそうです。  当然ながら、身分制に
しいたげられ・苦しんでいる人々です。   また、真の人間中心で< 平等 >社会をめざす方々もそうです。

   < よい行い >が全てである。
   < よい行い >によって、安心をえる事ができる。
   < よい行い >によって、救われる。
   < よい行い >によって、幸福になれる。
   < よい行い >によって、悪からはなれる事ができる。
   < よい行い >によって、苦悩からはなれられる。
   < よい行い >によって、運命をかえる事ができる。


   < よい行い >とは、どういうことでしょうか?
   ゆっくりと、<思いめぐらす>ことを、共に、いたしましょう。
   < 閑坐 >< 数息 >< 正心 >< 冥想 >・・・・からです。

   古人いわく      善をなし  悪をなさず  
               「 この心を  清くする 」



          駄弁です                残月            合掌
   昨日から、つづきます。

 何故、釈尊の< 言葉 >が、すばらしいのでしょうか?
 何故、< 言葉 >が、< 教え >として、受け入れられ、学ばれ、また、実践されてきたのであろうか?
 何故、迷い・悩み・怒り・悲しみ・争い・うらみ・愛し合う・助け合う・・・・私たち人間の< 苦しみ >克服の< 教え >< 道 >
     と、なったのであろうか?

    仏教  < 釈尊の  言葉( 教え ) >

  もし、かりに、あなたに、< 苦しみ >があるのであれば、< ほとけ・仏・ブッダ >に成りなさい。
  もし、かりに、あなたに、< 苦しみ >があるのであれば、< ほとけ・仏・ブッダ >に守られていると信じなさい。

  人生の< 苦しみ >は、私たちは、普通には、なかなか、感じきれないといいます。
  やはり、まずは、人生の< 楽しみ >を、( ある程度 )味会うことが、大切です。
  また、人間として、最低限の< 食べ物・飲み物・着るもの・寝る所・仲間・・>が不足していては< 言葉 >はいらない。
    宗教・経済・政治・教育のことは、ゆつくりと、考えていきましょう。(笑)


         三法印( さんほう いん・三っの仏の教え・しるし )

      諸行無常( しょぎょう  むじょう )( すべて、常なるもの は ない )(  全て、変化・変身・変心・・・・かわる  )
      諸法無我( しょほう  むが )( すべて、我<個・実・・>は ない )(  全て、個人・個体・実物・・・・・ない  )
      涅槃寂静( ねはん じゃくじょう )(  やすらぎ・まんぞく・こうふく・せいじゃく を 得た・獲得 いえ 成就<じょうじゅ>した)

                無常・無我にて、< 歓喜 >した人々の流れが、< 仏教 >になっている。
                無常・無我にて、安らぎ・満足・幸福・静寂になれます。
    私たちは皆、< 大慈悲 >の< 光 >に、つつまれ・いやされ・そして  慈悲の< 光 >を発していくことでしょう。


         言葉たらずの駄弁です                    残月           合掌

2-14  春の気配 と 小さな祈り

| コメント(0) | トラックバック(0)
  桜の木々を、眺めると、春の気配がいたします。

 できの悪い生徒である愚僧の、パソコンの先生・ブルース兄様に相談いたしました。
「  ホームぺ―ジに、この春、桜の写真とか、のせれないでしょうか?  」
「  できますよ  」(兄)   「  この物覚えが悪い私が、ですよ・・・・  」
   ありがたい事に、御時間をいただき御教授いただけそうです。
  皆さま方、どうか、御期待くださいませ。(笑)( できるかな? )


   < 46億年の地球の歴史・10万年の人類の営み・5000年の人間の成果 >
と、特に、ここ30年間の科学技術の発達により、このような精神の交流ができるようになってまいりました。  まことに、ありがたい事でございます。   全ての存在が( 安らぎながら交流し、共に成長したい )ものでございます。

  ( 小さな祈り )
   全ての存在< 森羅万象(有形のもの)・無形の何かのもの >が、安らぐことができますように。     そして、小さな自分の立場において、このことを、実践実行していくことができますように、 どうか、お守りくださいませ。



