2012年12月アーカイブ

12-31 冬の風光    12

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   日本も世界も、暗いお話が多い。 いえ明るい話題も多いですね。(笑)
少しでも、世の中を<明るく>するように、< 目の動き・顔の動き・手足の動き・心の動き・言葉の動き・金銭の動き・物の動き・隣人に対する動き・遠方の人に対する動き・・・・・・・・・・・>あらゆる< 自分からの動き >を、活かしたい・働かせたい( まさに、人べんに、動きです。 人が動くということは、働くという事 )でございます。  それは、まさに<(はた)そばの人が(らく)(楽)になること>・<はたがらく>事を、意味しているようです。
   私たちの働きによる<明るさ>は、小さいものでしょう。 しかし、昔話にあるように、<小さな明かり>は、確かなものだから、風が吹いてもけっして消えない。 まさに<貧者(ひんじゃ)の一燈(いっとう)>なのでございます。まさに、 心・魂が入った<一燈・ともしび>であります。  
   共に、少しづつ、まわりを<明るく>していきたいもので、ございます。 <暗く>することが、簡単なように、<明るく>するのも簡単です。   <自分を捨てる><他者をも活かせ><自分のことを、勘定に入れすぎない>事です。   決して、何かの<犠牲・ぎせい>になるという事ではありません。  より大きな<自分>を生きることなのです。     <閑坐・数息>して、大きな<自分>をつかみたいものでございます。

   朗報       南アフリカ元大統領 ネルソン・マンデラ氏(94才)御退院。    よかった。
         27年間の獄中生活を支えた、一篇の詩< インビクタス(不屈) >。
         出獄後、決して、報復・復讐しなかった。 この<偉大さ>、大<光明>。
         映画<インビクタス>2009年・米   すばらしいですね。

       よき新年を    (駄弁です  心をこめて)      残月      合掌
   その1   < 旅人は、死なない >
   その2   < 私は、死なない >
   その3   < 私は、私を愛する >
   その4   < 私は、私を愛せない >
   その5   < 私は、私を愛したい >

    人生って、たいへんだなあー、と思ったら、ふと、先人の御言葉が頭の中に、浮かんできました。
 < 人生は、マッチ箱に似ている。  大事にするのは、バカげている。 かといって、粗末にあつかうと、  大火傷(やけど)する。 >  (笑)(大笑)、 いえ(笑えない)・・・・・・・・。

    < 私・人生 >と考えると、わかりやすい。  
    < 私・人生 >に、こだわりすぎると、面白くない、小さすぎる。 でも貴重な<私・我・人生>。

   ある修行者がいました。 なかなか修行が進まない。 納得がいく自分になれない。 坐禅(自分をすてる練習・・心身から離れる練習 )が足らないと、真夜中に一人で坐る。 黙黙・もくもく・木の如く。
雨がふってくる。 雨だれだ。  バケツを持ってきて受ける。 たまる。   皆が使うトイレへ行く。 そして掃除する。  そして、また坐る。・・・・・・・・なんという 心がけ。 心もち。 心ね。  
    <私>と<あなた>・ <あなた>と<私>  どこが、ちがうのだろうか? 手か胃か?・・

        駄弁です                      残月         合掌

12-29 (土)  冬の風光   11

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  年末です。 29・30・31の残り3日間で、個人的な事ですが、用事を済まさなければならない。
いつも、毎年ギリギリまで、かかってしまい反省ばかりと、なりがちです。
  この一年で、御世話になった方々へ、来年の干支の色紙とか禅宗の墨跡(ぼくせき)カレンダーを、お渡しするために走り回っています。  遠方の方々への発送もあり、時間との戦いのようになっています。
( どなた様も、お忙しい事と存じます、すみません、バカな事を申しております )

  恥ずかしい事に、年賀状を出したことがなく、毎年、いただきぱなしです。 不義理な事です。
申し訳ございません。 感謝し、心から祈っていますが・・・・・・・・・・・・。   特に、この山寺をお守りさせていただいてから、(  郵便物  )関係は、長い間、御迷惑をかけていました。  なんせ、皆さまから戴く、御手紙は、直接届くことがなかったのですから。  初期の頃は、ある料理屋さんの台所の一角の箱にございました。(先代様の時代から)  重要な書類の郵便物は、大丈夫かと、案じたものでした。
  今でも、小包は、麓(ふもと)のお土産屋さんに取りに行っています。  ましてや、宅急便は、電話連絡がうまくいくと下山してもらいに行ったり、お土産屋さんに後日いただきに行きます。 ありがたい事です。

  現在、手紙は、寺の真下まで、届けてもらえるようになっています。 郵便屋さんには、遠くて申し訳ないのですが、( 早くに拝読、御返事も早く )とできそうです。 でも、むずかしいです、すみません。
  以前、2週間ぶりに、郵便物をいただく事もあり(取りに行けず)、御返事の機会を失い、御無礼をなし、怒ってられる方もいらっしゃるかもしれません、どうか、何卒、御許しくださいませ。
        お詫びと反省です                   残月        合掌   
   数年前、<ひしょ>の団体がお参りなさるとかで、簡単な(法話)を頼まれました。  最初、電話からの依頼だったので、(いいですよ、と安請け合い)。(笑)    はて、<ひしょ>とは何だっけ??
 嵐山の夏は、町の中に比べると涼しいので、(< 避暑 >についてお話すればいいんだ、簡単に。)
( 暑さから逃げない・ 寒さから逃げない )( 禅宗の得意分野だ、話として)。(笑)
  大阪から打ち合わせに、お見えになるとの事でした。  なんと、女性ばかりではありませんか。
< ひしょ >とは、< 秘書 >の事だったようで、協会の集まりが京都で開催されるらしく、嵐山観光の時、(ちょと、何か、ためになる話を)と、いうことでした。(笑)

  困ったな、どうしょう、と思案していますと、妙案が浮かんできました。  観音経の中に、いいお話がありました。 ( おシャカ様は、若い頃、修行の時、多くの仏様に御仕えして、清淨な願いを発した )。
  つまり、( どなたかに、きちんと、せいいっぱい、まごころこめて、おつかえし、つくし、つかえる事によって、人生を支え作りあげる<願い>を、それも<清浄な願い>を、獲得できます。 )という話です。