   明日・2月15日は、
  仏教の教祖であられる、釈尊( インド・ネパールの釈迦族の尊者 )の
  御命日です。 涅槃会( ねはん え )が、大寺院では厳修(げんしゅう)されます。
   仏教系の幼稚園では、涅槃図といはれる大きな絵を、子供たちに見てもらいます。
  皆様方も、御存じのことでしょう。  沢山のお弟子様がたに囲まれ、また、人間界以外の  存在にも見守られ、そして、あらゆる生物・みみず・むかで・昆虫・・・・・動物たちが、
  集まり嘆いて、別れを悲しんでいます。  生母のマヤ夫人が天上界から、御薬を持って
  飛来してきます。・・・・・・・・なんという・・・・・・・。
                                  つづきます

        お祈り                 残月         合掌

 ( 冥想について )において、<2>の一つ前です、
ある人の体験談を、記述させていただきました。 「 足が 痛くて  痛くて 痛くて 」
「 とても、つらかった 」 「 10日間でした 」と。「 いい体験を、してきましたね」(私)。

 私たちは、身体・肉体的に、( つらい事 )を体験することが、少なくなってきています。
( つらい事 )を少しでも、減らそうと努力するのが、人間の( 意欲・知恵・文明・・・)ですから、当然かもしれません。  現代日本人は、たいがい、昔・昔から考えたならば、王様・貴族の生活です。
 人類・10万年の生活の積み重なり上にあり、人間5000年の歴史の成果の賜物です。

   < 賜物・たまもの >を、< 賜物 >と思えない私たちは、古今東西・同じように、堕落し・虚栄・争いに明け暮れる、楽しくそして、悲しい日々となる事でしょう。

    < 高慢・傲慢・慢心 >・・・を、少しでも、減らすために、(思い めぐらしたい )
                      46億年前
                      10万年前
                      5000年前
                      2500年前
                      1000年前
                      500年前
                      100年前
                       50年前
                       30年前
                       10年前
                        3日前
                        1日前

    母親の御腹( おなか )の中では、この時間の流れを、追体験するという。
    そして、はじめて、< 人間 >になるという。  肉体的にである。
        精神的に<人間>になるには、どうしたら、いいのでしょうか?
  現代子の教育には、今、不十分ですね。  縄文人の生活から体験させてやりたいです。

      五千年の汗・涙・血・心・神・仏に感謝しつつ      嵐山  残月  大合掌

2-12 冥想について<8>

| コメント(0) | トラックバック(0)
   京都の桜の開花予報は、3月25日くらいです。 まだまだ、寒いですね。
知人のお花屋さんからいただいた、山形の( けいおう桜 )が開花しています。
お花をみていると、なんだか嬉しくなってまいりました。 つらく感じる冬だけど、もう少しで終わりになりそう、と。  環境に左右される< わが心 >です。(笑)

  小さな< 心の揺れ・振れ・ブレ >は、楽しく感じないでしょうか?
< 変化・無常(むじょう) >を、味合い・楽しめるようになりたいものです。
そのためには、まさに< 心の余裕 >が、必要だと存じます。 
   小さな変化に、ビクビクしない、出来事・物事は、< 無常・無我 ( 変化する・自分の我も他人の我も無い >という想定内( そうていない・予想・許容範囲の内 )の事と。

  変化は全て、ただ 変化であり、そのことを、( ありがたく・おもしろく・ゆかい )に感じられたら、人間幸福であります。  しかし、ながら、自分にいい変化ばかりでは、ありません。
 つらい・悲しい・苦しい・せつない・嘆(なげき)かざるおえない事も、私たちの人生には、とても多いです。   この事に、耐えることができるのか?
  1000年に1度のこともある、100年に1度のこともあり、たまたま、様々な事柄に出会ってしまう。
  なんとした事であろうか?  どのように、考えたらいいのであろう?  どのようにして、耐えたら いいので あろうか?

  < 心の余裕 >を、広くする・ひろく ひろく ひろく する。
               深くする・もっと もっと ズートとふかくする。
             と、どうだろうか?

  < 心の余裕 >をつくるのが、<冥想 めいそう>ともいえます。
             どのように、なすのか?

          ・ ( 閑坐 )( 数息 )から
          ・ ( 知恩 )( 感謝 )から
          ・ <思いこみを  少なくする事 >から
                                     つづきます

    駄弁ですが、心をこめて         残月        合掌 

2-11 昨日の<客殿>は、元旦なり。

| コメント(0) | トラックバック(0)
  雪はございませんが、寒さが身にしむ朝でした。
皆さま方の、御住みの町はいかがでしょうか?  日本も世界も広いですね。
地球・世界の半分は、暖かな< 夏 >なのですよね。 とても広く感じます。

 ・ 10時から、嵯峨・角倉町の稲荷神社の祭りに参加いたしました。
  町内で、大切に、お守りしてられます。
  「 神さまの御蔭で  みんな こうして集まることができる 」とおっしゃられてました。
  近くの、観光で有名な<野宮神社>の宮司様がおいででした。 30分近く、色々教えて
  いただきました。  インドへも、3回ほどいかれていらっしゃるとか、すばらしい。
   稲荷神社の真後ろに、陰陽師( おんみょうし )として有名な、( 安倍 清明 )の御墓
  がございます。

  ・ 1時から、<客殿>で法要です。
   昨年は、仮本堂前で、寒風の中での読経・御焼香でしたが、本年は暖かです。
   畳の上なので、正式な礼拝ができました。 韓国の方々なので、今の日本人より丁寧に
   御先祖様を、御供養なされます。  五体投地( ごたい とうち )のような礼拝です。
   イスラムの礼拝ににていますし、僧侶の正式な、額(ひたい)を、大地にこすり着けての
   < 心の表現 >です。  < 自分を捨て、捧げ、敬意を表し、感謝する 心の表れ>
   です。  チベットのお話はすばらしいですね。 また、いつの日か。

   ・  その後、朝鮮半島と日本の関係を話し合ったりしました。
    角倉了以翁の息子・素庵さんと、朝鮮の儒学者・かんはん先生の御蔭で、
    徳川幕府の朱子学者・林 羅山先生が、江戸へ行かれたという事でございます。
 
   ・   その後、中国人 留学生に、仏教について、説明しました。
     「 般若(はんにゃ)の意味 」 「 南無阿弥陀仏の意味 」
     日本人の老若男女もいらして、いい法話になりました。 彼の質問のおかげで
     より深く、より丁寧に、お話することがてきました。   その中に、幕末の( 佐久間
     象山 )を研究している、タイ人留学生もいました。
         いい正月元旦と、喜んでくださいました。  こちらこそ でございます。
       ありがとうございます。  皆さま、兄弟姉妹です。 本来 東西南北は無い。

    言葉は違っても、<心>は同じですね        残月        大合掌
  

2-10 冥想について<7>・観音像

| コメント(0) | トラックバック(0)
  寒い日々です。  いかが御過ごしでしょうか?
今朝は、コメント・メールに、少しだけ(返信)いたしました。
これから、メールの日時を作って、きちんと御返事できるようにしたいと思います。
どうぞ、御感想・御意見・御文句(笑)を、御伝えてくださいませ。
  <一人よがり><身勝手>を、軽減するために。
        何卒、平に、 お願い申し上げます。


  十一面千手観音菩薩像????11個の顔・頭を、持ってらっしゃる。
                      11人分の頭を持つ、うらやましい。
                      11の異なる立場にたてる。
                      11の異なる意見を聞き理解できる。
                      そして
                      1000本の手を、働かせる。
                      すばらしい、うらやましい。

    私たちも、いやな事があっても、すぐに、カッとならないようにしたいものです。
  とにかく、色々な立場・様々な意見が、あるという事です。 私も、その1つにすぎないとい  う事を、忘れないようにしたいです。
    でも、優柔不断(ゆうじゅう ふだん)で、判断できず、グズグズして、機会を失わないよ  うにしたいものです。  判断し、実行し、責任をとる。 失敗でも貴重な体験となる。
    < 活かす いかす >という観点・< 頭 >を忘れないようにしたいです。

    そのためには、1月26日・暦日(れきじつ)で、お話させていただいたような、
  < 第3の手帳 >が、やはり、私たちには、どうしても、必要なのかもしれません。

    その時・その所だけの、感情・気分・思い・快不快・・・・・・・に、のみ、
   ふりまわされ・支配されないように、なりたいものでございます。
     ( 環境に支配されない、本当の自由のためにも )
     ( どのような環境でも、まず、受け入れる事から、、、、)