  < つかえる ・はべる  >という事は、(自分を捨てる)事を中心とする、これもまた禅宗の得意分野でした。(実践はむずかしいですが、、、、)(笑)。 <師・先生・上司に、仕える・つかえる事>の重要さ。
(自分を捨てて、自分を活かし、向上させ、<私は、私を愛する>)。   御存知でしょうが、戦国時代、主人・上司に仕え支え、成長し、かつ引き立てられ活躍した<森 蘭丸><石田 三成>の仕事ぶりも、ためになるお話です。      つづく
             駄弁です                 残月      合掌

12-27(木)   冬の風光    10

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  大悲閣は、山の中にある。  正確には、嵐山連峰の一つの峰、それも一番小さい峰の上に、ぽっんと・ひっそりと存在しています。 両脇には、今は小さくなっていますが、滝があり、水には不自由しません。  その水を<安定>的に境内に引く事には、入山時に相当苦労しましたが、今では蹲(つくばい)に常時流していて、参詣の方に注意されるぐらいです。 特に、裏の方の蛇口から流れてる水を見て、(もったいない)と、おっしゃいます。時々ですが。 (笑)    水道水と、思はれるみたいです。
   水を境内に引いて来る時、試行錯誤(しこうさくご)で、頭の中は混乱、山の斜面を上下するので体はフラフラ、ほんとにイヤになり投げ出したくなりもしました。 しかし先代住職の御夫人(83歳)がいらっしゃられて、渇水の時は、とても洗濯・台所仕事に御不自由されますので、<えい、えい、ャー>と気合を入れ、<喝。 カツ>と叫んで迷い(あきらめたい・やめたい気持ち)振り切り、裏山に登りつづけたものでした。
   その時、愚僧を支えてくれていた言葉があります。  自然界の<真理><原理><法則>なのでしょうが、( <言葉>を信じる  )というレベルでした。  ( <真理>に従う )というレベルでないので途中・過程では、苦しみましたが。(笑)
   (道忠さん、  水は、必ず、上から下へ・高い所から低い所へ流れるものよ。  やれば、できる。)
水に苦労している私を見て、アドバイスしてくださいました。  この山寺と学生時代から交流のある方で、公共水の専門家でした。  なるほど、本当に、そのとうりでした。 心から感謝いたしております。

     暖冬で、雪も少なく、水が凍ることも減ってきました。 カニもカエルも、どこへやら・・・・・・・。

           駄弁です                 残月      合掌
  その1、   < 旅人は、死なない >(12?20)
  その2、   < 私は、死なない >(12?22)
  その3、   < 私は、私を愛する >(12?24)

      昔、昔、その昔、この日本から遠い国のことです。
   ( 師よ、先生、尊敬にあたいする御方よ。  私は、何のために、修行するのでしょうか? )
   ( 自分を、愛するためである。)

      私たちは、自分を愛しているようで、なかなか自分を愛せない
      私たちは、自分を好きなようで、なかなか自分を好きになれない
      私たちは、自分を大切にしているようで、なかなか自分を大切にできない
    
      私たちの< 魂(たましい)・自分の奥にある何か >は、< 尊貴 >なものである。
      自分勝手に、自分中心に、我がままに生きている< 自分 >を愛せない。
      かといって、ある<何か>にかに、簡単・安易に< 自分を、捧げる >わけにはいかない。

   < 尊貴なる、我の放棄の行い >は、簡単・安易に走らず、日常生活・手足の動き・お顔の表情・ことば使いなど、小さな事を、少しづつ実行する事がよいです。  当然、<閑坐して、数息が、初級>(笑)  でも、とても重要です。  強制でなく、向上ための<我の放棄>。これ、<尊貴>なり。
        駄弁です  ( 共に実行あるのみ、小さくても )     残月     合掌
      

12-25 (火)  冬の風光   9

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   京都の12月25日は、< 終(しま)い天神 >で、賑(にぎ)わう大縁日です。
市内・北西・北野白梅町に、1000年以上前から、御鎮座なされます、北野天満宮の近辺です。
境内のみならず、当たり一面の屋台と、露天商の方々ばかりです。 活気に溢れています。
  老人・中年・青年・幼年・赤ちゃん・中国人・韓国人・台湾人・ベトナム人・アメリカ人・西洋人・・・・・
善人(笑)・悪人(笑)・ちょとの善人(笑)・ちょとの悪人(笑)・・・・・・・多病の方・少病の方・・・・・自分を愛せる人・愛せない人・・・・・・・人を大切に思い愛せる人・大切に思えず愛せない人・・・・・・・・色々な方々がいっぱいです。    1000年前も、400年ほど前の太閤・秀吉公の大茶会の折りにも、同じ様な感じではなかったでしょうか。   幕末・明治維新の頃も。  
  落語に<初(はつ)天神>(1月25日)がございます。  一度、お読みください。 江戸時代ですか、普通の親子が・・・・・・・・・・・・・・・ほのぼのとして、楽しいです。   

     ・クリスマスーサンタのおじさんのプレゼント(25日)
     ・神さま仏さま<天神さま>の、無限・かぎりない愛
     ・父母のあたたかな愛、御先祖さまのあたたかな気持ち
     ・交換でなく、一方向の愛   (ストーカーでない)(笑)
     ・(むくい)を、(はんのう)を期待しない愛、    ささげる・捧げる心

    ただ<存在>しているだけで ・ ただ<ある>だけで、 神仏は<あなた>を愛する。
    神仏は<私たち>を、愛している。
                  駄弁です            残月       合掌
                              

12-24 言葉から ?   その3

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    <旅人は、死なない>????その1
    <私は、死なない>?????その2
    <私は、私を愛する>????その3

   人間は、<私>を愛することしかできない、かもしれない。
   歴史的に考えてみれば、<私>しか愛せない。

   ( <私>以外は全て、敵である。 )
   <敵・ てき >は、こわい・不安・恐怖・嫌悪(けんお)・いやだ・・。
   (<私>以外の全て)と、対立・ケンカ・争い・もめ事・明日をつくらない会話・・・。