           駄弁です               残月        合掌



 
  昨日のつづき です。

       ? なぜ  あのバスに のり
       ? なぜ  あの男(彼)に ぶつかり
       ? なぜ  私は文句をいい
       ? なぜ  なぐられた のか


  ?・?は、運命・宿命・因縁( 原因・結果・<縁>)・業・行為・積善・悪・・・・・
        今日は、考えない事にします。(笑)  先人は、よく考えてます。

  ?   なぜ  私は  文句を  言ったのか ?
      「  なぜ   ぶつかった
         おまえが 悪い
         あやまれ        」

      言葉だけでなく、<言い方>もあるでしょう
      発音・抑揚・間・表情(目つき・顔つき・・)・態度・姿勢・・・
      ああ・・・  むずかしい

 < 物事は、たとえ、こちらが 「 正しいこと 」でも、相手を、責め続けてはならない > 
       「 それは、  悪い  間違い  正しくない  」
       と言われて、  素直に   訂正・修正できる人は<達人たつじん>です。
       なかなか、できない。  (また こちらも、本当に正しいのか、考えなくては )

   しかし、なかなか  できない。  でも、あきらめない。  できるよう、求め・努力する。
   やはり、( ゆっくりして  息を   呼吸を  意識する事 )・閑坐・・・・
   やはり、( 天地・自然そして先人・先祖・父母・他者の御恩を、感じ・意識する事)
   やはり、( 好き嫌い・損徳・美醜・快不快・痛い痛くない・・・気にしない練習をする)

また、なぜ、十一面<11個の頭・御顔>があるのでしょうか? 千手観音菩薩の御像には。

      駄弁が、つづく(笑)           残月     合掌

2-8   冥想について   <5>

| コメント(0) | トラックバック(0)
  一昨日、知人の家に行って参りました。
  ここ20年ほど、精神的に苦悩している男です。 登校拒否も、家庭内暴力も、引きこもりを体験し、その克服のため、就職離職・放浪・浪費・新興宗教も、霊視・占い・まじない・祈祷・霊水・・・・・・・・、哲学・西洋哲学・宗教学・芸術・そして、心理学・カンセラー・病院・内科・精神科・精神病院・・・・・
 あらゆる方法・手段・手掛かりを、求め続けて来ました。  精一杯の努力です。
 御家族の方々の、苦悩と御努力の日々でした。( なかなか難しく、精も根も尽きるが如しでした )
  昨年、ある日 「 モーッワルトの音楽で、救われました 」と、とても喜んでいました。
本人も御家族もです。  「  何か  仕事を  しなくちゃなー 」と言ってました。

   ところが、バスの中で、殴られてしまい、5回も殴られてしまい。
またしても、< 精神の迷宮 >に入り込んでしまったようなのです。 肉体の傷は、まだまだ痛いそうですが、時間とともによくなるそうですが、< 精神の苦痛 >がきつく、つらいと。



      なぜ、あのバスで
      なぜ、あの男と
      なぜ、ぶつかり
      なぜ、文句をいい
      なぜ、なぐられ
      
      なぜ、精神が、また、混乱し
      なぜ、また、このように、苦悩し
      なぜ、この薬を飲み
      なぜ、一日、フラフラしなくては、ならないのか
      なぜ、オレの人生は、こうなのか

      わたしが いくよ


       <めいそう>のつづき        残月       合掌

2-7 冥想について   <4>

| コメント(0) | トラックバック(0)
  昨日の朝、京都は雨でした。 道場時代の冬の雨の日の、托鉢(たくはつ)・乞食(こつじき)を思い出します。 雪でなく、雪になりそうな雨が、とても冷たく感じられて、つらかった事が、頭に浮かんできます。 また、 このような日、隣町・亀岡での托鉢中の事が、本日、ありありと思い出されました。  まだ、1年目くらいで、( つらいなー・いやだなー・・・・・)と思いつつ歩いていると( バカなこと  はずかしい )(笑)、中年のおばさんが走ってきてお布施
(だいたい100円です)いただきました。 そして、手をにぎってくださいました。 ( つめたいでしょう・・・・・・・・)と。       その< 暖かさ >が、よみがえってきました。 お顔は見えず、知りませんが、この< ぬくもり >は、生涯、愚僧を温めてくださることでしょう。  思い出さない冬であっても。(笑)
  どうか、皆さま、つらそうな若者を見かけましたら、やさしくしてやってください。 また、若者にかぎらず、御年配の方々、幼き子どもたちにも、ともに、やさしくしたいです。  
 