   ・000県出身の<私>を、愛する。
   ・000人の<私>を、愛する。  ・000センチ000グラムの<私>を、愛する。
   ・ その2ーー?から?の<私>を、愛する。

   <私は、私を愛せない><私は、?から?・・の私を愛せない><私は、小さい私を愛せない>

   <私は、かぎりない・なんでもつつみこむ・よりひろく・よりふかい・大きな私を、愛したい> つづく

        さわやかに、力つよく、生きるため   駄弁です        残月    合掌

12-23 (日)  冬の風光    8

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    空気は澄みわたり、しかし寒くて、身も心も<閑寂 かんじゃく>という気持ちです。(笑)
 それだから、熊とかカエルみたいに、ゆっくりと冬眠できればいいのですが・・・・・・・・・(笑)
 (もみじ)も(葉)を落とし尽くし、いままで気づかなかった(枝ぶり)が、よくわかり、なんだか楽しい。
   また、この様にして、さむい冬をのりこえて行くのでしょう。
 ある言葉を思い出しました。 どなたの御言葉か知りません( 言葉は、人間の共有財産なのだ )(笑)

    < 悲しみ・苦しみに出会い、耐え、のりこえて行くたびに、
      あなたの目の色は、濃くなっていき、あなたの根は、深く広がっていく >

  お知らせーーーー<年末行事・除夜の鐘つき>  大雪でない限り、開催いたします
              新客殿にてお待ちいただけます(ガラス戸が入ったので暖かい)
              108回なので、12時まえから始めて、1時すぎまでかかります。
              自由に参加できます (無料)・(鐘楼修理工事の残金はありますが。<笑>)
              ・お接待ーーーー何ができるのだろうか?   決めてません。 (笑)

     12?22 (1804)  昨日、愚僧が尊敬してやまない、慈雲尊者・飲光上人の御命日でした
                 あらゆる宗教・宗派をこえて、<人となる道>を説く。やさしく・きびしく。
               < 大先達・大先生、どうか、お導きくださいませ。 拙僧を、あらゆる方々を>

            駄弁です                      残月         合掌




12-22 言葉から  ?  その2

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         <  私は、死なない  >から。

      1??????日本人としての< 私 >
      2??????0000県 出身の< 私 >
      3??????000学校 卒業の< 私 >
      4??????000センチ・000グラムの< 私 >
      5??????00000な(父親)の子の< 私 >
      6??????00000な(母親)の子の< 私 >
      7??????0000な(家族)の ひとりの  < 私 >
      8??????000会社( 組織 )の一員の< 私 >
      9??????000できる・できないの < 私 >
      10??????強い・弱いー美しい・うつくしくないの < 私 >
      ???????????????????????????
      ???????????????????????????
       1 から 10・・・・ まで の< 私 >は、< 死ぬ >こと、でしょう。 
       < 死なない >という< 私 >とは ?    いったい< なに >なのだろう? 
       
 ・ ここで、閑坐(ゆっくり)して、数息( 心と身を、ゆっくりと )して、 考えてみてください。  つづく

             駄弁です                  残月     合掌

12-21 (金)   冬の風光   7

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   今日は、冬至(とうじ)です。
日の出・・・六時四十六分・・・・・・・・日の入り・・・四時三十二分
<   昼が最も短い  ・  夜が最も長くなる   >
<   お日さま(太陽)の位置が、最も低い   ・    物(存在)の影は、最も長い   >

   雲水さんたちのいる道場では、年に一度の、どんちゃん騒ぎの一夜です。
無礼講であり、日ごろの、きびしい上下関係が無くなり、皆で羽目(はめ)をはずします。(笑)
演芸会の様相を呈します。  歌あり、寸劇あり、踊りあり・・・・・御馳走です(雲水の手料理)。

  入門が浅い時は、とても忙しかった気がいたします。  一年目の数カ月、(いっときも、休ませてくれない所なんだ)と、妙に納得していました。  でも、夜は坐禅ばかりだから、坐るとすぐに、私なんぞ、即、眠ってしまいます。(大笑)    ハッと気がつくと、怖いお顔の<大先輩>が立ってらっしゃるでは、ありませんか。(やばい)(もう、おそい)。   警策(けいさく)という棒で、<目を開けろ、眼るな、・・・・・・>と打たれます。
  強く打たれます。ほんとうに強く打たれます。     今、しみじみ思います ( ありがたかった、いったい、どなたが、打つてくれるでしょうか・叩いてくれるでしょうか、 <それは よくない>と、いって。)

   人を打つ棒は、文殊菩薩さま(知恵をつかさどる)の真前に置いています。  文殊さまに合掌してか 手にします。・・・・・・・・・・・・・・。  文殊さまに合掌して、もどします。  伝統のすばらしさよ。
       
   (礼をもって始まり、礼をもって終わる)      駄弁です          残月   合掌       

        

12-20 言葉から   ?

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          <旅人(たびびと)は、死なない>
    昔、昔、ある僧が弟子に言いました。  (ここに、来てくれ)
   師は、井戸の側に立っていました。 旅に出る、御姿です。 (今から、旅に出るから)
   そして、師は、   ・今までの事・今からの事 を、語り聞かせ   静かに、静かに、
   立ったまま、旅に行かれたそうです。 80歳は超えています。      (日本・京都)

     愚僧の本師は、<わしゃ、死にはしない>と、おっしゃられて、いました。
   師の学問の御師匠さまも、<私は、死なない>と、質問に答えていました。  (雑誌から)
    お二人とも、世間的には、お亡くなりになり、<死>を、御体験なされました。

     しかしながら、勝手ながら、<死んでは、いない>と、拙僧 思っています。(笑)
   お二人とも、真の<旅人>だからです。  <雲水>に徹し成り切り、とどまり・何かにつかまるよう  な<我>を、捨てていたような気がするからで御座います。

      苦しみも、悲しみも、なにもかも
      逃げず・隠れず、正面から・全身で、
      受けとめて行きたいものです。

 横着でないつもり(正面・全身のつもり)の、駄弁です。 二師、許したまえ。   残月   合掌
   

12-16 (水)   冬の風光   6

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    もう完全に、紅葉は終わり、冷たい風が嵐峡を、流れています。
澄んだ空気と、碧(みどり)色の川は、静かな落ち着いた気持ちに、導いてくれます。
  10代終わり頃、故郷の五島列島の(戸岐)という所で見た、<水の色>が忘れられません。澄んだ海水、深くなるにつれて、青色そして紺色に、また藍色になっていく。  <言葉を失う。 心がとまる。>

  年末・歳末です。  ゆっくりと、一年を振り返りたい気持ちです。 しかし、師走(しはす)と言われるように、(江戸時代、塾のお師匠さま方が日ごろの謝礼をいただきに走り回った、12月です) (笑) いえ(笑えません)。   それくらい、どなたも、この一年の<決済>に追われる、昨日・今日・明日ですね。
精神的にも、経済的にも、社会的にも、家族的にも、、、、、、、、、、、、、、。
  小生は、12月31日までに<0>をめざし、めざしているのですが、毎年なかなか達成できません。
1月1日には、原点にもどり・白紙にもどり、すべてを<1>から始めたいと、鋭意努力しているつもりですが、1年の怠慢が積もりに積もり、つぶされそうになっています。(笑)   (毎年毎年、恥いります)

     神父さま方は、年末の<黙想・沈黙・祈り>に、お入りになられます。
  <尊き激務>の修道者の方々も、休む日、いえ休む時間さえもてぬ日々を、年に一度、<1人に徹し、孤独になりきり、神さまとむかいあう >事によって、尊き激務を続けられて、いらっしゃるそうです。


    御無理なされないよう    駄弁です         残月           合掌

12-18 観音さまの縁日  <1>

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  大悲閣とは、山の上の<観音かんのん堂>のことです。  町中の観音堂は、大悲殿といいます。
皆さま方が、よくお持ちの朱印帳には、<大悲殿>が多く染筆されています。  時々、若い女性がゆっくりとした口調で、お尋ねになられます。 (何か、悲しい事でもあったのでしょうか?・・・・      このお寺・・・)、それも真剣な、まなざしで、、(つい小笑)(つい失笑)(ごめん)(ゴメン)。

  <慈悲(じひ)>の<悲>でございます。  御仏さまの、(いつくしみ・やさしさ)の心のことです。また、観音さまの、人々の(苦しみ・悩み・不安・おそれ・悲しみ・傷み・・・・・・・・・・・・)を、とってやりたいという大きな<願いの心>を、<大悲>といいます。   この御心に(包まれたい・守っていただきたい)と、切に願う事が、またこの御心を(ありがたい・もったいない)と感じることが、<信心><信仰>とよばれるような事です。
   15年ほど前、この山寺に来ました。 そして、日々の生活の中で、つくづく、<拙僧は、  観音経を読誦しているのに、よくわかっていなかった >と痛感いたしました。(笑)   今もまだ、かもしれません。(大笑)        とにかく、  <なんて、ありがたいのだろう。 いったい、何が、どなたが、このように、おっしゃってくださる、だろうか?  たすける、どんなことであろうと、たすける   手をさしのばす  たすける  >と。  <ありがたい   うそであろうと   たとえ、うそであっても   ありがたい>。

  大悲無倦常照我 (だいひむけん  じょうしょう<我>)
    偉大なる、なにかが、常に、変わることなく、小さく、つたない私、<我>を、照らし守ている
               駄弁です                残月     合掌   

12-17 (月)  冬の風光  5

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   ここ嵐山の地は、冬場は閑散していたものだった、と古老はおっしゃられています。
渡月橋(とげつきょう)近くのお店は、あまりにも御客さまが少なくなり、収入がなくて生活ができなくなり、
皆さん店を閉じて、出稼ぎ(でかせぎ)に行かれたとか。  現在は、クリスマス・冬休み・歳末・お正月と1月10日ころまでは、それなりに観光の方々は多いようですが。  大悲閣千光寺も、有難い事に、そのくらいまでは、参詣の皆さまもいらっしゃてくださいます。
   
   このごろ、また再び、(声を大きくして感謝しなくてはならない)という思いにかられています。
それは、小説家・北森  鴻 さんに対してでございます。  北森さんの作品愛読者の皆さま方が、おおぜい参詣してくださり、色々とお話もできて楽しい事でございますが、それと同時に、閑散としがちな寺院経済も(笑)、賑やかにしてくださっているからです。  < あなた、意図してくれた事が、実現している >(笑)

  < 新道くん、あなたの愛読者は、美しい女性ばかりではないですか(笑) また、男性もいい方ばかりでないですか。  作家冥利だぞ。  本当だぞ。   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  >


      ある日、作品本に、サインしてもらいました。 人気作家らしい(ことば)を書いてくれてます。
      <日日是好日・にちにち これ こうじつ ・  毎日、わたしは、楽しい・うれしい>でなく、、、
      <日日是口実・にちにち これ こうじつ ・  毎日、しめきりにおわれて、いそがしい>です。

    北森さま  御参詣ください            残月       合掌
      
       (12月8日 成道会から)
  尊重されるべき<我>、また尊重されるべき<無我>。 いったい、どういう事だ?  二つとも?
  両極端では、あるまいか?