         やさしく  できること
         やさしく  こえ  を  かける
         やさしく  みみ  を  かたむける
         やさしく   て   を  さしのばす
         やさしく   あし  を  すすめる
         やさしく   かお  を  むける
         やさしい   まなざし
         やさしい   ものごし
         やさしい   おもい
         やさしい   こころ

         やさしい   あなた
         やさしい   わたし
         やさしい   みんな 

         この  やさしさの  ちち・はは は  < めいそう > でもある。


     駄弁です                   残月        合掌  

2-6  冥想について  <3>

| コメント(0) | トラックバック(0)
  早く、< さくら だより >とか、ふるさと< 五島の自然と歴史とこれから >とか、< 嵐山の観光・観風 >についてとか、お伝えしたいのですが、またまた、固い内容になりますが、どうぞ、お付き合いぐださいませ。  < 観音像 >もつづいてます、終わっていない。(笑)

  近頃の寺院での法事は、椅子(いす)を使うことが多いです。 僧侶も、皆さま方もとても楽になりました。     「 足が 痛くない・しびれない 」、「 坐っているのが、つらくなくなった 」という御声が、よく耳にはいってまいります。   ( 友人の大寺院の法事を手伝いにいきますと、 膝(ひざ)を痛めてられる御夫人方が多いという事に、驚かされます。 )
  また同時に、「 御経の  ありがたみ も  少なくなったなーー 」というお声も伝わってきます。(笑)      おもしろいなー・ 不思議だなーと、拙僧と感じています。

  それ故に、< 御一緒に読経したしょう >とか、各法事の目的により<御経の意味>について説明させていただいたりしています。  坐禅も、「 いす でいいです。  腰を立て、脊すじを伸ばせばいいですよ、 あご を引き、半眼(はんがん)( 内側と外側を、半分づつ見る)( 目を 閉じて しまわないない事)です。  ゆっくりと 呼吸です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」とお話する事が、多くなりました。
これは、これで、いいと存知ます。  体験・実践する事が、まず第一です。

  しかしながら、先日の< 冥想  1  >のように、「 痛い 痛い  ただ  いたい だけでした 」という体験談を聞かせてもらうと、 こちらの・< 痛みを 味合う >という事も大切なことではないだろうか?と、感じています。
  この< いたみ >というのは・・・・・・・・・・明日に つづき   ます。


       こころ        ・一つ心
                  ・二つの心
                  ・三つの心
                  ・多心
                  ・乱心
                  ・無心

       駄弁です               残月          合掌


2-5 冥想について ( 2 )

| コメント(0) | トラックバック(0)
  私たちの< こころ >とは、いったい、何なのでしょう?
まさに、< あるようで、ない >< ないようで、ある >また < あるようで、ない >
まさに、よくわからない世界のようです。

  奈良で、正倉院展( 古代の宝物 )が、毎年開催されているようです。
拙僧は、恥ずかしながら行った事がなく、写真だけの世界です。(笑)
  この前、初めてしり、はじいりました。 単なる、珍しい物( 品・作品 )・貴重な物を、
多くの方々・皆さま・国民に、見てもらう・御覧いただくという事だけで、開催がつづいているわけでないそうです。   
  大戦中、( 宝物 )を戦災から守るために、博物館に移動していたそうです。 戦後、ようやく、無事に正倉院へ戻すことになったそうです。  すると、「 せっかくだから、戻す前に、皆さんに、ご覧いただこう 」 という声がでたそうです。 でも、反対意見もでたそうです。  「 食べ物すら 無いのに 、 住む家が 無いのに 、戦争がやっと終わり、だれもが、疲れきっていて、関心をもたないのでは なかろういか?」
  ところが、どうでしょう、意外な事に、多くの方々が、来て下さったそうです。
< 感動 >< 感激 >< 感嘆 >< 激賞 >< 讃嘆 >の御声ばかりが、寄せられたそうです。  
  悲しい心・疲れた心・やるせない心・・・・・・・・(  戦後の 生まれ育ちの私には 想像することすら おこがましい・・・・・・・)
 < 希望 >< 生きる力 >・・になったそうです。