  <我>(自分という意識)が、強いほど、苦しみは多い。
だから、その人こそ、<無我>(自分をすてる)の喜びを、感じやすいのであります。
ゆえに、(わがままになり・ひとに迷惑かけたりする自分)を、嫌いになりすぎてはならない。
 ( 自分)を、甘やかしてばかりでは、当然よくありませんが、自分の奥にある<良心><真こころ>を見失う事なく、 成長したいという向上心・ 何かの役に立ちたいという慈悲心を、  奮い立たせなければならない。    < 自分を捨てる方法>は、まちがいやすい。私たちは、だまされる事があり、御注意。。。。
  小さな親切を、一つづつ、なしていく。
  実行できない時には、心の中で、つまり、祈りです
  祈りすら、困難なときは、天地一切に感謝して、ゆっくりと呼吸を、
  かならず、響き合います。
  よき友人をもつ事。 古今東西のなかにも。   貴方だけの親友が、必ず待っています。

      煩悩(ぼんのう)強い人ほど、悟り(さとり)は深い。
      悪人こそ、救はれる、まして・・・。 
      自分を、あきらめては、ならない。
                   駄弁です                  残月       合掌 

12-15 冬の風光(4)

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   昨日は、暖かな一日でした。  本日は、雨ということで、T氏が集中して落ち葉はきを、してくださいました。 まことに、有難い事でございます。    T居士と、およびしたい気持ちですが、断固拒否するような男です。  (居士)とかいう様な抹香くさいのは、いやだ、、といいそうです。  女性は(大姉・たいし)と称します。  本来、 剃髪(ていはつ)(頭の毛をそり落とす)はしていないですが、<仏教>を信じて、<寺院>に貢献してくださっている方々を、感謝をこめて、このようにおよびさせていただいています。  現代は、死後、<戒名>(かいみょう)として、寺院から、授与されることが、ほとんどになってまいりました。

   葬式もしない、いらない。 当然、戒名もいらない。 火葬して、散骨(さんこつ)して、おしまい。 お墓もいらない。 堕落(だらく)した僧侶にお<布施>(ふせ)など、もったいない。(笑)    非常に、簡単で、安あがりで、おおいに結構という様です。     このように、できましたら、<達人><聖人><解脱者><菩薩>、人間界・現代社会をのりこえた<超人>です。  しかしながら、 なかなか、できない事でございます。
   (生まれて来て、死ぬ)・(生まれ、苦しみ、楽しみ、死ぬ)・(産んでもらい、育ててもらい、生かされてもらい、この世をさる)・・・・・・・・・・・色々(いろいろ)・様々(さまざま)・千差万別の生活・人生であり、当然ながら、とらえ方・人生観・世界観は、一様ではありません。

   しかし、<人間>として生まれたからには、(わたし)を意識する生命として・(我)を自覚する生物として・(ことば)をあやつる動物として・日々を積み重ねる歴史的社会に生きている現代人として、、、、、、たしかな、もの・考え方・物事のとらえ方・他人へのまなざしの在り方・生命観・生死観・・・・が、ほしいものでございます。         長い駄弁です              残月       合掌   

12-14 雲水<3>

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   12?1  雲水<1> ・12?4  その<2> ・12?8  成道会 ・・・・・・・・・・・参考

  昨夜は、快晴で雲が無く、近視の私にも、よく星が見えました。  うつくしい冬の夜空です。
不思議です・とことん思い考え議(ぎ)する事は、できません、まさに、不可思議の世界です。
<美しい・すばらしい>  万人が、そのように感じる事ができる、澄みきった黒色の空です。

  嵐の時の、雲と水。   青空のもとの、雲と水。    ひでりの時の、雲と水。
色々な、雲の流れ・水の流れ。  まさに、強い・弱いーきれい・きたないー多い・少ないー・・・・・・・・・
という、二元(にげん)の世界・人間(にんげん)の世界を、様々(さまざま)な形で、流れて行きます。
  <行雲 流水・こううん りゅうすい>  なんて、ただ流されているだけ、感じるまま、気がむくまま、
いかなる価値観(なにが、どれだけ、よい。 なにが、どれだけ、わるい。 方向・向きを、決めること)も、
ない。             なんて楽で、ルンルンなのだろう。(笑)


     ・ 神とは、闇(やみ)である。 光(ひかり)あるところ、影(かげ)がある。  <なんという・・・・・・>
     ・ 雲水(うんすい)にとっての、私たちにとっての、向上心(成長したいという、尊い願い)
        、 慈悲心(何かの、誰かの役にたちたいという、尊い願い)。  <なんという・・・・・・・・・>


    駄弁ばかり、       すみません                       残月      合掌

12-13 (木)  冬の風光  3

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   昨日、愛知県豊橋近辺の方が、会いに来てくださいました。  山村で、お線香を作ってられます。
昨年、その御線香をたくさん御寄進いただきました。 販売させていただき、その売り上げ金で、<明王さまの御像>を、祀らせて(まつらせて)いただきました。

  そこは、 大恩人・大寄進者・御奇特翁ー三柴 元さまの<善意の塊(かたまり)>であり、 また困難な工事に挑んでくださった方々の<尊い労働の結晶(けっしょう)>である、<嵐山・大悲閣の洗面所>でございます。  数多くの方々の心の奥底からの<喜び>が、山中に響いております。     <ありがたや・ありがたや・ありがたや・ありがたや・・・・・・・・・・・・・>

  お線香の原料は、尊き<しきみ>でございます。 よく小枝を御仏前・お墓にお供えします。
手作りの、尊き御線香でございます。  また、来春・3月より、皆さま方へ、おわけする事ができると存じます。  お楽しみに、お待ちくださいませ。
  明王さまは、<うすさま明王様>にてございます。  <転不淨(てんふじょう)>の功徳がございます。
本来、<淨><不淨>はありませんが、私たち人間が、よくひっかかる一つの<関>みたいなものでございます。  ともに、御注意・御注意。    ( また、 もう一人のお方の<善意>も、特別に入ってございます。)

     ありがたや・ありがたや・ありがたや・ありがたや・ありがたや・ありがたや・ありがたや・

            山中より、 感謝をこめて           残月         合掌

12-12 数息(3)

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   11?21  数息(1) ・ 11?23   数息(2) ・  ご要望により、また当然だと存じ(3)です

 自分の息(呼吸)を、意識する事は、とても大切です。
無意識で働いてくれている、私たちの身体です。 でも、息は特殊であり、特別有難い事と存じます。

 この目も、この手も、この鼻も、この口も、この足も、この胃袋も、この・・・・・・・・・・・・・
みんな自分が、作ったものでは有りません。  (父母に授かった・天地のめぐみ・・・・・・)
自分の目ではない・自分の手ではない・自分の鼻ではない・自分の口ではない。・・・・・・・・・・・・・
 でも、自分の目である・自分の手である・自分の鼻である・自分の口である。・・・・・・・・・・・・・・
 でも、やはり、自分の目でない・自分の手でない・自分の鼻でない・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 でも、やはり、やはり、、、、、、、、、、

 ありがたい   目・手・鼻・口・足・胃袋・・・・・・・・・・・・
        たとえ、今、   < つかれ・やんでいる >   としても
        今・ここで、<ありがとう>の心を ひびかせ  つたえたい

     ひととき、全てを、忘れてもいい。    わすれ・はなれても、ゆるされる。
     ただし、ただし、     <天地・万物・一切・父母に、感謝しつつ>。

    駄弁です、心をこめて             残月      合掌

12-11 (火)  冬の風光  2

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   雪です。 北海道・東北・北陸・・・・・・大雪の様です。
  北欧・ロシアも例年に無い寒波が、人々の生活を苦しめているようです。
  自然は、美しいけれど、厳しい(きびしい)ものでございます。しかし、大自然の一部の私たち人間  は、美 しさ・みにくさ・厳しさ・やさしさ・・・・・・・・・に、包まれ育まれ、たたかれ鍛える(きたえられ)て、きたのでしょう。
   身体そのものもが、長い飢餓(きが)の期間を繰り返し経験して、作られてきた物のようです。
  それ故(ゆえ)、私たち現代日本人のような、暴飲暴食による栄養過多は、肉体そのものが受付られず、 色々な問題を生み出しているようです。   < 時々、胃袋(いぶくろ)を空(から)にせよ、俗腸(ぞくちょう)を洗うべし>とは、なるほど、、、、、、。


   客殿のガラス戸は、すばらしく、多くの参詣者が、寒風にさらされる事なく、時を過ごせて、じつによい空間が生み出されています。   <よい時間・よい空間>こそ、私たちの宝であります。  また、もしそれが、もしそこで、もしそこにある何ものかで、  <無限の時間・無限の空間>を感じることができたならば、<それ>が  余分なもの削ぎ落した(そぎおとした)、  本来の・本当の・真の・純な・かわいらしい心・魂・命かもしれない。
    
     心は、どこにあるのか?       腸(ちょう)にある。     (現代科学の一説でもあります)

   駄弁です                      残月       合掌
  徳川幕府の終焉(しゅうえん)そして明治維新。 
激動の日本列島。  激変の1000年の都・平安京。

 嵯峨・天竜寺の焼失。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 嵐山・千光寺(大悲閣)の消滅。
      住職・丸山 戒岳 和尚の苦悩
      弟子・四海 春応 和尚の奔走
         多くの仲間・たくさんの支援の方々
         天地・森羅万象の御蔭の<千光寺>
         境内地(最小)購入。


      大正初年ころ、角倉 了以翁  300年忌・  客殿の新築。
               老朽化した本堂の、改修・改築を目指す、  昭和53年解体。
 平成00年   本堂 再建され、いくたの観音菩薩たちが生み出で、娑婆(しゃば)にて活躍(笑)。
            駄弁です、いえ、本気です。。。          残月     合掌    
         

12-9(日)   冬の風光   1

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  大悲閣は、完全に、冬を迎えたような気がいたします。
昨日は、土曜日ですが、紅葉も少しは残っていますが、参詣者はまばらです。(笑)
 さて、年末・年始の準備にです。  ここも・わたしも・皆さまがたも。
  山寺の落ち葉の掃除とは申せ、けっこうな量です。それと、参道の柵・手すりが傷んでいるので、修理も進めていかなくては、いけません。  裏の(すばらしいトイレ・ありがたいトイレ・善意の固まりのトイレ)の周辺も、手つかずです。  <なすべき事>に追われそうです。  
  普通の寺のように、本堂(仮)の内部を中心に、清掃できたらいいのですが、なかなか進みません。私の心がけ次第なのでしょうが、よくないので、ホコリだらけでよく注意されます。(笑)  反省。

   10年前に、よく遊びにきてましたという青年が、参詣してくれました。うれしい事です。
その時、とても悩んでいたそうです。 ここで、ゆっくり時をすごして、美しい景色をながめたり、していたそうです。・・・・・・・・・・・・その後、勉強したり、修験道の<行>をしたりしたそうです。
 当然ながら、 不動明王の真言も、きちんと御唱えしていました。   ここ千光寺も、御不動さまを、お祀りしていると驚いたようです。   現在、役所にて、海外貿易関係の仕事をしているそうです。それも、東南アジアとの。  今度は、私がびっくりしました。   ここは、450年ほど前、東南アジアと交易した人物の創建した寺であるのですから。       このような出会い再会こそ、<冬の風光>の一つだと思えます。

      彼の先輩の先生の、カトリックの神父さま、いかがお過ごしでしょうか。

   駄弁です、いえ、いい話です(彼の成長)。        残月       合掌   

12-8 成道会(じょうどう え)

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  今日の朝は、風がありません。  雨・強風だととても辛い事です。 全国の、全世界の、<雲水>さん方の、微笑みが、目に浮かんできます。    一週間の苦修の終わりです。  (万歳・バンザイ・ばんざい)の御気持ちのことでしょう。  境内のたき火を囲み、感無量・言葉はない・ただ、目の前の火にあたり、火を見つめている事でしょう。     < 各寺院、成道会(おさとりを、祝福する法要)を厳修する。 > 
   
  ( 自分を捨てる)練習とも申せましょう。  自分の(思い・感情・決め込み・思いこみ・快不快・・・・・)から、離れる訓練ともいえます。   なぜ、苦しい事なのでしょう。  心理的にも、肉体的にも。
(自分を捨てて、自分を活かす)という、人間の根源的・普遍的な<よろこび>の獲得に、すぎないという事なのに・・・・・・・・・・・  ・・・・・・・・・・・・・・・。  
    私たちの持っている・<我><自分>のおそるべき強さよ。    ある意味では、尊ぶべき・偉大なる<我><自分>であると、いう事の証明なのかもしれない。   人が、お互いに、人と人として、尊敬しあい・助け合い・支えあう(美しい事柄)は、   お互いに<我>を消しあっているからかも、しれません。