  < 物 >と< こころ >は、一つでも あるということ。
どなたも、御存知の事、でも、忘れないようにしたいもので、ございます。
< 冥想 >の真意は、< 坐ること >に、とらわれすきては、いけない。

  古人いわく   玩物 喪志 (がんぶつ そうし)
          ・ものを もてあそんで  こころざし を  うしなう。
          ・物あふれる現代は、特に、注意したいものです
          ・物も、大切にしたい。

      駄弁です                 残月      合掌

2-4 冥想( めいそう )について

| コメント(0) | トラックバック(0)
 2日・土曜日、
 奈良県の友人が、御結婚なされ、奥様と御一緒に参詣してくださいました。その昔 美大の学生さんで、時々、遊びにきていました。 彼の描いた油絵が、寺の入り口の所にかかっています。 今回、大改修していただいた< 客殿 >を、心をこめて描いてくださっています。
  10年以上、外気に触れています。( もうしわけありません ) しかしながら、写真じゃない、すばらしさ・魅力を、静かに表現し伝え続けてくれています。 誠に、ありがとうがざいます。( ほこり・よごれなど、掃除します)

  若いカップルが参詣してくださいました。 托鉢用の(網代傘・あじろがさ)・(看板袋・かんばん ぶくろ)を手入れして日に当てながら、御朱印を作っている時でした。
  女の子が、いえ、その女性が「 なに、しているのですか?」と、見にきました。
サッパリして、すかっとしています。 「 どちらからですか 」 「 坐禅の帰りです 」と。
それも、「 10日間です 」と、おっしゃいます。 「 足が、痛くて 痛くて たいへんでした とても つらかった 」 よく、まあ、10日間も、また、(足の痛さ)もきちんと味合っているようでおそれいります。 腰も痛いです、と。
  京都の北部・兵庫との県境でしょうか?  インド・ミャンマー系の道場のようです。
以前から、そこへの、行きまたは帰りに、立ち寄ってくださる方々がいまして、よい道場のようだなーーと存じてました。
  
    < 何かを、思いこませるのでなく >
    < 坐ることを、中心に >
    < 食事を いただき >
    < なんせ  無料  もし、感じる事あれば、後日、喜捨(寄付) > すごい。

     彼女曰く 「足が、痛くて 痛くて 痛くて いたくて いたくて いたくて 」
           「 苦行でした 」(笑)
           「 ごはん とても とても おいしかったです 」

     いい体験です。
                         つづく

         御報告と 駄弁です        残月       合掌
     

2-3 法話の会(第三回)

| コメント(0) | トラックバック(0)
  第一回  11月5日  懺悔(ざんげ)・感謝・祈りなくしては、空(くう)になれない
  第二回  12月2日  閑坐(かんざ)ゆっくりと坐って、全てから離れ、しばし忘れる
  第三回   2月3日

      客殿大改修工事( 三柴 元翁による大御寄進が中心です )
     無事、竣工後からの、回数です。
      これからの、法話は、
      100年後を考えての<大改修・大寄進・大和合>だったので、
      100年後を考えての<大法話>したいと存じます。(笑)

    ・毎月第一日曜日、午後1時から約1時間です。
    ・読経・坐禅・法話です(簡単な)その後、茶菓進呈<清談>、3時には終わります
    ・無料です。

    ・アーカイブで以前の会日のブログをみますと、今回の(移動)による乱れがあります
     申し訳ございません。  どうぞ、御不明ございましたら御質問くださいませ。
  
    ・  難しい事です。 すべて困難ばかりです。 この会も。
      でも、今までをきちんと反省しつつ、よりよい理想に向かって、1歩1歩、丁寧に進       みたく存知ます。  どうぞ、よろしく御願申し上げます。

    ・  100年後を、考えてながらの、<閑坐><閑臥>。
    ・  1000年後を、考えながら、、、、
    ・  100年前を、考えながら、、、、、
    ・  1000年前を、考えながら、、、、、
    ・  永遠・無限を、考えながら、、、、、、