        尊ぶべき・偉大なる<我><自分>を、捨てて・離れると、
     さらに、より尊ぶべき・偉大なる  <無我><大我>に出会え、<歓喜>にいたると、
    気づきかれた12月8日でございます。 2500年以上前、遠くインド地にて。
        シャカ族のゴータマ・シッダルタという青年。
        苦しむ悩む人間に、真の<やすらぎ><すくい><よろこび>を示し
        人類の星の一つとなる。
おしゃかさま  駄弁です   おゆるしくださいませ                   残月      合掌

12-7 紅葉たより(18)

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   もう紅葉たよりも18回目になりました。 だいぶ落葉し、人の流れも減ってきています。嵯峨・嵐山全体が、そのようです。  < 美しさを求める、秋の行事の終了です >。

   されど、京都では、また・また行事です。   人を動かし・物を動かし・町を動かし・社会を動かすことが、活性化・維持ー発展なのでしょうが・・・・・・・・・・・(生み出し そして  消費していく ) その過程で、社会制度をきずいていく・・・・・・・・・・・・・・そうなのでしょう。    そして、私たちは、よりよい社会を築いていかなくてはならないでのしょう。    
   でも夜の行事です。 本当は、夜しか、外出できない方々のためなのでしょう。   なんだか、私には、(夜あそび、しましょう)と大声でいっているような気がします。  こども・若者が、夜は(ゆっくり)して疲れをいやすべき方々までが、<社会の動き>に誘惑(ゆうわく)されそうで、心配です。(笑)

   <動き>、さまざまな<動き>があります。 
< いのち・こころ・からだ>は、あらゆる<もの・こと・ひと>に、つながっています。
つまり、あらゆる<動き>に、つながっています。    でも、<命・心・体>は、だれも守ってくれません。   何に(つながり)・(つながらない)か、本当の意味の<戒律(かいりつ)>の発生です。

   明治時代の先人はおっしゃつた   <則天 去私 (そくてん きょし)>
                           わたしをすてて、天にしたがう 

        駄弁です                      残月      合掌  
   34年前の今日、  残念ながら、(嵐山 大悲閣)が、解体・消滅いたしております。
400年前、嵯峨・嵐山の地域に貢献し、京都の町の中に高瀬川をつくり、となり町・亀岡からの保津川を舟が通行できるように整備し、山の国(山梨)と海の国(静岡)をむすび、東南アジアと交易(文物の取引・交換)などをなして、日本国を活性化していた、偉大なる<すみのくら りょうい> (角倉 了以)翁により創建された尊き観音堂(だいひかく・大悲閣・山の上の観音堂の意です)が、やむをえず 解体・消滅されています。             

    残念でなりません。とても残念でたまりません。
了以翁 400回忌には、再建はまにあいませんでした。
これから10年で、京都・嵐山の観音堂を再現して、 了以翁の精神・業績を守り伝え、観音菩薩の御こころを荘厳し、後世(こうせい・後の世)のわたしたち・後輩の日本人が、偉大な先人のように、社会を活性化・命の躍動・心の光のかがやきを、  この世・浮世・娑婆(しゃば)・世間・社会・日本・東洋・世界に  満ち溢れさせたく存じます。
       
           命の躍動    心の光輝      あらゆる文物・事象をまもり・いかす。
           千手(せんじゅ)観音菩薩に因み、
           千人の方々と、手をつないでいきたいと、愚考しています・・・・・・・・
           400年前に つながり、  400年後に  存在する<命><心>として。


    公約みたいな(笑)  駄弁です           残月       合掌

12-5 紅葉たより(17)

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    寒風でございます。 北風小僧の寒太郎がやってまいりました。 ブルブル・ぶるぶる でございます。
紅葉は、まだ残っています。  落ち葉も増え、しかも雨も多く、滑らない用心が必要となってまいりました。
  自然は、わたしたちの心しだいで、どのようにでも受けとれ・解釈でき・感じられます。  <寒風>にあたり、<身を縮める(おおさむ、いや)>・<胸をはる(くそ、負けはせぬ)>とか 、 < ストーブに走り寄る(もうだめだ)>・・・・・・・いろいろ・さまざま・・・・・・。
   昨日、客殿にガラス戸を入れました。   大改修され、今後100年間維持できるように、梁(はり)・柱(はしら)など、頑丈にしていただきました、誠にありがとうございました。(誠棟梁、ありがとうございます)
おかげさまにて、<寒風>そして<強風>にも、へいちゃらでございます。   ガラス戸は、この寺院で僧侶になる決断をなさり、修行をすませられ、近くで住職なされている尼僧さまによる、御寄進です。 ここの<寒さ>をよくよく御存じでございます(笑い)。  (慈心尼、ありがとうございます)。
   旧客殿で、冬のひと時をお過ごしになられました方、機会をお作りいただき、是非、御登山下さいませ。
この冬は、  特製(あまざけ)<有料>(笑)を計画しております。  この秋、いつもと変わらぬ(抹茶と菓子)を使用していたのによく注文がありました。 下の受付での御注文だと100円引きと、したのがよかったのか? (抹茶)の銘・(菓子)のお店の名を記入した事が、効を奏したのか?  忙しいものでした。


     幸福とは何なのだどうーーーーーおだやかに、ひと・こと・ものが、交流し支え合うこと
             このためには、 空(くう)の心が、両忘(りょうぼう)の実践が、なにより大切です

   駄弁でした                         残月        合掌
   1週間の、第4日です。  一番つらい頃だと存じます。  この日を境に、楽に、ちよっとなっていく事でしょうが・・。  今年は、とても寒く、雲水さんたちの手が、霜やけで、ぱんぱんに、はれていないか?心配です。    しかしながら、 完全な男性のみの世界であり、かつ、いちいち言葉を使はない(ならし物)の生活で、規則に従い進んで行くだけの、とてもさっぱりしたものです。 
       
             < 雲の如く・水の如く>  さわやかに、流れて行く
         
          行雲流水(こううん  りゅうすい)     いい言葉・いい世界   
          その言葉の実行は、死ぬほど、つらい   その世界の実現は、とても難しい

        
          坐る・食べる・トイレ・・・・少しの睡眠のみ
          一日また一日また一日また一日また一日また一日また一日
         想像してみてください、この日々の(雲の心)を・(水の心)を。  