    ・  <寺院>にいる時は、しばし<出家>ととらえると、いいかもしれません。
       < 家 >は、まさに、(善・悪)の根源でもございます。
       しばし御<出家>を。

     長くなりました、駄弁です          残月        合掌

2-2 千手観音像 <3>

| コメント(0) | トラックバック(0)
  2月1日から、渡月橋の上で、日を決めてから托鉢(たくはつ)しようと存じます。
1日からと覚悟をきめましたが、用事を思い出してしまい、取りやめました。(笑)


  京都・北嵯峨は、400年ほど前まで、農業用水がとても不足して大変困ったそうです。
それをみかねた、大覚寺門跡様が、嵯峨の豪商である角倉一族に、(どうにかならないだろうか?)と御願されたそうです。  この一族には、了以翁の業績のように河川土木工事にも、すぐれていたからです。  そして、見事にやり遂げます。 また現在も活用されており住民生活を支え続けています。 すばらしい、またしても、快挙でございました。

  当時、江戸初期の中国・日本の数学を駆使した、測量技術でもって、北嵯峨の裏山の上に谷川をせき止め( 勾配は反対向きの現場 )て<ため池>を作り、その水を地区の農地平野に流しこんだのでありました。  その時の水路は、山の谷筋ではなく、トンネル( 隧道・ずいどう )を堀作っているのでございます。 危険きわまりない難工事です。 (みなさん方は、もしかしましたら、「観音さま」 を御念じられながらの手仕事だったかもしれません)。

   昨年、<ため池>から<トンネル>へ、貴重な水をつなぎ通す<パイプ>が発見されました。 取り込み口の改修工事の時でした。  現代にいう<パイプ>は、< 木 >で作られています。 おそらく< 松の木 >との事です。  5mくらいの長さで、直径70?くらいでしょうか。  現在、近くの高等学校の、先生・事務長・校長先生の御好意・御高配にて、数か月預かっていただいています。 有難い事です。 移動先に、非常に困っている時に、みなさま方( 観音さま )に助けていただきました。  ありがとうございます。

   高校から、山の上の大悲閣・千光寺へ(おお、大変だ・・・)のつもりでしたが、角倉家の菩提寺である嵯峨・二尊院さまへと、御住職様の御好意により、運搬・設置・公開が可能になってまいりました。 ひとえに、 みなさま方・諸先生方のおかげでございます。 感謝にたえません。 誠に、ありがとうございます。

  以上の件の<用>にて、托鉢を取りやめました。(笑)

     
      御報告と駄弁です            残月       合掌

2-1 千手観音像<2>

| コメント(0) | トラックバック(0)
  観音・かんのん・<音を観る>・(音を聴く)でない。
  聞香・もんこう・<香りを聞く>・(香りをかぐ)でない。

  刺激・反応という<感覚>だけの世界ではない。

     <  おとを  みる  >
     <  かおりを  きく  >
     <  て で  あるく  >
     <  あし の うらで  いきをする  >
     <  め で  たべる  >
     <  こころ を  こころ で つたえる  >


     ・  音を、聞いてばかりいないか?
     ・  香りを、嗅いでばかりしていないか?
     ・  手で歩いてごらん。(イメージでも可)(笑)
     ・  胸でばかり、呼吸してないか? お腹では時々。(笑)
     ・  味ばかりに、とらわれて、ないか?
     ・  心を伝える時、言葉・物にたよりすぎていないだろうか?


 また、観音様は、< 観自在菩薩 >とも表現されます。
< 観ることが、自由自在、どのようにでも観れる >
      四角の箱があります
      ・  長方形また正方形 (面)
      ・  線 (辺)
      ・  点 (角)
      ・  円 (まわし、つづければ)
      ・
      ・              < 私たちの、視点・観点・メガネの色しだい >
あらゆる物・事・人・順逆・善悪・苦楽・老若・男女を・・・<活かすために自由に観る>。

   長すぎた駄弁です            残月       合掌  ( 奉刻 133 )

このアーカイブについて

このページには、2013年2月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2013年1月です。

次のアーカイブは2013年3月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。