         人が・名をもつ命が・我をもつ私が    とても苦痛を感じる  でも逃げれない
       ( 自分を捨てる) ・・・・・・・(自分を捨てて、自分を活かす道はないのか?)・・・・
        もえるような向上心・この世に尽くしたい慈悲心・・・・・・・・ 
         (自分を捨てる)心のみでは、のりこえるのは、むずかしい
     ・坐忘ー数息ー向上心ー忍耐と希望     私たちも、実行あるのみ
    
     駄弁なり                 残月        合掌  

12-13 紅葉たより(16)

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   昨日は、日曜日であり、たくさんの方々が、参詣してくださいました。  渡月橋から1000m歩き・200m階段を、登らなくてはなりません。  たいへんな事です。  でも、この辺鄙(へんぴ)さを<苦>になさられずに、入山いただけ有難く(ありがたい・有る事が、当然ではない)存じます。
   紅葉の美しさも、もう終わりに近ずいてまいりました。  しかしながら、いまから赤く染まり始める木々もあり、自然界の単純でない重層的な美しさを、醸し出しているような気がいたします。 

   世界中の人々が、いらっしゃつて下さいます。
よくぞ、この場所を選ばれたと、感嘆せざるおえません。  <この場所>を選んだ<精神・考え・見方>を
お持ちだった方に、驚き・讃嘆せざるおえません。   また、世俗(利害損得が中心になりがち)に、あまりまきこまれないよう、超俗的な<寺院>とした事も、<この場所>を守ってきた要因になっいるような気がいたします。
   人は、個人は、消滅します。  わたしも、どなたさまも、みんな。  100年後は、トランプの総がえです。     おそらく、おそらく、今の私たちはだれもいない。  そして<この場所>だけが、確実に残っている事でしょう。 だからこそ、ひきつがれるべき・尊き・貴重な・人間の根源的<精神>が、維持されていけるかもしれない。    大自然を、ひしひしと、味あえる。  静かな時間。  静寂そして、みなさまと共に・円寂境をも・・・・・・・・・・・・・・・・。

   400年前に、<この場所>を選び、寺院になした人物こそ<角倉 了以>翁なのでがざいます。

       ことば不足の駄弁です、おゆるしを               残月      合掌

12-2 行事(法話の会  第2回)

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  毎月第一日曜日(前回11?4   次回 2?3   1月休み)

  大悲閣  般若道場(笑)     般若(はんにゃ)心経三巻  読誦(どくじゅ)
                     < 懺悔文   はんせい・悪業にたいする(行い・言葉・思い  >
                      < 開経偈  あいがたき であうこと困難な、み仏に かんしゃ  >
                          <四弘誓願  4つの、誓い(ちかい)・願い(ねがい)
                            ?   ひと・いのち・もの は、限りない でも、役に立ちたい
                            ?   自分の悪い点 は、限りない  でも、無し消したい
                            ?   み教え は、限りない   でも、学び身に付けたい
                            ?   やすらぎ・すくい は  限りない でも、進めたい
             無限(限りない)に対する、 大いなる、力強い、尊き、  挑戦である
        人間の心の、森羅万象(しんらばんしょう)(宇宙に存在する全て)対する、役割・務めである
     根本的・普遍的・されど基本的  使命がある    どのような立場・状況であろうと。
   その時、あらゆる神・あらゆる仏・あらゆる人々・あらゆる物・・・・・が、見守り・助ける
  たとえ、失敗し傷つき挫折しても、  たとえ、かりに、人を苦しめ傷つけ困らせ迷惑をかけたとしても
<おおいなる・いだいなる・はかりしれない・そうぞうもできない  なにか >が、見守り・助ける、必ず。

 ・ 閑坐(かんざ)  ゆっくり  すわる  しばし  全てを すてて

      駄弁なり                                残月     合掌

      

12-1 雲水(うんすい)  <1>

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   好き・嫌い、利益・損害、快適・不快、甘い・辛い、眠い・眠れない、空腹・満腹、愛情・憎悪、暑い・寒い、大人・子供、美しい・醜い、前・後、老人・若者、男・女、走る・歩く、立つ・坐る、強い・弱い、楽しい・辛い、天国・地獄、高い・低い、平和・戦争、多い・少ない、春・秋、夏・冬、生きる・死ぬ、健康・病気、夜・昼、日本・外国、故郷・異郷、尊敬・軽蔑、日本語・外国語、鬱(うつ)・躁(そう)、手・足、食事・排泄、、、、、、、、、、、
   全てあらゆる物・事・状態・存在・現象・・・・・・・・・・・・・・・・には、反対・対立・別の見方・異なる意見があります。  幼い子でも、ましては小学生になれば、よく分かっています。  異国の方々も、人間として同じように、感じ考えてらっしゃる気がいたします。
   私たちは皆、このような世界に生きていて、対立する事などに、振り回されていて、楽しい事も多いですが、辛く苦しい事も多く、生きているのが嫌になったりします。 生きつずける事が (めんどう)に、(やっかい)に感じたりします。
   すると、すると、ほんとうに、毎日をおもしろく感じられなくなったりします。 もったいない事です。
生まれてきて、産んでいただいて、育てていただいて、  この<生>を満喫・謳歌・礼賛・祝福できなかったら、ほんとうに、  < もったいない事>です。 
   皆さま方、このたいへんな人生を、やけにならず・あきらめず・<自分を、家族友人を、人を、世の中を、軽んぜず>、満喫・謳歌・礼賛・祝福し、(ありがたい)(ゆかい)(もったいない)と感じることが、できるように、努力・精進していきたいものでございます。 尊き向上心なり。  (両忘・坐忘・数息・無生など... ) 
      < すべてを愛し・すべてに愛される、  そばにいる人・とうくにいる人とともに >

 12?1 全国の禅の修行者(雲水)が7日間の涙の苦修に入った。 成就を祈願いたします。
           駄弁なり 祈りをこめて               嵐山  残月        合掌

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